JOHNY’s BLOG

かほりたつあざやかなはなとどめおくおもいをよせる淡雪のふみ

モルスキン

MOLESKINE モレスキン ルールドノートブック・横罫・ラージ ([文具])

夜のピクニックでしょ

2006-09-30 14:44:50 | Book
夜のピクニック

こちら

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また文字化けしてますか?とりあえずかまわず張っておきます。

そうピクニック、秋の遠足! なのか。節約もかねてなのですがお弁当を持ち歩くのがちょっと楽しい今日この頃。ペットボトルにはお茶を・・・。なのだが、どうもペットが解せん。なんだか気分をそがれてしまうのです。やっぱり水筒かポットじゃないと。というわけで水筒ほしいな~と思っているしだいです。私が持っているやつはちょっとでかい。銀色で保温力も高いかっこよいやつなのですが、ちょいとおもい、し、がさばるじゃん。
 かおうかな~どうしようかな~、かってもすぐに飽きちゃうかもしれないシナ~など。
買う前に本読んでからと思っておすすめしてみました。

                          JOHNY

買い物英語でしょ

2006-09-30 14:35:56 | マスメディア
英語には悩まされました。高校二年生中間テストで9点、追試で11点・・・100点満点です。
 追試で11点じゃ成績付けらんないよ~といわれたこともすっかり忘れかけそうな私ですが、それなりに英語の本も読むようになりました。会話もまあまあできるように。

さて
小学英語「必修は不要」 伊吹文科相が発言 (共同通信) - goo ニュース「まったく必要がないと思う。美しい日本語を話せないのに外国語をやっても仕方がない」と述べた、という文科相。
 確かにそのとおりなきがしますが、世の中の人が求めている英語というのは、きれいな英語とか内容のあるものとかそういうものではないでしょう。
道を聞かれてもこまらない、旅行中にショッピングできる、ぐらいなものしか求めていない、と。たぶんそうだよね?
 だったら、買い物英語として必修にしてもいいんじゃないなどとおもいます。文科相のいうきれいな日本語の意味がどんなものかわかりませんが、教養の伴わない人にきれいな言葉が使えないことは確かだと思います。

                    JOHNY

伝統を守れ!

2006-09-30 14:22:44 | マスメディア
意味深なタイトルで。
「皇室の伝統を守る国会議員の会」来月17日発足 男系維持目指す (産経新聞) - goo ニュース
一部の利益代表ではない国会議員ですから、いろいろな人のいろいろな伝統を守ってもらいましょう。
会では、具体的には、連合国軍総司令部(GHQ)の意向で昭和22年に皇籍離脱した旧皇族やその子孫の一部について、皇籍復帰・皇籍取得などの方策を検討。このほか、(1)基本的人権や私的経済行為を制限されている皇族は、一般国民と同様に住民税や相続税を支払うなどの義務を課せられている(2)皇位継承儀礼や皇室祭祀などに根拠法がなく、予算措置も不十分-などの諸問題に関しても議論を進めるなどといっています。不思議な議論が展開されそうですが、頭がよろしい国会議員さんですから、へんなことにはならないでしょう・・・。

 また、今月30日に東京・日比谷公会堂で開かれる「悠仁親王殿下のご誕生をお祝いする集い」についても、同会準備委員会が共催者として参加すると、結構なことです。私的に祝っていただければと思います。 
 おもうに、多くの人が念頭においている皇室の伝統は明治期に整理されたものでしょう。すくなくとも立憲主義との関係が明確になったのは帝国憲法以来であり、かつ現在の象徴としての天皇を作るきっかけとなったのはGHQの指導によるものです。皇籍離脱関係のことは天皇が象徴にすぎないという規定とともに考えたものであるはずです。すると、そこに調整をいれることは天皇の象徴性に疑問を投げかけることになりますね。
 いわゆる伝統を守ることは悪いことではないとおもいますが、同時に天皇を憲法規定からはずすことを考えなければいけなくなるようにおもいます。

