ドリーム キャッチャー Dream Catcher

ブログ2006/2開始。2009/4までモルモット歴11年。2年半のブランクの後2011/11、2匹の女の仔が来ました。

アイスクリーム売り場 

2018年08月17日 01時42分03秒 | その他

8月の中ですが、まだ暑い日が続きます。

大きなカップや、四角い箱。アメリカのスーパーマーケットのアイスクリーム売り場は、こんな感じです。

冷凍食品のケースが続く中、アイスの占める割合は多いです。
毎年、新製品も出て、カロリーの少ないのが流行っています。

このショーケース、全部アイスです(^ー^)。
涼しくなりましたか(^ー^)。

これよりもっと置いているお店もあります。

 

 

 

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エッチング(銅版画)しました。 Etching

2018年08月07日 02時02分19秒 | モルモット

昨年の夏、4歳になったばかりのジャック君は、おばあさんモルモットの、ももに会いに来ました。それまで、モルモットを見る機会はあまりなかったと思います。


今年の春に、エッチング(銅版画)をする機会がありました。一度、やってみたかったでした。
題材に、モルモットを。と、思いましたが、今年の夏には5歳になる、ジャックくんはどうだろうとか思いました。

銅版画は初めてだし、うまく行くかわからないので、まず、モルモットを描いた下絵と、ジャックくんの下絵を用意しました。
銅板に、傷をつけて絵を描きます。(初めてのせいもあるし、銅板は馴染みがなくて、ふっくらとしたホッペも、思うようにスムーズな線になりませんでした。)

 そのまま、一枚目を刷りました。一本線です。

目や髪の毛、服の色を濃くしたかったので、その部分を何回かに分けて、腐食させました。銅板を、液につけたり、洗ったり、忙しかったです。

左上から、その度に、刷ってみました。

合計6枚刷りました。これは5枚目のです。

最後の6枚目は、下手を承知で、額に入れて、ジャックくんの5歳のお誕生日のプレゼントにしました。

エッチングは、削った線がそのまま刷れるというシンプルな技法です。絵を描くのと違い、気軽?な感じでした。

服の色を青にしたかったのですが、版は一枚だったので、色をつける時に、顔と服と。顔と目とか。色が混ざらないように気をつけました。インクの量や塗り方によって、髪の毛の形が変わったりしました。木版なら、板を何枚か彫ってくっきり色分けできる所なのにな〜と、素人頭で思いました。(エッチングには、又、方法があるのでしょうね。)

初めてだったので、腐食の時間をどのくらいにするかとか、色の付け方とか、新しいことが多く、かなり集中しました。でも、ぼ〜っとしていたのか、8枚刷れるとこを、帰って来たら6枚しか刷っていないことに気がつきました。

おもしろかったので、又、機会があったら、やって見たいと、思いました。

今度は、モルモットです(^ー^)。

 

 

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アヒルの 針刺し。 Wood duck sewing caddy

2018年07月02日 06時19分21秒 | その他

前に、手芸の本の事を書いたので、書いてみようと思いました。

今ではずっと昔になりましたが、ニューヨーク市からペンシルバニァ州へ行く、1日観光のツァーに行きました。アーミッシュも住んでいる。と言う古い町で、バスは、アンティークショップに何軒か寄り、その時にみつけました。

私の所に来てからも、もう、大分たちます。

なんの事はない、ボタンつけとか、ホツレ止めの時とか、に使います(^ー^)。

 

(追伸)「wooden sewing caddy bird」で、検索したら、
     色々とありました。なんの鳥かと思っていたら、アヒルのようです。→ここを、クリック。

 

 

 

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大好きな 雑誌 marie claire idée

2018年06月25日 06時37分02秒 | その他

大好きな、フランスの手芸の雑誌があります。
その本屋さんには、フランス語コーナーがあって、そこに、その雑誌がありました。
「おぅ。」と思って、近づいてみました。ニューヨーク市に居たころ以来です。もう10年くらいも会って(見て)いませんでした。
marie claire のidée 版です。

 

 

↓ こんな風に、フランスの雑誌類が、かたまって置いてありました。
写真のは、Maison版「メゾン(家)」が写ってますが、idee 版「イデ(アイデア)」は、その右後ろに見えました。

