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中国語学習者、聡子のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

沈宏非のグルメエッセイ: 【対訳】鴛鴦茶(おしどり茶)

2010年12月12日 | 中国グルメ(美食)
 今週も、週末は中国語の軽い読み物を読みましょう。沈宏非のグルメエッセイ。今回は,鴛鴦茶。これは香港のローカルの喫茶店で出てくる、ミルクティーにインスタントコーヒーを混ぜた不思議な飲み物。マンニンやパークンといったローカル・スーパーには、粉末の鴛鴦茶も売っています。お土産にどうぞ。

                          鴛鴦茶

■ 鴛鴦和茶都是国粋,前者代表濃情和忠貞,后者象征降解与散淡。但是当這両様東西做了一処時,便似有“鴛鴦綉了従君看,莫把金針度与君”的懸疑存焉。

・鴛鴦綉了従君看,莫把金針度与君: 正しくは“鴛鴦綉出凭君看,莫把金針度与人”。意味は“被綉好的鴛鴦任凭欣賞,就是不要把針黹zhi3手藝教予別人”。(おしどりの刺繍を自由に見ていただくのは良いが、この裁縫の技術を他人に教えではならない。)詩の形を取っているが、中国の昔からの処世術を表すことわざ。“金針”は縫物に使う金属製の針のこと。

 鴛鴦(おしどり)と茶は中国文化の精華である。前者はこまやかな愛情と貞節を代表し、後者は緊張を解き、心安らいだ状態の象徴である。しかしこの両者が一つに集まると、「鴛鴦の刺繍を君に見せるとも、金針を君に渡すことなかれ」との懸念が生じる。

■ 厮混在一起鴛鴦和茶,以“鴛鴦茶”之名行走江湖。其実,在没有喝過這茶之前,我們早已于一九八零年代早期在一出名叫《虎口脱険》(la grande vadrouille,1966年出品)的法国片里聴過了它的伝聞。電影一開始,有一執行代号為“鴛鴦茶”任務之英国轟炸中隊于巴黎上空跳傘,相約従天上掉到地上最舒服(一家土耳其浴室)同時又是最危険(軍遍布)的地方之后,以一首名叫《鴛鴦茶》的歌曲為接頭暗号。但見一派霧気茫茫之中,光着身子的英国男人幽霊般四処游蕩,并且把這支“鴛鴦茶”鬼鬼祟祟地唱了又唱,吹了又吹。

・厮混 si1hun4 いっしょに混じり合う
・行走江湖 各地を渡り歩く。各地に広まる。
・la grande vadrouille フランスの喜劇映画。日本語名:《大進撃》。
・土耳其浴室 トルコ風呂。蒸し風呂である。
・接頭 連絡をとる
・鬼鬼祟祟 gui3gui3sui4sui4 陰でこそこそする

 「おしどり」と茶がいっしょに混じり合い、“鴛鴦茶”の名は各地に広まっている。実際、この茶に接するより以前に、私たちは1980年代の初期に《虎口脱険》(la grande vadrouille,1966年作品)というフランス映画でこの名前を聞いた。映画が始まるとすぐ、暗号名“鴛鴦茶”の任務を執行するイギリスの爆撃中隊がパリ上空からパラシュートで落下し、天上から、地上で最も快適な(一軒のトルコ風呂)、そして同時に最も危険な(ドイツ兵がいたるところにいる)場所に舞い降り、《鴛鴦茶》の歌を連絡をとる際の暗号とした。しかし蒸気がもうもうと立ちこめる中、素っ裸の英国男性が幽霊のようにあちこちをぶらぶらと動き回り、陰でこそこそとこの歌のメロディーを歌ったり、口笛で吹いたりした。

* ここで言う“鴛鴦茶”は、アメリカのブロードウェー・ミュージカルの中で歌われた、“Tea for Two”(日本語名:二人でお茶を)のことです。映画の中国語訳の時、“鴛鴦茶”と訳されたようですが、本来の“鴛鴦茶”の意味合いとは、いささか異なります。

■ 相信大多数的中国観衆当時在記住了《鴛鴦茶》的同時,也首次目撃了桑拿浴。因縁際会,上述場景在許多年以后使大行其道的中国桑拿浴室始終帯有某種驚険的様式和喜劇的色彩。

 大多数の中国の観衆は当時《鴛鴦茶》のことを憶えたのと同時に、初めてサウナを目にしたことと思う。因果はめぐり、上で述べた情景は、それから何年かして隆盛を迎える中国のサウナに終始ある種のスリルのある様式と喜劇的色彩を帯びさせることになった。

* 北欧式のサウナと、古代からあるトルコ式の蒸し風呂とは、結構違いがあるような気がしますが。

■ “鴛鴦茶,鴛鴦茶,你愛我,我愛你……”其実這“茶”大有来頭。它的原創第一泡,為作曲家Vincent Youmans于1925 年為百老滙一音楽劇所写的一首歌TEA FOR TWO, 三年后,肖斯塔科維奇以此段旋律写了一首爵士風格的管弦楽版同名作品。与肖氏対TEA FOR TWO的管弦楽改編及其所謂“爵士”風格相比,我覚得対于TEA FOR TWO的漢訳顕然来得更為成功。然而,更有創意的是香港人,大約在TEA FOR TWO于百老滙問世的那個時期,他們真的発明了一種全世界絶無僅有的飲料,全称是“鴛鴦奶茶”,簡称“鴛鴦”。由于通常是凍飲,故茶餐庁里又名“凍鴛鴦”。

・来頭 来歴。いわれ
・Vincent Youmans ヴィンセント・ユーマンス
・TEA FOR TWO 二人でお茶を
・絶無僅有 [成語]ごくまれである。またとない。ただ一つしかない。
・茶餐庁 香港式の喫茶店。飲み物だけでなく、様々な食べ物を出す。

 「鴛鴦茶、鴛鴦茶、あなたは私が好きで、私はあなたが好き……」、実はこの「お茶」にはいわれがある。この最初の一杯は、作曲家ヴィンセント・ユーマンスが1925年ブロードウェー・ミュージカルのために作曲したTEA FOR TWOであり、三年後、ショスタコービッチがこの旋律を使ってジャズ風の管弦楽の同名の曲を作曲した。ショスタコービッチのTEA FOR TWOの管弦楽へ編曲したいわゆるジャズ風のスタイルと比べ、TEA FOR TWOの中国語訳は明らかにより成功していると私は思う。しかし、より創造力のある香港人は、TEA FOR TWOがブロードウェーで発表されたほぼ同じ時期に、世界に二つと無い飲み物を発明した。そのフルネームは“鴛鴦奶茶”と言い、略称を“鴛鴦”。通常は冷やして飲むので、“茶餐庁”では“凍鴛鴦”と呼ぶ。

■ “鴛鴦奶茶”的制造方法如下:氷紅茶半杯,氷珈琲半杯,同時倒入另杯中充分攪渾,即成。飲用時,根据各人口味加入適量煉乳。“鴛鴦”的味道実在難以形容。一個喝慣了茶的,会覚得它更像是一杯茶館里焼出来的珈琲;一個喝慣了珈琲的,興許就認為這是一杯在珈琲館泡出来的茶,而“鴛鴦”所散発出来的那種双性恋的気息,甚至在不同性取向的人喝来,相信亦会帯来各不相同的感触。味覚在同一時間内被両種経験左右着,飄浮揺曳,多少有一点像林語堂筆下懐春少女的那一種“対象模糊的煩悩的感覚”。也只有在香港這種地方才能創造出這種茶,就像聴一個香港人説話,当他流利地把粤語和英語混為一談時,聴起来既不是粤語也不是英語,倣佛是属于第三種語源里的一種熟悉而又陌生的方言。

・攪渾 jiao3hun2 かき回して濁らせる
・興許 xing1xu3 あるいは。もしかしたら。
・飄浮 piao1fu2 揺曳yao2ye4 ゆらゆら漂う
・懐春 huai2chun1 思春。少女が性に目覚める

 “鴛鴦奶茶”の作り方は次の通り: アイスティーを半杯、アイスコーヒーを半杯、同時に別のカップの中に入れて充分にかき混ぜれば、出来上がり。飲む時、お好みで練乳を適量加える。“鴛鴦”の味は実に形容し難いものである。茶を飲み慣れた人にとっては、茶館で淹れられたコーヒーのように感じられるかもしれない。コーヒーを飲み慣れた人にとっては、珈琲館で淹れられたお茶のように思えるかもしれない。そして“鴛鴦”から発散される両刀使い的恋愛の息吹は、異なる性的愛好を持った人が飲むと、きっとそれぞれ異なった感触をもたらすことさえあるに違いないと思う。味覚は同一の時間内で二つの経験により左右され、ゆらゆら漂い、林語堂が著す思春期の少女の「対象の漠然とした不安感」のようなところも多少ある。また香港のような場所でこそ作り得た茶であるので、香港人が話をするのを聞くように、彼が流暢な広東語と英語を交えて話をする時の、聞いてみると広東語でも英語でもなく、あたかも第三の言語の、よく知っているようでもあり全く聞いたこともないような方言のような感じがする。

■ 曾見到一北京男人在某電視脱口秀里説到他在温哥華一家香港人開的茶餐庁里的不幸遭遇:因在餐牌上見到“鴛鴦奶茶”,便好奇点了一杯,茶上来后,却発現此“鴛鴦奶茶”和隣座的“奶茶”看上去完全一様,当即向店家質疑,答曰:“‘鴛鴦奶茶’其実与普通奶茶無異,唯一的区別在于,前者插両根吸管,此即‘鴛鴦’之所以得名者。”

 以前、北京の一人の男性があるTV番組で早口でまくしたてていたが、彼はバンクーバーの香港人がやっている茶餐庁でひどい目にあったそうである。メニューに“鴛鴦奶茶”とあったので、好奇心にかられて一杯注文したところ、運ばれてきてから、“鴛鴦奶茶”は隣の人が頼んだミルクティーと全く同じであることが分かった。すぐに店主に質問すると、その答えは、「“鴛鴦奶茶”は実は普通のミルクティーと同じで、唯一違うのは、前者はストローを二本挿してあることで、だから“鴛鴦”と名前がついている」というものだった。

