一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(11) ― 『暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏』

2006-07-05 09:36:04 | Book Review
一般的に、日本の連合軍への降伏(ポツダム宣言受諾)は、本土空襲の激化と広島・長崎への原爆投下が原因と思われている。
しかし、日本の首脳部(ことに天皇とその側近)が、降伏止むなしと決断した大きな原因は、ソ連の参戦にあり、とするのが本書である。
「期待を裏切ってソ連が満州に侵攻したことのショックは、原爆以上に大きなものであった。ソ連参戦後はじめて日本政府は、いかなる条件で降伏するかという問題に直面することになったといっていい。さらに、日本の為政者にとって、そのソ連が日本の占領政策に深く関与するのではないかという危惧は、ポツダム宣言の無条件受諾を決定する上で大きな要素となった。」
というのが本書の基本的な見方。

この見解は、別に本書が初めて示したことではない。
例えば、大江志乃夫『御前会議』にも、
「八月六日の広島被爆、八月九日の長崎被爆にも天皇が心を動かした様子はうかがえない。(中略)天皇はソ連の参戦ではじめて即時和平に踏みきる決心がついた。『昭和天皇独白録』の発言でも、『その中に、不幸にして〈ソビエト〉の宣戦布告となった。こうなっては最早無条件降伏の外ない』と、原爆投下ではなく、ソ連の参戦が天皇の無条件降伏決断の決定的要因であったことが確認される。」
とある。

それでは、本書の意義は何かと言えば、
「太平洋戦争の終結を、アメリカ、日本、ソ連の三国間の複雑な関係を詳しく検討して、国際的な観点から描き出すことを目的としている。」
のが第一、第二には国内問題で、
「日本の政府内における和平派と継戦派とのあいだの命がけの角逐である。」

ここには、戦後の天皇制を生み出す要因ともなった、
「人間としての天皇と皇室を国体の概念から切り離す操作を行ったのである。『現人神』から『人間天皇』への転換は、占領下になってなされたのではなく、降伏決定の過程のなかですでに行われていたのである。」
という政治過程がある。

五百数十ページにも及ぶ大部ではあり、一気に読み通せるという内容ではないが、敗戦の日を間近にして、「天皇の聖断」という神話を克服する上からも、一読をお勧めしたい。

長谷川 毅
『暗闘―スターリン、トルーマンと日本降伏』
中央公論新社
定価:本体3,360円(税込)
ISBN4120037045