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中国語学習者、聡子のブログ

これって中国語でどう言うの?様々な中国語表現を紹介します。読者の皆さんと一緒に勉強しましょう。

《雲郷話食》を読む: [才八][米羔](パアガオ)と灌腸(グァンチャン)

2011年02月25日 | 中国グルメ(美食)



 今回は、北京伝統の“小吃”を取り上げます。“扒糕”、発音はpa2gao1です。“扒”pa2とは、手や熊手で引っかくという意味。蕎麦粉に熱湯をかけてかき混ぜて固めたものなので、日本の蕎麦掻きの親戚になるでしょうか。もう一つ、“灌腸”guan4changは、蕎麦粉をソーセージのように豚の腸に詰め込み、小口に切ってこんがり焼いたもの。或いは腸を使わず、扒糕を薄く切って焼いたものも灌腸と言います。

     -*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

■ 説起蕎麦面食品,除去面条、圧合絡he2le而外,還可以做両種有特殊風味的食品:扒糕pa2gao1和灌腸。這是両種地道的北京民間小吃,説糕gao1不是糕,称腸不是腸,究竟是什麼,且聴我慢慢道来。

・合絡 he2le 蕎麦粉や高粱粉を捏ねて、ところてん突きのようなもので突き出して筋状とし、そのまま鍋に落として煮て食べる。正しくは“河漏”he2lou4と書くが、訛ってhe2leとなった。“合”は正しくは“食”偏に合。“絡”は正しくは“食”偏に“各”。“圧”は、本当は“軋”ya4で、ところてん突き状の道具で突き出すこと。
・糕 gao1 小麦粉を捏ねて焼いたケーキや餅(ビン)などの食べ物の総称

 蕎麦粉を使った食品について言えば、ソバや合絡 he2le以外に、二種類の特別な風味の食品を作ることができる。扒糕(パアガオ)と灌腸である。これは二種類の生粋の北京の民間のスナック(小吃)であり、“糕”gao1と言っているが“糕”(小麦粉や米粉を蒸したり焼いたりした食品)ではなく、“腸”と呼んでいるが“腸”(腸詰)ではない。それではつまるところ何であるかは、私がこれからゆっくり説明するのを聞いてほしい。

■ 焼一鍋開水,最好是風箱柴火,不停地拉風箱,水噗噗pu1pu1地滚gun3開着,把蕎麦面一辺洒入水中,一辺不停地攪動,就像打漿糊一様,等到攪稠之后,便須很快撤火,不然就焦了。在鍋中冷却一会儿,趁熱一団団地拿起,按成碗口大小的厚餅,顔色是藕荷色,一個個放在容器中,待完全冷却,就可以切成薄片吃了。

・風箱 feng1xiang1 ふいご
・柴火 chai2huo 柴や薪で燃やした火
・噗噗pu1pu1 お湯が沸騰して水蒸気が噴き出る様。ぽっぽっ。しゅっしゅっ。
・滚開 gun3kai1 ぐらぐら煮えたぎる
・攪動 jiao3dong4 棒などで液体をかき回す
・漿糊 jiang4hu のり。“打漿糊”でのりを作る。
・稠 chou2 濃い。稠密である。
・撤火 che4huo3 火から下ろす
・碗口 wan3kou3 茶碗の口。15センチくらいの物の太さを言う時にこう言う。
・藕荷 ou3he2 赤みがかった薄紫色。

 鍋に湯を沸かす。できれば薪の火をふいごで吹いてやるのがよい。絶えずふいごを吹き、湯がふつふつと煮えたぎってきたら、蕎麦粉を湯の中に撒き入れながら、絶えずかき回してやると、のりを作る時のように、ねばねばと固くなってくるので、そうなったら素早く火から下ろす。そうしないと焦げてしまう。鍋の中が少し冷えてきたら、熱いうちにひと塊りずつ取り出し、茶碗の口くらいの大きさのだんごにする。色はうす紫色で、一個一個を容器の中に入れ、完全に冷めたら、薄切りにして食べる。

■ 一種是冷食法,同用淀粉制成的涼粉一起在夏天売。吃時,小販従瓦盆中取一塊餅,用小刀切成片放在碗中,撩一点塩水、醋,加一勺調稀的芝麻醤,滴両滴辣油,再加一点腌紅蘿蔔絲,用筷kuai4子拌一拌就可以吃了。味道咸咸的,酸酸的,有点像江南水磨年糕片一様,吃起来很滑,很韌ren4,有蕎麦香,這就叫扒糕,昔年在北京做過中小学生的人,大概都吃過吧?

・涼粉 liang2fen3 リャンフェン。本来は緑豆の粉で作った、ところてんのような食べ物。ここでは、でんぷんから作ると書いてあるので、おそらく葛粉から作ったくずもちのようなものだと思う。
・撩 liao1 水や液体を手ですくってふりかける。
・調稀 diao4xi1 薄める・腌 yan1 塩漬けにする。みそや醤油に漬ける。
・韌 ren4 強くてしなやかである。腰がある。

 一つは冷たくして食べる食べ方で、でんぷんで作った涼粉(リャンフェン)といっしょに夏に売る。食べる時、もの売りは素焼の鉢の中からだんごを一塊り取り出し、小刀で小口に切ると碗の中に入れ、塩水、酢をふりかけ、さじ一杯の薄めたゴマ味噌を加え、ラー油を垂らし、更に塩漬けのニンジンの細切りを加え、箸で和えれば食べられる。味は塩辛く、酸っぱく、江南の水研ぎの粉で作ったもちのように、食べてみるとつるつるして、腰があって、蕎麦の香りがする。これを扒糕(パアガオ)と言い、昔北京で小中学生時代を過ごしたことがある人なら、おそらく食べたことがあるのではないだろうか。

■ 把這様的東西切成薄片,放在平底鍋上用熟猪油半炸半煎,煎成焦黄色盛入盤中,淋上一点塩水蒜汁,吃起来別有風味,這就叫灌腸。其実并不是腸子,只不過有時加一点色料,做成粉紅色的。記得后門外橋頭上有一家舗子叫合義斎,専門売灌腸而出名,対門還有一家舗子是以“大葫芦”為商標出名的。這是老北京愛吃的一種小吃,同爆肚等類的食品一様,既非菜,又非点心,只能説是一種很好吃的閑食罷了。

・淋 lin2 水や液体をかける。花などに水をかけて濡らしてやること。
・灌腸 guan4chang 本来は腸詰め(ソーセージ)の意味だが、文にあるようにここでは蕎麦粉を使ったスナックである。だから“不是腸子”(ソーセージではない)と言ったのである。
・橋頭 qiao2tou2 橋のたもと
・爆肚 bao4du3 牛や羊の胃袋を刻み、熱湯にさっと通して調味料をつけて食べる料理。

 これを薄切りにし、平底鍋の上で熱したラードで半ば揚げるように煎りつけ、焼けて焦げ茶色になったのを皿に盛り、塩水やニンニクの擦り下ろし汁をかければ、食べると格別の風味がある。これを灌腸と言う。実はソーセージではなく、時に着色料を加え、ピンク色に色をつけることがあるだけである。確か后門外の橋のたもとに合義斎という名の店があり、灌腸を専門に売っていて有名だった。その向いのもう一軒の店は、「大きな瓢箪」を商標にして有名だった。これは年配の北京の人が好きなスナックで、豚の胃袋の類と同様、おかずでもなく、軽食でもなく、美味しい、手持無沙汰な時に口に入れるものと言うしかない。