■ 老実講,我不太相信香港人敢這麼蒙事儿,“鴛鴦奶茶”乃香港的首本名飲,家喩戸暁,即使移民加国做了野鴛鴦,也不至于野成這様。鴛鴦可以戯水,“鴛鴦奶茶”則断無戯人之理。好在這位爺的想象力有限,否則,凭“鴛鴦奶茶”之名而質疑以“何故是牛奶而不是鴛鴦的奶”,茶餐庁老板就只好死給他看了。更為駭人聴聞的是,有台湾人已将港人原創的“鴛鴦奶茶”発揚光大,在台式“波霸奶茶”(在奶茶中加入数十顆寧波湯団大小的淀粉球)的基礎之上,進一歩梱綁bang3了“鴛鴦”,推出了一款名叫“波霸鴛鴦”的飲品……我希望上面的那位苦主万勿光顧,無論如何。

・蒙事 meng1shi4 ごまかす。知ったかぶりをする
・家喩戸暁 jia1yu4hu4xiao3 [成語]誰もがよく知っている。津々浦々に知れわたる。
・駭人聴聞 hai4ren2ting1wen2 [成語]聞く人をびっくりさせる。世間をぞっとさせる。
・発揚光大 [成語]大いに発揚する。大々的に広める。
・寧波湯団 寧波湯圓。“湯圓”はモチ米の粉で作った小さな団子で、甘いシロップで煮てお椀に入れて供する。白玉団子のようなもの。
・梱綁 kun3bang3 縄で(人を)縛り付ける

 正直なところ、私は香港人がこんなごまかしをするなんて信じられない。“鴛鴦奶茶”は香港ではじめて名付けられた飲み物で、誰もがよく知っている。たとえカナダに移民して「野良おしどり」になっても、こんな野放図になり下がるわけがない。おしどりが水と戯れるからといって、“鴛鴦奶茶”が人をからかっていいなどという道理は断じてない。幸い、このじいさんの想像力はここまでで、そうでないと、“鴛鴦奶茶”の名前から「どうして牛乳を使って、おしどりの乳を使わないのか」と聞かれた日には茶餐庁の主人は死んでみせるしかないではないか。更に人を驚かせたのは、台湾人が、香港人が元々生み出した“鴛鴦奶茶”を大いに広め、台湾式の“波霸奶茶”(ミルクティーに数十粒の寧波湯圓くらいの大きさのでんぷん粉で作った球を入れたもの)を元に、これと“鴛鴦”を結びつけ、“波霸鴛鴦”という飲み物を売り出したことだ……どうかあの苦渋をなめた人、決してこんなものに手を出さないように。

■ 奶茶的名字和玫瑰的名字一様,不同的人有不同的解読,即使奶茶本身亦復如此。老舍先生在小説《二馬》里写道:“老馬要是告訴普通英国人:‘中国人喝茶不擱牛奶。’‘什麼?不擱牛奶!怎麼喝?!可怕!’人們至少這様回答,他要是告訴社会党的人們,中国茶不要加牛奶,他們立刻説:‘是不是,還是中国人懂dong3得怎麼喝茶不是?中国人替世界発明了喝茶,人家也真懂dong3得怎麼喝法!没中国人咱們不会想起喝茶,不会穿綢子,不会印書,中国的文明!中国的文明!唉,没有法子形容!’”其実,把TEA FOR TWO訳成“鴛鴦茶”不但有信,還略不輸文采。不過,対于“鴛鴦”這両個漢字的理解,粤語却明顕偏離主流,即在“成双作対”和“好事成双”的大前提下,強調的并不是“永結同心”,而是差異,鴛是鴛来鴦是鴦,転換為現今常用的外交詞滙,大概就是“求同存異”。比方説,一個広東人若誤穿了両只不同顔色的袜wa4子,或者戴錯了両只不同款式的手套,另一個広東人便会笑他穿了“鴛鴦袜wa4”或戴了“鴛鴦手套”,這種表達方式非但毫不“鴛鴦”,甚至大有“乱点鴛鴦譜”的意思。

・玫瑰 mei2gui マイカイ。バラの仲間でハマナシの近縁種。日本語訳にする時にも、バラと訳すべきかどうか迷うが、中国でも用法に人によって違いがあるようである。
・擱 ge1 入れる
・成双 対になる
・作対 反対する。敵対する。
・求同存異 [成語]共通点を見つけ出し、異なる点は残しておく

 “奶茶”という名は“玫瑰”同様、人によって解釈が異なる。たとえ“奶茶”自身を本来の意味に戻したとしても。老舎先生は小説《二馬》でこう書いている。「老馬が普通のイギリス人に「中国人はお茶にミルクを入れない」と言ったところで、「何?ミルクを入れないって!どうやって飲むの?恐ろしい!」人々は少なくともこう答えるだろう。彼がもし社会党の人たちに、中国茶にミルクを入れてはいけない、と言ったら、彼らは直ちにこう言うだろう。「そうだろう、やっぱり中国人はどう茶を飲むか知っているだろう?中国人は世の中の人々に代わって茶を飲むことを発明し、他の人たちも飲み方を本当に理解した。中国人がいなかったら、私たちは茶を飲むなんて思いつかなかったし、シルクを着ることもなかったし、本を印刷することもできなかっただろう。中国文明!中国文明!ああ、形容しようがない!」実際、TEA FOR TWOを“鴛鴦茶”と訳したことは、意味が合っているだけでなく、文才も決して悪くない。しかし、“鴛鴦”という二つの漢字の理解について、広東語は明らかに主流からそれていて、「対になって反対する」、「良いことが続いて起こる」ということを大前提にしていて、強調しているのは「永久を誓っていつも心を一つにする」のではない。そして違うのは、鴛は鴛、鴦は鴦とし、昨今の外交用語を転用すれば、おおよそ「共通点を見つけ出し、異なる点は残しておく」ことである。例えば、一人の広東人が間違って左右違う色の靴下を履いたり、左右で異なる手袋をはめてしまっていたら、それを見た別の広東人は笑って、あいつは“鴛鴦”の靴下を履いたり、手袋をしていると言うだろう。こうした表現は少しも“鴛鴦”的でないばかりか、“鴛鴦”ということばをでたらめに使っているとさえ言える。

■ “鴛鴦于飛,畢之羅之。鴛鴦在梁,戢ji2其左翼。”(小雅)早在詩経時代,鴛鴦就是一夫一妻制的模範榜様,但是鴛鴦并不像伝説中那様飛則同振,游則同嬉;栖則連翼交頸,一只死了,另一只就終生“守節”,甚至抑郁而死。鴛和鴦都没那麼痴情,那麼You jump,I jump。事実上,鴛鴦平時都是各過各的,其成双作対及其双栖双飛,只是在配偶時期才表現出来的一種親密姿態而已,一旦交配完成,用不着棒打,立馬就各自東西,形同陌路。至于繁殖后期的産卵并撫育幼雛的工作,皆由鴦這個単親媽媽一力完成,鴛完全是搞gao3完了就走人。是故,以鴛鴦来做一夫一妻制的吉祥物雖然勝在直観,却実在很不吉祥,当然亦不無真実。誠如鄭板橋所言:“鴛鴦二字,是紅閨佳話,然乎否否。多少英雄儿女態,醸出禍胎冤薮,前殿金蓮,后庭玉樹,風雨摧残驟。”算下来,唯有港産的“鴛鴦茶”,才比較貼切地再現了鴛鴛鴦鴦們歴来所奉行的這種杯水主義的愛情観。

・抑郁 yi4yu4 憂鬱。鬱憤。
・痴情 chi1qing2 ひたむきな愛情。ひとすじに思い続ける愛情
・鄭板橋 清代の画家、書法家。江蘇・興化の人。
・禍胎 huo4tai1 禍根。災いの原因となるもの。冤薮 yuan1sou3 =冤家 仇(かたき)。“薮”は人や物が寄り集まるところ。

・前殿金蓮 南朝・斉の廃帝・東昏侯の妃であった潘妃の故事に由来し、ある時東昏侯が地面に金箔で蓮の絵を貼らせ、その上を潘妃に歩かせたところ、歩く姿がしなやかで美しく、歩くたびに蓮の花が生じるように見えたことから。“金蓮”には纏足の意味もある。

・后庭玉樹 南朝陳の后主 陳叔宝の作った宮体詩《玉樹后庭花》から。陳叔宝は陳の滅亡に際しても、宮中で愛姫の張麗華といっしょにいたと言われている。“后庭花”は江南地方に生える植物で、庭園で多く栽培されたことから“后庭花”の名がある。花は紅白の二色で、特に白色の花が樹に玉の冠をかぶせたように見えることから“玉樹后庭花”の名がある。

・摧残 cui1can2 打ち壊す
・驟 =驟然 zhou4ran2 にわかに。たちまち。
・貼切 tie1qie4 (言葉遣いが)適切である。ぴったり当てはまる

・杯水主義 革命後のソ連で生まれた一種の性道徳の観念で、従来の伝統的な貞節観念を打ち壊し、性欲はあたかも喉の渇きを癒すために一杯の水を飲むように簡単で平常なことだという考え方。

 「鴛鴦はつがいで飛ぶので、一つの網で二羽とも捕まえることができる。鴛鴦は渓流にいる時は、共に左の翼をたたみ、互いに寄り添う。」(小雅)早くも詩経の時代、鴛鴦は一夫一妻制の模範であったが、鴛鴦は決して伝説のように飛ぶ時はいっしょに羽根を広げ、遊ぶ時は共に遊び、樹の上で休む時は翼を連ね頸を交え、一方が死ねば、他方は終世貞節を守り、甚だしきは鬱々として死に至る、などということはない。鴛も鴦もお互いをひたむきに愛し、あなたが飛べば、私も飛ぶ、などということはない。実際は、鴛鴦は、平時は各々が別に過ごし、対になって共に樹の上にいたり共に飛ぶのは、産卵期につがいを作る時だけに表われる親密な姿で、一度交配が終わると、棒で叩かなくても、直ちに各々が別個に行動する。繁殖後期の産卵と雛を育てるのは、皆“鴦”の方がシングルマザーとして全力でやり遂げ、“鴛”の方は交尾が終わったらさっさといなくなる。それゆえ、鴛鴦を一夫一妻制の吉祥物とするのは直観的にはすばらしいが、実際はたいへん不吉で、またそれが事実である。誠に鄭板橋が言ったように、「鴛鴦の二文字は、新婚の閨房の佳話と言われているが、そうだろうか。いや、事実は違う。これまでどれだけの英雄の男女のいとなみが、災いの原因や恨みを生みだしてきたことだろう。前殿では潘妃の金蓮に譬えられるなよなよと歩く姿が見られ、后庭では陳叔宝の《玉樹后庭花》が舞われていたと思ったら、風雨が来て(王朝が滅亡し)、忽ち全てを打ち壊してしまった。」こうして見ると、香港産の“鴛鴦茶”だけが、おしどり達がこれまで行ってきたこうした“杯水主義”の愛情観をぴったりと再現していると言えそうである。


