一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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時代小説に「いちゃもん」【その4】

2007-04-01 05:40:02 | Criticism
大島昌宏『罪なくして斬らる―小栗上野介』(学陽書房・人物文庫刊)佐藤雅美『覚悟の人ー小栗上野介忠順伝』(岩波書店刊)など、小説でも取り扱われることの多くなった小栗上野介忠順(ただまさ)です。

まあ、そのきっかけとなったのは、司馬遼太郎が『明治という国家』(NHKブックス刊。初版発行1994年)で「明治の父」と呼んで評価したことでしょうか。

それに、また1冊をつけ加えたのが本書です。
他とは異なる特徴としては、艦船についての記述が多いことも、その一つでしょう(タイトルにも「艦」とあるとおり)。
しかし、その内容が何とも「?」「!」の連続なのでありますね。

マニアックな指摘もできますが、ここでは常識的な部分から。

まずはペリー艦隊の搭載砲について。
「四隻とも船体は黒く塗られ、両舷にはそれぞれ二十門の大砲を搭載していた。」
「それぞれ」とありますから、合計で20門×2×4隻=160門の大砲があったことになります。これは完全な間違いで、4隻合計で63門が正しい。
なんで2倍以上の数が出てくるのでしょう。

次に咸臨丸について。
「咸臨丸はスクリューを装備した新型船にはちがいないが、スクリューを使うのは港の出入りだけで、あとは風まかせの帆走に頼るという中途半端な蒸汽帆船だった。」
とありますが、別に「中途半端な」艦船ではありません。
著者は、当時の他の蒸気船が、完全に蒸気動力だけで航海していたと思っているんでしょうか。ペリー艦隊の蒸気船にせよ、小栗上野介ら遣米使節団の乗った〈ポーハタン〉にせよ、出入港時や荒天時、戦闘時など特殊な場合を除いて、ほとんどの航行は帆走だったのです。

もっと驚くのが、
「タットナル提督は、砲塔から大砲をとりはずし、砲口部を板やテントでふさいで従者の部屋にあてるよう改造してくれた。」
という記述。
南北戦争当時に〈モニター〉という旋回砲塔を備えた艦はありましたが、〈ポーハタン〉のような艦には砲塔はありません。
この著者、ガン・デッキ(砲甲板)と砲塔との違いを分っていないとしか思えません。

その他、細かいところでもいろいろありますが、多少マニアックなところでは、〈グレート・イースタン〉に関する部分。
1858年に竣工、1860年に処女航海に出た全長211メートル(692フィート)、最大幅25メートル(83フィート)、1万8,915総トンの、この巨船についても「?」であります。
「一八五七年にロンドンで竣工されたもので全長二百二十三メートル、幅約二十七メートル、六本の帆柱を立て、船腹の両側にそれぞれ蒸汽外輪を二連ずつ装備し、後尾にスクリューを装備した世界最大の鋼鉄の客船である。しかも、この船は四十六門もの大砲を搭載していたから、使節団のサムライたちは、〈英国の大軍艦〉だと勘違いした。」
あっているのは、「六本の帆柱」「後尾にスクリューを装備した世界最大の客船」ということぐらいでしょうか。
しかも「四十六門もの大砲を搭載」という資料は、小生が調べた限りではどこにもありません。一体、何が出典なのでしょうか?

下巻の巻末に「主要参考文献」のリストが載っていますが、確かに艦船に関するものはありません。
著者には、せめて元綱数道著『幕末の蒸気船物語』ぐらいには目を通されることをお勧めしておきます(もう手遅れだけどね)。

吉岡道夫
『ジパングの艦(ふね) 小栗上野介・国家百年の計 上』
光人社
定価:1,995円 (税込)
ISBN9784769810223