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カンボジアだより シーライツ

国際子ども権利センターのカンボジアプロジェクト・スタッフによるカンボジアの子どもとプロジェクトについてのお便り

児童買春に取り組む大学生からの質問(3)

2006年01月18日 13時52分25秒 | その他
みなさんこんにちは、平野です。
第2弾掲載から時間が経ってしまっており申し訳ございません。
無事カンボジアに帰還しましたので、また精力的にアップしていく所存です。

前回に引き続き、児童労働・児童買春に取り組む大学生のグループ「サンピッコロ・プロジェクト」のみなさんからの質問と、それに対する平野の回答をご紹介させていただきます。サンピッコロ・プロジェクトは、立命館アジア太平洋大学のサークルで、愛地球博にも出展しています。
HP   http://www.apu.ac.jp/circle/sunpro/ 
ブログ http://spp2005.exblog.jp/
今回が最終回です。

【質問6:どうして買春はなくならない!?】

なぜ多くのNGOや様々な団体がグローバルに活動しているのに、買春は減らないのでしょうか Ex.警察の腐敗や法律がいい加減など平野さんの考えも交えてお願いします。

(平野)
これは、もう私が聞きたい!列挙することは可能ですが、様々な要因が絡み合っていて、それを明快に説明し、「こうだからだ」と言い切るのは私には不可能です

・貧困(出稼ぎに行く動機)
・教育の欠如(様々な局面で騙される危険を高める)
・情報不足(村の人は人身売買の危険についてあまり知りません)
・インフラの未整備(なぜ情報が入らないか?インフラのせいもあるでしょう)
・不十分な法整備(欠陥の多い法律では取り締まれません)
・法の執行力の弱さ(賄賂が横行し、逮捕されるべきものが逮捕されません)
・腐敗した司法(裁判所に行っても賄賂が横行していて解決になりません)
・高度化する組織犯罪(組織犯罪はよりグローバルにより高度化しています)
・援助機関の資金不足(どのような活動にせよ資金は重要です)
・処女崇拝と偽善的な貞操観念(妻になる人は純潔で、性欲処理は買春で)
・需要があること(コレがある限り供給しようという勢力はなくなりません)

【質問7:伝えて欲しいこと】

最後に、私たちのプレゼンや今後の活動で「ぜひこれだけは伝えてほしい」ということはありますか?

(平野)
想像力を持って欲しい、と思います。私個人は、一部の国のように売買春合法化も、一つの手段だとは考えています。事実、自分たちにも職業人としての権利と尊敬を、と主張するセックスワーカーの人もいます。誇りを持って働いている人もいます。売買春=悪、という概念だけで物事を捉えても、行き詰ることになるかも知れません。

一方で、買春する男性の中には、セックスワーカーが明るく振舞っていることや、他に生計を立てる道を持たないことを理由に、「彼女たちだって楽しんで仕事している」と主張する人もいます。しかし考えてみてください。人間は毎日泣いて暮らすことはできないのです。泣いて泣いて涙が枯れた頃に、自分の状況を受け入れることしか生きていく手立てがないことを知り、そしてそこでなんとか明るく生きていくわけです。いじめられっ子がいじめられて辛いのに、表面上笑っているとき、「あいつは一緒に遊んでいただけ。だって笑ってたもん」と言ういじめっ子がいます。それと一緒ですね。想像力の欠如です。自分に都合よく解釈することしか知らない。

また、娘を出稼ぎに出す親だって、本当にいい仕事を紹介してもらえるのだろうか、売り飛ばされたりしないだろうか、と心配で胸が張り裂けそうな中で見送ることもあるわけです(もちろんブローカーにコロッと騙されてニコニコ見送ることもあるでしょうが)。心配で胸が張り裂けそうだけれども、娘に働きに出てもらわないと困るのです。他の子どもたちに食べさせる食べ物がないのです。「子どもを売るなんて。アジアは人権の概念がないから」などと平気で言う人がいますが、親の愛は世界共通です。
そういった諸々の要素を鑑みて、それぞれの立場があることに思いを馳せた上で、それでもやはり「これは絶対いけない」と本当に思えることに取り組んでいっていただいたらいいと思います。私の場合は、そして国際子ども権利センターの場合、子ども買春がそれです。