■ 扒糕与灌腸,在近人雪印軒主的《燕都小食品雑咏》中都有詩和注,其注扒糕条云:

     熱天的扒糕,用蕎麦面蒸成餅式,浸凉水中,食者以刀割成小条,拌醋蒜醤油等而食之。

 扒糕と灌腸は、近世の人、雪印軒主の《燕都小食品雑咏》の中に詩と注釈があり、その注の扒糕の項に言う: 夏の暑い日の扒糕は、蕎麦粉を蒸して餅状にし、冷たい水に浸し、食べる時に包丁で細い棒状に切って、酢、ニンニク、醤油などと和えて食べる。

■ 其注煎灌腸条云:

     以染紅色之蕎麦粉灌入猪腸内,煮熟后,刀切成塊,猪油煎之,使焦,蘸塩水爛蒜而食之。

・蘸 zhan4 液体、粉末、或いは糊状のものをちょっとつける

 その灌腸の炒めものの項に言う:

     赤色に染めた蕎麦粉を豚の腸に詰め込み、よく煮てから、包丁で小口に切り、ラードでこれを炒め、塩水とおろしニンニクをちょっとつけて食べる。

■ 大概這位雪印軒主不大欣賞這両様純北京味的食品,詩中説的很不好,什麼色悪、蝋味等等,所以他的詩就不引了。

 おそらくこの雪印軒主という人はこの二種類の純粋な北京風味の食べ物をあまり賞味したことがないのだろう。詩の中で美味しくないとか、色が悪いとか、ロウソクのような味だとか言っているので、彼の詩は引用しない。

■ 灌腸在西長安街另有名店叫聚仙居,有人記以詩云:

     老餐習気総難除,食品精研楽有余,油炸灌腸滋味美,長安街畔聚仙居。

・習気 xi2qi4 (よくない)癖、風習。
・精研 jing1yan2 詳しく研究する

 灌腸は西長安街にもう一店、有名な聚仙居という店があり、ある人が詩に詠んで言うには:

     昔からの食べ物の習慣はなかなか除くことが難しい。食品はよく研究されていて、その楽しみは余りある。油で揚げた灌腸の風味は素晴らしい。長安街のほとりの聚仙居。

■ 又咏扒糕云:

     蕎麦搓団様式奇,冷食熱食各相宜,北平特産人称,醋蒜還加蘿蔔絲。

・搓 cuo1 (両手で)もむ。こする。(ひもなどを両手の掌で)よる。より合わせる。

 また扒糕を詠んで言う:

     蕎麦を捏ねて団子に丸めた形は奇妙だが、冷たくしても熱くして食べても美味しい。北京名物で皆が賞賛する。酢、ニンニクに大根の細切りを加えて食べる。

■ 這位是北京人,対扒糕、灌腸就大加賛賞了。

 この人は北京の人で、扒糕、灌腸を大いに褒め称えた。

■ 蕎麦不同莜麦,它的種類很多,還有甜蕎、花蕎、苦蕎之分。苦蕎磨成面,做成凉粉是豆緑色,味道比甜蕎還重,略帯苦味,是涼性的東西,吃了很能解内熱,近似緑豆的作用。

・莜麦 you2mai4 カラスムギによく似た麦の一種。中国西北地方に多く、“油麦”とも書く。
・豆緑色 dou4lv4se4 淡緑色。薄緑色。
・涼性 liang2xing4 漢方で言うところの体内の熱を冷ましてくれる食品。

 蕎麦は莜麦(ヨウマイ)とは異なり、その種類はたいへん多く、その他、甘蕎麦、花蕎麦、苦蕎麦に分かれる。苦蕎麦を挽いて粉にし、作った凉粉(リャンフェン=トコロテンのような食べ物)は薄緑色で、味は甘蕎麦より濃く、少し苦味があり、熱を冷ましてくれる食物で、食べると体内の熱を下げ、緑豆のような働きがある。

■ 蕎麦春天開小花,産量低,但成熟期短,北方春夏之間逢天旱,地里出不了苗時,就改種蕎麦,即使種的很晩,秋天也能有所収穫,所以是救荒的好東西。蕎麦皮是装枕頭芯子的好材料,弾性極好,几十年不砕。我有一個蕎麦皮枕芯,几十年了,跟着我南北播遷,我天天枕着它做思郷夢,真是一往情深啊!

・天旱 tian1han4 雨が降らない。旱魃。
・救荒 jiu4huang1 救荒。不作を切り抜ける。飢饉から人々を救うため、積極的な措置を講じること。
・播遷 bo1qian1 [書面語]故郷を離れ、さすらい移る。流離する。
・一往情深 yi1wang3qing2shen1 [成語]自分の感情を抑えきれないほど夢中になる。人や物にひたすらあこがれる、首ったけになる。

  蕎麦は春に小さな花が咲き、生産量は少ないが、実の熟すまでの時間が短く、北方で春、夏の間に旱魃になり、新芽が出ない時、蕎麦を植えると、種蒔きが遅くなっても、秋に収穫することができるので、凶作を救うことのできる良い作物である。蕎麦殻は枕の芯に入れる好材料で、弾性がたいへん良く、数十年使ってもボロボロ崩れない。私は蕎麦殻の枕を一つ持っているが、もう数十年になる。私といっしょに南へ北へとさすらい、私は毎晩これを枕に故郷の夢を見ている。本当にこれ無しではいられない。


【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月

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《雲郷話食》を読む: 春盤故事・咬春(春のプレートの話・春を食べる)

2011年02月20日 | 中国グルメ(美食)


 今年も、立春を過ぎて俄かに春めいてきました。この季節、春を感じるために昔の中国(特に北方)で食べられたのが生野菜を薄餅(バオビン。小麦粉を練って薄く延ばして焼いたもの)で巻いた、“春餅”(チュンビン)です。生野菜の細切りを並べたひと皿を“春盤”、「春のプレート」と言い、これらを食べることを“咬春”、「春を食べる」と言います。春の訪れを表現する、たいへん美しいことばだと思います。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-

■ 正月里吃春盤、春餅,在旧時是北京人生活中的大事。清初陳維《陳検討集》記都門歳時道:

     立春日啖春餅,謂之咬春;立春后出游,謂之討春。

・都門 du1men2 “門”には一族、家、家庭の意味がある。ここでは、都の家庭、の意味。
・啖 dan4 [書面語]食う。食わせる

 正月に“春盤”(春のプレート)、“春餅”(チュンビン)を食べることは、昔は北京の人々の生活の中の重要行事であった。清の初め、陳維は《陳検討集》で都の家庭の歳時を記載してこう言っている:

   立春に“春餅”を食べることを、“咬春”(春を食べる)と言う。立春の後、ピクニックに出かけることを、“討春”(春を求める)と言う。

■ 這就是北京綿綿数百載,為迎春而薦春盤,吃春餅的風俗習慣。這個風俗,早在一千年前的唐代就很普遍了。《四時宝鑑》記云:

     立春日,都人做春餅,生菜,号春盤。

・綿綿 mian2mian2 [書面語]綿々と。長く続いて絶えないさま。

 これは北京で綿々数百年続く、春を迎えるために春盤を勧め、春餅を食べる風俗習慣である。この習慣は、早くも一千年前の唐代には普及していた。《四時宝鑑》の記載に言う:

   立春の日、都の人は春餅を作り、生野菜は、“春盤”と呼んだ。

■ 一千多年来,一直綿延到今天,也還有人做春餅吃,可見人們対于生活中有情趣的事,是多麼依依不捨地熱愛着呢。

・依依不捨 yi1yi1bu4she3 “依依”は名残を惜しむさま。“依依不捨”で別れを惜しむ。

 一千年余り、ずっと連綿と今日まで、人々は春餅を作り、食べてきた。ここから、人々の生活の中の情趣に満ちた事に対し、こんなにも名残惜しげに愛着を持ってきたことが分かる。

■ 吃春餅要有両様東西:一是春盤,二是春餅。

 春餅を食べるには、二種類のものが必要だ。一つ目は春盤、二つ目は春餅である。

■ 先説春盤。乾隆時《上書房消寒詩録》所收叶国観《咬春詩》云:

     暖律潜催臘底春,登筵生菜記芳辰;
     霊根属土含氷脆,細縷堆盤切玉。
     佐酒暗香生匕夾,加餐清響動牙唇。
     帝城節物郷園味,取次関心白髪新。

・匕 bi3 本来は、匙の意味。ここでは後に“夾”(はさむ)とあるので、箸や匙の類のことだろう。

 先ず春盤(春のプレート)のことを言おう。清・乾隆帝の時、《上書房消寒詩録》に収められた叶国観の《咬春詩》に言う:

   暖かさの足音が秘かに歳末の季節の底に潜む春を促し、宴会に出てきた生野菜が芳しい時節の到来を現わしていた。
   根菜は土から取ったばかりで薄い氷が付いている。細く切って皿に並べられた様子は玉(ぎょく)を均等に切り揃えたかのように瑞々しい。
   酒の肴を箸でつまむと仄かに生気が香り、追加された野菜を皆が食べている音が清らかに響き渡る。
   都の季節の到来物は故郷の味がする。次の関心事は老いた白髪に黒いものが生えてくるかどうかだ。

■ 一句話,所謂春盤,第一就是要有生菜,尤其是要有生蘿蔔、白菜心,還可以用如《北京歳華記》所説的一瓜之値三金的鮮黄瓜。還有暖洞子培的黄芽韭也少不了的。高士奇詩云:

     咬春蘿蔔同梨脆,処処辛盤食韭芽。

 一言で言うと、いわゆる春盤とは、第一に生野菜がなければならず、とりわけ生のダイコン、白菜が必要で、また《北京歳華記》で言うところの「一瓜の値三金」の新鮮なキュウリがあればなお良い。また温室で育てられた黄ニラも欠かすことができない。高士奇の詩に言う:

    春のダイコンを食べると梨のようにサクサクしている。あちこちでピリッと辛い春盤で黄ニラを食べている。

■ 并自注云:“黄芽韭初生最為美品。”這些都是給春盤増加無限春意的生菜。第二這些菜都要切成細絲。再加緑豆芽、開水焯過的緑菠菜,葷腥物醤鶏絲、白鶏絲、肚絲、蛋皮絲等等,以及醤肉(切成絲)、咸肉絲和在一起,故又叫作和菜。明末劉若愚《酌中志》云:

     立春之時,無貴賤皆嚼蘿蔔,名曰咬春。互相請宴,吃春餅和菜。
   又云:
     初七日,人日,吃春餅和菜。這和菜就是春盤。

・焯 chao1 野菜をさっとゆでること。
・和 huo2或いはhuo4 捏ねる。混ぜる。一般に粉や水を混ぜる時に使う。普通、和えものを和える時は“拌”ban4を使う。

 その注釈でこう言っている。「黄ニラは芽が出たばかりのものが美味しい。」これらは春盤に無限の春の息吹を増す生野菜である。第二にこれらの野菜は皆細切りに切られていなければならない。更にもやし、お湯でさっとゆでたホウレンソウ、肉類では醤油で煮た鶏の細切り、素茹でした鶏の細切り、豚の胃袋の細切り、薄焼き卵の細切りがあり、醤油煮の肉(細切りにする)、塩漬けベーコンの細切りといっしょに和える。それで“和菜”、「和えもの」と呼ぶのである。明末の劉若愚の《酌中志》に言う:

     立春の時、身分の高い者も卑しい者も皆ダイコンを食べるが、それを“咬春”と言う。互いに宴席を開いて招待し合い、春餅(チュンビン)と野菜の和えものを食べる。
   また言う:
     正月七日を“人日”と言い、春餅と野菜の和えものを食べる。この野菜の和えものが“春盤”である。

■ 春餅就是薄餅,即全聚吃烤鴨時的那種薄餅,又名荷葉餅。不過家中做比店中好,面粉和的軟些,和好過一会儿再做。用両小塊水面,揉一揉,按按扁,中間抹些油,用扞面杖扞成薄餅,在平底鍋子上烙,時間不長,両面対翻之后,即発出餅香,熟了。拿在手中,軽軽一拍,因中間有油,自動分開,又可掀成両張。抹一点醤,把盤中的生、熟菜絲卷入餅中,便可大快朶頤了。家中吃時,春餅可以一辺烙、一辺吃,餅又熱、又軟、又香,不要説吃,就是這様説説,也口角生津了。吃過春餅,表示厳冬已去,燕台的春天又来了。

・扞 gan3 棒でものを延ばす
・扞面杖 gan3mian4zhang4 めん棒
・烙 lao4 フライパンや鉄板を熱して焼くこと。普通、“餅”(ビン=小麦粉を捏ねて薄く延ばしたもの)を焼くことを“烙餅”と言う。
・掀 xian1 めくり上げる
・大快朶頤 da4kuai4duo3yi2 “大快”は痛快に思うこと。“頤”は下顎のこと。“朶”は量詞。美味しくて、思わず顔がほころぶこと。
・口角 kou3jiao3 口もと。ちなみに、“口角”はkou3jue2と発音すると、口喧嘩する、口論する、という意味になる。
・生津 sheng1jin1 生唾が出てくる
・燕台 yan4tai2燕台とは、戦国時代、燕国の都、薊を見下ろす高台の名前だが、ここでは広く北京周辺の意味。

 春餅は薄餅(バオビン)で、すなわち全聚で北京ダックを食べる時のあの薄餅がそうで、またの名を“荷葉餅”(ハスの葉の形の“餅”(ビン))と言う。家で作ったものの方が店のものより美味しい。小麦粉を柔らかく捏ねてあり、捏ねてしばらく置いてから作る。捏ねた小麦粉の小さな塊りを二つ、少し揉んでから、押しつけて平たくし、二つの間に油を塗って重ね、めん棒で延ばして薄い餅(ビン)にし、平底鍋で焼いてやる。時間はあまり長くなく、両面をひっくり返して、よい香りがしてきたら、焼き上がりである。手に取って、軽く叩いてやると、間に油が塗ってあるので、勝手に剥がれてくる。或いはめくり上げて二枚にしてもよい。味噌を少し塗って、皿の中の生野菜や肉の細切りを餅で巻いて、頬張ると思わず顔がほころぶ。家で食べる時は、春餅は焼きながら食べると、餅は熱々で、柔らかく、良い香りがして、何も言わなくても、このように言っただけで、口もとに生唾が湧いてくる。春餅を食べれば、厳しい冬はもう過ぎ去り、北京の春がまたやって来たことを表す。