                JOHNY

天皇のなぞ1

2006-09-28 19:16:24 | Book
 
 いまさらながらの発見としてあげられるのが憲法における天皇制である。
市民が天皇制を意識に上らせるのは学生時代の勉強において、もしくはメディアにある話題によってであろう。意識において天皇制をどのように理解しているか。おそらくそれは憲法にある文言、国民の象徴としてということばを付属させたマスメディアによる像というものであろう。一般的な見解でいえば、ここに想像された天皇は日本の社会と乖離するものではない。憲法の文言に取り入れられていることから、むしろ社会と親和的なものであろうと考えられているのではないか。
 
 しかし天皇にまつわる話題が社会に上るときなぜか感覚的にすっきりしないものが残るのはなぜなのだろうか。皇太子妃のこと、皇位継承者のこと、そして彼らにつけられる敬称のこと、など、どれもが通常の感覚とは違う価値観によって処理されていくのである。
 
 井戸端会議ですむのなら、「宮家は特別だから・・・」という、ものいいで済ませてしまうこともできるが、問題が、国との関係であり、憲法との関係であると捉える研究者としては素通りできる問題ではない。ただし、私の理解するところの憲法学、講義されている憲法という教科にしたがっていくならば、天皇の存在は問題視されるものではない。なぜなら憲法において天皇は象徴としての存在であり政治的に責任を負うものではないと規定されているからである。講義される憲法学は君主天皇を積極的に社会と調和の取れたものとするつじつま合わせをしてあるといえる。帝国憲法において統治権を総覧するものであった天皇は日本国憲法においてはただの象徴となったが、日本国民が敗戦を知った1945/8/15をまたいだ存在としての天皇は裕仁という同一人物であり、そして日本国憲法が施行される1947/5/3にいたってもそれは変わることがなかった。つまり憲法上の規定が変わっても、天皇の存在はある意味磐石であったといえそうである。

 戦後、日本国憲法制定過程において天皇制をどのようにしていくかというのはGHQの占領政策そして社会情勢とも大きくかかわり一概に是非を判断しがたいが、ひとつはっきりしていることは帝国憲法下においての男系世襲という制度をそのままにした天皇制が今の時代にまで残される端緒であったということである。このように憲法の変化によって天皇制は実質上影響を与えられなかったことは指摘されるが、次の点においては大きな違いがあるとの指摘がある。
「皇位は、世襲のものであって、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」と皇位継承たり皇室典範を国会の議決事項としたことにある。これは帝国憲法では皇室典範は帝国議会の関与の外に置かれていたのに比して、皇位継承法にまで国民主権原理を及ぼしたものとして、きわめて重要な意義を持つ。


大阪公立小股憲明『近代日本の国民像と天皇像』2005 大学共同出版会 P474

安倍総理と記者会と記事

2006-09-28 12:09:36 | Book
安倍首相「ぶら下がり」取材は1日1回 官邸が申し入れ (朝日新聞) - goo ニュース
わかりにくいニュースですが 要は取材の機会を減らすよとのことに対して、記者会は 一方的な通告による変更は認められないと怒っているということですね。

 なるほど、取材はできる限り多いほうが、よいものが書けそうです、がしかし、おおむね総理がしゃべったことを、紙面、画面、に載せることしかできないメディアには、取材の機会が一回だろうが三回だろうがあんまり関係ないのではないか。
 取材の機会が多いことにより結果露出度が高まるだけなら、安倍さんは取材回数増やしたほうが言いとしかいえないが、いかがか。
いわゆるタカ派発言を繰りかえせば、そのうちみんなタカになるでしょう。メディアの人はただオウム返しするだけなんだから。

タカとオウムじゃ勝負が見えてるか?

