今回は、広東料理の中でも、有名な仔豚の丸焼のことを書かれた文章を紹介します。機知に富んだ、沈宏非の文章をお楽しみください。
焼乳猪
“烤乳猪”、仔豚の丸焼を、広東人は“焼乳猪”、或いは“焼猪”と呼ぶ。とはいえ、言語の規範のことをあまり質問する必要はない。なぜなら、“烤乳猪”であれ“焼乳猪”であれ、広東人が発明したものだからである。ちょうど、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」し、その後、土着の住民を「インディアン」と呼び続けたのと同様、それに服せざるを得ないのである。
《礼記》の中に出てくる“炮豚”と現代の“焼猪”の料理法は似ているが、“炮”すなわち炙られたものが“乳猪”、生まれたての、まだ母親の乳しか飲んでいない仔豚であるのかどうかは、言葉が簡単すぎてよくわからない(語焉不詳:〈成〉言葉が簡単すぎて意を尽くさない)。それに比べると、広州の考古学上の発見はより説得力がある。南越王第二代、王趙胡(紀元前122年頃)の墓の中から、仔豚の丸焼用のオーブン、叉(豚を突き刺して炙るフォーク状の鉄串)と仔豚の骨の破片等が発見されたのである。
広東の仔豚の丸焼が天下に誇る料理技法であることを除き、“乳猪”の広東の民間風俗の中での種々の付加的な用途は、ここで説明しても自明のことであると証明できないかもしれない。婚礼に欠かせないものである他、清明節の墓参でも、広東人は乳猪を供え物とし、毎年の清明節の時分には、肉屋(“焼腊店”:香港や広東省によくある、ローストダックや焼き豚など、肉類のローストや燻製を専門に扱う店)は“祭祖金猪”、つまり先祖にお供えする仔豚の丸焼を大量に販売することで、大いに利益を上げる、黄金シーズンである。この他、仔豚の丸焼は、珠江デルタ一帯の昔の風俗では、貞節であるか否かの印とされた。凡そ新婚初夜に女性が処女を捧げ(“落紅”という。元々、処女膜が破れて赤い血が流れ出ることから)、何日かして夫婦揃って実家に里帰り(“回門”という)した日に、男性側は必ず“大紅焼猪”、つまり仔豚の丸焼を贈り、また途中の道では笛や太鼓を打ち鳴らし、村中に女性が貞節であったことを明らかにするのである。
もし“落紅”が見られなかった場合も、やはり夫婦揃って実家に里帰りするのだが、その時は、贈り物は仔豚の丸焼から“焼鵞”、つまりロースト・グースに代わる(一説には生の豚の耳を一対贈るとも言う)。劉万章著《広州の昔の婚姻風俗》に言う。「女子が貞節であるか否かは、仔豚の丸焼が出るかどうかで一目瞭然で、もし仔豚の丸焼が無いと、訴訟を起こしたりしなければならず、堪えがたいことであった。」
広東や香港では、今でも女性が結婚前に貞節を失うことを、戯れで“失猪”と言うが、仔豚の丸焼がどうして貞操と関連ができたかは、人を試すような問題である。イギリスの作家Charles Lambはこう考えた。仔豚が美味しいのは、その「純潔」が重要な要素であると。Lambは《豚の丸焼の技巧の起源の考察》の中で、こう言っている。「それは未だ生まれて丸一か月に満たない小さなもので、未だ汚れた豚の囲いの中で、色欲の情に汚されていない。これは、彼らの遠い祖先から代々伝えられてきた悪習である。」
やはりこじつけがある。さもなければ、誰か、私の代わりに劉心武先生に聞きに行ってくれないだろうか。
食べるのは皮のところだけである