 

marie claireは、フランスの雑誌ですが、日本でも、日本語のマリークレールのファッション誌があります。(アメリカでも、英語のmarie claire があります。)
ファッション誌のほかに、フランス語のMaison版と、idée 版があります。
私の好きなのは、idée 版です。(「イデ(アイデア)」と言うそうです。私はフランス語は、わかりません。今回初めて知りました。)生活にヒントを与えるというか、楽しみを与えるとか、、。

綺麗な小物がたくさん載っていて、その作り方を書いてるのもあって、自分で作れそうな、、、(でも、たまるから、作らないけど、頭の中は膨らんで、その本を見ているうちに、きれいなお姉さんも出てくるし、美しい景色もあって、、、どんどん、ひたって、、、。読み終わって自分の顔を鏡で見たら、ガックリ。元の世界に戻ります(^ー^)。たまりません。

ニューヨーク市にいた時に、たまたま、住んでいた所の近くの本屋さんに置いてあったのと、無い時は、グランドセントラル駅の雑誌のお店に、買いに行きました。(アリゾナに来た後、グランドセントラル駅も、いろいろ変わったけど、雑誌のお店では、marie claire のidée 版は、置かなくなりました。フランス語だし、値段が高いせいでしょう。)

外国の雑誌らしく、ずっしりしていた。あの重さがたまらない。

なのに、やっと出会ったのは、現代風?に、軽くなっていた。

 
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それで、私は、古い、古い、1冊を、自分の箱の中から、見つけました。
やっぱり、重くて、良い感じ。(すり、すり。)10冊くらいでも、よいしょ。よいしょ。と運びます。(昔の雑誌はなぜか、重かったでした。)なぜ、marie claire idéeは、今だに重いのか?とも思っていました。(ヨーロッパがそうだったんでしょうか。わかりません。)でも、今となっては、あの重さが懐かしいです。(重いから、フランスからの送料が高いのかな〜とも思いましたが、インターネットで、marie claire idéeの電子版が出た時には、それは買う気になれませんでした。)
 
重いせいか、引越しのたびに、少しずつ処分していました。取っておくと良かったのにと、思いました。
 
 
 
内容は、こんな、たわいのないのですが、、、。
 
 
 
その頃の各号の、表紙です。(1年に4冊発行されました。)
 
 
 
話は最初に戻って、
雑誌は、普通の雑誌のように軽く?なってたし、中が、とても簡略?されているように思いました。(前は年に4冊の発行でしたが、今は、年に6冊発行だそうです。(日本では、「丸善」の本屋さんで売ってると思います。))
欲しかったけど、初めて、欲しくない。ような気がして、やっぱり買う気にはなりませんでした。
もし、内容の気に入ったのがあったら買うと思います。
 
近くにいたフランス人が、その本は何の本?と聞いてきました。
私の好きな手芸の本。です。と、答えました。
「値段はいくら?」と聞かれてから気がついたのですが、やっぱりフランスの元値の2倍くらいしていました。
フランス語が話せないくせに、フランス語で書いてある「この本が好きだ。」という私に、私がフランスに憧れている人だと思ったのかも知れませんが、「フランスに行くのは、昔ほど優しくない。」と忠告してくれました。「優しくない」ということは、前より「危険」だという意味だと私は思いました。いろいろ、騒がしい世界になりました。こまったもんです。
昔、フランスに行った時、ボンジュール(こんにちは)。と、ボンソワール(さようなら)。と、メルシーボークー(ありがとう)。エクスキューゼモァ(「失礼ですが、、、」と言って呼び止めて、その後、聞きたいことを伝える。)の4つの単語を練習しました。
 
 
 
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MRI 体験。

2018年05月10日 08時34分24秒 | その他

「狭いところは平気ですか?」と、先生は聞きました。


私はそんなことは考えたことはありませんでしたので、「はて?」と思いましたが、平気かな〜。と自分に聞きました。「平気です。」と、答えました。

テレビでしか観たことのないMRI。私には無縁の。と、思っていたMRIを、初めて見ました。MRI
技師の女性が言う通り、枕?に頭を乗っけて機械の上に寝ました。胸に平たい四角いものを乗せられました。
耳にヘッドフォンをつけてくれて、「頭を動かさないように」と、彼女は言いました。
そして、「30分、そのままで。」と言って部屋を出て行きました。