               JOHNY

恒例のフロー

2006-09-28 03:27:19 | Book
なぜかヒステリー気味な1日。事務処理その他で簡単にキャパオーバーです。本を読んで気分を変えねば。というわけでもないが
近代日本の国民像と天皇像

大阪公立大学共同出版会

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 お友達”のぼりの人”にもおすすめ。
一部 明治政権における国民統合の観念装置としての帝国憲法、教育勅語。一次大戦後の議会に見る国民像と天皇像、そして二部にある、”思想としての天皇と国民”。三部には教育勅語の法的性格とその効力について、など。

 丸山真男のまなざしが天皇制否定に向けられていたことにかんがみれば、丸山を論じるには天皇制の理解が求められると。
 
 おしえていただいた、10/7の研究会にはぜひいこうかとおもいます。

                 JOHNY
追加 REVIEW 代日本の国民像と天皇像』2005 大阪公立大学共同出版会

 天皇制なる語が好感をもってメディアにのぼり市民の間に浸透して久しい。近時も皇位継承第三位に位置する世継ぎが生まれしばらくの間メディアを席巻したのは記憶に新しい。天皇制という語はそもそも共産党によって作られた造語であり、そこには絶対的な否定の意味が込められていたものである。しかし時間を経てみれば本来の意味にあった否定的側面はおおむね取り去られ、むしろ肯定の意味合いを強くしてその後は存在する。そしてときに天皇制は日本独自のものであり文化である、それゆえ当然に保存されるべきものであるというようなことがいわれることもある。しかし世界を見てみれば、天皇制的なる様なものというのは数多くあるのではないか。佐藤功『君主制の研究』などをみれば、いわゆる君主制と天皇制は共通点を多くしていて、特に日本固有のものであるというようなものではないことがわかる。  西洋の君主制と日本の天皇制は基本的に同じ線上にあると考えるとき、疑問に浮かぶのが明治期から昭和の15年戦争へ到る過程で、その力を増強させたように見える、日本独自の君主制変化についてである。 この変化について小股憲明は次のように言っている。
 
 明治憲法における天皇規定は、法の形式上は静養立憲国の君主規定と基本的に一致している。君権の伝統性や大権事項において、西洋憲法に比較して幾分強調や拡大の傾向を認めるとしても、それは天皇の権力の強大さと絶対性を示すという一般の理解とは逆に、事実における君権の無伝統性(絶対君主からの直接の発展でないという意味で)と無能力性の倒立した表現であり、ここにこそ政治制度としての天皇制の特色があった

 小股が指摘する“政治制度としての天皇制の特色”ゆえに日本の君主制は独自の変化をしたと考えられる。そしてその変化は世界史的時代の流れとは逆行し、天皇の絶対化という形をもたらす。この理由について小股はいくつかの示唆を提示する。
国家官僚がシンボルとしての天皇を完全に掌握していたことにより、天皇の絶対化をイデオロギー的に推し進めることができた。
明治国家設計者が倒幕のために担ぎあげたシンボルとしての天皇をおろせなかった。
民権運動の勃興との対抗関係による。
これらのことを前提にして、当時の国家形成に必要とされた、人民から国民への形成という観念上の回路は絶対化した天皇制を必要とした、このように考えるようである。


例えば帝国憲法第一条「大日本帝国は万世1系の天皇之を統治す」を見たとき、西洋立憲君主国における王権神授説と取れる表現となんら変わりないといえよう
小股憲明『近代日本の国民像と天皇像』2005 大阪公立大学共同出版会p420


発掘本

2006-09-27 03:03:57 | Book
苅部直『丸山眞男』(岩波新書、2006年5月)
ぜんぜん古くないのに・・・
先日図書館で借りて読んだばかりなのに・・・

なぜか、埋もれていました机の上で。まーったく記憶から消え去り、やっぱり買おうかな~とか思っていたので、よかった発掘されて。

本日の予定

2006-09-25 09:04:47 | Weblog
 郵便を待つ。
 健康保険の申請
 病院にもいく。

履歴書を書く?
ほか電話する、などなど単純平和の一日の予定となっています。
書類がそろえばハローワークに行く。

書類待ちなので終わり次第、夕方には大学図書館へ行こうとおもっています。

 バイクの整備というあそびもあるのですが、それは後回し・・・かな。あ~でも仕事に入ったら時間がとれないかも。夕方決めましょう。

後期の課題は

2006-09-23 22:44:37 | Book
 勉強しないこと。座学のということにしましょうか。あらゆることが勉強ですということであれば、しないこと=死んでる、なので選択できず。

先般お友達とお話していたとき、1日2時間とればずいぶんな結果がのこせるよねと。たしかに集中した二時間でかなりの成果が出ることは経験的にわかる。 また二時間なら生活に支障がないと。私の現状は空いた時間、削った睡眠時間の余裕はすべていわゆる勉強に費やそうとするので、正直生活にさしさわりがある。

 ということで、これからは勉強しない!っていってみようかと。
二時間だけ?二時間も?