北京ダックを食べる時は、皮に連なった柔らかい肉片があればよく、こんなに大きなアヒルの体を完全に捨ててしまって知らん顔をするのは、多くの人がもったいないと感じるところである。ところが、仔豚の丸焼は、食べるところは皮だけで、北京ダックよりもっと高慢である。
この黄金色のサクッとして脆い皮について、Charles Lambはこう書いている。「私がずっと信じていることは、ローストの仕方がすばらしく、火加減の絶妙な超絶技巧で精緻に作られた、あのような一噛みで砕け、ほんの一口口に入れれば溶けてしまい、香ばしくサクッとして心地よく、薄茶色の脆い仔豚の皮は、天下に他に比較し得る美味は無いということである。そして、この脆い皮は、一言でまたその他のことばに置き換えて表現することはできない。――それはあなたが無意識にあのサクッと柔らかく味わい深い、脆い薄い皮を噛んでみようと思わざるを得ず、それによりその中の全ての美味しさを心の底から享受する――それは凝脂のような糊状の粘質――これを脂肪と言ってしまうと汚らしいが――しかしそれは、その名状し難い、暖かく芳しいものであるかのようで――それはすなわち油脂の花の――その蕾のまだ固いうちに摘み取られ――その芽吹きの際に採取され――その天真無垢の段階で、つまり……脂身と赤身、脂肪と肉の絶妙な結合であり、この時、両者は早くも融け合って一つになり、もはや分かつことができない。だから溶けて“玉露瓊漿”の美酒のような非凡な逸品になるのである。」
長々と《豚の丸焼の技巧の起源の考察》の文を引用したことをお許しいただきたい。このようにせざるを得なかったのは、第一に、これがこれまで私が読んだ、仔豚の丸焼についての最も美しい、第一等の文章であるからである。第二に、このような文章がイギリス人の手によることは、いつも仔豚の丸焼を食べている中国語作家が恥ずかしく思うに足ることであるからである。もちろん、高健先生の訳文は、原作に忠実、かつ原作を上回るところもあるが、“凝脂”、或いは“玉露瓊漿”、また単一の“酥”ということばが、原文中のambrosian、adhesive oleaginous、crackling、brittleの類と匹敵しうるものであるかどうかは、ひとまず言及しない。
《豚の丸焼の技巧の起源の考察》は18世紀の冗談文学であるが、詩のようなことばは、ことばの表現力を少しも出し惜しみしておらず、歯の浮くようなわざとらしさはロミオの愛の独白にも匹敵する。ただし、Lambが正統な広東式の仔豚の丸焼を食べたことがあるかどうかは、これまで考証した人はいない。しかし、Lambが文章の中で話題にしている友人のM(Manning)は、17世紀初めに中国に住んだことがあり、しかも広州で医師をしていた。
仔豚のあの脆い皮を焼きあげることは、決してたやすくできる(“軽而易挙”)ことでは決してなく、誠にLambの言うように、最高のローストの仕方と絶妙な火加減が必要である。
10キロ以下で、まだ母乳を飲んでいる仔豚をし、内臓を取り去り、調味料に漬け込み、蜜を塗り、叉(豚を突き刺して炙るフォーク状の鉄串)を刺して炭火の上に置き、ひっくり返しながら90分ほど焼き上げる。焼く時には、絶えずひっくり返して、熱が均等に当たるようにし、同時に刷毛で絶えず豚の身に油を塗る。サクサクした皮に焼き上げる秘訣は、先ず仔豚の体の内側を炙り、その後、外皮を焼く。このようにしてはじめて、肉の油脂がゆっくりと表皮に浸透し、最後には「脂身と赤身、脂肪と肉の絶妙な結合」による「“玉露瓊漿”の美酒のような非凡な逸品」が得られるのである。