この項終わり

※写真は、ご覧の通り、カンボジアの子どもたちです。この子たちがいつまでも笑顔でいられるように、力を貸してください ↓
http://jicrc.org/pc/member/index.html




児童買春に取り組む大学生からの質問(2)

2006年01月07日 14時25分19秒 | その他
みなさんあけましておめでとうございます。日本の正月はいいなあ、と思いつつ、この寒さに「もう冬には帰ってきたくない」とも思う平野です。
前回に引き続き、児童労働・児童買春に取り組む大学生のグループ「サンピッコロ・プロジェクト」のみなさんからの質問と、それに対する平野の回答をご紹介させていただきます。サンピッコロ・プロジェクトは、立命館アジア太平洋大学のサークルで、愛地球博にも出展しています。
HP   http://www.apu.ac.jp/circle/sunpro/ 
ブログ http://spp2005.exblog.jp/

【質問3:子どもが働くのやむをえない?】

③カンボジアでは色々家庭の事情や、生活環境(経済的な)などから売買春が盛んに行われていると学んだのですが、「家庭や経済的な事情ならしょうがないじゃないか」という友達の意見がありました。でもしょうがないじゃ済まされないですよね。売買春の他に、生計を立てられるような、子供でも働いていけるような仕事は無いんでしょうか?

(平野)
基本的な人権を踏みにじる行為に対し、それを肯定するいかなる理由も存在しえません。踏みにじられるのは「子ども」の人権であり、「家庭や経済的な事情」は主に「おとな」のものですね。

そもそも、子どもが働くということは、奨励されるものではありません。子ども買春は「最悪の形態の児童労働」ですが、「児童労働」そのものが、撲滅されるべきものなのです。(子どもの心身の発達を阻害しない範囲内の労働や手伝いは、“child work”として区別されます)。「売春よりもまし」という文脈であえて言うのであれば、ゴミを拾っている子や、花を売る子、工事現場で働く子、本を売る子、靴磨きをする子、そして物乞いをする子、などが都市部ではよく見かけられます。しかし多くが子ども達を学校から遠ざけ、子ども達の健康を害するものです

農村について言うと、牛の世話などが子どもの仕事なのは一般的ですし、学校に行ったうえでそのようにできる範囲で子どもが家の手伝いをすることは問題視されません。ただ農村で食べていけないので、町に出ざるを得なくなったとき、教育もなく手に職もなければ、結局騙されて買春宿に、というパターンが待っていることが多いのです。ですから、前述のHCCなども、性的搾取の被害者だけでなく、そうなってしまう危険がありそうな貧困家庭の子ども達もシェルターに集め、職業訓練をしています。

【質問4:経済発展と売買春】

④前の質問にも関係するのですが、やはり売買春が盛んな原因の一つに、カンボジア全体の経済的な面(国際的な)もかなり影響していると思うのですが、平野さんはどう思われま すか?もしそれが大きく影響しているのならば、経済が改善されない限りカンボジアの売春は減らないのでしょうか?

(平野)
カンボジアで必ずしも売買春が他の国よりも盛んだとは思いません。日本の性産業の爛熟振りを見てください。日本は世界最大級の人身売買の受け入れ国です。フィリピン、タイ、最近は旧東欧諸国からも多くの人が売られてきています。経済が発展することで、送り出し国から受け入れ国になることはあると思います、日本のように。しかし売買春そのものを減らすことと経済発展はイコールではないと思います

【質問5:カンボジアの政府の対応】

カンボジア政府の売買春という問題に対する対応はどうなっているのですか?カンボジアでは買春は問題視されていて、きちんとした教育はなされているのですか?