■ 我久在外地,几十年中,很少回京華度歳。有一年有事正月里回京,下車之日,正好是正月初七,便戯写《浣溪沙》小令云:

     稍怯余寒刺面酸,試灯期近政堪怜,西山如夢月依弦。
     喜得帰車人日酒,犹思剪韭薦春盤,風城賦餅記団栾。

・浣溪沙 huan4xi1sha1 上下三つの七言句、計42文字から成る詩の形式。元々は唐代に教坊(音楽を司る役所)で作られた曲の名で、西施が若耶溪で薄衣(紗)の着物を洗った(“浣沙”)ことを歌ったもの。
・小令 xiao3ling4 元曲の一種で、民間の俗謡や民謡を取り入れたもの
・団栾 tuan2luan2 [書面語]丸い月

 私は長い間外地に居て、数十年の間、ほとんど北京に帰って年末年始を過ごしたことがない。ある年、用事があったので正月に北京に帰った。車を降りた日が、ちょうど正月七日であったので、戯れに《浣溪沙》の小令を書いた:

   春とはいえまだ寒く、冷風で顔が痛くならないか心配だ。元宵節が近づき家の細々とした事もなんとか片付けた。ふと西山の方を見ると三日月がぼんやりとかかっている。
   喜々として家に帰りつけば、今日は人日(正月七日)の宴会だ。ニラを忘れずに切って入れたかどうか心配しつつ、春盤の野菜を勧める。《風城賦》では餅(ビン)は丸い月のようだと詠まれていたが(残念ながら今は三日月だ)。

■ 詞中用的就是春盤、春餅和束皙《餅賦》的典故。杜少陵詩云:“春日春盤細生菜。”即是。

・典故 dian3gu4 典故。故事。[用例]使用典故:故事を引用する

 この詞の中で用いた春盤、春餅は、西晋の束皙の《餅賦》の故事に基づく。杜少陵の詩に言う、「春になり、春盤には細く切った生野菜が盛られている」がそれである。

■ 這古老的風俗遠自唐代就有了,這該是多麼富有生活情趣的風俗啊!它反映了我国古代労働人民対生活藝術的講究。我們不能数典忘祖,漠視這些古老的風俗,而応対它寄予応有的珍視才対。

・数典忘祖 shu3dian3wang4zu3 [成語]典籍を数え並べる時、自分の祖先が“司典”であったことを忘れる、ということから、物事も根本を忘れる譬え。或いは自国の歴史を知らない譬え。“典”とは典籍で、古代の法制を記載した書物。“司典”は典籍を司る官名である。
・漠視 mo4shi4 無視する。軽視する。(“漠視”はわざと冷たく対処することを言う)
・珍視 zhen1shi4 珍重する。大事にする。

 この古い風習は遥か唐代にはもう存在しており、なんと生活の情緒に富んだ風習であろう!これは我が国古代の労働人民が生活芸術を重視していたことを反映している。私たちはこうした歴史を忘れてはならず、古い風習を軽視してはならない。それに対して然るべく大切にするべきである。


【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月

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【対訳】《雲郷話食》を読む: 元宵と湯圓

2011年02月14日 | 中国グルメ(美食)



  旧暦の正月15日は元宵節といいます。元宵節に食べるのが、元宵、湯圓、湯団と呼ばれる米粉で作っただんごです。実はこれ、北京を中心とする北方のもの(元宵と言います)と江南地方のもの(湯圓、湯団と言います)とで作り方や中の餡に大きな違いがあります。

■ 元宵,是北京的叫法,江南叫湯圓。近人徐仲可(珂)《清稗類鈔》云:

     湯圓一曰湯団,北人謂之元宵,以上元之夕必食之也。然実常年有之,
   屑米為粉以制之,粉入水,沉淀之使滑而制成者,為挂粉湯圓。有甜咸各餡者,
   曰実心湯圓。

 “元宵”とは北京の呼び方で、江南では“湯圓”と呼ぶ。近世の人、徐仲可(徐珂)は《清稗類鈔》でこう言っている。

      湯圓は別名、湯団と言い、北方の人は元宵と言う。元旦の夕食に必ず食べないと
   いけないものである。しかし実際は一年中有り、くず米を粉にしてこれを作る。粉を水に入れ、
   沈殿してつるつるしたもので作ったものを、挂粉湯圓と言う。甘い、或いは塩辛い餡の入った
   ものは、実心湯圓と言う。

* ここでは“実心湯圓”は餡の入った湯圓のことで使っているが、一般には、“実心”とは中が詰まったという意味で、“這個湯圓是実心的”というと、だんごの中は餅が詰まっていて餡が入っていない、という正反対の意味になる。

■ 不過厳格地説,元宵和湯圓雖属類似的東西,但做法有很大的差別。北京元宵,都是干磨江米面,不用糯米水磨粉,即徐珂所説的挂粉。北京元宵絶対不做肉餡,而江南湯圓却以肉為主。二者不能劃等号。過去有個很有趣的故事:一位初到北京的江南挙子,正月里到親戚家作客,人家煮了元宵交待他,這位挙子夾起一個,端詳半天才入口,主人感到奇怪,便忍不住問道:“你覚得有什麼不合适?”這位挙子道:“味道很好,只是我想問問這餡心是怎麼擺進去的?”一句話引得衆人哄然大笑,従此便伝為笑談。

・江米 jiang1mi3 / 糯米 nuo4mi3 何れも、もち米のこと。一般に、北方の人は“江米”といい、南方の人は“糯米”という。
・水磨 shui3mo2 水を加えて磨くこと。“水磨 shui3mo4”とすると、水車を利用した臼のことだが、ここでは“干磨”、水を加えず、そのまま臼や機械で挽いた粉との対比なので、“水磨 shui3mo2”である。
・挙子 ju3zi3 “挙人”のこと。郷試に合格した者のことを“挙人”と言う。“挙人”になってはじめて、都で行われる会試を受験することができた。
・哄然 hong1ran2 どっと
・笑談xiao4tan2 笑いぐさ/伝為笑談 chuan2wei2~ お笑いぐさになる

 しかし厳密に言うと、元宵と湯圓はよく似たものだが、作り方には大きな違いがある。北京の元宵は、もち米をそのまま粉に挽いたものを用い、もち米に水を加えて挽いた粉、すなわち徐珂が言うところの挂粉は用いない。北京の元宵は絶対に肉餡は入れないが、江南の湯圓は肉が主である。両者にはイコールはつけられない。昔、面白い話があった。一人のはじめて北京に来た江南の挙人が、正月に親戚の家に招かれた時、その家では元宵を煮てもてなしたが、この挙人はそれをひとつ箸でつまんで、手に持ってしばらくの間仔細に眺めてからようやく口に入れた。主人は不思議に思い、我慢できずに問うた。「何か不具合でもありましたか?」この挙人は言った。「味はたいへんよろしいですが、ただ伺いたいのは、この餡はどうやって中に入れたのですか?」この一言が皆をどっと笑わせ、これ以降、笑い話となった。