【原文】沈宏非《飲食男女》南京・江蘇文藝出版社2004年8月


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沈宏非のグルメエッセイ: 【対訳】大いに“火鍋”を語ろう(2)

2010年12月06日 | 中国グルメ(美食)
  沈宏非の語る中国の冬の味覚、“火鍋”。前回の続きを、ご覧いただきます。

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■ 論火鍋,北京不止涮羊肉,韓国料理店的牛肚火鍋以及延吉鮮族人売的朝鮮狗肉火鍋,也好吃得很。其実,包括涮羊肉在内的北派火鍋都有一个特点,就是主料単一,湯底不繁,直奔主題,与川、粤形成了鮮明的対照。牛肚火鍋,主料就是牛肚、面条,至于狗肉火鍋,除了実打実的狗肉之外,最多也就是添点狗腸、狗肝,湯料也是狗肉湯,再加入豆腐、蔬菜、粉条之類,爽与不爽,一半取决于辣与不辣的“狗醤”。

・実打実 shi2da3shi2 うそ偽りがない

 火鍋について言えば、北京は涮羊肉だけでなく、韓国料理店の牛肚(牛の臓物)火鍋や延吉出身の朝鮮族が商う朝鮮風犬鍋も大変おいしい。実際、涮羊肉を含む北京式火鍋にはひとつの特徴がある。つまり、主な食材が単一であり、スープの中身は単純で、まっすぐ主題を追いかけており、四川、広東とは明らかな対照を形作っている。牛肚火鍋は、主な材料が牛肚(牛の臓物)、麺であり、犬鍋に至っては、実質本位の犬肉以外、最大限加えたとしても犬の腸、犬の肝までで、スープも犬肉のスープ。これに豆腐、野菜、春雨の類を加え、さっぱりしておいしいか否か、その半分は辛いのと辛くないのがある「狗醤(犬ミソ)」で決まる。

■ 不管是不是从北方遊牧民族処“騎来”,火鍋的確是一種很中国的飲食方式,而且非常地具“亜洲価値”。

 北方の遊牧民族のところから「馬に乗ってやって来た」にせよそうでないにせよ、火鍋は確かにたいへん中国的な飲食方式であり、非常に「アジア的価値」を備えている。

■ 如果説飲茶是広東人的身份認同,那麼全体中国人的身份認同,就是火鍋。世界上很少有一个種族,像中国人這様熱愛火鍋,当然,法国人偶尓也会来一道“布艮地鍋”,至于瑞士的芝士巧克力火鍋,其実更像是一道甜品,尽管上述地区的年平均气温都遠低于中国。

 もし飲茶を広東人のアイデンティティーだと言うなら、中国人全体のアイデンティティーは火鍋である。世界中でも、ひとつの民族が、中国人のように火鍋を熱愛するというケースは稀である。もちろん、フランス人もたまには「ブルゴーニュ鍋」をやるし、スイスのチーズやチョコレートのフォンデュに至っては、その実、デザートのようだ。これらの地域の平均気温は、何れも中国よりずっと低いにもかかわらず、である。

■ 在御寒和求鮮的表面証据之下,国人対火鍋的傾情,可能還有以下這几个心理上的原因:

 寒さを御し、材料の鮮度を追求するという表面上の理由で、中国人が火鍋に情熱を傾けるのは、或いは更に以下のいくつかの心理的な原因があるかもしれない。

■ 第一,熱閙,非常地熱閙,非常地“大一統”;前几年従香港伝入的所謂“個人火鍋”,雖然便宜,却終不成気候,原因就在這里。

・気候 qi4hou4 好ましい結果。成功。/成不了気候:ものにならない

 第一、にぎやかさ、非常ににぎやか。「大団円」。数年前、香港から伝わった、いわゆる「ひとり火鍋」は、便利ではあるけれども、ついには流行らなかった。その理由はここにある。

■ 第二,非但人気与火気斉旺,而且時間与快楽俱長。除了満漢全席之外,火鍋無疑是中餐里最能消磨時間的進食方式,尤其是四川的麻辣燙,出于対湯料的信仰,一鍋湯熬得愈久,一桌人吃得越酣,此乃川菜的基本常識。前一陣子有報道説,四川有一个騙子,専門誘騙外籍遊客做東請吃火鍋,上当的老外毎有察覚而欲撤離,該騙徒皆以“火鍋吃得越久越好吃”相阻留。

・熬 ao1 煮る
・酣 han1 気持ちよく存分に飲む。心ゆくまで~する。
・做東 ごちそうする。おごる。
・上当 shang4dang4 わなにはまる。だまされる。
・老外 田舎者

 第二、人々の雰囲気と鍋の火が共に盛んであるだけでなく、時間と快楽も共に長く続く。満漢全席を除いて、火鍋は間違いなく中国料理の中で最も時間を消耗することのできる食事方式である。特に四川の麻辣燙は、スープの材料に対する信仰から出て、鍋のスープを長く煮れば煮るほど、テーブルの人が心行くまで堪能できる、というのが四川料理の基本常識となっている。ちょっと前のニュースで、四川に詐欺師がおり、専ら外地からの旅行客を誘い、だまして火鍋をおごらせようとした。騙された人はそれと気づき、その場から立ち去ったが、くだんの詐欺師一味は「火鍋は時間がたてばたつほどおいしくなる」ため、そこに留まっていたそうである。

■ 毎一次在一家火鍋店圍炉三個小時以上,酒酣耳熱之際,我就会不期然地去想,“醤缸”恐怕是一個過時的東西了,現在,無論如何也該輪到了“涮”。挙目皆“涮”也,亦無物不可赴“涮”,多麼熱閙,多麼無休無止,多麼的無厘頭。

・酒酣耳熱 jiu3han1er3re4 ほろ酔い機嫌
・挙目 ju3mu4 目を上げて(見る)。

 毎回、火鍋屋でコンロを囲むこと3時間以上、ほろ酔い加減になると、私はふと思うことがある。“醤缸”(タレ入れの甕)はおそらく時代遅れのものだ。今はとにかく「しゃぶしゃぶ」をする番だ。眼を上げると、皆「しゃぶしゃぶ」をしている。「しゃぶしゃぶ」できないものは無い。こんなににぎやかで、こんなに絶え間なく、こんなに無秩序である。

■ “醤缸”的統治久矣,子曰:“不得其醤,不食”(《論語・郷党篇》)。然而,終于有這麼一天,火鍋消解了“醤缸”,最起碼,醤料在火鍋席上只占有従属的地位,鍋里鍋外的衆声喧嘩,才是后現代的性格。

・消解 xiao1jie3 (疑いや懸念が)氷解する。消える。
・喧嘩 xuan1hua2 がやがやとやかましい。騒がしい。

 “醤缸”の支配は久しい。子曰く「その醤を得ずんば、食せず」と(《論語・郷党篇》)。しかし、遂にはこんな日が来るだろう。火鍋から“醤缸”が消え、タレは火鍋の席で従属的な地位を占めるだけになる。鍋の中も鍋の外も人々の声ががやがやと喧しい。こうなってこそ次世代的である。

* 確かに、スープに味がついていなければ、タレは重要ですが、鴛鴦火鍋のようにスープに十分味のついているものでは、タレはそれほど意味がありません。沈宏非がここで言っているのは、そういうことなのでしょうか。

■ 也有一些人極端地厭悪火鍋,例如以精食著称的袁枚。

 しかし一部では、極端に火鍋を嫌っている人もいる。例えば、精緻な食で有名な袁枚である。

■ 《随園食単》有“戒火鍋”一節:“冬日宴客,慣用火鍋,対客喧騰,已属可厭;且各菜之味,有一定火候,宜文宜武,宜撤宜添,瞬息難差。今一例以火逼之,其味尚可問哉?近人用焼酒代炭,以為得計,而不知物経多滚gun3総能変味。或問:菜冷奈何?曰:以起鍋滚gun3熱之菜 ,不使客登時食尽,而尚能留之以至于冷,則其味之悪劣可知矣。”

・喧騰 xuan1teng2 騒ぎで沸き返っている
・得計 de2ji4 計画がうまくいく。思い通りになる。

 《随園食単》に「火鍋を戒める」という一節がある。「冬の宴客は、火鍋をよく使うが、客に対しわあわあと沸きかえり、既に忌まわしいものである。且つ各々の料理には、一定の火加減があり、とろ火が良いもの、強火が良いもの、減らすのが良いもの、加えるのが良いもの、瞬時にはその違いがわからない。今、試みに火で以てこれを強いれば、その味を尚問うことができるだろうか?最近の人はアルコールを燃やすことで炭に代え、思い通りになると思っている。然るに食物が何度も煮立たせると必ず味が変質してしまうことを知らない。或いは問う、料理が冷めてしまったらどうなる?曰く最初に鍋が煮立ち、熱くなった料理を、客がその時食べ尽くさず、中に残って冷めてしまったものは、その味の劣悪であることを知るべきである。」

■ 就烹飪及待客之道的基本原則而言,袁枚的説法,字字到位,句句中肯。站在食客的立場,対于火鍋,我却是一則以喜,一則以悲,所喜所悲,皆因熱閙而起。

 料理を作ることと接客の方法の基本原則から言えば、袁枚のことばは一字一句もっともである。食客の立場に立てば、火鍋に対し、私はうれしくもあり、悲しくもあり、悲喜こもごもは皆そのにぎやかさから起こる。