(平野)
政府には内務省管轄でカンボジア警察内に人身売買・未成年保護対策部門などの特殊部隊もあり、もちろん全く取り組んでいないわけではありません。また子どもの買春、人身売買が多く、問題になっているという意味では、子どもたちは日本の子どもたちよりも早くから「買春」といった言葉に触れ、問題を認識する機会があると言えると思います。

ただ問題なのは法整備と、法の執行力です。現行の人身売買禁止法は欠陥が多く、さらに警官は簡単に賄賂で転ぶので、その現行法すらきちんと執行されません。警官の奥さんが買春宿の奥さんであるというケースもあると聞きます。また、政界の内部、それもかなりアンタッチャブルな上層部に人身売買で利益を得ている人物がいると言われ、事実昨年あるホテルで大掛かりな買春宿摘発があったときも、解放された少女たちは武装したグループに奪い返され、一度逮捕されたホテルの経営者なども、うやむやのままに釈放されました。

以上第2回でした。いかがでしょうか、もし私が日本にいて児童買春や児童労働の問題に関心を持ったら、と仮定すると、同じような疑問を持ったのではないか、と思います。みなさんにも参考になっていると幸いです。

※写真は最後に触れている問題のホテルです。

子どもの人権が踏みにじられないカンボジアを作るために↓
http://jicrc.org/pc/member/index.html

児童買春に取り組む大学生からの質問

2005年12月28日 15時45分40秒 | その他
みなさんこんにちは、カンボジアとの温度差に風邪気味の平野です。
今回から3回に分けて、児童労働・児童買春に取り組む大学生のグループ「サンピッコロ・プロジェクト」のみなさんからの質問と、それに対する平野の回答をご紹介させていただきます。サンピッコロ・プロジェクトは、立命館アジア太平洋大学のサークルで、愛地球博にも出展しています。
HP   http://www.apu.ac.jp/circle/sunpro/ 
ブログ http://spp2005.exblog.jp/

【質問1 買春宿に戻ってしまう要因と社会の受け入れ態勢】

①保護施設やその他の様々な施設などに入る(保護される)ことができても、色々な要因でまた売春宿に戻るケースが多いということを知ったのですが、それは主にどのような要因があるのですか?社会の受け入れ態勢は?

(平野)
要因について

☆ドラッグ中毒(買春宿でドラックを使わされることがよくあります)
☆セックスへの依存
☆職業訓練の難しさ(縫製や洋裁などの技術でも、学校に行ったことがない子どもには計算などの壁があります)
☆居場所が無いこと
結婚まで処女を守る事を重要視するカンボジアでは、処女を失ったことで「自分はもう結婚できない。人生がダメになった」と考える傾向があります。そこに上記のような様々な社会復帰への傷害が重なると、「自分はどうせもう普通の社会には戻れない」などと思い、買春宿に帰ってしまうケースがあります。また長く買春宿にいると、他の子たちとの友情も生まれるでしょうし、ママさん(買春宿のオカミさんですね)を、母親のように慕うケースもあります。他に頼る人がいないと、自分を搾取する人、場所すら、安らぎの場所になりうるのです。

社会の受け入れ態勢

自分の村に戻ることが理想ですが、なかなか難しいのが実情です。差別されることが多いですし、積極的な差別がなかったとしても、結婚などが困難になりがちです。NGO側も、職業訓練センターのほかに自分達で店を経営してそこで働かせたり、あるいはプノンペンの寮のある縫製工場に就職口を斡旋したりといった努力をしていますが、理想は出身の村に帰ることであることは言うまでもありません。ただ、こちらでは例えばレイプの被害者なども「壊れてしまった娘」として同情されるのですね。「可哀想じゃないか。彼女の(まともな)人生が終わってしまったじゃないか」という調子です。これを変えていくのは大変なことです。そしてこれは果たしてカンボジアだけのことなのか。そんなことはないですよね?

それと、その施設などに入って実際に社会復帰できている子供たちはどのくらいいるのですか?統計的な資料があればうれしいです。

(平野)
個々のNGOがそれぞれに活動しており、それぞれの団体は統計を持っているのでしょうが、全体としての統計は私は分かりません。職業訓練センターを出てからもしばらくフォローを続けないと「社会復帰できた」と言い切れませんよね?そしてそれはいったい何年フォローすればいいのか。そのあたりも考え合わせると、統計を取ること自体なかなか大変な作業だと思います。

【質問2 施設でのケア】 

②一度売買春にあしを踏み入れたら社会復帰は難しいという話を聞いたのですが、その施設などでは社会復帰させるためにどのようなケアがなされているのですか?詳しく知りたいです。