更によく考えられた作り方は、耳や尾が焦げるのを防ぎ、仔豚の美しい体形を保つ為と言われているが、コック達は焼く前に、野菜の葉などでこれらの部分を包み、また豚の腹の中に水を入れた瓶を入れ、腹の中が焦げるのを防ぐ。
広州では、皮の形状の違いから、仔豚の流派には二通りある。それは、“麻皮”派、つまり表面のざらざらした皮のものと、“光皮”派、つまりつるつると光沢のある皮のものがある。“麻皮乳猪”は、又の名を“化皮乳猪”と言い、特徴は焼く時に火を強火にし、更に絶えず油を塗ることである。同時に絶えず針や錐で皮の表面を打ち、油がはじけて出る気泡で豚の表皮を柔らかくし、最後に胡麻のように均一で稠密な気泡を形成させ、黄金色を呈させ、食べるとサクサクとして脆く、「口に入れると溶ける」と賞賛されるのである。
“光皮乳猪”、皮のつるつるとした仔豚の方は、料理の工程では上記の技巧を必要としないが、見た目の深い赤紫の色彩では勝り、つやつやとして彩溢れ、売る時の見かけで言えば、“麻皮派”など相手ではない。“麻皮乳猪”と“光皮乳猪”は食べ方も異なる。前者はごく薄い皮の下の柔らかい肉の層もいっしょに切り取り、“千層餅”、つまり小麦粉をパイ状に焼いたものに挟み、海鮮醤(海老やオキアミを発酵させたペーストの入った、甘いタレ)、砂糖かネギ、赤トウガラシの細切りをつけて食べる。後者はその薄く脆い皮だけを、甘味噌をつけて食べる。
白砂糖、甘味噌は、どの広東料理レストランでも仔豚の丸焼のお決まりの調味料である。この二種類はごくありふれたもので、生のネギと甘味噌が北京ダックに欠くことのできないものであるのとは異なるが、それでもある程度まで仔豚の最後の味を決定するものである。
光り輝いて登場する
仔豚は美味しいだけでなく、見た目も良い。
仔豚の美味はいくつかの文藝作品に見られるが、Charles Lambにとどめを刺す。仔豚の丸焼の見た目の良さ、形(体全体に、宋の哥窑の青磁のような裂花紋が入っている)、色(棗のような深い赤色、或いは黄金色)については、正式な宴席で、仔豚が供される場面での体裁にある。
《清稗類鈔》の記載によれば、「焼烤席は、俗に満漢大席と呼ばれ、宴席中に上品(すばらしい料理)で出ないものは無い。燕窩(ツバメの巣)、魚翅(フカヒレ)や諸々の珍味の他、必ず焼いた豚が出るが、それは一匹全体を焼いたものである。酒が三巡すると、焼いた豚と膳夫(コック)が入って来て、僕人は皆礼服を纏って入って来る。膳夫は料理を奉ると待機し、僕人は身につけていた小刀をはずして肉を切り分け、器に盛り、膝を曲げて一礼すると、首座の客にそれを献じる。」
“満漢大席”はすなわち“満漢全席”であり、中華料理の最高峰の料理である。許衡《粤菜存真》が記す広州、四川の二種類の版本の満漢全席のメニューには、何れも仔豚の丸焼が出ている。広州のメニューでは、仔豚の丸焼は“第二度”の“熱葷“とされ、紅扒大裙翅、翡翠珊瑚、口蘑鶏腰のすぐ後に出され、最後から二番目のメインディッシュと位置付けられる。やや簡略な四川のメニューでは、仔豚の丸焼は“叉焼奶猪”と書かれ、“四紅”(叉焼奶猪、叉焼宣腿、烤大田鶏、叉焼大魚の四種類のメインディッシュ)の第一に列せられている。
今日の結婚式、同窓会、表彰式典のような会場全体を請け負った宴会で、仔豚の出てくる派手さ加減と言ったら、それに勝りこそすれ決して劣らない(“有過之而無不及”)。笛や太鼓の音が一斉に鳴り響き、数十頭の仔豚が数十台の飾り付けた輿の上に乗せられ、古代の給仕の扮装をした服務員が1列縦隊で輿を担いで現れ、仔豚の眼窩の中には二つの赤色の電球が取り付けられ、会場の照明は落とされ、それにより二つの絶えず瞬く赤い光が突出し、正真正銘の「光り輝く登場」に、主人の体面と来賓の感動は、ここに双方とも最高潮に達する。