■ 熱閙或喧嘩的種種場面,不独火鍋。問題在于,不管哪一路的火鍋,総是離不開醤料,醤油、姜絲、辣椒、沙茶醤之類,只是最基本的,此外尚有数不清的醤料小碟,星羅棋布地擺満了餐桌。而吃火鍋的手持器具,起碼在両種以上,動作幅度和頻度極大,那所涮之物,随波逐流,随時有溺水失踪的危険,在転瞬間消逝了踪影。在深不見底的老湯里打撈垂釣,難度不亜于在巴倫支海底搜索失踪的俄羅斯潜艇。与此同時,還得不時調節火力,控制火候,三頭六臂,七手八脚,只是把厨房搬上了飯桌,局面之混乱,始終処于失控的辺縁。

・星羅棋布 xing1luo2qi2bu4  [成語](星や碁石のように)多く広く分布している
・打撈 da3lao1 (沈没した船や水死体を)引き上げる
・垂釣 chui2diao4 釣り針を垂れる。魚を釣る
・三頭六臂 [成語]三つの頭と六つの腕。非常に優れた能力を持っているたとえ。三面六臂。
・七手八脚 [成語]だれもかれもが一度に手を出す。寄ってたかって何かをする
・辺縁 bian1yuan2 すれすれ。きわどい状態。

 にぎやかさや、がやがやとうるさい各種場面は、ひとり火鍋に限らない。問題は、どんな火鍋にせよ、タレから離れることができない。それは醤油、生姜の細切り、唐辛子、サテソース(南方でよく使われるピーナッツ・ベースの調味料)の類が、最も基本的なものに過ぎず、この他、数え切れないタレの小皿があり、綺羅星の如くテーブル一杯並べられている。一方、火鍋を食べる時の手に持つ器具は、最低二種類以上、動作の幅と頻度は極大で、湯にくぐらせる物は、スープの波に随い流れていってしまい、常に溺水・失踪の危険があり、あっという間に跡形も無く消えてしまう。深く底の見えない長く煮込んだスープの中から引き上げたり吊り上げたりするのは、ベーリング海の海底で、失踪したロシアの潜水艦を捜索するのと、その難度は劣らない。これと同時に、常に火力を調整し、火加減をコントロールし、三面六臂、寄ってたかって、まさに厨房をテーブルに持ってきたようなもので、局面の混乱、終始制御不能に陥るぎりぎりの状態におかれている。

* なるほど。確かに各種具材、各種調味料、道具類が所狭しと並べられた情景が目に浮かびます。さしもの、日本なら、ここで鍋奉行が登場し、肉の煮えすぎとかに、注意を飛ばすところでしょうか。

■ 聞鼙pi2鼓而思良将。毎当這種悲喜交集的時刻,我就渇望能有一个鉄腕人物従天而降,力挽狂瀾,牢牢地把握火鍋的大方向。

・聞鼙pi2鼓而思良将 《礼記》出典のことば。“鼙鼓”pi2gu3というのは軍中で使われる大小の太鼓のことで、古代には出陣や各種の指示を伝えるのに使われた。王政にある者は、戦陣の太鼓の音を聞くや、直ちに自分の配下でそれぞれの局面でふさわしい武将の名前が思い浮かぶという意味。

・力挽狂瀾 li4yi4kuang2lan2 “挽”:挽回する。“狂瀾”:猛烈な波浪。危険な局面を全力で挽回しようとすること

 軍鼓を聞いて良将を思う。こういう悲喜こもごもの時に当たるたび、私は鉄腕を持つ人物が天から降りてきて、劣勢を力ずくで挽回し、しっかりと火鍋の大方向を把握してくれないか、と願う。

* これは明らかに、沈宏非は鍋奉行の出現を熱望されています。中国では鍋の時にあれこれ口を挟む人はいないのでしょうか。

■ 前年冬天的一个雪夜,我和一伙人在東四的“忙蜂”喝到昏天地,又被裹脅至東直門謀“麻辣燙”。恍惚間,但覚座中一女指揮若定,使卓面上自始至終秩序井然。口腔麻痺,声音漸遠,心中惟存一念:我的下半生,就交給你来安排吧。

・昏天地 [成語]意識がぼうっとするさま
・裹脅 guo3xie2 (悪事を働くよう)脅迫する
・井然 jing3ran2 整然としている。きちんとしている。

 去年の冬のある雪の夜、私と何人かの仲間は東四の「忙蜂」で意識朦朧となるまで飲み、また脅かされて東直門の某「麻辣燙」に連れて行かれた。意識はぼんやりしていたが、座中のひとりの女性がきっちり取り仕切り、テーブルの上は終始秩序立っているのがわかった。口は麻痺し、声は次第に遠のいて行ったが、心の中でただひとつ思ったことは、私の後半生をあなたに任し采配してほしい、ということだった。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

 沈宏非も最後は酔い潰れてしまいましたが、鍋というのは寒い季節に人の心を豊かにし、団欒を進めてくれるものです。中国人だけでなく、日本人も、韓国人も、皆この点では共通の文化を持っていると言えるでしょう。


【原文】 沈宏非 《食相報告》四川人民出版社 2003年

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沈宏非のグルメエッセイ: 【対訳】 大いに“火鍋”を語ろう(1)

2010年12月05日 | 中国グルメ(美食)
 鍋料理が美味しい季節になってきました。中国で鍋といったら羊のしゃぶしゃぶや重慶火鍋に代表される“火鍋”です。今回は、沈宏非のエッセイの中から火鍋について、中国語、日本語の対訳でご覧いただきます。中国語学習の息抜きになれば、と思います。

                   大話火鍋 (大いに鍋料理を語ろう)

■ 朔風漸起,新涼入序,第一時間想到的,就是火鍋。

・朔風 shuo4feng1

 北風 北風が次第に吹くようになり、新たな寒さが緒に就くと、先ず思いつくのが鍋のことである。

■ 漢族的飲食文化,差異不可謂不大。不過,地不分南北東西,人不分男女老幼,火鍋是一致的愛好。即使是処処標新立異的新新人類,“哈鍋族”亦大有人在。

・標新立異 [成語]新しい主張を唱え、異なった意見を表明する
・哈ha1……族 例えばアニメなどの日本文化が好きな“哈日族”のように、何かが好きでたまらない人たちのこと。

 漢民族の飲食文化は、その違いが大きくない訳ではない。しかし、場所の南北、東西を問わず、人の老若男女を問わず、“火鍋”は誰もが一致して好きなものだ。たとえあちらこちらに新しい主義主張を唱える新人類であっても、「鍋好き」はたくさん存在する。

■ 火鍋本不属于漢族,当年随清兵入関而伝入中原。在宮里,乾隆不僅無火鍋不歓,六次南巡途中,皆着地方接待単位沿途備火鍋伺候。另一種流行的説法是,早在公元六一八至九零六年間,火鍋就開始了由北向南的伝播,李白之“胡姫美如花,当炉笑春風”説的就是涮shuan4羊肉 的情景。也是学者認為,火鍋出現于成吉思汗時代,由蒙古而東北。

・入関 ここでは、明末、将軍・呉三桂が守っていた北京北方の居庸関を開いて降伏し、清軍が入京し、明が滅んだことを指す。“関”は北方の塞外と都の北京を隔てる居庸関のこと。
・伺候 ci4hou 世話をする

  “火鍋”は元々漢民族には属せず、清の兵隊と共に居庸関を越え、中原に伝わった。宮中では、乾隆帝は鍋料理が無いと機嫌が悪かっただけでなく、六度の南方視察の途中、どの地方の接待部署も火鍋を用意し、ご機嫌を取った。もうひとつの説は、西暦618年から906年の間、鍋料理は北から南へと伝わったというもので、李白が「胡姫の美は花の如し、炉に当たりては春風を笑す。」と言ったのは、羊のしゃぶしゃぶをする情景である。また、“火鍋”はジンギスカンの時代に出現し、モンゴルから東北部に伝わったと考える学者もいる。

* “当炉”を「炉に当たる」と訳しましたが、ここで言う“炉”は下から石炭で火を焚いた鍋のことで、「鍋を囲む」という意味だと思います。ウェートレスは“胡姫”ですから、西域から来た美女だったのでしょう。内陸の長安は、冬は氷点下まで気温が下がりますから、温かい鍋料理に春を感じ、思わず笑みがこぼれます。

■ 無論如何,這種被広東人称為“打辺炉”的進食方式,已由最初単純的涮shuan4肉濫觴至無所不涮shuan4。只是火鍋的基本形態依然故我:一口鍋(陶、瓦、金属、玻璃),底下生火(炭火、電火、柴火、蜡火、酒精、煤气),鍋里有水(高湯、麻辣或薬材湯),水一滚gun3,就開涮shuan4,万変不離其宗。

・濫觴 lan4shang1 ものごとの始まり。起源。
・故我 gu4wo3 昔のままの自分
・万変不離其宗 [成語]形式上いろいろ変わっても本質は変わらない

 とにかく、このような広東人が言うところの“打辺炉”という食事方式は、最初は単純に肉を湯にくぐらせることから始まり、遂には何でもかんでも湯にくぐらせて食べるというまでに至った。但し、火鍋の基本形態は依然として昔のままである。真ん中に煙突の突き出た鍋(陶器、素焼き、金属、ガラス製がある)の、底で火を焚きつける(熱源は炭、電気、薪、ロウソク、アルコール、ガスがある)。鍋にはスープを入れ(高湯(中華ハムや鶏や豚の煮出しスープ)、麻辣(四川風唐辛子スープ)、或いは漢方薬材の入ったスープ等がある)、水がぐらぐら沸いたら、食物を湯にくぐらせる。万事が変化しても、この点だけは変わらない。

*“打辺炉”:文字通り訳すと、ストーブの傍らで食事をする、となりますが、これも李白の詩の“当炉”と同様、「鍋を囲む」という意味だと思います。

■ 広東人対“打辺炉”的酷愛,往往令外地人詫異。作為一種苦寒地帯的飲食,竟然大行其道于“愆qian1陽所釈,暑湿所居”的嶺南,実在令人費解。

・詫異 cha4yi4 不思議に思う。いぶかる。
・嶺南 “五嶺”(越城嶺、都龐嶺、萌渚嶺、騎田嶺、大庾嶺の総称で、湖南、江西の南部から広東、広西との境界の地方)以南の地という意味で、広東・広西一帯を指す
・費解 fei4jie3 分かりにくい。難解である。

 広東人は“打辺炉”がたいへん好きで、しばしば外地人を不思議がらせる。酷寒地帯の飲食であったものが、意外にも「厳しい陽の光が広がり、暑さや湿気の甚だしい」嶺南の地で隆盛であるのは、実にわかりにくい。

