糖葫芦 táng hú lu
りんご飴とかいちご飴というと、日本では夏の夜店の風物詩だが、これに似た、山楂子(さんざし)などの果物を竹ぐしに刺し、飴で覆ったものを、中国では糖葫芦、或いは冰糖葫芦といい、北京の冬の代表的な「小吃」xiǎo chī(軽食、おやつ)である。
最も古い糖葫芦は、食べて遊ぶものであった。一串に二個の「紅果」(北京人は山楂子(サンザシ)の実を紅果と呼んだ)が刺してあり、上のが小さく、下のが大きく、果実の外側には飴がついていて、真中は一本の竹串が貫いている。その形状がヒョウタン(「葫芦」)に似ているので、冰糖葫芦bīng táng hú luの名がついた。その後、商うのに都合がよいので、竹串に刺した果物のことを冰糖葫芦と呼び慣わした。これが冰糖葫芦の起源の一説である。
別の説として、900年余り前の南宋の時代、宋の光宗・趙悖の寵愛した黄貴妃が原因不明の病気になった。顔色が黄色くなり痩せ、食欲がなくなり、長期間治らなかった。御殿医では為すすべがなく、皇帝はやむなくひとりの民間の医者を呼び、貴妃を診させた。もう助からないだろうが、万に一つも、という思いからである(也算是死馬当作活馬医吧)。
● 死馬当作活馬医 sǐ mǎ dāng zuò huó mǎ yī もう助からないが、万に一つの希望を持ち、積極的に助けようとすること。一般に、最後に一回だけ試してみることを指す。
この医師が貴妃に出した処方箋は、氷砂糖と山楂子をいっしょに煎じて、食事の前に五~十粒飲ませ、十五日で効果が出ると請け負った。黄貴妃は服用すること半月で頑固な症状も果たして快癒した。これは山楂子に消化を助け血液の流れをよくし、寄生虫を駆除し、赤痢を止める効能がある、とりわけ消化を助ける効能が顕著であるからである。その後、こうした氷砂糖と山楂子をいっしょに煎じるやり方が民間に伝わり、庶民は山楂子を串に刺し、冰糖葫芦になったのではないだろうか。
この説には科学的な道理はあるが、冰糖葫芦が表面に飴が付いているのはなぜだろう?氷砂糖や蜂蜜で山楂子等の果物を煮て作ったものは、「蜜餞」mì jiàn(ドライフルーツ)である。これは宋代には既に存在し、蜜煎と呼ばれた。北京の冰糖葫芦は、材料は氷砂糖と山楂子で同じであるが、両者は果物の表面に飴として付着しているか、鍋でいっしょに煮られているかで、味も全く異なる。両者は全く別のものと見た方がよいのではないか。
北京の冰糖葫芦の通常の作り方は、新鮮な紅果(すなわち山楂子)を洗ってから干し、一尺くらいの竹串を刺し、七、八粒の紅果を一串とする。その後、氷砂糖か上白糖を鍋に入れ弱火にかける。鍋の傍らには表面がなめらかで鏡のような石板を置き、その表面に薄く香油(ごま油)を塗っておく。氷砂糖が完全に溶けて気泡が立ってきたら、串に刺した紅果を鍋に入れてひっくり返し、身の周囲に砂糖液を浸したら、それを石板に置いて冷まし乾かす。このようにして、甘酸っぱい冰糖葫芦が完成する。もし砂糖を煮るのを念入りにするなら砂鍋(土鍋)や銅勺を用い、その出来不出来は火加減で決まる。火力が足りないと、紅果の表面の飴は食べると歯にくっつく。火が強すぎると、味が苦くなる。
北京の糖葫芦で、どこのものが一番おいしいかは、いろいろ説があって、紅楼夢研究の泰斗で民族学者である雲郷はこう言う。
かつて北京で最も良い糖葫芦は東安市場のもので、あのあかあかとした電灯に照らされて、台の上には一層一層と並べられ、釉下藍花や五彩釉子の大きな磁器の盆の中に、各種の飴に浸したばかりの冰糖葫芦がきらきらと輝き、人をうっとりさせる異彩を放っていた。その中には、紅果(山楂子)、海棠、胡桃の実、花梨(カリン)、山芋、ムカゴ、紅果に小豆餡を挟んだものなど、種類はたいへん多かった。
北京では、糖葫芦にする材料がたいへん多く、水分のあるものでは、山里紅(山楂子)、海棠、花梨(カリン)、マスカット、みかん、クワイ。水分の無いものは、胡桃の実。よく煮たものは、ムカゴ、長芋。餡を挟んだものは、山里紅に漉し餡を挟んだもの、山里紅に胡桃の実を挟んだものなど。
美文家で美食家である梁実秋先生は彼の《雅舎談吃》の中で昔を回想して冰糖葫芦は信遠斎が作ったものが最も精緻であり、竹ぐしを使わず、山楂子や海棠を一粒使いし、実はできるだけ大きなものを選び、油紙を敷いた紙箱の中にきれいに並べ、客が持ち帰るようにした。
信遠斎は砂糖菓子店で、元々瑠璃廠の東の入口にあり、夏の酸梅湯や酸梅鹵で有名である。冬の冰糖葫芦もたいへん特色があり、かつ何種類もの作り方がある。ひとつは山楂子を押しつぶして軽く形を小判型に整え、いくつかを並べて串に刺し、表面に薄く小豆餡を塗り、小豆餡の上に京劇の役者の顔の隈取りの図案になるよう南瓜の種を埋め込み、それを更に砂糖でくるんであった。
有名な漫才芸人の侯宝林は、様々な物売りの声を漫才の中で使っているが、糖葫芦売りの声も、次のように写し取っている。
「葫芦儿――冰糖的!」
「冰糖――葫芦儿,新蘸得的!」 (蘸zhàn:糊状のものをつける)蜜をつけ立てだよ
「冰糖多哎――葫芦来嗷――」
こういう糖葫芦売りの呼び声は、廟・寺の縁日、劇場の入口、前門外の木賃宿や旅館で時々聞こえ、声が澄んでよく響き、抑揚があり聞く者の心に響いたそうである。