JOHNY’s BLOG

かほりたつあざやかなはなとどめおくおもいをよせる淡雪のふみ

モルスキン

MOLESKINE モレスキン ルールドノートブック・横罫・ラージ ([文具])

チューボーですよ 小林麻耶

2004-10-31 01:06:18 | マスメディア
 今日は広東麺
 いつの間にかアシスタントが小林麻耶氏になってますね。とてもキュートな子です。TBSは今この子が一押しなんでしょう。前アシスタントの木村郁美氏もそういう時代があったのですがはやくも終了なのでしょうか。
 堺マサアキが続投なのにアシスタントはかわる。そうだその前は雨宮トウコだった。彼女は外国行ってしまったからですが、自分で社会的引きの幕をひいたともいえそうです。
 
 一つ前の話とかぶりますが、消費される対象なんですねタレントは(アナウンサーか)。そしてその度合いは男性より女性のほうが強い。
 
その事例の一つですねTVの中での出演者変更は。

         JOHNY

震災 情報の商品化

2004-10-31 00:28:06 | マスメディア
 お友達のタックンから、 近時の報道についてのコメントをふられました。
 近時の災害の報道の仕方。おもに被災者たちの映について。
毎回のことですが、報道そのものが何を伝えたいのかがわからないものが多い。
メッセージよりも一瞬に訴えかける強い映を流すことに躍起である。

 そこには資本主義の論理だけがあり、商品としての被害者があるだけである。この点でしょうね。
 商品としての情報。
この社会のなかで最も強い論理となっている商品性。そこに生身の人間がスポイルされていくことはいまや当然のこととなっている。震災の被害者もその例外ではありえない。
 あらゆるものが商品であることを要求される、さらにそれは善であると語られる。

ここで思うのだが、人間が商品であることは果たして善であるか。
おそらく 前に書いた憲法、人権という観念からアプローチするならば 人間の商品化は肯定されえないと考える。
 そのようにいえば、ある論者は資本主義のなかでは人間が商品になることは少なくとも 悪ではない という。
 さてこれはどうだろう。
 
 悪ではない ということは 実は 善 であることを当然に担保するわけではない。人間という権利主体 にかんがみるならば、悪ではない という理由は限りなく悪の可能性を含んだものと考えられる。

 経済学でいわれるところの ロールズの格差原理 によれば、最弱者の為に不利益となるような施策は およそ正当化されないわけである。
 であれば、人間の商品化、こと震災被害者の情報を商品として流通させることは正当化されえない。
 この不当な商品化にどのように歯止めをかけるか、今すぐにはちょっと浮かびません。

 つづく

           JOHNYタックン

憲法 芦部信善

2004-10-30 23:53:22 | Book
 学部の学生2人と1コマ分の時間を使って本読みをしました。
芦部先生の『憲法判例を読む』 この本ですが、何年か前に私が読んだときすごく感動したのが思い出されます。読みやすくかつ軽くなりすぎずに憲法を解説している。
 それ以後コトあるごとに読み直していたのですが、全体を通して精読することからは遠ざかっています。
 
 近時憲法が政治のトピックとして上ることが多くなったことから、もう一度押さえなおし整理したいと思い学部の子と勉強してみることにしました。
 
 学部の子はマスコミュニケーションのゼミにいる人たち。表現の自由21条ということにはそれなりの理解があることと思いますが、憲法の全体的な把握はできていないと思われるので勉強になるかなと思い誘ってみました。
 ここをキチンと押さえていけばマスメディアの行動規範がどうあるべきかというようなことが見えてくると思います。
 逆に言えば憲法、人権との関連性がよくわかっていないうちはマスメディアについては見えていないの。ゆえに発言は控えた方がいい。
 すくなくとも私には届いてこないです。
 
 そんなことを考えながらレジュメを作り説明していたわけですが、あらためて読んでみると、なんだか難しいな・・・。
 来週は他の人にレジュメを作ってもらい発表してもらいますが、自作レジュメもがんばって作って行きたいと思います。

        JOHNY

休んだらいいよ

2004-10-29 02:28:31 | Book
 今日も機嫌が最悪。なんだかぐあいがわるいくらい。
なので大学に行かなければよかったのですが行ってしまったのが運のつき。

 集中力を欠き、いったいこの人たちは何を考えているのだろうかというような疑問だけがくるくる回る。

 おまけにさいごにサービス精神で口を開いたりするからストレスがたまりました。
いつもいつもヘラヘラしてられませんというのが感想です。

 なんだか大学院いらないような気がしてきました。

といいつつも図書館で学部の子達やドクターの人たちいっぱいに声をかけてもらい、相談などにのっているうちに、ああまだここにいる意味もあるかなと思ったことも事実です。
      
         JOHNY

なんの話 という哲学

2004-10-29 02:17:16 | Weblog
この世界は、私たちは社会、文化的にそして時間のなかで規定されて生きるものである。その状態を逃れえないものである存在。
 だからこそ人間はおそらく永遠に自由を希求することになる。