(平野)
一般には、職業訓練や識字教室がメインです。職業訓練では、美容や理容、そして洋裁に手工芸品などがメインです。カンボジアは総輸出額の半分以上を縫製産業に頼っており、28万人程度の縫製工場勤務の女性がいます。ですので、どこの職業訓練センターにいってもミシンが見られると思います。

以前の「カンボジアだより」で、HCCとういう団体の施設について詳しく述べています。
http://blog.goo.ne.jp/jicrc/e/6dcf83a3bd44484fdb3675499e6342ad
http://blog.goo.ne.jp/jicrc/e/4fe1f7089c2efd9263bd247409ebf1e0


また、心理的ケアとしてカウンセリングも広く行われていますが、カンボジアには
カウンセラーとして働くのに十分な知識や経験を持った人材が非常に不足しています。ただ、そんな中でも、絵を書く、造花を作るなど、被害者が癒されるための工夫をしているNGOもあります。権利センターの支援するアフェシップもそんな団体の一つです。 http://jicrc.org/pc/cambodia/activities/index.html

以上第1回でした。まだ“さわり”ですね。これからディープに、そしてアツく、なっていきます。続けてご愛読ください。

※写真はHCCのシェルターの職業訓練所でメイクを学ぶ少女たちです。

歳末です。歳末といえば、助け合い!海を越えて助け合いしてみませんか?
http://jicrc.org/pc/member/index.html

ムー・ソクアさんを囲む会直前企画<ソクアさんインタビュー第三回/折れない心>

2005年11月06日 23時13分01秒 | その他
みなさんこんにちは、平野です。
6日連続の投稿です。昨日引き続き、11月7日の元女性省大臣ムー・ソクアさん囲む会直前企画として、彼女の激動に満ちた半生のインタビューをお届けします。3回連載の最終回です。今回のシリーズは、これまであまり人身売買やカンボジアに縁がなかった若い人達にも広く宣伝したのですが、昨日いただいたコメントを含め、さまざまな方から熱い反響をいただいております。今回も、ソクアさんの強さと優しさに圧倒されます。

出所:アジア女性資料センター2005年3月カンボジアスタディーツアー資料
翻訳:裏川久美子、岩崎久美子

原文:
http://www.globalfundforwomen.org/work/trafficking/garden-of-evil.html

邪悪の園
発行所 O・オプラマガジン社  著者  Carol Mithers、2004

※小見出しは各パラグラフの最初の一文。太字は筆者。

【ソクアは、また地方の村に住む人々に直接この問題を持っていく。】

「田んぼ、穴だらけの道路、ほこりにまみれて移動して回ります」とソクアは語る。「ひとつの村はそれぞれ100家族ぐらいでしょう。村人たちは私たちが映画を上映するところまで歩いてきます。私は、いつも聴衆の中からひとりの老婦人を選びます。『おばあさん、あなたのイアリングはとてもきれいですね! そして古いですね! どこで手に入れたのですか?』にっこり笑っておばあさんは答えるでしょう。『これは、40年前結婚した時のものです』」
『値打ちはどのぐらいですか?』
『うーん、わかりません。売ろうと思ったことがないので。』
『どうしてですか? おばあさん、どうして戦争中でもどんなときでも手放さなかったのですか?』
『なぜって、これはとてもかけがえのないものだからですよ、おじょうさん』

「そこなんです。老婦人のことがわかりました。そこでわたしは尋ねます。『他にかけがえのないものはなんですか?』と。『あなたの子どもたちはかけがえのないものです。あなたの娘さんたちをよそに行くままにすれば、家族の財産を失うことになるでしょう。娘さんたちはあなたがたの宝物です。愛してあげてください。教育を受けさせてください。守ってあげてください』。私が行く先々で、女性たちがやって来て言います。『今、あなたのおっしゃる意味がわかりました。娘を探さなくては!』そんな時、私たちは、情報を流すよう努めます。おそらくその少女たちの10パーセントは私たちが見つけ出しています」