もっとすごい場合は、会場内を巡って来た仔豚が厳かにテーブルに置かれた後も、依然明かりが点けられず、一筋の、きらきらしたスポットライト(“追光”といいます)が仔豚に当てられ、あたかもこの仔豚が講演を始めようとしているかのようである。
乳猪全体(仔豚丸々一匹)
広東では、仔豚の丸焼はレストランで食べることもできるし、街の肉屋で購入することもできる。しかし何れにせよ、仔豚を食べる時は豚の一部だけ持って来ても良くなく、一匹全体を食べるのが良いのである。
いわゆる仔豚の一部分というのは、一匹の仔豚から切り取られた十から二十枚くらいの肉片である。もちろん、豚全体の焼き加減が素晴らしければ、その一部の品質も何ら劣るところが無いが、見た感じが一匹全体のようには堪能できない。この他、置いてあるうちに冷めてしまい、皮のサクッとした歯ごたえは失われ易い。一匹丸々の仔豚は、メニューには“乳猪全体”と書かれ、特別な料理の名称である。“乳猪全体”を食べようと思うと、少人数ではダメで、恐らく「友達全員」か「仲間全員」を揃えないといけない。人数を揃えるのが容易でないだけでなく、一匹「全体」の仔豚は通常、予約が必要である。
不幸なことに、仔豚は会食や宴会でしばしば「雰囲気を盛り上げる」重要な役割を担っているので、およそ仔豚丸々一匹が出される時は、十中八九、「全体大会」の類の、空前の盛況で、賑やかで混乱した場面であり、実際に仔豚を仔細に味わうには邪魔が多過ぎる。今年の年初、香港のチャリティー公演“万衆一心千禧耀東華”の出演者として参加した時、主催者の手配で、レストランで祝賀会が行われ、皆といっしょに楽しんだが、最後は気まずい思いで別れた(“不歓而散”)。その原因は、主に騒々し過ぎたことで、舞台の下で全員が飲み食いするのは良いが、何人かは大声でゲーム(“猜枚”:酒席でのゲームのこと)をし、大声でカラオケを歌う者までいた。しかし、同じく出演していた歌手の楊千(“”は女偏)が後で芸能記者に語ったところでは、彼女はこのような「周りが賑やかな」ところで歌を歌うのは全く気にしないのだそうである。というのも、これまで彼女がしてきた経験の中で、彼女がはっきりと記憶しているのが、このような場所で歌を歌う時、お客さんの何人かはテーブルの上の仔豚の丸焼を食べるのに夢中で、音を出して食べる者までおり、楊千が言うには、このような味わいは本当に我慢できないもので、自分が甘味噌になったような感じがするそうである。だから彼女は誓いを立て、自分にこう言い聞かせた。「心血を注いで歌を歌おう。決して仔豚に付く甘味噌のようになってはならない。」
甘味噌について言えば、私は、これは実はそれぞれのレストランの仔豚の丸焼の出来を評価する重要な指標であると考えている。大部分の仔豚を販売するレストランは、豚の焼き具合は皆悪くないのだが、ただ総じて誠意が欠けている。豚といっしょに届く甘味噌と白砂糖が、皆固まってしまっているのである。明らかに、これは厨房の中で長く保存されていた結果である。
【原文】沈宏非《飲食男女》江蘇文藝出版社2004年から翻訳
沈宏非の食べ物描写は、表現が豊かで、いつも読んでいると生唾が出てくるのですが、さてうまく翻訳できたかどうか。読者の皆さんが、実際に食べられた時、なるほど、と思っていただければうれしいですし、食卓の蘊蓄話にでもご活用いただければ、と思います。