■ 其実,嶺南的冬天也是冷的,雖然気温皆在摂氏十度左右,却有另一番銷魂蝕骨的冷法,那種湿湿的陰冷,未曾在広東過冬者很難体会。御寒的同時,粤人“打辺炉”的另一个動机,乃是貪図食物的新鮮与生猛。凡新鮮之物,肥牛、魚蝦、龍蝦、象拔蚌、生鮑、魚頭、猪脳 、狗肉、甲魚、鶏、鵞腸、驢肉、蛇段,肉丸以及各種蔬菜,几乎无所不用来“打鍋”。

・銷魂蝕骨 xiao1hun2shi2gu3 魂を奪われ骨を蝕む。程度が甚だしく、気持ちが沈む様。

 実際は、広東の冬は寒く、気温は摂氏10度前後だが、却ってうんざりして気持ちを萎えさせる冷え方である。そのじめじめした曇り空の寒さは、広東で冬を過ごしたことのない者にはわかりづらい。寒さを御すると同時に、広東人が“打辺炉”をするもうひとつの動機は、他でもなく新鮮で生きの良い食物を貪ることだ。およそ新鮮な物であれば、肥牛(脂身のついた牛肉)、エビ、ロブスター、象拔蚌(ミル貝)、生の鮑、魚頭(鰱魚lian2yu2レンギョの頭)、豚の脳みそ、犬の肉、スッポン、鶏、ガチョウの腸、ロバの肉、蛇のぶつ切り、肉団子、各種の野菜と、およそ鍋に入れないものは無い。

* “象拔蚌”xiang4ba2bang4というのは、広東の海鮮レストランで出てくる巨大な二枚貝で、身は薄切りにして供されます。足を出した形が象の鼻に似ているから、このような名前になったのでしょうか。“魚頭”はいわば魚のアラの料理。豆腐と共に煮た“魚頭豆腐”が有名ですが、通常、淡水魚を使い、特にレンギョの頭を使うことが多いようです。

■ 有殺錯無放過,有涮shuan4無類,很容易就磨滅了個性。説到個性,我認為京派的“涮shuan4羊肉”、川式的“麻辣燙tang4”,遠在“打辺炉”之上。

 殺し損なって入れることができなかったり、何でもかんでも湯にくぐらすのでは、あっという間に個性を失ってしまう。個性と言えば、私は北京式の“涮羊肉”(羊のしゃぶしゃぶ)、四川式の“麻辣燙”(唐辛子と山椒のスープの鍋)は“打辺炉”よりはるかに優れていると思う。

■ 与粤式打辺炉以及四川的麻辣燙相比,京式的涮羊肉,属于火鍋大系里另一派的掌門。

 広東式の“打辺炉”、四川の“麻辣燙”と比べ、北京式の“涮羊肉”は“火鍋大系”の一方の頭目である。

■ 這一派,不妨称之為“単一品種派”,即独沽一味,只涮羊肉。与此同時,湯底也簡単得多,除了羊肉之外,外置的調味料是成敗的要害。

・沽 gu1 売る/ 独沽一味:一つの風味、料理だけを売る

 この一派は、「単一品種派」と呼んで良い。つまり一つの風味だけで勝負する。ただ“涮羊肉”だけを売る。同時に、スープの中身もずっと簡単で、羊の肉を除くと、鍋から出した後つける調味料が勝敗の分かれ目である。

■ 最適宜涮食的羊肉,取自内蒙古錫林郭勒盟十四個月大的小尾頭綿羊,選料之后,切割更考師傅,因為只有切得薄,才可一涮即熟。過去夸誰家的涮羊肉好,一半是在称賛師傅的刀工。別猜,我説的就是“東来順”。現在好了,科技的進歩打破了手工的壟断,一概改用机器,毎五百克可以切出一百片,比人手切的還薄。

・壟断 long3duan4 独占

 しゃぶしゃぶに最も適した羊は、内蒙古錫林郭勒盟の生後14ヶ月の小尾黒頭綿羊である。食材を選んだ後、肉のカットでは更に職人を選ばないといけない。なぜなら、肉が薄くないと、一度湯をくぐらせただけで食べごろにならないからである。かつて、どの店の涮羊肉がおいしい、というのは、半分は親方の包丁さばきへの賞賛であった。言うまでも無く、私が言っているのは“東来順”のことだ。今は良くなった。科学技術の進歩が手作業の独占を打ち破り、どこでも機械を使うようになり、500グラムで100枚の肉を切り出すことができ、人の手で切ったものより薄くなった。

■ 説老実話,其実我并不特別喜歓吃這一片片的薄薄的東西,論羊肉,我只喜歓大塊的。但是,只要是冬天,只要人在北京,我就非得去涮上几回。空气里都是涮羊肉的味道,還有煤煙,那才是北京。一旦聞不到,整个人頓時就安全感尽失,惶惶不可終日。

・惶惶 huang2huang2 びくびくするさま/惶惶不可終日:恐怖のあまり生きた心地もしない

 正直に言うと、私はこの一枚一枚の薄い物が特別好きなわけではない。羊について言えば、私は塊の肉の方が好きだ。しかし、冬になり、北京にいる時は、私は何回かはしゃぶしゃぶしに行かない訳にいかない。空気に“涮羊肉”の臭いがあり、石炭の煙がある、それこそ北京なのだ。その臭いがしないと、人々は忽ち不安になり、びくびくして生きた心地がしなくなる。

■ 是故,我只在北京的街頭露天地開涮,不管有多冷。百年老店以及時髦的這居那居的,無不人山人海,頭頂上火炉乱飛,脚底下油膩横流,怕死了,再説那里面的暖气也譲我窒息。我喜歓在住処就近找一家小店,条件只有両个:

・人山人海 [成語]黒山の人だかり

 それゆえ、私はどんなに寒くても、北京の街頭の露天の店でしゃぶしゃぶを食べることにしている。百年の老舗とか流行のこの店、あの店というのは、黒山の人だかりでなくても、頭の上をコンロの炎が飛び交い、足元は油でギトギトしていて、おっかない。また、そういうところの暖房も、息が詰まりそうだ。私は宿舎の近くで小ぶりな店を捜すのが好きだ。条件はふたつだけ。

■ 第一,羊肉尚可;第二,可在戸外進行。

 第一、羊の肉の質がまあまあ。 第二、屋外で食べられること。

■ 此外,再来一瓶紅星牌二鍋頭,就用不着理我了。

 それ以外に、紅星ブランドの二鍋頭(白酒)が一瓶あれば、もう私をほっておいていただいて結構。

* 二鍋頭は、北京に行かれたことのある方はご存じでしょうが、高粱等を原料に作られた度数の高い白酒、いわば北京の地酒です。値段も安い、庶民の酒です。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

 続きは、次回で。お楽しみに。

【原文】 沈宏非 《食相報告》 四川人民出版社 2003年

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沈宏非のグルメエッセイ: 点心について。蝦餃と鳳爪

2010年10月31日 | 中国グルメ(美食)
 今回は飲茶の点心から、蝦餃(ハーカオ。エビ餃子)と鳳爪(ニワトリの足先の煮物)です。日本でも、飲茶が随分ポピュラーになってきましたので、蝦餃は目にする機会も増えたと思いますが、鳳爪については好き嫌いが分かれることと思います。しかし沈宏非に言わせると、それは中国内でも同様で、地方による食習慣の違いであるようです。

                         鳳爪你個蝦餃

 中国では、茶楼に上がって茶を飲む風習は別に広東独自のものではないが、広東式茶楼でのいわゆる“点心”と、“点心”の本来の意味との間には大きな隔たりがある。

  《辞海》の解釈によれば、“点心”とは「腹が減った時に軽く口に入れる物や、ケーキやクッキーの類のスナック」である。南宋の人、庄季裕《鶏肋編》巻下に言う:年長の人がいささか空腹を覚えたのを、若い者がそれを見て、懐の中の蒸した餅(ビン。小麦粉をこねて蒸したり焼いたりしたもの)を出して言った。「これで空腹を凌げば、気持ちを引き立たせることができましょう」(“可以点心”)。周密《癸辛雑識前集・健啖》:卿は健啖であると聞くが、朕は小さな点心でお相手したいと思うが、如何か?

 総じて言えば、“点心”は本来は一種の食べて楽しむもので、茶食について言えば、北京、南京、杭州、及び成都等の土地の茶楼では、通常はピーナツ、瓜子(クアズ)、干した果物の類しか見ないが、ただ広東の茶楼では、この閑食が「厳格な意味での」食物に発展し、“点心”、つまり空腹を凌いで気持ちを引き立たせるだけでなく、満腹になることもできる。アメリカ英語で“点心”をdimsunと音訳するのは、元は広州語の発音である。

 昔の広州の茶楼では、点心は二三十種類であったが、外地の人にとっては、充分に多種多様で壮観であった。現在では、点心の品種は千種類以上に増え、フカヒレ(魚翅餃:フカヒレ入り餃子)やツバメの巣(燕窩蛋達:ツバメの巣入り卵タルト)までもがメニューの中に見られるようになった。飲茶は食事になるだけでなく、茶楼に酒を並べてもあまり失礼にならないようになった。ある意味では、「お茶受け」(茶点)の観念に拘りさえしなければ、このような様々な精進、生臭入り混じっての“点心”を出すことは技術的には別に困難ではない。難しいのは、これらの物が生臭であれ、また甘いものであれ塩辛いものであれ、お茶で人々の腹の中に流し込まれることである。

 それはともかく、今日客達が茶楼で食べる点心は、おおよそ二十種類を超えないだろう。それは例えば蝦餃、鳳爪、煎(蒸)蘿卜糕、馬蹄糕、粉果、叉焼包、蓮蓉包、糯米鶏、芋角、咸水角、叉焼酥、腸粉、米粉、河粉、粥、麺などである。そしてこれら「基本の点心」の中では、蝦餃(エビ餃子)、鳳爪(鶏の足先の部分)をどこに出しても恥ずかしくない「主力選手」としている。この二つの点心は、出場率が最も高いだけでなく、同時に客達がその茶楼の料理のレベルを推し量る代表的な点心である。私の推測では、広州人が嘗てよく言った、いわゆる“一盅両件”(“盅”は取っ手の無い湯呑み茶碗のこと。“一盅両件”とは、一杯のお茶と点心二皿の意味)の中の“両件”が指すもので最も可能性が高いのは蝦餃と鳳爪である。これ以外に、この二つの言葉は広東の通俗文化の中で、あまねく用いられる符丁になっている。1980年代中ごろに王晶が制作した香港映画の中で、男性主人公は乱暴な言葉を使う癖を直す為、次のようなやりとりがある。“我叉焼包你個糯米鶏!”“我鳳爪你個蝦餃!”このように罵り合い、何度かやりとりするうち、おかしくてたまらない(“楽不可支”)観客達が空腹を覚えたかどうかはわからない。