 【ソクアはまた官公庁内の汚職に対しはっきり異を唱えている。】

「商業省、労働省、法務省、警察の中の汚職に対してです。数千もの児童が事実上都会の真ん中で売春宿にいて、外国のマスコミがそれを記事に取り上げているとき、一国の首相が知らないということがあるでしょうか」。真実をありのままに言うと、人身売買業者は犯罪組織の一味である可能性があるから、多くの土地では地方警察や村長らが関係していて、権力者たちはそこから利益を得ている、とソクアは語る。[女性の人身売買反対連合(CATW) の共同代表Janice Raymond氏によれば、性的人身売買は世界全体で年間約100億ドルにのぼる。カンボジアの場合は確たる数字がないが、国際労働機関(ILO)の推定によると、マレーシアやタイのような国々では、性産業は国内総生産(GDP)の2~14%を占めている。]
ソクアは、カンボジアの売春宿の顧客であることが判明している外国人小児性愛者のリストを作った。その目的は、彼らの入国を阻むこと、すでに入国している場合は国外追放させることである。ソクアによると、国外退去の措置を取ったあるアメリカ人は、何百人ものカンボジア人の子どもを使ってポルノのウエブサイトを運営していたという。

 五月、ソクアはタイとの交渉に仲介の労をとり、人身売買されたカンボジア人を不法移
民として収監するよりむしろ故郷へ戻すことができるようにした。ソクアはベトナムとも同様の協定をかわしている。たとえ成果は小さく見えとも、家族にとっては小さくない。「つい最近、7人の少女たちを家へ戻すことができました。数人は16歳未満でした。私も空港へ行きました。そして母親たちと、その涙と痛みを目の当たりにしました。母親たちは自分の子をしっかり捕まえて放しません。私も母親ですからとてもつらいです。自責の念と純真さの喪失、何ものをもってしても元には戻せません。しかも、これで一件落着というわけではないのです。この少女たちは、どのような感情的や心理的サポートが得られるでしょうか? 何もありません。ゼロです。少女たちは強くなって人生を歩まなければなりません。ですから『女性はかけがえのない宝物』であるというところに立ち返るのです。たとえそういう悲劇が少女たちに起こった後でさえ、今まで通り少女たちはかけがえのないものなのですから

 ソクアの作戦の仕上げは、女性たちに経済力を持たせて売買業者に対抗する力をつけようというものだ。「ほかに生きる道がなければ、人身売買はなくなりません」とソクアは言う。「現在およそ500万人の男性・女性・子どもたちが1日50セント足らずの稼ぎしかありません。そこで、若い女性と少女の85%が、仕事を求めて自分から村を出ていきます。おそらくそのうち15%は仕事を見つけるでしょう。では残りの人はどこに行くと思います?飢えに直面した女性たちは自分の子どもを性産業に売るのです」。ソクアはこうした人たちを断罪しようとはしない。「まず『娘を行かせたとき、親たちに選択の自由はあったのか』と自分に問いかける必要があります。選択の余地はなかったと思うのです。私たちは、小さいけれども優れたプログラムを村のレベルで立ち上げました。まず女性たちがカートを1台買うために100ドル借ります。次に地元で作った製品を旅行者に売ります。スローガンは『女性にチャンスを』です」。ソクアはためらいを見せる。「たまらなくなるのは、彼女たちが仕事を始めるのを助ける資金が十分作れないときです」

 【密売者や警察、自分の国の政府さえも批判しようとするソクアの意志は大きなリスクを伴う。】

まず、電話が盗聴される。渡米したときですら、絶えず振り返って警戒することになるという。自分の活動のために殺される可能性は「考えたくないもの」だ。絶えず人の悲惨さのただ中にいれば、精神的にも打撃を受ける。「そんなときは断ち切らなければ」とソクア。「荷が重すぎると感じるときはシャワーを浴びるのよ。うんと熱いお湯をどんどん流して、ものすごい冷水にして、また熱々のお湯にして、泣いて泣いて、泣くんです。人前で涙を見せるわけにはいきませんから。男性に泣き顔を見られたら言われますよ。『見てごらん、大臣だって女は泣くんだよ。女は本当に弱いねぇ』って。でも活動を続けなければ寝られません。子どもたちに会わせる顔がないと思うんです」(了)