■ 江南用糯米水粉包湯圓,是把一小団湿糯米面放在手中,掐成酒杯形,然后放入餡子包起。肉的掐一個尖尖頭,萕菜的掐成橢圓形,中間作個皺紋記号,芝麻的掐成圓的,上面有些花紋 …… 総之都有封口的地方,在碗中可以分辨甜咸和不同的餡子。而北京的元宵,則渾然一体,混沌難分,対不明究竟的人,確是饒有興味,也就難怪那个挙子的惹人招笑了。

・団 tuan2 [量詞]ひと塊りになっているものを数える
・掐 qia1 指先で摘んだり、ひねったりすること。
・萕菜ji4cai4 ナズナ
・橢圓 tuo3yuan2 楕円
・渾然 hun1ran2 渾然。入り混じっている様
・饒 rao2 [接続詞][口語]にもかかわらず。~のに。

 江南では、水で研いだもち米粉で湯圓を作るには、湿ったもち米粉の小さな塊りを手のひらに載せ、酒杯の形に捏ねて、その中に餡を入れて包み込む。肉の餡入りは頭を尖らせ、ナズナの餡入りは楕円形にし、真中に皺をつけて目印にする。胡麻餡のものはまん丸にして、上に模様を付ける……何れにせよ、どれも口を閉じた所により、碗の中で甘いのや塩辛いのや、違った餡の区別をすることができる。一方、北京の元宵は渾然一体で、混沌として区別が難しく、どうなっているか知らない人にとっては、確かに興味を持っているにもかかわらず、あの挙人のように他人の嘲笑を惹き起すのも無理もないことである。

■ 按北京做元宵,俗語曰打。実際是滚gun3和揺両個動作。先把糖熬稀,加玫瑰、山楂、核桃仁、芝麻、瓜子仁、青紅絲等和在一起,或団成龍眼大的小団,或切成小方塊,冷却待用。用大柳条笸po3籮luo,放上干糯米面,北京叫江米面,把糖塊様的餡子倒入面中,一辺洒水,一辺滚gun3,使糯米面在糖塊身上滚gun3満,像滚gun3雪球一様,越滚gun3越大,這是件很吃力的工作,一次可滚gun3百八十個。然后再按不同的餡子,在上面点上鮮紅的点,或一点,或両点,像宝塔一様,堆在大瓦盤中,犹如白雪紅梅,真是漂亮極了。北京人吃元宵,一般是買回家煮了吃,有時也到舗子里吃,廟会上最多,一入冬就有的売了。而且還可油炸了吃,不過我不大愛吃油炸的。再有北京元宵家中做不来,都是外買的,不比江南湯団主要是自己家里做。元宵餡子好,山楂、玫瑰都有核桃仁、松仁等,像月餅餡子,吃起来比江南湯団好多了。北京売元宵,除去点心舗、廟会上而外,還有挑担子到胡同中売的。

 《一歳貨声》挂花元宵下注云:

     挑担前設鍋炉,山楂、白糖、奶油,加果各餡。

・稀 xi1 “密”の反対の意味で、すきまや間隔の大きいこと。ここでは、煮詰らないように、ざっと。
・玫瑰 mei2gui マイカイ。(バラの仲間で、ハマナシ(ハマナス)の近縁種)
・笸籮 po3luo (ヤナギの枝、または竹の皮で編んだ)ざる
・宝塔 bao3ta3 ここでは“宝塔糖”の意味で、虫下しの薬のことのようです。これは形がちょうど百万塔陀羅尼のような円錐形をした小さな粒です。
・做不来 “不来”は結果補語で、動詞の後に付け、経験や修練が足りないため、行うことができないことを表す。

 北京では元宵を作ることを、俗に“打”と言う。実際は“滚”gun3(転がす)、“揺”(揺さぶる)という二つの動作である。先ず砂糖をざっと煮て、マイカイ、サンザシ、くるみ、ゴマ、かぼちゃの種、青梅や赤い梅を細く切ったもの加えて混ぜ合わせ、龍眼くらいの大きさの団子に丸めるか、小さな四角い塊りに切り揃え、冷ましておく。柳の枝で編んだ大ざるに、挽いたもち米の粉を入れる。これを北京では“江米面”(“江米”の粉)と呼ぶ。先ほどの砂糖の塊りのような餡の粒をもち米粉の中に入れ、水を撒きながら転がし、もち米粉が砂糖の塊りの全体に付くように十分に転がしてやると、雪の球を雪の上で転がすのと同様、転がすにつれて球は大きくなる。これはたいへん力の要る作業で、一回に百八十個ほどの粒を転がしてやることができる。その後、餡の違いによって、球の上に真っ赤な点を一つか二つ付けてやると、“宝塔糖”のようで、大きな素焼の盆で盛ってやると、まるで真っ白な雪景色の中に紅梅が咲いたようで、本当にきれいである。北京の人は元宵を食べるには、一般には買ってきて家で煮て食べる。時には店で食べることもあるが、その時は寺の縁日で食べるのが最も多く、冬になると売り出す。また、油で揚げて食べることもあるが、私は揚げたものはあまり好きではない。北京では元宵は手間がかかるので家では作ることができず、外で買ってくるもので、江南の湯団が主に自分で家で作るのと大きな違いがある。元宵の餡は美味しく、サンザシやマイカイのものにはくるみや松の実が入っていて、月餅の餡のようで、食べてみると、江南の湯団よりずっと美味しい。北京で元宵を売るのは、お菓子屋や寺の縁日の他、天秤棒を担いだもの売りが胡同の中まで売りに来る。

 昔のもの売りの様子をまとめた《一歳貨声》の挂花元宵の項の注釈に言う:

     天秤棒の前には鍋とコンロが設えてあり、サンザシ、白砂糖、クリーム、それに干した果物入りの各種の餡があった。

■ 不過几十年前這種元宵担子已很少見了。那時点心舗中,以前門大街正明斎的元宵為最好。

  “現掲鍋的元宵的来 ―― 個大餡好的哎 ――”
 這熟悉的叫売声似乎又在我的耳畔回響了!