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焼乳猪
“烤乳猪”、仔豚の丸焼を、広東人は“焼乳猪”、或いは“焼猪”と呼ぶ。とはいえ、言語の規範のことをあまり質問する必要はない。なぜなら、“烤乳猪”であれ“焼乳猪”であれ、広東人が発明したものだからである。ちょうど、コロンブスがアメリカ大陸を「発見」し、その後、土着の住民を「インディアン」と呼び続けたのと同様、それに服せざるを得ないのである。
《礼記》の中に出てくる“炮豚”と現代の“焼猪”の料理法は似ているが、“炮”すなわち炙られたものが“乳猪”、生まれたての、まだ母親の乳しか飲んでいない仔豚であるのかどうかは、言葉が簡単すぎてよくわからない(語焉不詳:〈成〉言葉が簡単すぎて意を尽くさない)。それに比べると、広州の考古学上の発見はより説得力がある。南越王第二代、王趙胡(紀元前122年頃)の墓の中から、仔豚の丸焼用のオーブン、叉(豚を突き刺して炙るフォーク状の鉄串)と仔豚の骨の破片等が発見されたのである。
広東の仔豚の丸焼が天下に誇る料理技法であることを除き、“乳猪”の広東の民間風俗の中での種々の付加的な用途は、ここで説明しても自明のことであると証明できないかもしれない。婚礼に欠かせないものである他、清明節の墓参でも、広東人は乳猪を供え物とし、毎年の清明節の時分には、肉屋(“焼腊店”:香港や広東省によくある、ローストダックや焼き豚など、肉類のローストや燻製を専門に扱う店)は“祭祖金猪”、つまり先祖にお供えする仔豚の丸焼を大量に販売することで、大いに利益を上げる、黄金シーズンである。この他、仔豚の丸焼は、珠江デルタ一帯の昔の風俗では、貞節であるか否かの印とされた。凡そ新婚初夜に女性が処女を捧げ(“落紅”という。元々、処女膜が破れて赤い血が流れ出ることから)、何日かして夫婦揃って実家に里帰り(“回門”という)した日に、男性側は必ず“大紅焼猪”、つまり仔豚の丸焼を贈り、また途中の道では笛や太鼓を打ち鳴らし、村中に女性が貞節であったことを明らかにするのである。
もし“落紅”が見られなかった場合も、やはり夫婦揃って実家に里帰りするのだが、その時は、贈り物は仔豚の丸焼から“焼鵞”、つまりロースト・グースに代わる(一説には生の豚の耳を一対贈るとも言う)。劉万章著《広州の昔の婚姻風俗》に言う。「女子が貞節であるか否かは、仔豚の丸焼が出るかどうかで一目瞭然で、もし仔豚の丸焼が無いと、訴訟を起こしたりしなければならず、堪えがたいことであった。」
広東や香港では、今でも女性が結婚前に貞節を失うことを、戯れで“失猪”と言うが、仔豚の丸焼がどうして貞操と関連ができたかは、人を試すような問題である。イギリスの作家Charles Lambはこう考えた。仔豚が美味しいのは、その「純潔」が重要な要素であると。Lambは《豚の丸焼の技巧の起源の考察》の中で、こう言っている。「それは未だ生まれて丸一か月に満たない小さなもので、未だ汚れた豚の囲いの中で、色欲の情に汚されていない。これは、彼らの遠い祖先から代々伝えられてきた悪習である。」
やはりこじつけがある。さもなければ、誰か、私の代わりに劉心武先生に聞きに行ってくれないだろうか。
食べるのは皮のところだけである
北京ダックを食べる時は、皮に連なった柔らかい肉片があればよく、こんなに大きなアヒルの体を完全に捨ててしまって知らん顔をするのは、多くの人がもったいないと感じるところである。ところが、仔豚の丸焼は、食べるところは皮だけで、北京ダックよりもっと高慢である。
