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遊心逍遙記その2

ブログ「遊心逍遙記」から心機一転して、「遊心逍遙記その2」を開設します。主に読後印象記をまとめていきます。

『黄金雛 羽州ぼろ鳶組零』    今村翔吾    祥伝社文庫

2024-03-15 22:28:53 | 今村翔吾
 羽州ぼろ鳶組シリーズを読み継いでいる。シリーズが第9弾まで続いたところで、この「零」が挿入された。実は第10弾の『襲大鳳』を先に読了し、少しシリーズとしてのつながりが気になるところがあったのだ。読了後にこの『羽州ぼろ鳶組零』が先行していることを知り、急遽読んだ次第。読み終えてなるほどと納得できた。ミッシング・リンクがこの『零』が挿入されたことで解消したのだ。そこで、読後印象はこちらを先に記すことにした。
 本書は令和元年(2019)11月に長編時代小説書下ろしの文庫として刊行された。

 今までのシリーズはタイトルが『羽州ぼろ鳶組』と表示されてきた。本書は『羽州ぼろ鳶組零』と表示されている。それはこのシリーズの出発点以前の物語だからである。
 『羽州ぼろ鳶組』シリーズでは、松永源吾・大音勘九郎・鳥越新之助・進藤内記・日名塚要人・漣次・藍助・辰一・宗助・秋仁などが活躍する。火消番付の英雄たちにも青き春の時代があった。彼等の親の世代が火消として名を馳せていた時代にである。このストーリーは宝暦年間の前半をその舞台にしている。

 宝暦6年(1756)には、後に「大学火事」と称される大火事が江戸の火事史に記録されている。この史実を巧みにストーリーのクライマックスに織り込んでいく時代小説であり、火事の原因を究明するミステリー仕立てになっている。一気読みせずにはいられなくなる筋の運び。今村さんは、ストーリーテラーだと感じる。

 文庫本カバーの火消の後姿は、松永源吾の父、飯田橋定火消頭取松永重内だと思う。この時代、加賀鳶大頭は大音謙八。尾張藩火消頭伊神甚兵衛。仁正寺藩火消頭取柊古仙。町火消では、い組頭金五郎、に組頭卯之助らが火消として活躍していた。この親の世代は、源吾・勘九郎・内記・漣次・辰一・秋仁などを、火消としてやる気に満ちてはいるが、この先の江戸の火事に対処すべき次世代と見做していた。火事読売は彼等を「黄金(コガネ)の世代」と称している。つまり、親世代からすれば、次の時代の江戸の火消を託す層なのだ。
 この黄金の世代の中には、進藤内記だけが一足早く八重洲河岸火消頭取になっていた。それは日本橋の火事で発生した「緋鼬(アカイタチ)」に対処する中で死んだ兄・靭負の後を内記が継いだからである。一方、松永源吾は飯田町火消の「黄金雛」と呼ばれていた。
 本書のタイトルは、黄金の世代が今は雛であるという意味合いと源吾が「黄金雛」と呼ばれる2つの意味合いが重ねられているのだろう。

 序章は宝暦6年(1756)秋の一場面から始まる。それは読者をぐっと惹きつける。
 まず、八重洲河岸定火消屋敷の教練場で火消頭取の進藤内記が配下を教練する場面。内記19歳。火事の発生に気づき、内記は日本橋箔屋町の火事現場に駆けつけ消口を取る。そこに、よ組の秋仁(18歳)、い組の漣次(16歳)、に組の辰一(18歳)、加賀鳶の勘九郎(17歳)、飯田町定火消の源吾(16歳)、彼等が集結してくる。黄金の世代が活躍する。その場面がおもしろく描写されるから、一気に引きこまれるという次第。
 だが、その活躍の背景に、本作の伏線が敷かれている。「先日、奉行所に怪しげな文があったという。十日の内に江戸四宿のどこかに火を放つという犯行の予告だった」(p19)このため幕府はこれに対処するために有力な火消を動員していたのだ。

 「第一章 炎聖」は一転して、宝暦3年(1753)如月に遡る。未明に浅草安部川町から出火。尾張藩火消頭、伊神甚兵衛が火元に到着する場面から始まる。甚兵衛の異名は「炎聖」。「大物喰い」の伊神と言われ、「鳳(オオトリ)」の甚兵衛とも呼ばれた。
 そう呼ばれるようになった伊神甚兵衛のプロフィールと尾張藩火消の経緯がまず描き込まれる。これがこのストーリーの淵源になる。
 伊神は目黒不動南の百姓地の火事に出動せよとの奉書を受け、尾張藩火消を引き連れて現場に出動する。その結果、火事現場で窮地に陥る事態に。この火事の発生に、いずこからも応援は駆けつけない。最後の手段として、伊神が愛馬「赤曜」に乗り、炎の壁を突き抜け援軍を呼びに行く。伊神は謀略に嵌まったのだと悟る。一方、出動した尾張藩火消は死滅することに・・・・・。後に甚兵衛を含め全員が殉職したと火消たちに伝えられる。伊神は伝説の火消となる。
 源吾は父重内と伊神を火消として対比し、父を火消として不甲斐ない男と決めつけ、炎聖伊神に憧れた。伊神から火消羽織の裏地に鳳を使う許可を得る位に心酔していた。

