カンボジアだより シーライツ

国際子ども権利センターのカンボジアプロジェクト・スタッフによるカンボジアの子どもとプロジェクトについてのお便り

地方に潜るペドファイル

2006年09月30日 07時34分06秒 | 性的搾取防止プロジェクト(意識啓発)

みなさんこんにちは、平野です。前回は新しいかたちの人身売買について書きました。今回は子どもの性的搾取、特に外国人による新しいかたちのものについての新聞記事をご紹介します。

「地方に潜むペドファイル」2006年4月21日付けプノンペンポスト紙(Phnom Penh Post ‘Pedophiles take refuge in provinces’ By CAT BARTON 訳・要約平野 )    

過去5年間にわたりソッピアップ(現在13歳)の両親はお金、土地、新しい家、数々の家族旅行を悪質な後援者から受け取り、引き換えに彼は性的に虐待された。47歳のベルギー人フィリップ・デサートは彼の家族と私的な人間関係を築くまで、現地NGOを通して支援を行っていた。NGOのAPLEからの情報をもとに人身売買・未成年保護対策局がプノンペンでデサートを逮捕し、ソッピアップはようやく悪夢から解放された。

首都における法執行力強化に従い、外国人ペドファイルは警察の取り締まりが弱い地方へ移るようになった、とAPLEのカトリーヌ・ケーンは言う。「ここ最近、子どもの性的虐待はプノンペンでは減り、地方では増えました」とケーンは語る。「地方には監視の目が全くないのです」

カンボジアにおける子どもに対する性犯罪のうち、外国人によるものの割合は少なく、2005年度は1%を少し超える程度であった。しかし警察にとって外国人の逮捕、起訴は面倒が多い。ケーンは「もし間違いがあれば、多大な政治的影響を及ぼしかねないため、外国人の処遇は大変難しいのです」と主張する。

プノンペンの警察はそうした障害を克服し、外国人ペドファイルの対策に熟練している、とプノンペン人身売買・未成年保護対策局の副局長カエウ・ティアは言う。「我々はバイクタクシー運転手のふりをして容疑者を追跡するなどして状況を監視しているので、犯罪発生時には速やかに動けるのです」とティアは言い、観光省との協力にも言及する。「我々はホテルなどのオーナーたちと協力しています。彼らはもう外国人が子どもと滞在することを許さないでしょう」

外国人ペドファイルは、警察の取り組み強化に対応して様々な子どもへの接触方法を考えついている。「長期的な滞在先を探してシアヌークビルに行き、子どもとその家族を支援することはいまやトレンドです。地方の孤児院やシェルターを利用しようとする彼らが、子どもの支援を申し出た場合、素性調査が行われないことがしょっちゅうあります」とケーンは語る。

地方の絶望的貧困が、外国人ペドファイルに利用されている、とケーンは言う。「積極的に性的虐待の関係を継続させようとする家族もあります。このような子どもたちやその家族は、経済的関係が台無しになるのであれば、虐待の証拠を提供するのを渋ることが多くあります」被害者の家族を取り込むことに加え、"支援"という見せかけの関係のため、資金も訓練も不十分な地方警察は真実を見抜くことができないのである。(記事は以上)

前回も述べましたが、子どもを襲う犯罪はどんどん複雑化しており、子どもを守るには最新情報に基づいた適切な対応が求められています。なお、文中にある「観光省との協力」の一部として、国際子ども権利センターの支援先のひとつ、フレンズによる「チャイルド・セーフプログラム」があります。

※画像はACTION POUR LES ENFANTSによるSurvey on street-based Child Sexual Exploitation in Cambodia:Overview of 7 provincesというレポートの表紙です。インターネットで検索すればPDFファイルがダウンロードできます(英文)

卑劣なペドファイルから子どもを守るのに力を貸してください↓

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新しいかたちの人身売買

2006年09月27日 07時22分06秒 | 人身売買防止プロジェクト(意識啓発)