※連載はこれで終了となります。明日のソクアさんを囲む会の模様は、近日国際子ども権利センターのホームページでお伝えする予定ですので、是非そちらもご覧下さい。 http//jicrc.org

写真出所:http://faculty.law.ubc.ca/cfls/files_cfls/pics/picture%20page.htm

ムー・ソクアさんを囲む会直前企画<ソクアさんインタビュー第一回/夜の街に立つ大臣>

2005年11月04日 12時57分49秒 | その他
みなさんこんにちは、平野です。
4日連続の投稿です。これまでに引き続き、11月7日の元女性省大臣ムー・ソクアさん囲む会直前企画として、今回から3日連続で、彼女の激動に満ちた半生のインタビューをお届けしますのでお見逃しなく。

出所:アジア女性資料センター2005年3月カンボジアスタディーツアー資料
翻訳:裏川久美子、岩崎久美子

原文:http://www.globalfundforwomen.org/work/trafficking/garden-of-evil.html

邪悪の園
発行所 O・オプラマガジン社  著者  Carol Mithers、2004

※小見出しは各パラグラフの最初の一文。太字は筆者。

【カンボジアでは、少女たちの体は安価である。】

多くは16歳に満たない少女たちが、たびたび一晩に何十人もの客をとり、その売春行為に対しわずかな代償を得ている。なぜいまだにこんな状態が続いているのだろうか? その責任は貧困や汚職、女性を使い捨ての資源とみなす社会にある。Carol Mithersは、際立った人権活動家ムー・ソクアさんに、この悲劇をくいとめるための闘いについて話を聞いた。

深夜―カンボジア、プノンペン発 
蒸し暑い夜、セックスを求める男たちは、この優美な首都プノンペンの公園のはずれに群がる女たちのグループを漁る。その出会いは概して野卑で荒々しい。カンボジア首相官邸からほぼ見わたせる辺り、大木の下で男は女の胸を乱暴につかみ、セックスのため芝生に押し倒す。男は数分でことを済ませる。それから女は再びグループへと戻る。夜が更けるにつれてこのような光景は何度も何度も繰り広げられる。この陽気な買春者たちは、おそらく少女たちのほとんどが売買されて、強制的に、あるいはだまされて売春婦にさせられたことを知っている。男たちはそんなことはどうでもいいように見える。貧しい子供時代の苦労話など聞きたくもないし、生きるだけで精一杯なあまり、見知らぬ者から娘に都会で「仕事」があるといいかげんな約束をされて二つ返事をしてしまった親の話など、聞く耳を持たないのである。

 【しかし、そのような話こそが、少女たちの中に立つひとりの女性を悩ませる。】

他の女性たちよりだいぶ年上だが、スリムな体に厚化粧しぴっちりしたセクシーな服をまとったこの女性は闇の中で紛れている。客があらわれると、少女たちは守るようにその女性の前に立ちはだかる。女性は証人になるためにそこにいるのである。ムー・ソクア(50歳)はカンボジアの「女性・退役軍人省」の大臣を務めるかたわら、この公園での仕事を始めた。昨年夏、ムー・ソクアは、大臣の職を辞して野党入りした。売春をする少女たちと共に歩むことで厳しい現実を学び続けている。「公園の夜は怖くてたまりません。しかし、私は、暴力や虐待、あの少女たちの現実を感じとりたかったのです」と、ムー・ソクアは抑制のきいた熱情を込めて静かに語った。ソクアの物腰は無駄がなく落ち着いていた。「報告書を読むだけではこの現実を知ることはできないのです」

 街の通りで、ソクアは、警官が逮捕した女性にわいろを強要したり強かんしたりするという話を聞かされる。富裕層の若者たちが売春婦を輪姦することで結束を固めるというあばら屋の噂も耳にする。また貧しい女性や子供が性産業へとからめとられていく経路についても話を聞く。街の通りこそが、ソクアが売春生活の残酷で詳細な現実を吸収する場所である。公園でのセックスは、1米ドル相当の金額と交換される。しかも午後10時以降はさらに安くなり、ポン引きに半分は搾取される。ソクアが数えた少女は何百人もいる。多くはHIVに感染しており、ソクアの末娘と同じ13歳の少女たちもいる。「私はいつも涙をこらえています。全力を出し切ってこの現状をくい止められないわけがありません」とソクアは語る。