・耳畔 er2pan4 =耳旁

 しかし数十年前のこうした元宵売りももうほとんど見かけなくなった。当時は菓子屋では、前門大街の正明斎の元宵が最も良かった。

   「さあ茹でたての元宵が来たよ ―― 大きな美味しい餡入りだよ ――」
  こうしたよく耳にした呼び声は今も私の耳の傍で響き渡るかのようである。


【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月


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【対訳】《雲郷話食》を読む: 油条

2011年02月09日 | 中国グルメ(美食)



 油条は、広東では薄く切ったのをお粥の薬味として入れて食べますが、北京では、昔は揚げたてを並んで買って、そのまま食べて朝食にしていたのを憶えています。そういえば、その頃の北京の油条は、あの細長い形で無く、平べったいもので、それを二つ折にして、油紙にくるんでお客さんに手渡していたように思います。しかし、そのような光景も見られなくなってしまいました。総じて、中国の食べ物は、徐々に広東風の料理に席巻されているような気がしますが、油条も同じ運命をたどっているのかもしれません。

■ 看電視,美国洛杉磯華人社会有売油条的,是台湾人,説是有華人的地方,就有豆漿油条。因而想起,油条的確是很好的東西。但是要現炸現吃,吃熱的,一冷就不好吃了。上海几十年来,油条倒是不断,過去是公家売,零售点很少,現在自由貿易,郷下人来上海做生意,新村附近菜場上,弄堂門口,早上売油条的更多了。只是近年早上起得晩,而且要跑出去買,幇忙的阿姨要九点多才来,所以平日很少吃到,因為縦然我跑出去,売油条的也早収市了。只有偶然女婿休息的時候,早上買菜順便買几根,吃一吃。他們住在隔壁,不拿過来,也就算了。春節后請来一位全天幇忙的阿姨照顧病妻,她年紀五十多了,早上睡不着,起得很早,焼稀飯,買油条,三角一根,很大很黄,拿回来還是熱的,就白粥吃,真是人間美味。吃慣了,不久她走了,便自己起早去買,毎吃油条白粥,不由地便想起知堂老人于淪陷第二年冬天写得一首詩:

            禅床溜下無情思,
            正是沉陰欲雪天,
            買得一条油炸鬼,
            惜無白粥下微塩。

・弄堂 long4tang2 上海などでいう横町。(入口に門があり、中に数棟から数10棟以上の住宅がある)
・淪陷 lun2xian4 陥落する。敵に占領される
・知堂老人 魯迅の弟の周作人
・禅床 chan2chuang2 座禅をする時に上に坐る座布団
・油炸鬼 you2zha2gui3 [口語]油条のこと。
 (「油で揚げた鬼」とはびっくりするような名前だが、後に紹介されるように、昔の北京では油条を生地を細長く切って揚げるのではなく、幅広の形状で揚げ、その結果でこぼこの鬼の顔のように見えたのかもしれない。)

 テレビを見ていたら、アメリカ・ロサンゼルスの中国人社会で油条を売る人がいて、この人は台湾人で、中国人の居る所には、豆乳や油条の需要があるのだそうだ。そう言われて考えてみると、油条は確かにたいへんすばらしいものだ。けれども揚げたてを食べないといけない。熱いのを食べないといけない。冷めると美味しくない。上海では数十年の間、油条は無くなったことがない。嘗ては国が売っていて、販売する所はたいへん少なかったが、現在は自由に取引ができ、田舎の人が上海に出てきて商売をするのに、ニュータウンの近くの市場や、横町の門の入口で、朝、油条を売る人が多くなった。ただ最近は朝起きるのが遅くなり、走って買いに行かないといけないし、お手伝いのおばさんは九時過ぎにならないと来ないので、普段はめったに食べられない。というのも、たとえ走って買いに行っても、油条売りはとっくに店じまいしているからである。たまたま娘婿が休みの時、朝、野菜を買いに行ったついでに何本か買ってきてくれるので、ちょっと食べる。彼らは隣に住んでいるので、持ってきてくれなくたって、構わない。春節の後、全日サービスのお手伝いのおばさんに来てもらい、病気の妻の面倒を見てもらった。その人は五十過ぎで、朝は寝ていられないので、起きるのがたいへん早く、お粥を炊き、油条を買ってきてくれた。一本三角(一角は一元の十分の一)で、たいへん大きく、キツネ色に揚がっていて、持って帰ってきてもまだ熱く、白粥に付けて食べると、本当にこの世の最高の美味である。食べ慣れてきたところで、彼女はやめてしまった。それで自分で早起きして買いに行き、油条と白粥を食べると、その度に思わず知堂老人が北京陥落二年目の冬に書いた詩を思い出す。

          坐禅をする座布団はつるつるしたままで、精神が集中できない。
          ちょうど、どんよりした曇り空で、いっそ雪が降ってくれた方がいい。
          油炸鬼(北京の方言で、油条のこと)を一つ買うことができたが、
          あいにく、ちょっぴり塩味の付いた白粥が無いのは残念だ。

■ 油炸鬼,白粥微塩,是很好的食品,自甘淡泊,這還是知堂老人未下海前所作,大約成于戊寅年冬日,現在読来,還頗耐尋思。不過我引至此処,只是意在説白粥与油炸鬼或油条早上趁熱吃,是人間美味耳。這里知堂老人用的是油条的数名詞,即“一条”,因為長的,所以叫油条。一般称一根。而北京過去満街都是油炸鬼,是環状的,或菱形的,両頭尖、中間成環状,叫“個”而不能叫“条”。也有小的,炸的時間長,色焦黄,叫“焦圈”。但是没有一根的長油条,我是第一次到天津,才吃到油条,説也奇怪,天津、北京,二百四十里,現在高速公路,一個鐘頭就可以到,真可以説是近在咫尺,但両地風俗就不一様,旧時北京只有油炸鬼,而天津却有油条,而且喝豆腐漿放咸塩,却又没有上海的咸漿,早点舗吃油条、豆漿,毎個卓上放一小碟白精塩,猛一看,還以為是綿白糖呢,我差点一下子倒在豆漿碗中,虧kui1得朋友攔lan2住我……

・下海 元の仕事をやめること。一般には、公務員等の仕事をやめて商売を始めることを言う。
 ここでは、周作人が北京を離れ、南京の汪精衛政権に出仕したことを言うのだろうか?
・戊寅年 ここでは1938年のこと。
・咫尺 zhi3chi3 [書面語]距離が極めて近いこと。咫尺(しせき)。(古代は8寸を“1咫”としたことから)
 [用例]咫尺之間。近在咫尺。
・咸塩 xian2yan2 塩。食塩

 油炸鬼とちょっと塩味の付いた白粥というのは、すばらしい食事で、ほんのり甘くさっぱりしている。これは知堂老人が北京を離れる前の作で、おおよそ戊寅年(1938年)の冬で、今読んでも鑑賞に耐える出来だ。しかし私がここに引用したのは、ただ白粥と油炸鬼や油条は朝、熱々を食べると、この世の最高の美味であることを言いたいだけである。ここで知堂老人が使っている油条を数える量詞は“一条”であるが、それは形が長いからで、だから油条と言うのである。普通は“一根”と数える。一方、北京では嘗て街中が油炸鬼ばかりで、形はリング状、或いは菱形であった。両端が尖っていて、真中がリング状になっているものは、数える時“個”と言い、“条”とは言わない。小さいものもあり、揚げる時間が長いと、色は焦げ茶色になるので、“焦圈”と呼んだ。しかし、すらっと長い油条は無かった。私がはじめて天津に行った時、そこではじめて油条を食べることができた。不思議なことに、天津と北京は、二百四十里(120キロ)離れていて、今は高速道路で一時間で着くことができ、咫尺(しせき)の間と言うことができるが、両地の風俗は異なり、昔の北京には油炸鬼しかなく、天津には油条があった。また豆乳を飲むときに食塩を入れることがあるが、上海の咸漿(塩味のついた豆乳)は無かった。朝食に店で油条と豆乳を食べた時、どのテーブルにも小皿に食塩が入れて置かれていた。さっと見て、白砂糖だと思い、私はもう少しで豆乳の碗の中に入れそうになり、幸い友人が止めてくれた……。

