カンボジアだより シーライツ

国際子ども権利センターのカンボジアプロジェクト・スタッフによるカンボジアの子どもとプロジェクトについてのお便り

レイプされて売られそうになったケース (最終回)

2007年06月19日 12時57分31秒 | カンボジアの人権状況


こんにちわ、中川かすみです。今回は、レイプされて人身売買の被害にあいそうになったキム事件の最終回です。結果的にはキムの親族に政治家がいたことが大きく影響し、キム側は小額の非公式な経費(一般的には賄賂と呼ばれる)を裁判所に支払っただけで、被告人には15年の実刑判決が下されました。

公判の日、わたしは仕事の関係で傍聴にいけませんでしたが、信じられないような事態となって、その様子が当地の新聞にも掲載されました。被告人の友人と思われる若い男性数名が拳銃を持って法廷に入り、全てはキムの嘘で被告人は無罪だ、と大騒ぎしたのです。法廷内で拳銃を振りまわして騒ぎ散らす若者がいたのに、裁判所の警護は誰も止めに入りませんでした。キム側の家族が、親族の政治家メイに電話をして内務省(警察)の高官に働きかけてもらって、警察が法廷に入ってきて拳銃を持った若者たちは外へ出されました。一段落した時にキムの親族と電話で話したのですが、とても混乱していて何を言っているのか聞いても私には様子が分からず、相当ショックを受けているなと感じられました。裁判は延期となり、次の公判ではキムの親族が事前に警察に警護の依頼をしていたおかげで邪魔もはいらず(もちろん警護には経費がかかりました)、裁判は無事終わり、15年の実刑判決がでました

裁判には勝訴したものの、キムの自宅軟禁は続きました。キムの親族の一人が私の友人であったため、裁判前からキムの住む家を時々訪問して一緒に食事したりしていました。キムが身内からも非難されて、いつも悲しそうにうつむいて生活している様子を見て、カンボジアってなんて社会なんだと許せない気がしました。「毎日何してるの?」と聞いても、「罰を受けさせられている」と親族は言っていました。事件後、キムが話す様子を見た記憶はなく、キムはいつも黙って下を向いていました。わたしは大学の仕事が大量にあって、手伝ってくれる人が必要だったので、キムに講義用の書類の準備や整理を頼んでもいいかと聞くと、親族が了解してくれたので、ちょっとした責任を持ってもらう仕事をしてもらう機会を作ることができました。ところが、「アルバイト料を払うから」と言っても親族は「罰を受けているから」と言って一切受け取りを拒否します。判断に迷ったのですが、なんとなく悪い気がして、結局仕事を頼むのはやめてしまいました。こうしてキムは、20代の大切な時期を、人権侵害の被害にあっただけでなく、家族からも非難され、自由を奪われて生活しました。でも結局は色々な事情が重なって、キムはフランスに移住することになりました。

この事件は、わたしが人権問題に深くかかわる原動力となりました。事件を通じて、カンボジアの司法は腐っているから何をやってもだめだ、被害にあった娘を処罰する両親の気持ちが理解できない、カンボジアに対して本当に絶望しました。でもその結果、だからこそできる事をやってみようと思いなおした事件だったのです。

キムのことがずっと心のどこかで気になっていた私は、今年の4月やっとフランスで生活するキムを訪問することができました。フランス語の学校を終えて今はすでに仕事をしている彼女は、わたしをシャンゼリゼにある「ヒッポ」という人気の高いレストランに招待してくれました。カンボジアで会った彼女の印象は、いつもうつむきに周囲を窺っている女の子でしたが、今の彼女は別人のようでした。フランスに来てから言葉が分からないからとても大変だったこと、仕事がなかなか見つからず将来が不安だったことなどを話してくれました。まだフランス語が分からない時に間違ってバスに乗って大変だったことや、仕事の失敗談などを笑いながら話せる、笑顔の素敵な普通の女性になっていました。前菜を食べ終わった後、メインのステーキが運ばれてきて食べ始めたとき、「このソースまずい」と彼女が顔をしかめて文句を言いました。まさにその瞬間、数年来私を悩ませていたこの事件には、私なりに決着がついた気がしました。今後は、自立したキムがフランスで自由に生きていってほしいと思っています。

カンボジアの司法が、権力や汚職の影響を受けて独立でないことについて、わたしはこのキムの事件だけでなく、数多くの事件を通じて実感しています。絶望したことは数え切れません。でもそれを公の場で発言すれば、被害者を危険に追いやってしまうという恐怖と自分が国外退去になるという恐怖があり、どうしようもないジレンマに陥ります。どうすればいいのか、回答は見つかりませんが、少しずつでも司法が独立していってくれればと思います。カンボジアで人権がより保護され被害者が差別されない社会を作っていくため、日本政府やNGO、あるいは一個人でも何ができるか検討していく必要があると思います。


写真は本文といっさい関係ありません。

少女たちをエンパワーして性暴力から守るために
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レイプされて売られそうになったケース (2)

2007年06月19日 12時33分31秒 | カンボジアの人権状況


こんにちわ。中川かすみです。前回紹介した、キムが僧侶に何度もレイプされた事件の続きです。家族には「寺を訪問する」と言ってキムは自宅を出て、その後行方不明になりました。夜になってもキムが帰宅しないのを心配した両親は、知り合いの警察や権力筋など可能な限りのネットワークを使って娘を探そうとしました。