決して手に入れられない自由。

そのことに絶望すれば手にある生を放棄しなければならない。私たちは求めることによってのみ生き続けられるのではないか。
 
すべてを還元することのできる拠りどころというものが、もしあるとすればそれは、目の前にある不条理を赦さないという意志であり具体的行動ではないだろうか。

 そのことでしか私たちは 自己の逃れられない規定のなす罪から逃れることはできない。そんな風に考えます。

JOHNY

英語 の空気

2004-10-28 20:33:48 | Weblog
 環境にどっぷりはまって勉強することが上達の近道、だとしたらどんな風に英語環境を作ったらいいでしょうね。
 インターネットを使う環境であれば海外のニュースが直接聞けますからそれを流しっぱなしにするのもひとつの方法。
 私もしばらくの間BBCのサイトを導入していました。
空気がなんとなく英国になっていく感じが素敵。
ほんとかよ!
と疑いの人はお試しください。

 もうすこしわかりやすい方がいいというなら、日本のNHK TV をバイリンガルで聴くというのもいい。ニュースについての前知識があるからすんなりはいるはず。

うんこれがいいね。
これも前にやっていました。外国気分にはなれないですが、英語力はこれで伸びたような気もします。

           JOHNY

ゼミ

2004-10-28 00:47:43 | Weblog
時間を早く切り上げ王将に繰り出していたところへ、すこしだけ顔をだしてきました。
なんだかんだと、楽しく進んでいるようなのでいいことです。

がしかし・・・

硬質なところも強化していかないとチャライ集まりになってしまうのでは!
大学生の限界はもうちょっと高めておかないといけないなーと小姑は思うのでした。

         JOHNY

英語の

2004-10-27 23:11:38 | Weblog
 もともと言語の勉強はおもしろいのですきなのですが、近時は時間が取れない。
再学習すると宣言したはずなのにぜんぜんすすんでいない・・・。

 ついさっき興味深い内容の講演に行ったところ英語でのレクチャー。
国連における女性の国際会議というものでしたが、質疑応答では身近な話題、ジェンダーのことでいいですよよとのことなので、私の得意とする分野。
 アレンジしてくれている人は私が好きな人だ。

質問せざるを得ない状況。

しました、英語で。
日本語でいいですよというまえふりもありましたが、プライドがゆるさない。
かなりがんばってみました。
とりあえず一番にしましたし。

くーっ。いいとこみせるチャンスだったのに・・・。

毎日ちゃんと英語読むし、しゃべるようにします、時間とります。

                JOHNY

雨降り地固まるように

2004-10-26 20:18:54 | Weblog
 バランスを欠いた生活、不安定な気持ちも固まるとよいのですけれど。
さすがに先週からの流れで今日はきついです。

 元気になれる火曜日のはずですが、冬眠したい気持ちになっています。

集中して何かやってみる・・・実は期限に追われた仕事が・・・冬眠せずに があんばります。

終われば少し、落ち着けるでしょう。

      JOHNY

夢で

2004-10-26 01:07:31 | Weblog
 最後の瞬間を何度も見た

眠ってすぐに涙が出た
焼きついた瞬間
生きている
わすれない
 
 生きるものにできる限りの愛情を注いで生きていく

       JOHNY

家で図書館

2004-10-26 00:46:20 | Book
 借りている本の返却日が今日まで。延滞にしたくないので24時前にウェブ上で手続き。認証番号を入れてパスワードを入れるとできちゃうのです。
うーんすごいな、いまさらながらネット。
おまけに蔵書の検索とかもできるようです。まだ家でやったことはないのですが。

 ちなみに現在13冊借り出し中。
そのなかには何度か読んだものもあるのですが、かるくレヴューみたく紙に残さないと完全に自分のものになった気がしないので二度借りです。
 でも、作れるのかレビュー。

お気に入りの本は2004『法律から考える公共性』東京大学出版会
編者に長谷部恭男。

 長谷部氏なかなかいいです。
彼は憲法学の学者ですが法哲学にも造詣が深い、かつマスメディアにも言及する。
この本に絡めていうと公共という概念とマスメディアが結びつくわけです。

そこで少し問題が・・・
公共というような概念をみていくとどうしてもユルゲンハーバマスに触れなくてはいけないような気がする。
 彼のものを去年、ざっと読んでみたのですが、よくわからなかった。私の中で、「ハーバマスについてはなかったことにしよう 」というチョウ安易な結論をとっていたので、できれば読みたくない。ましてレビューもしたくないです。

長谷部氏は
私の中でかってにライバルに設定です。であるならばやはりダメか読まなきゃ。

 そういうことで本日は東京大学で彼の講義を探にいきました。しかし今学期はもっていない・・・。
 来年時間があればということになりそうです。

他の講義で
明日もあっちの大学へ遠征予定となっています。

          JOHNY

彼らが創った国

2004-10-25 01:50:45 | Weblog
集団就職は貧しさのの作り出したエネルギー。
働くって何だろうね。
200万人の金の卵たちが問いかける・・・。