みなさんこんにちは、平野です。前回前々回の記事で縫製工場で働く女性の生活や、村の少女たちの彼女たちへの憧れなどをご紹介しました。だからこそ人身売買業者は「縫製工場で働けるよ」という嘘の職業斡旋を利用するわけですが、嘘の職業斡旋は職業斡旋全体のごく一部です。では、無事縫製工場で仕事を始めたらそれでもう安全と言えるでしょうか。今回は新しい形の人身売買についてお伝えします。

【辛い仕事や寂しい都会暮らし】

前回前々回の記事でお伝えしたように、縫製工場労働者には、狭い部屋に大人数で住み、特に娯楽を楽しむわけでもなく、家族への仕送りのお金を貯めている人が多くいます。カンボジアの縫製工場の労働条件は年々向上していると言われますが、それでも雇用側による虐待などがないわけではありません。また、仕事の適性や職場の人間関係、ホームシックなど悩む理由はいくらでもあります

【工場の周辺に集まる人々】

このようなさまざまな悩みを抱えた人々に「もっと楽で給料も高い仕事があるよ」などといって近づいてくる危険な人間がいます。彼らは時には悩みの相談にも乗り、友達、あるいは頼れるお兄さん/お姉さんのような存在になったりもします。そして結局他の州の買春宿に売り飛ばしてしまったりするのです。

また、プノンペンは農村部と違い自由恋愛が黙認(あるいは強行)されている都会であり、そういった華やかな雰囲気に飲まれる少女や女性もいます。夕方の工場付近にはそこにつけこもうとする男性が沢山集まってくるとも言われています。彼らの中には、女性と恋愛関係になり信用させた挙句に買春宿に売り飛ばす人間もいます。それどころか、買春宿のオーナーがバイクタクシーの運転手を雇ってリクルート活動をしているという報告もあります(註)。

また、例えそのようなことはされないまでも、「将来結婚する」という約束で(あるいはそう騙されて)婚前交渉を持つが結局その男性とうまくいかず(あるいは捨てられ)、将来を悲観する女性が増えています。彼女らの中には自殺を図る人や、それがきっかけで性産業に足を踏み入れる人もいます。その背景には女性だけに婚前交渉を禁じる伝統的価値観の根強さと外国のテレビ等の影響から来る自由恋愛への憧れがあります。

【ある雑誌の取り組み】

このような状況は新しいものであり、支援活動は出稼ぎ者を出す農村に向けたものがほとんどです。そんな中、ある英国人女性による縫製工場労働者をターゲットにした雑誌が創刊されました。その雑誌「precious girl(大切な女の子)」は、若い女性が関心を持ちやすいテーマ(洋服や化粧など)をメインに扱いつつ、「本当の愛ってなに?」「信頼できる友だちって?」といった内容の特集を組み、少女や女性たちが慣れない都会暮らしの中で傷つくことがないよう啓発しています。人身売買が新しいかたちを取るのに対し、このようなかたちの啓発活動も新しいものです。多様化する人身売買に対抗するには、支援する側も常に新しい動きに敏感であり、かつ自分たちの活動を常に見直すことが必要と言えるでしょう。

(註)今回のテーマは最近の動きのためまだあまりリサーチ等はないのですが、ここではLegal Assist for Children and Womenのリサーチペーパー“Gender Analysis of the Patterns of Human Trafficking into and through Koh Kong Province”を参考にしました。

※画像は“precious girl”のウェブサイトです。

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縫製工場労働者の生活(2)

2006年09月20日 06時07分08秒 | その他

みなさんこんにちは、平野です。前回はプノンペンの縫製工場で働く女性に聞いた労働条件等についての話をご紹介しました。今回は、児童労働やブローカー、それに村人の彼女らへの視線などについてご紹介したいと思います。聞かせてくれたのは前回と同じく36歳のサニンさんと27歳のクンティアさん(ともに仮名)、それに遊びに来ていたクンティアさんのお母さんです。

【児童労働】

サニン(以下サ)「幼く見える子に年齢を聞いてみたこともありますが、18歳と言いますね。選挙権のカードを持って工場に行くので、子どもはいないはずですが、自己申告ですし、汚職もあるので、実際のところはわかりません