この黄金色のサクッとして脆い皮について、Charles Lambはこう書いている。「私がずっと信じていることは、ローストの仕方がすばらしく、火加減の絶妙な超絶技巧で精緻に作られた、あのような一噛みで砕け、ほんの一口口に入れれば溶けてしまい、香ばしくサクッとして心地よく、薄茶色の脆い仔豚の皮は、天下に他に比較し得る美味は無いということである。そして、この脆い皮は、一言でまたその他のことばに置き換えて表現することはできない。――それはあなたが無意識にあのサクッと柔らかく味わい深い、脆い薄い皮を噛んでみようと思わざるを得ず、それによりその中の全ての美味しさを心の底から享受する――それは凝脂のような糊状の粘質――これを脂肪と言ってしまうと汚らしいが――しかしそれは、その名状し難い、暖かく芳しいものであるかのようで――それはすなわち油脂の花の――その蕾のまだ固いうちに摘み取られ――その芽吹きの際に採取され――その天真無垢の段階で、つまり……脂身と赤身、脂肪と肉の絶妙な結合であり、この時、両者は早くも融け合って一つになり、もはや分かつことができない。だから溶けて“玉露瓊漿”の美酒のような非凡な逸品になるのである。」
長々と《豚の丸焼の技巧の起源の考察》の文を引用したことをお許しいただきたい。このようにせざるを得なかったのは、第一に、これがこれまで私が読んだ、仔豚の丸焼についての最も美しい、第一等の文章であるからである。第二に、このような文章がイギリス人の手によることは、いつも仔豚の丸焼を食べている中国語作家が恥ずかしく思うに足ることであるからである。もちろん、高健先生の訳文は、原作に忠実、かつ原作を上回るところもあるが、“凝脂”、或いは“玉露瓊漿”、また単一の“酥”ということばが、原文中のambrosian、adhesive oleaginous、crackling、brittleの類と匹敵しうるものであるかどうかは、ひとまず言及しない。
《豚の丸焼の技巧の起源の考察》は18世紀の冗談文学であるが、詩のようなことばは、ことばの表現力を少しも出し惜しみしておらず、歯の浮くようなわざとらしさはロミオの愛の独白にも匹敵する。ただし、Lambが正統な広東式の仔豚の丸焼を食べたことがあるかどうかは、これまで考証した人はいない。しかし、Lambが文章の中で話題にしている友人のM(Manning)は、17世紀初めに中国に住んだことがあり、しかも広州で医師をしていた。
仔豚のあの脆い皮を焼きあげることは、決してたやすくできる(“軽而易挙”)ことでは決してなく、誠にLambの言うように、最高のローストの仕方と絶妙な火加減が必要である。
10キロ以下で、まだ母乳を飲んでいる仔豚をし、内臓を取り去り、調味料に漬け込み、蜜を塗り、叉(豚を突き刺して炙るフォーク状の鉄串)を刺して炭火の上に置き、ひっくり返しながら90分ほど焼き上げる。焼く時には、絶えずひっくり返して、熱が均等に当たるようにし、同時に刷毛で絶えず豚の身に油を塗る。サクサクした皮に焼き上げる秘訣は、先ず仔豚の体の内側を炙り、その後、外皮を焼く。このようにしてはじめて、肉の油脂がゆっくりと表皮に浸透し、最後には「脂身と赤身、脂肪と肉の絶妙な結合」による「“玉露瓊漿”の美酒のような非凡な逸品」が得られるのである。
更によく考えられた作り方は、耳や尾が焦げるのを防ぎ、仔豚の美しい体形を保つ為と言われているが、コック達は焼く前に、野菜の葉などでこれらの部分を包み、また豚の腹の中に水を入れた瓶を入れ、腹の中が焦げるのを防ぐ。