■ “油炸鬼”在北京又叫“果子”,又叫“麻花儿”,著名的《一歳貨声》中記云:“大焼餅、熱油炸鬼――”而兪曲園《憶京都詞》注云:“油灼果,俗称油灼檜,云杭人悪秦檜而作……”不過没有人詳考,只是大家随意叫而已。只不過現北京老式的油炸鬼已很少見到,大多已是上海式,或者叫作江南式的油条為多了,而且大多是外地人在集貿市場上売。几十年来,北京的変化太大了,連油炸鬼也多変成油条了。

  “油炸鬼”を北京ではまた“果子”とも呼ぶ。また“麻花儿”とも呼ぶ。有名な《一歳貨声》の中にはこう記載されている。「大焼餅、熱々の油炸鬼――。」兪曲園《憶京都詞》の注に言う。「油灼果(油炸鬼)は俗に油灼檜と呼ばれる。これは杭州の人が秦檜を憎んで作ったと言われる……。」しかし詳しく検証した人はおらず、皆が好き勝手に呼んでいるだけである。それでも、北京の昔風の油炸鬼はもうほとんど見かけなくなり、大多数が上海式、或いは江南式と呼ばれる油条が多くなった。そして多くは外地の人が交易市場で売っている。数十年の間に、北京の変化はたいへん大きく、油炸鬼も多くが油条に変わってしまった。

■ 上海以及南京、蘇錫杭湖等地,都是一様的油条,只是有大小之分。五六十年代以及七八十年代,上海大餅、油条店先公私合営,后来公営,直到七十年代,還有不少有手藝的老師傅,甜咸大餅、油酥大餅、油条、油糕、粢飯糕、咸漿、淡漿、甜漿,十分斉全,半両糧票一根油条,四分銭。一到蘇州,就是三分一根。価銭没有変化,但自然災害時期,即一九五八年到一九六二年之間,没有売的。自一九六三年之后,経済又穏定,東西増多,油条也有了。不過直到取消糧票前,公私店中総要用糧票買,現在糧票取消,可以随便買。但漲到三角銭一根了,照四分一根算,只上漲了八倍弱。而工資却難同歩按倍数増長,就為難了……上海人過去説人滑頭,叫“老油条”,就是炸過的油条,再炸一遍,現在這種油条没有了。

・大餅 da4bing3 小麦粉を捏ねて平たく焼いたもので、大ぶりで甘くない。
・手藝 shou3yi4 (手工業での職人の)技能、腕前
・粢飯糕 zi1fan4gao1 うるち米を炊いて方形の型に入れて突き固めたものを適当な厚さに切り、ピーナツ油で揚げたもの。一種の揚げ餅。
・滑頭 hua2tou2 ずる賢い(人)

 上海及び南京、蘇州・無錫・杭州・湖州といった土地では、皆同じような油条であるが、大きさに違いがある。5、60年代、及び7、80年代は、上海の大餅、油条店は、最初は国と民間の共同経営だったが、後に国営になり、70年代ぐらいまでは、まだ多くの手先の技能を持った親方が残っていて、大餅の甘いの、塩辛いの、パイ生地のもの、油条、バターケーキ、揚げ餅、豆乳の塩味のもの、甘いもの、何も入れないものと、何でも揃っていて、半両の糧票(食糧切符)があれば油条1本が四分(分は元の100分の一)であった。それが蘇州に行けば、1本が三分だった。値段は変わらなかったが、自然災害の時期、すなわち1958年から1962年までは、油条は売られなくなった。1963年以降、経済がまた安定し、ものが増えて、油条も復活した。しかし糧票が廃止になるまでは、国営でも民営でも買うには糧票が必要だった。現在は糧票が廃止になり、自由に買える。しかし値上がりして1本が三角になった。1本が四分であったのと比べると、八倍弱値上がりしたことになる。一方、給料はそれと同じ比率ではなかなか上がらず、暮らしにくくなった……。上海人は嘗てずる賢い人のことを“老油条”と呼んだ。つまり一度揚げた油条を、もう一回揚げるのだが、現在ではそんな油条は見られなくなった。

■ 外国油条,中国人吃不起,三年前在新加坡,朋友請在一家酒店吃早点,吃現炸的熱油条,我還和炸油条的師傅照了一張像,売几新元一根,合我們的銭二三十塊。虧kui1得現在油条還未与世界接軌,不然,就更難想像了。

・接軌 jie1gui3 “軌”は比喩的に用い、規則、標準のこと。“接軌”で標準になっている、という意味。

 外国の油条は、中国人には高過ぎて食べられない。三年前シンガポールで、友人があるホテルで朝食を奢ってくれた。揚げたての熱々の油条を食べ、私は油条を揚げていたシェフといっしょに写真を撮ったが、油条1本が何シンガポールドルもし、私たちのお金に換算すれば2、30元である。残念ながら油条はまだ世界では一般的な食べ物ではないのだろう。そうでないとこの値段は理解できない。


【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月


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【対訳】《雲郷話食》を読む: 茶湯

2011年02月06日 | 中国グルメ(美食)


 昔の北京の写真、特に賑やかな縁日の屋台の写真で、大きな龍の注ぎ口のやかんが写っているのを見たことはないでしょうか。あれは“龍壺”と言い、あれで淹れた飲み物を“茶湯”と言います。“茶”が付いていますが、茶葉は入っていません。今週、2月3日は春節でしたが、北京ですと、白雲観や地壇公園の廟会がたいへんな賑わいです。そうした所の屋台では、必ず“龍壺”の姿が見られることと思います。

■ 《水滸伝》中写王婆子売茶,有点茶、和合湯,還有什麼七宝茶、八宝茶諸名色,茶和湯是常常連在一起的。聯想到北京的茶湯、油茶等,感覚這似乎是一脈相承的東西。而陸羽《茶経》所説的“雨前”、“明前”、“一旗一槍”等等,則是另一個流派。明人講茶、講水,等等,如《陶庵梦憶》所記閔老子茶,這又是一脈相承的。明人筆記中記北京諺語有“翰林文章、太医薬方,光禄茶湯、兵部刀槍”,其中“光禄茶湯”是指光禄寺的茶湯。光禄寺不是廟,是政府机関,是管皇家祭祀龍壺、爵及皇帝御厨酒醋等雑物的。這里所説茶湯,就是用大龍壺焼水,来衝茶湯。旧時北京一到冬天,廟会上以及饽饽bo1bo舗門口,就擺上売茶湯的攤子了。