                     佼佼者 (最も優れたもの)

 ニラと豚肉を餡にした水餃子が北方人の日常の飲食の“掌門人”(武術などの流派の主催者)とすれば、新鮮な蝦を餡にした蝦餃(ハーカオ)は、広東式点心の“大侠”(親分)で、最も優れたものである。

 広州の文化史の資料からわかることは、蝦餃は広東式の点心の中で唯一、来歴が有り“出処”のはっきりしたもので、決して「訳無く」出てきたものではない。1920年代、広州市郊外、河南漱珠崗付近の五風郷一帯は、街は活気があり、水産物が豊富で、川の上ではいつも漁船が魚やエビを売っていた。そして、村の一軒の茶店の主人が地元の物を材料に、新鮮のエビの剝身を餡にし、上等のもち米の粉で皮を作り、遂に他に比べようも無く美味しい蝦餃を作り出したところ、毎日供給が追い付かなかった。絶えず改良を行い、遂に農村から都市に行きわたり、広州の茶楼の代表的な点心の一つになった。

 新鮮なエビの剝身を餡にしていることが、間違いなく蝦餃の第一の売り物である。種々様々の「皮に包まれた」食品について言えば、餡の材料の主導的地位は言うまでもなく(“不言而喩”)、北方の餃子であれアメリカのハンバーガーであれ、その味と販売価格の相違は、皆「外因が内因を通じて作用した」ものである。いわゆる「中身が王様」である。好みの「包まれていない」食物を、通常は細かく刻んで餡にし、それを包みこむに、果てしなく細かくしたいという衝動に駆られるが、餡にするに十分なだけ細かくなってさえいればよいのである。ただ、内陸地区に住むコックでは、どう考えても、新鮮なエビの剝身で餡を作るというインスピレーションは永遠に湧いてこないだろう。更に、餡にするエビの剝身は元のエビのような口当たりで弾力性を保たなければならず、肉や野菜のように粉々にしてしまってはならないとは尚更想像すらできないだろう。(昔の蝦餃の餡もエビ肉を切り刻んでいたが、エビの剝身をそのまま使うのは後の改良である。)

 蝦餃の美しさは内なるエビの身の完全性だけでなく、外側の白地の皮(“坯皮”)にもある。小麦粉を皮にした北方の餃子と違い、蝦餃の白地の皮は澄(広東語音では“”)粉を調製して作る。いわゆる“澄粉”(また“澄面”とも言う)は、小麦粉のグルテン(糊状の物質)を洗い流した後の産物で、色は白くきめが細かく滑らかで、蒸し上げると、よりきらきらと透明になる。蝦餃の白地の皮が十分薄ければ、内部のあのピンク色や赤色のエビの剝身は白地に赤く透けて見え、隠れる如く現れる如く、見る者に涎を垂らしそうにさせる。

  くし状に形作られた蝦餃は外観上の造型もたいへんかわいらしい。嘗て泮渓酒家の名料理人が考案して、各種の「白兔の形の蝦餃」を作り、ハムの粒をウサギの眼にし、宴席に出す時には更に香菜と錦糸卵で周囲を「レース」模様で飾った。《ニューヨークタイムズ》の記者をして神業と驚嘆させ、これは「食品であるだけでなく、芸術作品である」と言わしめた。しかし、形は形、芸術は芸術、工夫を凝らした形もここに至っては天然の本来の意を失っている。ある美食家が言うように、「白兔の餃子は半円のくしの形の蝦餃の本尊とは、中の餡や造形に大きな違いがあったとしても、同じ遺伝子が変異した分身に過ぎない。」

                        出汁 (汁が十分)

 蝦餃はどの広東式茶楼にでも必ずある基本の点心であるが、これを美味しく作るのは、十分研究を要する学問である。

  いわゆる“学問”とは、先ず使っている材料に最上のものを確保する、すなわち主な材料のエビの剝身が新鮮で、それに配する材料がそれに合うものであるということである。正統なエビの剝身の餡の材料は、主に生の成熟したエビの身、豚の脂身、及び筍の細切り等を含み、白地の皮を作るのに使う澄面にはラード、塩、水を加えて作り、必ず十分に薄く、透明でなければならない。このようにして蒸した蝦餃は、食べるとほどよい量の甘い汁が出て、澄粉の柔らかさ、滑らかさとエビの身の歯への弾力が、珠が連なったように一つになり(“珠聯璧合”)、初めて最も充分な効果が得られるのである。木を見て森を見ず(“只見樹木不見森林”)の食客の機嫌を取るため、昨今の蝦餃の制作者は、しばしばエビの身の大きさやその完全さばかり強調し、それ以外の材料のバランスや品質のことを疎かにしている。最も憂鬱になるのは、健康志向の潮流の圧迫の下、皮や餡の中に必要不可欠なラードの成分が大いに減少、ひどいものは完全に無くなっていて、そのため、蝦餃の食感が味気ないものになってしまい、エビの身の弾力だけが残っていることである。

  実際は、筍やエビが入っているのは別に難しいことでなく、中に一匹丸々のエビの剝身の隠れている蝦餃は、広州の多くの茶楼で売っている。あけすけに言えば、筍、エビときらきらした透明できれいにひだを刻まれた薄皮は、最後には“汁”が浸み出してこそ蝦餃が持っていなければならない美味が発せられるのであり、それには豚の脂身やラードが鍵を握っている。実際、広東式の点心は脂っこいものが多いが、「脂っこくしたくて脂っこい」のではなく、茶を飲むことによって「油を洗い流す」という意味がある。このことは、突拍子もなく可笑しいと喝破されるかもしれないが、なに、人生みんなこんなものである。

 この他、外形の美観を保つため、皮を指先でひねって形作りをするのも蝦餃の制作過程で気の抜けない工程である。一粒ずつ注意深く形を整えられたエビは、ひだや紋がくっきりとしてすらっと長く、このようであって初めて見た感じが「すらっと弧を描く」美しさを持つことができるのである。

 香港の美食家、唯霊先生はこう指摘した。「その店の点心のレベルがどうかは、ベテランは三種類の点心を見れば、あらましを知ることができる。それは一に蝦餃、二に叉焼包、三に蓮蓉酥である。蝦餃はきらきらした透明できれいにひだが刻まれ、白い中に赤が透けて見え、皮は薄く粘り強くしなやかで、三日月の形をし、ひだは最低十個付いていなければならない。餡は筍とエビが入っていて、汁が有り、エビは弾力があって本来の味がなければならない。」

 大部分の茶楼が直接食品加工工場から食品を仕入れるようになった今日では、このような蝦餃を味わうのは、実にぜいたくなことである。念入りに作られた蝦餃を、広州市内で食べられるのも“花城海鮮酒家”だけである。“花城蝦餃皇”(6個30元。蒸籠1個18元/3個入り)は、広州の物価から言うと、高いことは高いが、その品質は上々である。もちろん、ツバメの巣やフカヒレが“花城”のメインであり、点心は副業に過ぎないが、彼らはきっとツバメの巣やアワビを料理するのと同じ態度で蝦餃を作っているのであろうと想像できる。

                        濃妝艶抹 (厚化粧)

 鳳爪はニワトリの足先(爪子)に対する、「スズメ転じて鳳凰になる」式の美化された修辞である。(もちろん、あなたがスポーツ愛好家なら、大げさにこれを「美女の足」と呼ぶこともできる。)しかし、“鳳”という伝説上の神聖で高貴な飛禽も、実際は雉に過ぎないと言われている。

 しかし、どんなに高貴な名前であろうと、鳳爪は相変わらず卑賤なものに過ぎない。たとえ広東式の点心の中でも、味の上で蝦餃といっしょに論議することはできない。しかしながら、点心の中に鳳爪を欠かすことができない由縁は、先ずその唯一無二の食感による。骨を除くと、皮の中のゼラチン質だけで、鳳爪は食べるべき肉が付いておらず、別にとりたてて美味しいものではない。だから、点心師(点心制作担当の料理人)は鳳爪の調理では手間と材料を惜しまない。茶楼での鳳爪は通常先ず油で揚げ、それから醤油、牡蠣油、柱侯醤(醤油にニンニクや砂糖を加えた調味料)、唐辛子、八角、ネギ、ニンニク、生姜などの調味料に漬け、最後に蒸す。したがって、茶楼で食卓に出される鳳爪は、見たところ全身厚い化粧を施され、もはやその生前の姿を想像することはできない。

 実際は、鳳爪は味付けが容易なので、味付けの上では必ずしも一定の決まりは無い。十分柔らかく蒸されており(広東語で“淋”と言う)、口に入れた時十分芳しければ、完成である。

 こうして見ると、これに付けられた美名の他は、鳳爪は別に美味しいものではない。しかし、茶楼の客達が好むのはこの一口である。この点心は京劇の中の茶番劇(“挿科打諢”)のような役割で、鳳爪は食べるべき肉も無く、また取り立てて美味しくもないが、噛み応えは十分ある。口の中で、この爪はひらひら舞い、むしゃむしゃ咀嚼する間に、細い骨が一本一本音も無く吐き出される。唇と歯の間のおもしろい動きである。おもしろいと言えば、古龍の《絶代双驕》の中で鶏爪鎌という名の武器が出てくる。これは憐星宮主と鶏冠人の武闘の場面で登場する。「鶏冠人の目の中には凶悪な光が現れ、突然手まねをすると、三双の鶏爪鎌が現れ、直ちに風を突いて憐星宮主に向け投げつけた……憐星宮主は長い袖で振り払うと、五本の柄の鶏爪鎌は「ガラッ」と地面に落ちた。彼女は手で柄を一本つかんでそれをしげしげと見ると、笑って言った。「何かと思えば鶏爪鎌、さて味はどうだろう?」とおちょぼ口をかすかに開いて、鶏爪鎌を口に入れた。「カシャッ」と音がして、この鋼で鋳られた、世の中で皆が恐れをなす武器が、むざむざと彼女に食べられてしまった。憐星宮主は首を振って言った。「まあ、この鶏の足はなんて不味いの!」「ペッ」と口の中に半分残った鉄爪を吐き出してしまった。すると銀色の光がきらめき、風の音がかすかに響き、残された花衣の人は突然うめき声を上げ、両手で顔を覆い、地面をのたうち回った。鮮血が絶えず指の間から流れ出し、何度ものたうち回ると、もう動けなくなった。」

 鳳爪は、実際は動詞であり、修辞学の意味のうえでは、“蝦餃你個鳳爪”というのは、“鳳爪你個蝦餃”と改めた方が良さそうだ。

 鳳爪は広東式の茶楼での欠くことのできない伝統的な点心であるだけでなく、日常の広東料理の中でもよく使われている。例えば、広東人はスープを煮込む時に適量の鳳爪を入れるのを好む。そうするとそのゼラチン質でスープのコクが増すからである。しかし、私がずっと分からないのは、どうして同じものが茶楼では“鳳爪”と呼ばれ、スープに入れられると一律にまた元通り“鶏脚”になるのかである。(例えばよく見る“花生眉豆煲鶏脚”は未だかつて“花生眉豆煲鳳爪”と言われたことはない。)“鶏脚”は点心の時だけ“鳳爪”と呼ばれるというのだろうか?