広州では、皮の形状の違いから、仔豚の流派には二通りある。それは、“麻皮”派、つまり表面のざらざらした皮のものと、“光皮”派、つまりつるつると光沢のある皮のものがある。“麻皮乳猪”は、又の名を“化皮乳猪”と言い、特徴は焼く時に火を強火にし、更に絶えず油を塗ることである。同時に絶えず針や錐で皮の表面を打ち、油がはじけて出る気泡で豚の表皮を柔らかくし、最後に胡麻のように均一で稠密な気泡を形成させ、黄金色を呈させ、食べるとサクサクとして脆く、「口に入れると溶ける」と賞賛されるのである。
“光皮乳猪”、皮のつるつるとした仔豚の方は、料理の工程では上記の技巧を必要としないが、見た目の深い赤紫の色彩では勝り、つやつやとして彩溢れ、売る時の見かけで言えば、“麻皮派”など相手ではない。“麻皮乳猪”と“光皮乳猪”は食べ方も異なる。前者はごく薄い皮の下の柔らかい肉の層もいっしょに切り取り、“千層餅”、つまり小麦粉をパイ状に焼いたものに挟み、海鮮醤(海老やオキアミを発酵させたペーストの入った、甘いタレ)、砂糖かネギ、赤トウガラシの細切りをつけて食べる。後者はその薄く脆い皮だけを、甘味噌をつけて食べる。
白砂糖、甘味噌は、どの広東料理レストランでも仔豚の丸焼のお決まりの調味料である。この二種類はごくありふれたもので、生のネギと甘味噌が北京ダックに欠くことのできないものであるのとは異なるが、それでもある程度まで仔豚の最後の味を決定するものである。
光り輝いて登場する
仔豚は美味しいだけでなく、見た目も良い。
仔豚の美味はいくつかの文藝作品に見られるが、Charles Lambにとどめを刺す。仔豚の丸焼の見た目の良さ、形(体全体に、宋の哥窑の青磁のような裂花紋が入っている)、色(棗のような深い赤色、或いは黄金色)については、正式な宴席で、仔豚が供される場面での体裁にある。
《清稗類鈔》の記載によれば、「焼烤席は、俗に満漢大席と呼ばれ、宴席中に上品(すばらしい料理)で出ないものは無い。燕窩(ツバメの巣)、魚翅(フカヒレ)や諸々の珍味の他、必ず焼いた豚が出るが、それは一匹全体を焼いたものである。酒が三巡すると、焼いた豚と膳夫(コック)が入って来て、僕人は皆礼服を纏って入って来る。膳夫は料理を奉ると待機し、僕人は身につけていた小刀をはずして肉を切り分け、器に盛り、膝を曲げて一礼すると、首座の客にそれを献じる。」
“満漢大席”はすなわち“満漢全席”であり、中華料理の最高峰の料理である。許衡《粤菜存真》が記す広州、四川の二種類の版本の満漢全席のメニューには、何れも仔豚の丸焼が出ている。広州のメニューでは、仔豚の丸焼は“第二度”の“熱葷“とされ、紅扒大裙翅、翡翠珊瑚、口蘑鶏腰のすぐ後に出され、最後から二番目のメインディッシュと位置付けられる。やや簡略な四川のメニューでは、仔豚の丸焼は“叉焼奶猪”と書かれ、“四紅”(叉焼奶猪、叉焼宣腿、烤大田鶏、叉焼大魚の四種類のメインディッシュ)の第一に列せられている。
今日の結婚式、同窓会、表彰式典のような会場全体を請け負った宴会で、仔豚の出てくる派手さ加減と言ったら、それに勝りこそすれ決して劣らない(“有過之而無不及”)。笛や太鼓の音が一斉に鳴り響き、数十頭の仔豚が数十台の飾り付けた輿の上に乗せられ、古代の給仕の扮装をした服務員が1列縦隊で輿を担いで現れ、仔豚の眼窩の中には二つの赤色の電球が取り付けられ、会場の照明は落とされ、それにより二つの絶えず瞬く赤い光が突出し、正真正銘の「光り輝く登場」に、主人の体面と来賓の感動は、ここに双方とも最高潮に達する。
