シャンテ サラのたわ言・戯れ言・ウンチクつれづれ記

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SKF 音楽祭とは

2013年02月13日 | 音楽界よもやま話
07年9月1日シャンテサラ2投稿分__

日本に両手ほどある音楽祭の中で有名なものは、下記の SKF、別府アルゲリッチ音楽祭、PMF、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン などでしょうか。

SKF では、桐朋学園大学で教鞭をとっていた齋藤秀雄に師事した演奏家、同大学出身の演奏家が集まり、音楽祭のために臨時に編成されるサイトウ・キネン・オーケストラが演奏します。 指揮は主に小澤征爾が行い、小澤音楽祭といってもいいものです。 しかし 小澤以外の音楽家がとって代わることは考えられません。
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「サイトウキネン さらなる発展に向けて」(8月12日 信濃毎日新聞) _ ※追加1へ
SKF HP から …「サイトウ・キネン・オーケストラは齋藤秀雄先生から預かった、とても大事な宝物です (※追加2へ続く)。
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音楽祭は、テーマ 中心人物が必ずあります。 逆にそれがない音楽祭は焦点の定まらないぼやけたものになっていくでしょう。 短期間に集まる聴衆が、だらだらとした演奏会を続けて聞くということはなく、この演奏家のこれを聞きたい、このテーマのこれを聞きたいという目的がはっきりしているからです。

ただ小澤ももう72歳、06年末から約半年を病気療養に充てるなど、健康問題も絡んで彼一人に任せきりにできない状況となってきました。 後継者を育成する時期に差し掛かっていますが、小澤に匹敵する日本の音楽家がいない以上、誰を連れてきても (小澤後に) 集客力が落ちるのは間違いないでしょう。

カラヤンが創立した 春の「ザルツブルク復活祭音楽祭」が、彼の死後 ショルティ、アバド、ラトルらが引き継いでいますが、それほどの盛り上がりを聞いていないのは ある意味で参考となるのではないでしょうか。

以上

※追加1_「楽都」松本市の象徴と言えるサイトウ・キネン・フェスティバル (SKF) 松本が15日に開幕する。 県外から訪れる聴衆には豊かな自然の中で心ゆくまで音楽を楽しんでほしい。 地元にとっては世界レベルの音楽家と接する機会である。 県内の音楽文化の発展にもつなげていきたい。

SKF は、今年で16回目を数える。総監督を務める小沢征爾さんとサイトウ・キネン・オーケストラが母体となり、オーケストラコンサートとオペラを2本柱に据えて、回を重ねてきた。 特にオペラでは、上演機会の少ない20世紀の作品を意欲的に取り上げ、世界に向けて発信している。 質の高い最先端の上演で、世界のオペラに刺激を与えてきた。 クラシック音楽界にとっても重要な存在となっている。

そんな SKF も課題を抱える。 関係者の間からは、将来を見据えて考えなくていけない時期に来ている、との指摘が出ている。 第一に「ポスト小沢」問題だ。 今月2日、村井仁知事を訪ねた小沢さんは、「(SKF を引き継ぐ) 次の世代を探すのが課題」と語った。 ウィーン国立歌劇場音楽監督の要職にある小沢さんは一昨年、体調を崩して長期休養を余儀なくされた。 小沢さんをさまざまな面でサポートする態勢づくりは急務だ。

ことしは、米コロンバス交響楽団音楽監督の広上淳一さんをゲストに招く。 世界的に活躍している日本人指揮者は増えている。 小沢さんあっての SKF でも、そうした指揮者を積極的に招くことが新たな魅力となる可能性がある。 財政も無視できない。 実行委員会事務局によると、近年の SKF の予算規模は7~9億円台。 収入の内訳は、入場料、県と市の負担金、企業や団体からの協賛金、サイトウ・キネン財団の基金運用益などだ。

入場料収入は3億円に満たず、景気の影響を受けやすい協賛金などに頼っている。 SKF の価値や意義を理解してもらえる協賛企業を増やすなど、安定財政への取り組みをさらに強めたい。 忘れてはならないのは、ボランティアだ。 例年500人前後が県内外から参加し、2カ月近くにわたって会場づくり、来場者の案内など、多くの場で活躍している。 昨年はTシャツなど公式グッズの商品化にも初めて加わった。頼もしい存在である。

SKF のさらなる発展のために、出演する音楽家、聴衆、ボランティア、そして地元住民とのつながりを強める工夫と努力が、これまで以上に求められる。
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※追加2 _ 齋藤先生が日本に西洋音楽の種を蒔き、育ててくれたおかげで、今の私があることは言うまでもありませんし、オーケストラのみんなも私と同じことを、それぞれ感じていることと思います。 サイトウ・キネン・オーケストラとはそういうオーケストラです。

齋藤先生がやろうとしたことを、私たちなりのやり方で引き継ぐために、サイトウ・キネン・オーケストラは日本に腰を据えて音楽祭を開くことにしました。_それが、この “サイトウ・キネン・フェスティバル松本” です …」と、小澤征爾は1992年第1回目のプログラムにフェスティバル総監督としてのあいさつを記しています。

1992年9月、日本アルプスの麓にある山岳都市松本で誕生したこのフェスティバルは、常に、小澤征爾とサイトウ・キネン・オーケストラが母体となり、オーケストラコンサートとオペラの2本の柱で形成されています。 サイトウ・キネン・オーケストラは、1984年、世界各地に散る同門の志が、恩師齋藤秀雄先生没後10年に集い、メモリアルコンサートを開いたことから生まれた、世界に類をみないオーケストラです。

その後 世界各国からの招待を受け、ツアーを開催する度に、その手ごたえは確かなものとなっていきました。  本場西欧でのその手応えは「日本人としていつの日か、日本から本場西欧に向かって西洋音楽を発信する」という、いままででは考えられなかった大チャレンジヘの夢へと発展したのです。 “サイトウ・キネン・オーケストラが責任をもって開催する音楽祭_サイトウ・キネン・フェスティバル松本” は、そういう音楽祭です。

以上

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