カンボジアでは、18歳未満は縫製工場で勤務できません。しかし、実際は出生登録をしている人が少なく(最近はPlanなどのNGOと政府の活動の成果で増えています)、自己申告の年齢で書類を作れます。また18歳未満であることがわかっても、お金で解決できる場合もあるようです。別の工場勤務経験者の女性は、同僚の20%程度は18歳未満に見えた、と言っていました。

【人身売買やブローカーについて】

クンティア(以下ク)「買春宿に売られてしまう人がいることは聞いたことがあります」
クンティア母(以下母)「義理の妹がブローカーに騙されました。40ドル取られてプノンペンに連れて行かれたのに、仕事もなく帰ってきたのです。ブローカーは知っている人ですが…争いになるだけで、行っても無駄です。家に帰るお金があっただけよかったです」
ク「情報が少ないので、村の人はブローカーの恐ろしさをあまり知りません
母「この子の場合はサニンが先に来ていたので安心して出せました」

これまで8月5日から31日までの記事でお話してきた「村の職業斡旋業者」や「安全な出稼ぎ」に関係する言葉がいくつも含まれていると思います。

【村でどう見られているか】

ク「村にはお盆と正月に帰りますが、子どもの憧れを感じますね。肌が白くなるし、都会のしゃれた服を着ているので。もし村の少女が自分も来たいと私に言ってきたらですか?自分の親戚だったらOKです。面倒を見てあげられるので。でも他の子には勧めません。問題があったときに責任を取れませんので」
サ「私は出稼ぎは私で最後にして欲しいですね。将来の保証も病気のときの保証もありません。勉強して、村で仕事を見つけて欲しいです」

母「娘の仕送りで、豚小屋や家の修理などできて助かっています。4~5ヶ月で70ドルから80ドルもらっています。カンボジアでは伝統的には娘は家にいるものなので、昔は縫製工場に出稼ぎに行くと“悪い娘になった”と言われましたが、今では“じゃああの家はお金がある”と思われるようになりました」

今回と前回で、村で縫製工場が憧れの職業であり、そしてそれに関連して人身売買の被害にあってしまう人がいることが背景を含めて改めてご理解いただけたかと思います。では、騙されることなく縫製工場に職を見つけさえすれば、前回お伝えしたように厳しい住環境だったりあるいは仕事が厳しかったりしても、人身売買の危険からは逃れられるのでしょうか。次回はそのあたりのことについてお話したいと思います。

※写真は前回と同じくみなさんの部屋です(別角度)。

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縫製工場労働者の生活(1)

2006年09月17日 05時28分18秒 | その他

みなさんこんにちは、平野です。ブログ開始時より、縫製工場での仕事を約束されて出稼ぎに出て人身売買の被害にあってしまう人が多いことについて度々触れてきました。縫製産業はカンボジアの輸出高の大半を占め、30万人近い女性を雇用しています。特殊な技能を要求されないこともあり、家族を助けたい貧しい農村部の女性の憧れの職業で、小学生が将来の夢として挙げるくらいです。今回と次回は、実際にプノンペンの縫製工場で働く女性に聞いたお話をご紹介したいと思います。

【3人で共同生活】

話を聞かせてくれたのは36歳のサニンさんと27歳のクンティアさん(ともに仮名)で、リダさんという女性と合計3人で同じ部屋に住んでいます。工場からほど近い長屋のようなところで、日本流に言うと6畳一間くらい、あるいはもっと狭いでしょうか。以下2人の話です。

サニン(以下サ)「私たちはみな親戚でみなスバイリエン州の出身です。私の家は農家なのですが、兄と姉は高校の先生をしています。私も先生になりたかったのですが、高校の卒業試験に通りませんでした。通った人はお金を払ったのでしょう。その後はとりあえずお菓子を売って生活していました」

ク「私は5人兄弟の長女で学校は4年生まで通いました。こちらに来る前は家で農業をしていました」

サ「私は縫製工場で働いて4年になります。クンティアは2年で、働きたいというので紹介しました。もともとはリダがプノンペンに遊びに来て縫製工場で働くようになったことがきっかけです」