 【20年以上前、ソクアは米国の大学院を修了した。】                 

そのまま残って、社会福祉方面で比較的条件のよいキャリアを積むこともできただろう。だがその代わりカンボジアに帰国して、少女や女性たちのために情熱的に闘う闘士となったのである。戦争でこなごなに打ち砕かれた社会を公正で平等な社会に変えていこうというソクアの意欲が原動力になって、これまで彼女は現代の最悪の人権問題のひとつ、人身売買の問題にとりくんできたのである。

 セックスのための人身売買は何百万人もの犠牲者をだす世界的な人権蹂躙である。ネパールの女性はインドへ売られ、サブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南のアフリカ)のアフリカ人はベルギーへ、ナイジェリア人はイタリア、ドイツ、フランスへ、フィリピン人は北米を始め世界中のどこへでも、そして旧ソ連圏諸国の女性はヨーロッパ中へ売られていく。2000年米国は、人身売買および暴力被害者保護法(VTVPA)を可決した。それは、100カ国以上の国々を対象に年一回ごとの評価を求めている。2003年には、子ども買春目的で海外を旅行する米国民の起訴が容易になった。にもかかわらず、主に東アジアや太平洋沿岸諸国出身のおおよそ一万人の少女や若い女性たちが、米国のストリップクラブ、マッサージパーラーや売春宿で働いているのである。

明日の第2回に続く(計3回)

写真の出所:http://www.womynsagenda.org/images/Programs/SexWorkerProgram/

<号外>カンボジア事務所ボランティアサラーンさんの紹介

2005年10月26日 19時47分02秒 | その他
みなさんこんにちは、平野です。
前回に引き続きAFESIPの保育サービスについてご紹介する予定でしたが、号外として、8月末より国際子ども権利センターカンボジア事務所でボランティアを始めてくれたチュープ・サラーンさんをご紹介します。サラーンさん、自己紹介どうぞ!

【みなさんこんにちは、サラーンです】

私は、1989年にインドシナ難民として、家族と日本に移住しました。以来日本での生活は16年になります。現在は、大学を休学し、カンボジアで母国語を習うため、長期留学をしています。カンボジアに来るのは、これで5回目ですが、これまでは、最長でも1ヶ月の滞在だったので、いろいろと戸惑うことも多い毎日です。国際子ども権利センターでは、カンボジア語通訳等のお手伝いをしています。また、日本では、「すたんどばいみー」という団体で、外国籍の子どもたちの学習支援活動やその他の活動をしています。「すたんどばいみー」の活動については、会報「子夢子明」の53号で紹介しますので、会員の方は、是非ご覧になって下さい

在日期間が長い私は、本当の意味でのカンボジアを知らずに育ったので、今回このような機会を得てよりカンボジア人らしくなれるようにと思っています。こちらでも、カンボジアの子どもの力になれように精一杯頑張っていきますので、温かく見守っていって下さい。

【平野から一言】

5歳から日本で暮らしてるカンボジア人、みなさんはあまりイメージがつかめないかもしれませんのでちょっと補足します。彼女自身の言葉にあるように、カンボジア長期滞在は初めてなので、プノンペンの地理は私の方がまだ詳しいような状態です。食べ物も、タランチュラや蛇など挑戦済みの私の方が経験豊富かもしれません。日本語に関しては、普通の意味では完璧ですが、カンボジア云々と関係なく、他の若者がそうであるように、乱れた“若者言葉”を使うので、度々私の“教育的指導”が入ります。

そういった意味では普通の日本の大学生、という感じかもしれませんが、やはり日本でも団体の中心メンバーとして、さまざまなバックグラウンドを持つ子どもたちとともに活動しているだけあって、どこか落ち着いたしっかりした印象も受けます。翻訳に限らず、さまざまな業務も手伝ってもらっており、大変助かっています。国際子ども権利センターとしても、助けてもらうだけでなく、サラーンさんにとっても有意義なボランティア活動になるようしていきたいと思っておりますので、みなさまのご支援を宜しくお願い申し上げます