にしてみましょう。

 今日の本 John Grisham 『 The Rainmaker 』
The Rainmaker (Random House Large Print)

Random House Large Print

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またしても

2006-09-22 19:57:11 | Weblog
 ボーっとしているところへ、挨拶しながら近づいてくる学生・・・

だれ?だれだっけきみは~。
 とりあえず挨拶は返しておかなくては。

 よかった~気づかれないのかと思いましたよ。

すいません、まだ君が誰なのかはわかっていません。

しかし、親しげな話しぶりからすると、知り合い?おそらくゼミの子か?

 夏休みはどうだった、充実してた、いや、資格試験の勉強してたりであんまり。
 
なるほど就職活動を控えた三年生か?やはりゼミ員か、講義は昨日からだっけ?

 昨日からです、ゼミも・・・

ふ~一安心。うん君は確かにゼミ員だ! そういえばわずかな記憶が、確かに(ほんとかよ)見かけた記憶がある・・・。

そつなく話を終える頃、君が新期ゼミ長ということが判明。

 よろしくね~と。綱渡りの日常会話が終わったのでした。


                        JOHNY

先日の丸山真男にエリーティズム

2006-09-22 00:20:11 | Book
しばらく借りていました新書。そろそろ返そうかなと思い、ざっと整理。

 丸山の本郷での戦後始めての講義は次のように始まった。

 われわれは今日、外国によって「自由」をあてがわれ強制された。しかしあてがわれた自由、強制された自由とは実は本質的な矛盾 - CONTRADICTION IN ADJECT(ママ)ーである。自由とは日本国民が自らの事柄を自らの精神を以て決するの謂に 外ならぬからである。われわれはかかる真の自由を獲得すべく、還元するならば、所与としての自由を内面的な自由に高めるべく、血みどろの努力を続けねばならないのである

 このようにはじめられた帝大、いや東大、戦後講義。
戦後になるまで、以後もですが・・・国をささえてきた知識人をお・お・く・産み出してきたのは東京大学ではなかったか。南原繁の言葉は戦後も重きがおかれただろうが、今見れば戦前の人であるとしか言いようがない。
 だからこそ、丸山の言葉は本郷でこそ最大限の意味をもった。このように私は考えますがいかがなものか。
論だな日々。奇しくも同じようなニュースをみていましたが、ちょっとだけカチンときたのでコメント。
 新司法試験のとりあえずのスタート結果(未修、既修で別れていて未修結果は次年度今回は既修の結果)は中大の人数TOPに続き東大、慶大
大学院別結果合格率でいうと一ツ橋がTOPですね。 合格数と合格率の数字に囚われていけばやっぱり東大か、ということになりますが、おもうに東大系の人に適した試験であるからこそそういう結果なのではないのかとおもいます。戦前も戦後も官僚養成の中心地は本郷そのことに間違いはないと思います。
 しかしてその結果は? 判断はそれぞれかとおもいますが、合格率をもって適合性とし、イコール善であろうという仮定には疑問が浮かびます。ある意味、優秀な人が適当な仕事をしてくれることは好ましいことだと思いますが、現在の社会の配置を何の疑いもなく踏襲する人たちでは進歩はないのではないか。
 最近首相になられた方は東大ではない?かも知れませんが、親から受け継いだものを何の疑問もなく踏襲するという点において、東大のそれと類似性があるような。
 さて、他、よき学者、研究者に関してもコメントが。うーん、そうかな~。丸山さんも上野さんも林さんも慶大の小熊さんも、ぁ~仲良しの重田さんも東大経由だ。しかし上野さんならそういう還元はしないね、などと最後は上野千鶴子、頼み?

                      JOHNY
丸山眞男―リベラリストの肖像

岩波書店

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