捜査の結果、失踪した日の翌朝、キムはポイペト(タイとカンボジアの国境)の安宿で僧侶とともに発見されました。たった一夜で行方不明者を探し出した迅速な警察の捜索能力は驚きです。犯人が捕まらないのは警察の能力が低いということはよくいわれますが、それだけではなく、警察に捜査する気がないからなのだという事実をこの一件が暗に証明していると思います。僧侶は人身売買未遂の容疑で逮捕され、キムは保護されました。ところが、ここからキムの新たに悲惨な生活が始まります。

キムはレイプされたと主張したのですが、僧侶側の弁護士が準備した弁護内容には、キムは合意の上で僧侶と性的関係を持っており、さらに具体的な二人の性的行為が数ページにわたって詳細に書かれていました。キムが僧侶といっしょにタイに遊びに行くために家出したのだという記述もありました。キムの両親は、特に性的行為の部分を読んでショックを受け、娘がふしだらだと激怒しました。キムのような娘は家にいてもらっては困ると言ってキムを親戚の家に預け、親戚には娘を罰して再教育するため家に軟禁するように依頼しました。たとえレイプされたとしても、結婚前に性的関係を持ってしまったこと、さらに両親には受け入れられない娘の性的行為が(レイプであったとしても)弁護士など他人に知られてしまったことで、キムは制裁を受けることになったのです。いずれにせよ、裁判の準備が始まると、キムの家族は被告人の家族や友人から脅迫を受け始め、安全上の理由でキムは親戚の家から出ることは不可能になってしまいました。

裁判が近づいたある日、キムの弁護士が裁判所から呼び出しを受けました。弁護士とキムの親族は裁判所の職員から、「被告人側は勝訴するために1万3000ドル(150万円くらい)支払っているから、もし裁判に勝ちたかったらそれ以上必要だ」と単刀直入に言われました。裁判の前から判決内容が決まっていて、結果を自分に有利に変えるためには賄賂を払わなければならないという事実が本当なのだと、私は初めて実感しました。キムの家族は中流家庭とはいえ、そんな大金を支払う余裕はありません。公務員の月給が3000円程度の国なのです。 

キムの親族の中に、司法分野で多少権力を持っている政府高官メイがいたため、両親はメイにこの事件を仲介してもらえないかと相談しました。ところがメイは、「身内の者がそんなふしだらなことをしたと分かったら、自分自身が恥をかくから一切かかわりたくない。自分の名前は一切出さないでほしい。」との回答です。でも結果的には、政治家メイの親族が「スキャンダラスな」裁判にかかわっていることが司法関係者に知られることになってしまいました。カンボジアは「パイナップルの耳」ということわざがある程、噂がすぐに広まる社会です。キムのせいで自分の名誉が傷ついたと、キムの家族はメイから繰り返し愚痴を聞かされることになってしまいました。被害にあっただけでなく、本来なら味方につくはずの両親にも親族にも非難されて、当時のキムはとてもつらそうでした。

つづく

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レイプされて売られそうになったケース (1)

2007年06月06日 16時27分13秒 | カンボジアの人権状況
こんにちわ、中川かすみです。今回から連続して3回は、わたしの個人的な知り合いがレイプされて人身売買の被害にあいそうになった事件を紹介します。今回紹介する事件は、カンボジア社会の少女・女性に対する差別の問題と司法汚職問題について真剣に考えさせられた事件だったとともに、わたしにとって人権問題に真剣に取り組む大きな転機となった事件でした。

数年前に発生したこの事件の概要は、20代の若い女性が僧侶によって繰り返しレイプされた後に拉致され、タイのトラフィッカー(人身売買業者)に売られる直前で保護されたというものです。なお、以下の個人名はすべて変えてあります。

被害にあったキムは、大学卒業後に就職先が見つからなかったため、英語学校に通っていました。「大学を出てもなかなか給料のいい仕事なんてないし、将来のことはあまり考えたくないし」という、中流家庭の普通の女の子でした。毎日通っていた英語学校でキムは、若くてハンサムな僧侶と親しくなり、その僧侶が「一度お寺にお参りにこない?」と言ってキムを誘いました。実のところ、キムはそれほど宗教に関心はなかったものの、お参りだからと不信感もなく、寄進を持って寺に行きました。ところがその寺院で、キムはその僧侶が生活する個室に連れて行かれ、性的関係を強要されました。密室であったことやキム自身が「寺院で?僧侶が?」と動転してしまったこともあり、結局キムはレイプされてしまいました。

実はこの僧侶は、外見は黄色い僧侶の服をまとって剃髪していたものの、信仰心のある僧侶ではなく、裕福な家庭の問題児でした。素行があまりにも悪かったため、寺院で修行するように両親から寺に送り込まれていたのです。弁護士の調査によって後になって得られた情報では、当時すでに数人独身女性を騙してタイに売り払ったと友人に豪語していました。ちなみに、こういう風に寺院に息子を閉じ込めて教育してもらうことは、金持ちの家庭ではそれほど珍しくありません。わたしが勤務する大学でも、高価な携帯電話を手にして女の子たちと仲良く会話している僧侶を時々見かけます。

さて、「性的関係をもったことを暴露する」と僧侶から脅迫されたキムは、口実を作って両親からお小遣いをもらい、寄進物を買って寺院を何度も訪問しました。僧侶は毎回彼女をレイプしました。ところがある日、「もうこれ以上耐えられないからどんな罰でも受ける。」と僧侶に伝えたことが、キムの人生を変えることになりました。「あなたの脅迫にはもう屈さない」というキムの態度は、僧侶を怒らせてしまったのです。もう一回だけ話し合いに来てくれないかと僧侶に懇願され、「これが最後」と決心して朝家を出て寺を訪問した彼女は、そのまま帰宅することもなく、行方不明になりました。

つづく

写真は本文といっさい関係ありません。水祭りの夜、公園でモノを売る少女。

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