もっとすごい場合は、会場内を巡って来た仔豚が厳かにテーブルに置かれた後も、依然明かりが点けられず、一筋の、きらきらしたスポットライト(“追光”といいます)が仔豚に当てられ、あたかもこの仔豚が講演を始めようとしているかのようである。
乳猪全体(仔豚丸々一匹)
広東では、仔豚の丸焼はレストランで食べることもできるし、街の肉屋で購入することもできる。しかし何れにせよ、仔豚を食べる時は豚の一部だけ持って来ても良くなく、一匹全体を食べるのが良いのである。
いわゆる仔豚の一部分というのは、一匹の仔豚から切り取られた十から二十枚くらいの肉片である。もちろん、豚全体の焼き加減が素晴らしければ、その一部の品質も何ら劣るところが無いが、見た感じが一匹全体のようには堪能できない。この他、置いてあるうちに冷めてしまい、皮のサクッとした歯ごたえは失われ易い。一匹丸々の仔豚は、メニューには“乳猪全体”と書かれ、特別な料理の名称である。“乳猪全体”を食べようと思うと、少人数ではダメで、恐らく「友達全員」か「仲間全員」を揃えないといけない。人数を揃えるのが容易でないだけでなく、一匹「全体」の仔豚は通常、予約が必要である。
不幸なことに、仔豚は会食や宴会でしばしば「雰囲気を盛り上げる」重要な役割を担っているので、およそ仔豚丸々一匹が出される時は、十中八九、「全体大会」の類の、空前の盛況で、賑やかで混乱した場面であり、実際に仔豚を仔細に味わうには邪魔が多過ぎる。今年の年初、香港のチャリティー公演“万衆一心千禧耀東華”の出演者として参加した時、主催者の手配で、レストランで祝賀会が行われ、皆といっしょに楽しんだが、最後は気まずい思いで別れた(“不歓而散”)。その原因は、主に騒々し過ぎたことで、舞台の下で全員が飲み食いするのは良いが、何人かは大声でゲーム(“猜枚”:酒席でのゲームのこと)をし、大声でカラオケを歌う者までいた。しかし、同じく出演していた歌手の楊千(“”は女偏)が後で芸能記者に語ったところでは、彼女はこのような「周りが賑やかな」ところで歌を歌うのは全く気にしないのだそうである。というのも、これまで彼女がしてきた経験の中で、彼女がはっきりと記憶しているのが、このような場所で歌を歌う時、お客さんの何人かはテーブルの上の仔豚の丸焼を食べるのに夢中で、音を出して食べる者までおり、楊千が言うには、このような味わいは本当に我慢できないもので、自分が甘味噌になったような感じがするそうである。だから彼女は誓いを立て、自分にこう言い聞かせた。「心血を注いで歌を歌おう。決して仔豚に付く甘味噌のようになってはならない。」
甘味噌について言えば、私は、これは実はそれぞれのレストランの仔豚の丸焼の出来を評価する重要な指標であると考えている。大部分の仔豚を販売するレストランは、豚の焼き具合は皆悪くないのだが、ただ総じて誠意が欠けている。豚といっしょに届く甘味噌と白砂糖が、皆固まってしまっているのである。明らかに、これは厨房の中で長く保存されていた結果である。
【原文】沈宏非《飲食男女》江蘇文藝出版社2004年から翻訳
沈宏非の食べ物描写は、表現が豊かで、いつも読んでいると生唾が出てくるのですが、さてうまく翻訳できたかどうか。読者の皆さんが、実際に食べられた時、なるほど、と思っていただければうれしいですし、食卓の蘊蓄話にでもご活用いただければ、と思います。
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