 外省人は鶏を食べる時、鶏の内から外まで余す所はほとんど無いが、広州人の“鳳爪”を好むことについてはいささか見方があるようである。先ず、この物は肉が付いていないだけでなく、食べるのが面倒で、「けちけちしない」ことを尊ぶ北方の人は尚更に蔑む。この他、文化上のタブーもある。私は小さい時大人が、鶏の足先を食べると字がきれいに書けなくなると言うのを聞いたことがある。後に私は呉倩蓮が対談で、彼女は幼い時から鶏の足先を怖くて食べれなかった、というのは母親が鶏の脚は書物を破いてしまうし、「書物から学んだものをすぐに忘れてしまう」と言っていたから、と言っているのを読んだ。後に香港に住んでから、茶楼に行く度、美味しそうな豉汁鳳爪や白雲鳳爪を見ては涎が止まらなかったが、ずっと鳳爪の美味を試すことがなかった。

 外国人の友邦の驚きに至っては、ことさら言うまでもない。香港のTV局、明珠台が以前英国人制作のバラエティー番組Don’t do this at home(中国語訳《敢玩倶楽部》)を放送したが、内容は苦心惨憺して思い付いた、スリルのある冒険ゲームで、例えば蜘蛛が嫌いな人が密閉された狭い空間でたくさんの蜘蛛といっしょに過ごしたり、高所恐怖症の人が空中から飛び降りる、といった内容である。その中に一つレギュラー・コーナーがあり、スタジオの観衆が舞台に上がり「びっくりするような」食品を食べてみるというもので、これらの食品の中に鳳爪と蚕の蛹が出てきた。私の記憶では、鳳爪が出てきた回は、皿を覆っていた蓋がはずされても、舞台の上の六名のイギリス人の男女は最初は皿の中がどんな物か見ても分からず、司会者が促すと、皆怖くて血の気が引き、中にはがまんできず吐きそうになったり、一人の女性は悲鳴を上げた。しばらくして、一人の勇敢な中年男性が遂に勇気を出して、つまみあげて口に入れ一噛みした。続いてもう一噛み……言うまでもなく、たいへん勇敢な人だ。もう一人、口に入れた女性は、司会者に促され、一噛みしたが、こっそり吐き出していた。

 【原文】沈宏非《食相報告》四川人民出版社2003年4月より翻訳


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沈宏非のグルメエッセイ: 有一腿、金華ハム

2010年10月17日 | 中国グルメ(美食)
 今回は、微妙なニュアンスがとても訳しにくい文章でした。この作品のテーマは“腿”ですが、これを単純に「足」と訳しては、作者の意図が伝わりません。日本語と中国語のニュアンスの違いがあり、中国語で“腿”というのは、足の付け根のところから足くびまでの間を指し、“脚”は足くびから下の部分を言います。このことを念頭に、この作品を読んでください。表題の《有一腿》は「一本の足」と訳せますが、実は中華料理のメインディッシュにもなり得る特別な一本のモモ肉、金華ハムのことを言っています。

                             有一腿

 広東人の雑食性を形容することばがある。「翼のあるものは、飛行機以外、四足のものは、テーブル以外、広東人は何でも食べる。」

 たとえ飛行機を食べることができたとしても、広東人はおそらくあまり食べたくないだろうと思う。なぜなら、飛行機という二本の翼を生やした物体は、いつも時間に遅れるからで、食べようと思ったら、たいへん辛抱強くなければならないからである。それに比べ、脚のテーブルにとっての重要性は、明らかに翼の飛行機に対するそれより高い。中国の堅木家具の典型として、明朝式の家具にもし“圓腿側足(円柱型の脚が四隅に付いていて、貫材(梁)の無いシンプルなデザイン)、方腿直足(方形の脚がまっすぐ伸びていて貫材(梁)のあるデザイン)か、三彎腿(脚が腰の所がくびれて細くなり、下の方がまた広がっている)、鼓腿彭牙”(家具の腰のくびれた部分から下の脚、貫材の突出したデザインのこと)といった一連の美脚の要素が欠けていたなら、安定が悪いことなど些細なことで、「そのやさしさの中に力強さを含んだ」品位や容姿は必ずや大きく割り引いて見ざるを得ない。

 私たちが肉食に対して行う審美判断はある程度まで明朝式家具と同様、飛禽であれ走獣であれ、腿、つまりモモ肉はたいてい最も美味しい部分である。

 腿(モモ)肉の美味しさは、主に常に運動状態を保っていることにより、食べてみると味が良く、肉質のきめが細かい食感がし、肉の多寡や厚みの厚い薄いは二の次である。正にいわゆる「枢(くるる)は虫に食われない」(“戸枢不蠹”hu4shu1bu4du4)、「流水は腐らない」、「川の流れに揉まれる石には苔は生えない」のように、美しい太ももとその美味しさは筋肉の運動による。

 直立歩行を始めてから、太もも(“腿”)は人体に於いても常に運動しているもので、両手が進化したからといって、決して閑にはならなかった。たとえ静坐した状態でも、多くの人の両膝は、思わず知らず(“情不自禁”)震えることがある。膝を揺すぶるのは見苦しい座り方なので、民間には“女抖賎,男抖窮”(女が膝を揺するは見苦しい、男が膝を揺するは貧乏たらしい)という言い方がある。アメリカの精神医学会の医学研究報告によれば、いつも両膝を揺すぶる人は、潜在的に「注意力の集中できない過動症候群」である可能性がある。研究で明らかになったのは、我慢できずに両膝を揺さぶる男女について言えば、両膝を揺さぶることで、気持ちが良くなる。座っている状態でも寝ている状態でも、自分の両膝が動いている状態を保ちさえすれば、全身が心からの快楽と爽快さを感じることができる。

  “女抖賎,男抖窮”には別段科学的な根拠は無いが、家畜は両腿を正常な運動の他、人間と同じように必要な時もそうでない時も揺すぶっており、食べてみれば爽快の上にも爽快で、このことはオスもメスも同じである。広東人の好きな焼鵞腿(鵞鳥のローストの腿の部分)を例にすれば、事情を知った人は必ず左の腿を選んで食べる。なぜか。左腿は鵞鳥の利き足、且つ軸足であるので、肉質も殊のほか清々しく滑らかだからである。

                             抗金名腿
            抗金運動(北方の金に対抗し、失われた領土を奪回する)の
            中で生まれた豚の腿肉を使った名品

 腿肉について言えば、食用の家畜の中で、豚の腿が最も見栄えが悪い。しかし、美味しさを言えば、豚の腿が第一で、恐らくそれ以外の腿が割って入ることはないだろう。

 豚の腿肉はハム(“火腿”)を作る唯一の原材料である。中国の二大ハムと言えば、雲南の“宣威火腿”と浙江の“金華火腿”である。その中でも後者が数多のハムの中で最も代表性を備えている。金華ハムが営業戦略上で成功の要素をまとめると、次のようになる:一、当地の豚の優良品種“金華二頭烏”を用いたこと。この豚は、尻が黒く、その他の部分は白で、後ろ足がとりわけ豊満で逞しく、赤身が多く脂身が少なく、足首が細く爪が白く、皮が薄く肉が柔らかく、ハムを作るのに最も適している。二、ハムの発明は、宋代、北方の金と戦った事跡と関係があると言われている。伝えられているところによれば、南宋の名臣、宗澤は金兵に対抗するため、旧都、開封の守備を命じられた。ある時、生まれつき倹約家の宗澤は食事の後、残ったひと固まりの豚の腿肉を塩漬けにした。その時、開封への路は遠く、またちょうど厳冬の時期であったので、豚の腿肉は風で乾燥すると、腐敗することがなく、その滋味は却って際立った。宗澤は浙江義烏の人で、彼と彼の部下はこの豚の腿肉を食べてから何度も金兵を破ったので、義烏の同郷の人々はこのことを聞いて皆うれしさに奮い立った。ハム(“火腿”)の製法はそれで大いに発揚され、ひと度盛んになるや、その隆盛は今日まで続いている。

 義烏のハムはずっと“金華火腿”、“金腿”の名を冠して遥か後世まで売られてきたのは、“抗金運動”と無関係ではない。その一は、ハム作りの盛んな東陽、義烏、金華等の地は、昔は金華府と総称されたこと。その他、金華はこれらの地区の商品の集散地であったこと。嘗て、義烏の人は自家製のハムを金華に運んで売り、自分ではハムの表面の削り取られたカビの生えた部分しか食べることができなかったと言われている。