・点茶 dian3cha2 宋時代の茶を点てる方法で、抹茶を点てること。
・一脈相承 yi1mai4xiang1cheng2 [成語]一つの血統や流儀が幾代もの間受け継がれること。(“一脈相伝”chuan2ともいう)
・雨前 yu3qian2 “谷雨”前の意味。“谷雨”とは二十四節気の一つ、穀雨で、4月20日頃である。それ以前の柔らかい新芽を使ったお茶。
・明前 ming2qian2 “明”とは4月5日の清明節。清明節前に取った新茶のこと。
・一旗一槍 yi1qi2yi1qiang1 茶葉で“旗”は葉、“槍”は芽を指し、柔らかい葉と新芽の付いたところだけを使ったお茶。
・翰林 han4lin2 翰林(かんりん)。唐代以降に設けられた皇帝の文学侍従官。明清代は、進士から選抜された。
・太医 tai4yi1 皇帝に仕える医者、待医。
・薬方 yao4fang1 処方、処方箋。
・刀槍 dao1qiang1 刀や武器
・祭祀 ji4si4 祭祀(さいし)。
・爵 jue2 古代の三本脚の酒器
・饽饽 bo1bo 小麦粉を焼いて作った菓子
・攤子 tan1zi 屋台

 《水滸伝》の中で、王ばあさんが茶を売るのに、抹茶を点てたり、湯と合わせたりし、更に七宝茶、八宝茶などの商品があり、茶と湯はいつもいっしょにつなげられてきた。北京の茶湯、油茶などに連想を拡げると、これらは何代にもわたって受け継がれてきたものであるかのように思える。一方、陸羽が《茶経》で言うところの“雨前”、“明前”、“一旗一槍”などというのは、これとは別の流派である。明代の人々は茶や水のことをあれこれ議論してきた。いやちょっと待って、《陶庵梦憶》に書かれた閔老子茶も、何代にもわたって受け継がれたものである。明代の人が書いたものの中に、北京のことわざに「翰林の文章、太医の処方、光禄の茶湯、兵部の刀や武器」(四つのすばらしいものを指す)というのがあり、その中の“光禄茶湯”とは光禄寺の茶湯を指す。光禄寺はお寺ではなく、政府の役所で、皇室の祭祀用の龍壺、爵、及び皇帝の厨房の酒、酢などの細々としたものを管理した。ここで言う茶湯とは、大きな、注ぎ口に龍の形の装飾がされたやかん(“龍壺”)で湯を沸かし、淹れた飲み物である。昔の北京では冬になると、寺の縁日や菓子屋の入口に、茶湯を売る屋台が店を開いた。

■ 茶湯分葷、素両種,素的又叫油炒面,用香油炒面粉,炒熟呈黄色,加熟核桃仁等,吃時先盛両勺干面,放点涼開水,調成漿,然后用滚gun3開水衝成糊状,加紅糖食之,像広東人吃的芝麻糊差不多。這是老北京人喜歓吃的食品,尤其喜歓買来喂小孩。這種食物有脂肪,富栄養,易消化,吃起来方便,給儿童吃最相宜。又因它是素的,廟里的和尚也喜歓食。用来接待香客,也是極為方便的。

・滚開 gun3kai1 ぐらぐら煮えたぎる
・衝 chong1 湯を注ぐ
・喂 wei4 (口まで持っていって)食べさせる
・相宜 xiang1yi2 適当である。適合している

 茶湯は生臭、精進の二種類に分かれ、精進のものはまた“油炒面”と呼ばれ、ごま油で炒めた小麦粉が、十分に炒められて黄色に色づいたら、よく熟した胡桃の実などを加え、食べる時は、先ず匙に二杯の小麦粉を入れ、湯ざましの水を加え、かき混ぜてとろみをつけ、その後、沸騰したお湯を注ぎ込んで糊状にし、黒砂糖を加えてこれを食べれば、広東人が食べる“芝麻糊”(ゴマのお汁粉)とよく似ている。これは昔から北京の人々の好きな食べ物で、特に買って子供に食べさせたがる。こうした食品は脂肪を含み、栄養が豊富で、消化しやすく、食べるのも便利で、子供に食べさせるのに最も適している。また精進ものであるので、お寺の坊さんも喜んで食べる。これでお参りに来た信者を接待するのにも、極めて便利である。

■ 葷的則名為油茶,最好的是牛骨髓油茶,把牛骨中的油取出来,就是一般説的牛骨髓油了。用這種油炒面粉成浅黄色,再加核桃肉、青絲、紅絲、白糖混合起来,吃時也像調茶湯或調藕粉一様,調起来熱乎乎一碗,這就是牛骨髓油茶了。這比茶湯好吃得多,栄養価値極高,北京天気冷,吃這種高熱量的食物,具有明顕的抗寒作用,也是十分耐飢的食品。老北京常常整斤地買回去,天天早上衝了当早点吃。也有買了牛骨髓油自己炒的。炒這個并不難,把面粉倒在炒菜鍋里,一辺炒拌,一辺加油,把面炒成略帯黄色,把油加到撲鼻噴香就可以了。

・撲鼻 pu1bi2 においが鼻をつく
・噴香 pen4xiang1 よい匂いがぷんぷんと鼻をつく
・藕粉 ou3fen3 片栗粉。正確にはレンコンからとった白色の澱粉のこと。

 生臭のものを“油茶”と言い、最も良いのは牛の骨髄の油茶である。牛の骨の中の油を取り出したものが、一般に言われる牛の骨髄油である。この油を用いて小麦粉を淡い黄色になるまで炒め、更に胡桃の果肉、緑や赤の砂糖漬けの梅の実を糸状に刻んだもの、白砂糖を加えて混ぜ合わせ、食べる時は茶湯や片栗粉で葛湯を作る時と同様で、混ぜ合わせれば熱々の一碗になる。これが牛の骨髄の油茶である。これは茶湯よりずっと美味しく、栄養価も極めて高い。北京は寒いので、このような熱量の高い食品は、明らかに防寒作用があり、また十分腹の足しになる食品である。昔からの北京の住民はよく一斤(500グラム)単位で買ってきて、毎朝お湯で溶いて朝食にする。中には牛の骨髄油を買ってきて自分で炒める人もいる。これを炒めて作るのは別に難しくなく、小麦粉を中華鍋に入れ、かき混ぜながら炒め、油を加えていき、小麦粉がやや黄色くなり、油でよい匂いがぷんぷん鼻をつくようになったら出来上がりである。

■ 在各大廟会売油茶的攤子上,可以看見中間空心処,有一個坐在大炉上的大銅壺,約二尺高,直径最寛処也有二尺。旁辺有很大的壺柄,壺嘴又長又細,一搬壺柄水就可以倒出,正好衝入碗中。這壺又名搬壺,擦得又明又亮,造型精致美観。我見過西安一帯出土的唐代波斯壺,様子極像這種搬壺,我想這種様子的壺,可能是西域伝来的吧。

 各地の大きな寺の縁日で、油茶を売る屋台には、中間に穴が開いているところがあり、ここに大きなコンロに載せた大きな銅製のやかんが置かれる。高さは約二尺(約60センチ)、直径の最も幅の広いところも二尺ある。やかんには大きな取っ手が付いていて、注ぎ口は長くて細く、取っ手を持ち上げると中のお湯が注ぎだされ、ちょうど碗の中に注ぎ入れられる。このやかんは“搬壺”とも呼ばれ、ぴかぴかに磨かれ、その造りも、細かい細工がされていて美しい。私は西安一帯で出土した唐代のペルシャの壺を見たことがあるが、形はこの“搬壺”に極めてよく似ていた。私はこのような形のやかんは、ひょっとすると西域から伝来したものではないかと思う。


【出典】雲郷《雲郷話食》河北教育出版社 2004年11月


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