一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

新刊、旧刊とりまぜて
読んだ本の書評をお送りいたします。
活字中毒者のアナタのためのブログです。

最近の拾い読みから(141) ―『幕末バトル・ロワイヤル』

2007-04-12 07:08:15 | Book Review
週刊誌(「週刊新潮」)への連載をまとめたものであるためか、文章には感心しません。いつもの野口氏らしい「詩情」や「想像力の切れ」が感じられないからです。

とはいっても、中味には、他書を圧倒する情報量が含まれています。その情報の多くがゴシップだというのが面白いところ。
氏は本書の「まえがき」で次のように述べています。
「さきに『大江戸曲者列伝』で筆者が唱えたゴシップ史観は、その項目(=史観の元になる、歴史を動かすとされる要因/評者註)を空欄にしておいて何も代入しない。永遠に x のままにしておこう。歴史という暗流は、何か不可視の力が人間を引っ張り回している光景としか思えない。」
ある意味で、歴史に対するニヒリズムと言ってもいいのかもしれない。
そのような目から見た場合に、歴史がどのような光景に見えるのか、その解答の一つが本書でありましょう。

さて、「ゴシップ史観」のため、本書では、かなり変った文献が随所に使われています。
『明良帯録(めいりょうたいろく)』(これはかなり固い資料)『浮世の有様』『燈前一睡夢(とうぜんいっすいむ)』などなど。
特に、幕末から明治に生きた漢学者大谷木忠醇(醇堂。1828 - 1897)の記した随筆『燈前一睡夢』は、かなり頻繁に引かれています。
この本、どうやらかなりのゴシップやスキャンダルが載っているらしく、面白い書物のようです(その筋には、結構知られているらしい。野口氏もかつて『江戸の毒舌家』で紹介している)。

それでいて、本書第二部の「嘉永外患録」では、水野忠邦、土井利位、安部正弘といった政界権力の推移と、ペリー来航への対応のしかた、などがきっちりと抑えられてもいる。

「歴史に対するニヒリズム」とはいえ、端倪すべからざる複眼視覚ともいえるでしょう(大人向きの歴史観。受験生にはお勧めできません)。

これから幕末維新期にかけての記述で、どのような視点を著者が提示してくれるのか、なかなか期待できそうです。

野口武彦
『幕末バトル・ロワイヤル』
新潮新書
定価:756円 (税込)
ISBN978-4106102066