 莱陽(山東省)の梨や徳州(山東省)の“扒鶏”(とろ火で煮込んだ鶏)の類を含め、中国にはこの類の産地にまつわる勘違いが多い。更に、“金腿”はたいへん響きの良い名前なので、馬鹿正直に“義腿”と言うより聞こえが良い。“火腿”ということばの来歴にはいくつかの説がある。その一、《東陽県志》によれば、「“燻蹄”(つまり豚足の燻製)は、俗に“火腿”と言い、実際は煙で燻し、火で焼いたものではない。塩漬けし、日に晒し、燻製にするのを決められた製法通り作ったものは、その土地の日常品より勝る。塩漬けに使う塩は台州の塩でなければならず、燻製の煙は松を燻した煙でなければならず、そうすれば香りは鮮烈で美味しい。作る時期が時節に叶い、決められた製法が守られたので、年月を経て益々美味しくなった。」その二、ある金華ハムをテーマにしたTVドラマで、一組の男女が豚肉を塩漬けにしてベーコンを作る作業場で逢引をした時、不注意で大火事を引き起こしたが、その結果、ベーコンがハムになってしまった。その三、その肉の色の美しさが、白居易の《憶江南》の一節、“日出江花紅勝火”(朝の太陽に照らされた川岸の花の赤色の鮮やかさは、燃える火の赤色にも勝る)に比類し得ることから、“火腿”という名が付いた。

                             風騒入骨
                      あだっぽさが骨の髄まで沁み通る

 金華ハムに関しては、今日に至るも未だ実証されたことのない、民間の伝説がある。百本の金華ハムを漬け込む度に、その中に必ず犬の腿肉を一本、混ぜておかねばならないのだそうだ。一本の犬の腿肉を百本の豚の腿肉に混ぜるのは、この犬の役割は人の代わりに犬の腿が「牧羊犬」の役割をするのではなく、目的は塩漬けの過程で豚の腿に味を付ける為である。

  犬の腿肉はそんなに風味があるのか。どうしてたった一本で百本の相手に対することができるのか。このことを知る者は恐らく多くないだろう。鄭板橋は犬の肉を好み、とりわけ犬の腿肉を熱愛しただけでなく、いつも“恨不得一条狗能長出八条腿”(一匹の犬に足が八本生えていないのがもどかしい)と言っては溜息をついたと言われている。

 金華ハムは美味しいけれども、料理の上ではいつも、どうでもよい高級調味料の役割で登場し、中国全国の様々な料理の中にも、金華ハムをメインにした料理はどこにでもある(“比比皆是”)。それと同時に、多くの人は、それを口に入れると、硬くて噛み切れないとか、辛すぎる、長く保存されたので、がまんできない「腐ったような味がする(“哈喇味”)」と言って嫌がる。ところが実際は、上手に作った金華ハムは肉質が柔らかいだけでなく、私が食べてみて、その本当の味を味わおうと思ったら、それだけを蒸すのが最上の方法で、切り身と米をいっしょに蒸すと、油分が米に吸い尽くされ、芳香は更に素晴らしくなって尽きることがない。これを調味料として使うのも、風味が調和し、また良い。しかしこのようにすると、金華ハムが蒸しあがった後に呈するあの焔のようなしっとりした赤色と、脂肪のようなぎらぎらした白色という艶めかしい光景を大いに損なってしまう。

 本当のことを言うと、金華ハムのあの赤色は、確かに特別な赤色である。色彩の名称には、California Red(“加州紅”)、China Blue(“中国藍”)、Himalaya White(“喜馬拉雅白”)の他に、肉感迫る、あだっぽさの骨の髄まで沁み通った赤、名付けて“金華火腿紅”を加える必要があると思う。

 世の中の“美腿”、素晴らしい腿肉は、中国の“金腿”と“雲腿”、つまり金華火腿と雲南火腿以外に、数の多いのは英語でhamと呼ばれるもので、イギリスやアメリカが最も製造が盛んである。アメリカのハムは、文字の上では名実ともに“美腿”(美国火腿)であるが、梁実秋先生の見方によれば、「この“美腿”は決して美味しくない訳ではないが、別の物である……金華火腿と同日に語ることはできない。」つまり、それは中国でも様々なメーカーが作っている「ハム・ソーセージ」に似た物である。それ以外で、地球上で金華火腿と同日に語ることのできる“美腿”は、おそらくスペインとイタリアの二つの産地だけだろう。

                             外国火腿

 スペインやイタリアのハムは生で食べる。その滋味は、金華ハムとは異なる。その中の一つの食べ方――メロンのハム巻き、すなわち一片の薄きこと紙の如きハムで一切れのメロンを覆うか巻くかするのは、スペインやイタリアのハムの世界中で行われている代表的な食べ方である。ピンク色の半透明のハム、黄金色のメロンの果肉と淡い緑のメロンの皮――メロンのハム巻きがもたらすのは、先ず視覚上の衝撃である。その、甘さの中に生臭い塩辛さの滋味を帯びるのは、更に奇異な感じがする。金華ハムを入れた冬瓜(トウガン)のスープを飲みなれた者から言わしてもらうと、この味覚はすぐには受け入れ難い。

 スペイン人とイタリア人は食べ物の上で多少なりとも皆「ハムへの熱愛癖」を持っている。例えば、スペインのハム店には店名を“Museo del Jamón”、「ハム博物館」というのがあるし、マリョーカの名監督、アラゴネスが日本のあるサッカークラブから年棒200万ドルでの招聘のオファーを断った理由は、「日本にはスペインのハムが無い」ことであった。ビガス・ルナの1992年の作品《ハモン・ハモン》では、更にスペイン人のハムへの思いが演繹されてその極致に到達している。映画の男性主人公はハム工場の運搬係のラウルである。ハムの貯蔵室にいるこの小男は、心の中では闘牛士になることを夢見ている。彼の恋しているのは、ある男性下着工場の縫製工のシルビアである。しかし、シルビアはひたすら、マザコンの工場の若旦那、ホセと結婚したいと思っていた。ホセの母親はシルビアと我が子を結婚させたくなかったので、シルビアがラウルを好きになるようにさせるよう仕向けた。この過程で、シルビアは自分のことを好きでないと思っていたのは、ラウル自身であった。この愛憎劇が勃発し、ラウルとの間で武器を手に決闘が行われた。ホセの武器は、太くて大きい、ハムの骨であった。ラウルは手に一本丸々のハムを持ち武器にした。この映画は1992年に第49回ヴェネチア映画祭の銀獅賞を獲得した。この時、金獅賞を獲得したのが、張藝謀の《秋菊打官司》であった。

 ハムの話となり、スペインとイタリアの話になると、ついでにサッカーのことを取り上げざるを得ない。私は、この二つの国から、足の速い、敵の防御を突破する能力を備えたフォワードが生み出されるのは、「ハム文化」と無関係では無いかもしれないと思う。言い換えると、サッカーは本質的につまるところ脚(足首)、或いは腿(股からくるぶしまで)を使った運動である。この問題の理解の違いが、ある程度までその地域のハム文化が発達しているか否かを決定する。東方のハム大国として、中国サッカーが依然としてアジアの壁を越えられないなら、江東の父老に対し恥ずかしいというのは二の次で、我が国火腿文化の奥深い伝統に申し訳なく思う。これは実に道義上許されないことだ。

                            花拳綉腿
                          見かけ倒しの腿

 豚の腿以外にも、美味しい“美腿”はたくさんある。しかし、火腿と比べれば、見かけ倒しであるに過ぎない。

 中国人は皆、鶏の腿は美味いと言い、嘗ては「魚の頭は骨ばかりで身が無く、鶏、家鴨は腿や胸を食べるのが良く」、「鶏を食べるなら腿を食べ、家に住むなら南向きでないといけない」と、富貴な生活を形容した。実際は、鶏の腿は、肉は多いが、味や食感は鶏の手羽や胸肉に遠く及ばない。“鳳爪”(鶏の爪先)も同様である。肉を貪り食うというのは、相変わらず貧困の特徴である。嘗て地方の匪賊が人を誘拐すると、人質(“肉参”)に鶏を食べさせたと言われる。丸々一羽の鶏で、先ずどこの部分に箸をつけるか見る。腿肉を挟んだら、取れる身代金は適量である。手羽を挟んだら、家の財産を使い尽くして(“傾家蕩産”)いて、金は取れないだろう。

 もう一つの“鶏腿”は、カエル(“田鶏”)の腿で、たいへん美味しい。名物料理で“烤櫻桃”と言うのは、カエルの腿肉を材料にしている。いわゆる“櫻桃”は、捌いた後のカエルの腿肉が上向きに肉の塊が縮んでまとまり、骨が露出して、茎付きのサクランボ(“櫻桃”)のように見えるからである。食べると肉はきめ細かく滑らかで柔らかく、しかも噛み応えがある。もちろん、この二本の“美腿”以外は、カエルの全身にはとりたてて食べるところは無い。

 肉食民族にとって言えば、あまり食べることがないがそれを棄て置くのは惜しいものは、蟹や伊勢エビの類の、水生動物の腿(足)である。足の数は多いが、あまり肉は付いておらず、食べるのは、瓜子(クアズ)の殻を剝くのと同様に面倒である。しかし、伊勢エビの前足(正確に言うと、はさみの部分)は、以下の特殊な状況下では、絶対にほっておくことはできない:伊勢エビがまだ生きている時に一方のはさみを失うと、栄養分が残ったもう一方のはさみに集中するので、殊のほか美味しくなる。

  ソルジェーニツインの小説《癌病棟》で、一人の患者がこう言った。「足を一本失ったぐらいで、生活のことをとやかく言うことはできない。」それなら、生まれつき足の無い魚類は、「二本の腿を持っていないので根本的に美味をとやかく言うことはできない」と言えるだろうか。魚を食べることを熱愛する者はこの問題に対する意識がおそらくたいへん矛盾している。一方で、食客達は魚の水掻き(つまり、しっぽ)やヒレを追求し、ちょうど潜在意識として“魚腿”や魚の完全性への渇望があるのかもしれない。もう一方で、腿の無い生物は、世界で最も美味な食物かもしれないのである。李漁は女性の顔、髪、手足を語り尽くしたが、ただ美腿、つまり太ももや膝のことだけは語らなかった。どうしてか?それは主に腿がスカートの下に隠され、視覚を惹きつける衝撃になり得なかったからだと思う。見えない腿は、機能の上では見えない手より強大で、腿が無いということは美腿の至高の境地なのかもしれない。これすなわち南派の拳法の一手、“佛山無影脚”である。

【原文】沈宏非《飲食男女》江蘇文藝出版社2004年から翻訳


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