 間違いない男?がフリーターについてコメントしていた。
俺はやりたくねーことはやんないなんていってるうちに、そういう仕事は外国から来た人に取って代わられて、ついにはやりたくないこともできないようになるんだよ!まちがいない・・・。

 いわんとしてることはわかるけど、それほどつよく言えることじゃないと思います。

 上等、やりたくないことやれなくてけっこうじゃん。

サラリーマンであれフリーターであれ、社会や国はどういう世界を提示できるのかっていうことだからね。

 いつか君たちは路頭に迷って、ざまあみろって言うのであれば、それ相応の反動を食らうということは覚悟すべきですね。

敵に回せるものならまわしてみな、というのが現役不良からの言葉です。
そしてこれから作る国はフリーターの肩にもかかってるからね。

             JOHNY

漂白のあとの藤原美智子

2004-10-24 23:40:22 | マスメディア
 今時ですよね。
旬な時代は過ぎているような気はしますが、まだ情熱大陸にでてくるくらいだから、これから彼女を認知する人もいるのでしょう。
メイクアップアーティストとして キレイになるためという欲望を埋め ライフスタイルが注目され 自分ブランドまで立ち上がる。マーケットは売れるものに敏感だから 新築マンションのインテリアといった分野にまで需要がある。際限なく広がっていく仕事。もちろん彼女の感覚が時代に求められているという現実がある。

 おもうに現実社会では過度に清潔なもの美しいものへの欲求が強く、自然なものに対して肯定することができなくなっている。
 あらゆるものが漂白され脱臭され、限りなく透明な存在となっていく。
現実が限りなく透明に近づいていくがゆえに、それを見えるようにするために人工的な装飾が必要となっていく。
 おそらく人間も同じようなことになっているのではないだろうか。個性のない表情と精神をもと求める時代の空気に染まり、その結果メイクが必要となり、外交的な性格を作ることにもなる。

 キレイでなければならないのは漂白されすぎた社会の帰結ではないだろうか。
一見キレイなメイクは実は汚しているのではないかとも思えてくる。

ここ数年藤原自身がグラビアを飾るようになっている。
自分を汚し消費の対象とすることで、藤原の世界は終わるとおもえる。
果たして次にくるのはなんであろうか。

          JOHNY

しらなかった民法725条以下

2004-10-24 08:21:22 | Weblog
親族総則からの規定、日本国憲法の成立に伴い全編改定されたものつい最近知った・・・。どこかで聞いたことはあるはずなのですがそのことを意識はしていなかったので覚えてはいなかった。
憲法の先生から民法725以下は突然読みやすくなってるでしょと言われて、そういえばそうだ、と感心。一方、憲法からのアプローチでまだ知らないことがあるのかというちょっと驚きもあったり。
 
 憲法に限らず 知らないこと、わからないことっていっぱいあるのですが、その際たるものは、死ぬっていうこと。

 ついさっきうちの子とお別れした。

私が知っているなかでは比較的静かに逝ってくれた。彼の苦しみがどれほどだったかはわからないが、最後の静かさは私の悲しみを確実にやわらげてくれた。

そして終わりの瞬間から訪れる圧倒的な静けさと安堵。
おそらくどんなに過酷な形で死に至るとしても、最後は静けさと安堵に包まれる。
そのことに人は癒され、また生きていく。

            JOHNY

優しさをつれに

2004-10-23 01:39:36 | Weblog
 今日は、久久にまいってます。
アサ仕事に出かける前にチャイムの音。
女の人が、あの~黒白のネコはおたくの・・・

はい

事故にあったみたいで・・・

発泡スチロールにタオルがひかれるなかに、うちの家族が横たわっている。
 まだ生きていますが体温が下がって・・・

きくとすでに病院に連れて行って強心剤をうってきてくれたとのこと。

お財布から1万円札を出してありがとうございましたとお礼をいい、ネコに声をかける。

目を開けた、反応してくれた。

仕事を二時間半で早退し、横たわる彼をさすりながら このこはわたしにとってなんだろうと考えていた。
 ペットという言葉でくくるには抵抗がある。8年余りの時間を同じ家で過ごし、様々な思い出がある。言葉こそ通じないが確かな繋がりがそこにはあるのだ。
 家族というしかない。

うごけず苦しいようだが意識はあるようだ。さすっている手に頭を乗せて甘えようとして、苦しいはずの身体を動かした。そのとき彼は泣声をあげた。 
苦しいのに無理をして甘えようとした・・・

私はそれから二時間ぐらい泣きながらかれをさすっていた。
行きつけの病院に電話をいれる。

意識がある彼を見ながら安楽死を考えている・・・同じような場面は何度も経験済みだが、苦しい、どうしたらいいのかわからない。涙が止まらない。

病院でもまた、泣かされて。
とりあえず安楽死はさけ治療の可能性を探る。

夜は家につれて帰ってきた。
なでて声をかけてあげることしかできないが、病院の中で寂しく命が停まってしまうことはさけたいのだ。

           JOHNY