ク「家賃は3人で22ドルで、水道とトイレは長屋で共同です。22ドルには水道代電気代が含まれています。工場の斡旋でここに住んでいます」

【縫製工場での労働】

サ「まず自分で技術を身につけます。工場近辺の一般家庭がミシン縫いを教えているので、そこで1時間2000リエル(約60円)のレッスンを4時間受けてから工場のテストを受けました。私の工場には1000人くらいいますね。男性は10人くらいで管理職です」
ク「私の工場は…大きすぎてわかりません(笑)」

サ「勤務は1日8時間で週6日です。基本の賃金が45ドルですが、残業して10時間くらい働くこともあるので60~70ドルの月収ですね」
ク「私の工場は出来高制なのですが、1日2~5ドルなので、結局月給制と同じくらいです。でも出来高のほうが人気みたいです」

サ「組合はありますが、私は特に活動していません。もし働いた時間とお給料が合わないときは自分で事務所に行きます。この仕事に満足ではないですが、他の仕事もないですし。農業よりは楽ですが、管理されているのがイヤです。夫もこちらで警備員をしていますが、スバイリエンに帰りたいですね」

2人「プノンペン生活での楽しみは特にありませんね。休みは家で寝ています」

今回は基本的な情報のご紹介でしたが、現金収入のない農村部の人々にとって60ドルの収入は魅力的です。しかし写真の通りの部屋で3人で生活しており、楽しい都会生活というわけではないようです。次回は村の人々や子どもの縫製工場勤務に対する見方や児童労働、ブローカーなどについて聞いたお話をご紹介したいと思います。

※写真は許可をいただいて撮影したお二人の部屋です。

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安全な出稼ぎのためのNGOの取り組み

2006年09月11日 15時34分17秒 | カンボジアの人権状況

みなさんこんにちは、平野です。これまでの記事で「安全で権利の守られた出稼ぎの実現」のための実効的な支援について書き、その中で出稼ぎ者へのさまざまな情報提供の重要性にも触れました。偶然にも、現地の英字新聞にまさしく出稼ぎ者への情報提供についての記事が出ましたので、今回はそれをお届けします。前々回書かせていただいたように、必要な情報は多岐にわたり、政府機能が向上されないとそれらを全て網羅することは困難と思われますが、現地のNGOができる範囲のことを行ってそれが成果を挙げているようです。

8月15日付The Cambodia Daily, “Increase is Seen in Malaysia Trafficking Cases” by Kuch Naren and Adam Piore翻訳/要約平野。文中に登場する2団体はともにNGO。

カンボジア人の人身売買被害者が送られる先としては、タイとベトナムが依然として圧倒的だが、マレーシアのケースも増えてきている。Cambodia Women’s Crisis Centerの事務局長は教育不足にも原因があるとしている。「マレーシアについての情報の不足と首謀者への処罰の甘さが人身売買の主な理由だと思います」と彼女は言う。

フン・ソアンの場合、まさしく情報の不足が問題だった。31歳の彼女によると、リクルーターに年収1125ドルを約束されてマレーシアに行き家事使用人として働いたが、雇い主はわずかな食事で彼女を朝4時から夜7時まで働かせ、やめたいと言うとひどい暴力をふるったという。隣人が警察を呼び斡旋会社に他の家を斡旋されたがそこでも同じような仕打ちを受け、カンボジアに帰りたいなら1000ドル払えと会社に言われた。父親がCWCCに訴えて彼女は送り返された。「カンボジアでの農作業は大変ですが、食べ物も寝る時間も充分にあるのでずっといいです」と彼女は言う。CARAM Cambodiaの事務局長、ナブット・ヤによると、多くの斡旋業者は3年契約の1年分の給料を旅費や研修代等の経費として差し引く。「パスポートなどは没収され、搾取的な契約を結ばされます。多くの場合、働かないのなら警察を呼ぶと言われ、彼女たちはどうしていいのかわからないのです」と彼は言う。

