一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(21) ― 『葬られた夏―追跡 下山事件』

2006-07-17 11:14:01 | Book Review
「下山事件」をご存知だろうか。
「1949(昭和24)7月5日、日本国有鉄道(引用者註・現在のJR)総裁下山定則が行くえ不明となり、翌日常磐線綾瀬付近で礫死体となって発見された事件」
と簡単な歴史辞典にも載っている。

当時、国鉄では大量の馘首を計画しており、それに反対する労働運動も激化、その関係で労組側がこの死に関係していたのでは、との噂も流れた。
一方、捜査当局やマスコミ、法医学界は、自殺説と他殺説とに分かれ、結局のところ、決め手なしとのことで、警察の捜査は打ち切られた。

その後、松本清張が 『日本の黒い霧』で、占領米軍の謀殺と示唆。
以降、米軍側で関与していたと思われる人びと(日本人も含む)の証言を元に、さまざまなノン・フィクションが書かれたが、依然として真相は明らかにはなっていない。

本書は「週刊朝日」で「下山事件―五十年後の真相」という連載記事を共同執筆した著者が、その後、アメリカに渡り得られた証言をも含めて、まとめたもの。

結論から言おう。
下山総裁「他殺説」で、著者の心証は、
「〈犯行グループ〉の狙いは自他殺不明に見せかけること」
となる。

新証言といえるものは、「下山事件の真相を知る最後の男」と呼ばれた、元キャノン機関員ビクター松井証言だが、ここでも「真相」は語られていない(関与の否定と、当時の状況については、記憶にないとのこと)。

ということで、
「全長五千キロに及ぶ全米縦断の旅をもとに、四年間の取材を再構成した記録」
との自負のことばの割には、肩すかしの結果に終っている。
また、その他の取材源も、ノン・フィクション作家・斎藤茂男氏のデータを元にしたようで、本書で明らかになった新事実は、「亜細亜産業」というキャノン機関の実働部隊のダミー会社関係の情報であろうか(本書の元版出版後、「亜細亜産業」で働いていた祖父を持つ柴田哲孝氏の『下山事件 最後の証言』が祥伝社から出版された)。

なお、「週刊朝日」での連載当時、共同執筆をしていた映像作家・森達也氏との間に、本書元版の刊行に関してトラブル(企画・アイディアの盗用ではないか)があったようだが、この手のノン・フィクションに、盗用も剽窃もあるまい(後に森氏は『下山事件(シモヤマ・ケース)』を新潮社から刊行)。
問題は出来映えである。

その点では、本書は、類似書に比べると、若書きの部分や、本筋とは関係がないところでの、つまらない事実誤認(「九段下の靖国神社」?!)が、やや鼻白ませる。

また、アメリカ取材をメインに据えて、カット・バックで過去のデータを整理していく、という手法も成功しているとはいえない(むしろ読み難くなっている)。

ことさらお勧めするには当らないであろう。

諸永裕司(もろなが・ゆうじ)
『葬られた夏―追跡 下山事件』
朝日文庫
定価:本体800円(税抜)
ISBN4022615117