 序章は、「第二章 死の煙」にリンクする。冒頭、宝暦6年の日本橋箔屋町の火事現場に、時が現在に戻る。消火という一点を御旗にした若き火消たちの行動を、親の世代が苦く受け止める状況がまず描かれる。
 そんな矢先に、湯島聖堂に程近い妻恋町で火事が起こる。火元は火事場見廻の屋敷だった。先着の榊原家の火消と加賀鳶の大音謙八率いる火消が消火に尽力する。が、ここで救助に入った両者の火消たちも煙に巻き込まれて死ぬという事態が発生する。加賀鳶頭取並の譲羽十時が隣家の主を救出して何とか戻ってくる。しかし、彼は煙が死の煙だと大音謙八に告げて頽れる羽目になる。
 火事の拡大を防ぎ、鎮圧できたものの、屋敷内には鎮火するまで踏み込めない。原因不明の死の煙。ここから大音謙八は江戸の全火消を巻き込んだ対応に挑んでいく。同種の火事の発生への懸念。それにどう対処するか。死の煙の原因究明を図る一方、今後火事が発生した場合の対処をどうするか。熟練の火消ですら生還できなかった死の煙。その原因が判明できるまでは、まず次世代を担うべき若輩の出動を禁ずることを、江戸火消全体の方針にする。

 ここから、ストーリーは面白くなっていく。
 次世代の温存を大前提に現在の窮境に対する火消対策を練っていく現活躍世代と黄金の世代と称される若者たちの意識のギャップが軋み始めて行く。
 源吾は火事発生において火消として人命救助に邁進するのに火消の年齢は無関係だという立場を堅持する。現在の火災における人命救助に出動できないという禍根を残せば、将来の火消活動への悔いが残ると主張する。親世代の思考方法と方針に真っ向から反発する。親世代である火消頭取、火消頭の会合に参加した最年少の火消頭進藤内記から情報収集することを兼ね、黄金の世代と称される主な火消を呼び集め、行動に乗り出していく。
 第三章は、黄金の世代たちの行動を描き出す。その見出しがおもしろい。「ならず者たちの詩」である。彼等は彼等なりに情報探しを始め、糸口を見出して行く。

 大音謙八は江戸の主立った火消頭を集めた会合で、死の煙の火災状況を伝え、今後の対策を語り、若輩火消の出動を禁ずる統一方針を決めた。このとき、不審なしぐさの人物に気づく。同様に気づいていた者が複数名いた。阿吽の呼吸でその会合の場に居残った頭たちとの話し合いで、ある疑問点に気づいていく。「そもそも尾張藩火消が全滅するということが、やはり有り得ない・・・・」(p176)と。この事件の闇の深さを感じ始めるのである。死の煙の正体、原因究明を進めて行くのは勿論である。

 日本橋亀井町にある「糸真屋」で火事が発生する。この火事が事件の闇を暴く契機になる。そこから、江戸城の御曲輪内にある林大学頭の屋敷門前に通告文が置かれていたこと。そして、大学頭の屋敷で火事が発生する形に進展していく。
 そして・・・・源吾は父重内の火消としての真の姿に気づくことになる。

 火事場での火消の行動が実に巧みに躍動的に描写されていく。本作は火消たちの行動が特にスピーディにダイナミックに活写されていくので、読みも加速していく気がした。

 この『羽州ぼろ鳶組零』は、大学火事から丸2年経った冬の火事で終章となる。松永源吾は父の死をうけて飯田町定火消頭取に就いていた。この時、源吾は「火喰鳥」と呼ばれている。飯田町にある商家が火元の火事が起こる。慌てふためきつつ姫様を探す武士。事情を聞いた源吾は火焔の中に飛び込み女の子を助け出す。「零(ハジメ)の物語」がここで、『羽州ぼろ鳶組』の初作『火喰鳥』にリンクしていくという次第。
 一方で、このストーリーが、シリーズ第10弾『襲大鳳』にリンクしていくことになる。
 最後に本作で印象深い文を引用してご紹介しておきたい。
*上の火消たちは間違っている。次の世代を守りたいのかもしれねえが・・・・・じゃあ、その次はどうなる。俺たちは一生、火付けを見過ごしたっていう悔いを背負っちまう。そんな火消に誰が憧れるってんだ。   p243
*不思議よな。歴の淺い者のほうが、普通の民の心に近いはず。だが火消はそれが逆様になる・・・・どれほど恐ろしかろう、どれほど苦しかろうと、歳を重ねるほどに慮るようになるのだ。火消を極致に至らしめるものがあるとするならば、それは人を想う心ではないか」 p292
*市井の人々はいつしか火消を英雄のように祭り上げるようになった。しかし彼らが見ているのは火事場での姿だけ。その火消にもそれぞれの人生があり、背負っているものがあることを知らない。己が火消になってようやく解ったことである。   p214

 ご一読ありがとうございます。

補遺
日本の災害・防災年表「火災・戦災・爆発事故/江戸時代(江戸時代編)」
:「WEB防災情報新聞」


 ネットに情報を掲載された皆様に感謝!

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その点、ご寛恕ください。)



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