しかしながら、マレーシアの斡旋業者は合法的に運営されているので、労働者の保護は不可能ではないと彼は言う。CARAM Cambodiaは、多くの研修期間中のカンボジア人労働者に接触し、IDカードや労働者の権利、そして基本的な英語を教えてきた。そして先月、60人のカンボジア人家事使用人が労働条件に抗議してストライキを実施し、CARAM Cambodiaが交渉をし、彼女たちは仕事に戻った。しかしながら、性的人身売買の場合、状況は悲惨である。22歳のニン・ソピアップはタイでのウェイトレスの仕事を約束されたが、実際はマレーシアに送られた。人身売買業者に家に帰すよう頼むとジャングルに捨てて動物の餌にすると脅され、買春宿のオーナーには、一晩に3人の客を取らなければ殴る、と脅された。なんとか逃げ出してきた彼女は二度と国を離れるつもりはない。「彼らは私を動物のように扱いました」と彼女は言っている。

※写真は東南アジアの地図で、色が付いたところがマレーシアです。出典:外務省ホームページ

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おとなと子ども両方で達成する子どもの権利

2006年09月08日 22時27分39秒 | 人身売買防止プロジェクト(意識啓発)

みなさんこんにちは、平野です。前回は人々が子どもの権利を理解し、苦しい状況にあっても子どもの権利を守ることの大切さについて書きました。そしてその中で「人々」はおとなたちだけではないこと、そして国際子ども権利センターは子どもの権利の実現における子どもの主体的な関わりを推進してきたことにも触れました。今回はこの「おとなと子どもの両方で実現する子どもの権利」について、ライツベースアプローチ(RBA=Rights-Based Approaches)の観点も交えて紹介したいと思います。

【地域ぐるみで子どもを守る】

2005年度のプロジェクト「プレイベン州コムチャイミア郡における、児童労働および子どもの性的搾取、人身売買を防止するため学校ベースの防止ネットワークづくりとハイリスクの生徒のいる家庭の収入向上プログラム」については、SBPN(School Based Prevention Network=学校ベースの人身売買防止ネットワーク)の活躍を中心にこれまで度々ご報告してきました。国際子ども権利センターは2004年には同郡において「児童労働および子どもの性的搾取、人身売買を防止するため地域ベースの防止ネットワークづくりプログラム」を実施しました。ここでの意識啓発活動の担い手はCBPN(=Community Based Prevention Network=地域ベースの人身売買防止ネットワーク)でした。

CBPNのメンバーは、村長、警察官、教師、女性と子どもの代表などの地域の主だった人たちです。子どもの権利、人身売買問題、人身売買関連法、及びジェンダーの役割などについて研修を受けたCBPNメンバーが、地域の人々に意識啓発活動を実施しました。のべ17,189人が参加した大規模なキャンペーンのほか、メンバーは仕事や日常の場で人々に働きかけ、またレイプやDVなどの問題にも積極的に介入しました。

【子ども自身の主体的関わりを促進するSBPN】

105名のCBPNメンバーには9名の子ども代表が含まれ、また意識啓発キャンペーンに参加した17,198人のうち9,242人は子どもでした。国際子ども権利センターは、CBPNの活動に手ごたえを感じるとともに、子どもたち自身のより主体的な関わりが欠かせないと考えました。このCBPNからSBPNへの移行は、RBAの考え方に基づいています。RBAは人権の視点から開発や開発協力を行おうとするアプローチで、権利を保有する者(rights holder) の権利実現を要求する能力、およびrights holderの権利実現のため努力する責務を負う者(duty bearer)の義務を履行する能力の両方を強化するものです。子どもたちの人身売買防止においては、子どもたちがrights holderで周囲のおとなたちがduty bearerということになります。責務を負うおとなとともに、権利を保有する子どものエンパワーメントが重要だと考え、2005年度はSBPNの活動へと進んだのです。

※ RBAの概念は、ここで触れた内容だけで説明されるような単純なものではもちろんありません。興味のある方は、開発と人権の研究で知られる川村暁雄さんの論文などを参考にされることをおすすめします。

※ 写真は子どもたちと子どもたちに出稼ぎについて話を聞く郡の役人です

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