『ぼくが医者をやめた理由』シリーズなどで知られた医療ジャーナリスト(医師でもある)著者が、水産大学校の練習船〈耕洋丸〉に船医として乗組んだ体験を描いたエッセイ。
臨時船医としてのエッセイには、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』があるが、それを意識していないはずがない。
本文にも、
したがって、その内容も、航海の記録というよりは、船上で日々起こった出来事に関するエッセイということになる(記録という面からすれば、毎日の宴会の記述がもっとも詳しいけどね)。
しかし、著者の演技としての〈ダメぶり〉に騙されてはいけない。
こういったサービス精神は、本書の至るところに現われている。
特に、酒飲みの自己弁護に著しい。
その「得難い経験、とてもはちゃめちゃで楽しい船旅」も、いずれは終りが来る。
そして、2004年7月、著者はこの世からも旅立った。
死因は肝臓がんだったという。
永井明
『あやしい船医、南太平洋をゆく』
角川書店
定価:本体1,300円(税別)
ISBN4048836307
臨時船医としてのエッセイには、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』があるが、それを意識していないはずがない。
本文にも、
「北杜夫さんは精神科医ながら務まったのだ(ちなみに、四十年前彼の乗った船は水産庁管轄のマグロ調査船〈照洋丸〉だ)。現場から遠ざかっているとはいえ、ぼくには内科医としての十年間のキャリアがある。からだの病気に関しての知識は、いくらなんでも精神科医よりはましだろう」という一節があるくらい。
したがって、その内容も、航海の記録というよりは、船上で日々起こった出来事に関するエッセイということになる(記録という面からすれば、毎日の宴会の記述がもっとも詳しいけどね)。
しかし、著者の演技としての〈ダメぶり〉に騙されてはいけない。
「だらけた自分に気合を入れるために洗濯をはじめたのに、なんということはない。昼風呂、昼寝、昼ビール……これを自堕落と言わず、なにが自堕落であろう。でも、幸せ。」なんて、ことばの上での演技ね。
こういったサービス精神は、本書の至るところに現われている。
特に、酒飲みの自己弁護に著しい。
「人はふつう、浮世の鬱屈から逃れようとアルコールの酔いに心身をまかせる。それがこうじて依存状態に陥っていく。一般にそう説明されている。しかし、ぼくには人生の鬱屈など、どう考えてもないのである。ふだん辛いことと言えば、せいぜい二日酔いぐらいのものだ。」
その「得難い経験、とてもはちゃめちゃで楽しい船旅」も、いずれは終りが来る。
「よく晴れ、風の強い寒い朝だった。中腹まで雪を頂いた富士山の姿をはっきりと見ることができた。新橋行きの〈ゆりかもめ〉に乗った。車両の大きな窓から、耕洋丸の姿が見えた。鼻の付け根の奥が熱くなった。
『ドアが閉まります。ご注意ください』
人工的な感じのアナウンスが流れ、ゆりかもめは動き出した。
これでやっと、ぼくの遠洋航海は終ったのだと思った。」
そして、2004年7月、著者はこの世からも旅立った。
死因は肝臓がんだったという。
永井明
『あやしい船医、南太平洋をゆく』
角川書店
定価:本体1,300円(税別)
ISBN4048836307