「え〜っ。30分も。」と、思っているうちに、私の体は機械の中に入って行きました。  

                       (写真のMRI は、他のサイトからです。)

ヘッドフォンをつけてくれたのは、色んな機械音が聞こえて、うるさいからでした。
30分は、長かったような、、。短かったような、、。
終わって、しばらく待って、CTスキャン?もしたと思います。
それから、結果が出ました。


私は、この冬、凍った道を歩いていて、5回位も転んでしまって、そのうち2回は顔面で受けてしまい、メガネも2回とも、曲がってしまいました。(手もついたのに、どうしたのでしょう。とにかく、「あっ。」と言う間に転んでいるのですから、「どうして?」と聞かれてもなんとも言えません。頭を打ったので、病院に行かなきゃとは、思っていました。(が、長引かせていました。)


脳外科は行ったことが無いし、なんとなく検査が怖かったので、しぶしぶ行きました。日本の病院でした。朝に電話して、運よくその日のうちに受けてもらえました。お昼前に出かけて、午後には結果が出ました。すごい。アメリカなら、考えられないかも。と、思いました。

アメリカだったら、スペシャリストの先生に電話して先生に会うのに1か月待ち。先生と話した後、その後、施術の受付に1か月待ち。でした。
私の、以前のポリープの手術の時はそうでした。ポリープがある。と、わかっていたのにですよ。なのに、何と長く待つのだろうと思いました。でも、手術が終わった後、先生は親切に、腸の様子やどう手術したかを、何枚もカラーコピーでくれて、説明してくれました。ただ聞いていても一度では忘れてしまうので、カラーコピーは具体的で、とても自分の病気が分かり親切でした。次の年に、また手術しました。その時の結果を見て、先生は、「3年したら、またおいで。」と言いました。
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今回のMRIは、日本では、健康保険の自己負担分30%を払ったとしても9000円以下だそうです。
アメリカでは、医療費は高く、アメリカの私の個人の保険を使っても、自分の個人負担だけでも日本の健康保険の10割(私は、日本の保険が使えないので。)か、それより高く支払わなければならないと思いました。

余談ですが、日本で、母の病院の付き添いに行った時などに思うのですが、日本の先生は、とてもお忙しいと思いました。大病院なんかで、先生は2時になっても(お昼ご飯も食べずに)、患者さんの健診をしていました。(毎日、患者さんも多いし、母のように予約無しの人も行くし。先生のお身体、大丈夫かな〜と思いました。)母も、予約なしで言ったので、午後まで待たされ、かわいそうなことをした。と思いました。母のかかりつけの病院がお休みだったので大病院に行ってみたのですが…。

私は、ありがたいことに、あまり病気になりませんが、アメリカのポリープ手術の時の経験では、(入っている保険会社や病院によっても違うでしょうが)、ホテルのようなびっくり豪華な病院の入り口でお出迎えをいただき、すぐそばの受付まで連れて行ってもらいました。(自分でもわかりますが、聞く手間が省けました。)受付の横に部屋があり、そこで、その日のポリープの手術の予定とか、代金(の一部?)を払いました。アメリカでは、その日のうちに全部の請求書が貰えると言うことでなく、後日、ダラダラと、いろいろの請求書が届きます。いくらになるかわからないので、怖いです。

話しは戻ります。受付の後に、車椅子に乗せられて、手術の階まで連れて行ってもらいました。(ピン、ピン、歩けるのに。)そこの階では、また、どこへ行くかを知らせたりする女性たちが親切でした。(あとでわかったのですが、そう言う人たちは、初老のボランティアのようでした。)先生も、サービスもあるのでしょうが、いつも怖らがらせないようにか、にこやかでした。
次の年、2回目に行ったポリープ手術の時は、麻酔を使わなかったので、私も先生と一緒に画面を観ていたのですが、最後のポリープをとった時に、先生が助手の先生?と、いぇ〜いと言って、ハイタッチしていたのが聞こえました。(アメリカらしいと言うか。)


私は、帰りも、また、ボランティアの人に車椅子に乗せてもらって(ピン、ピン、歩けるのに。)、病院の玄関まで来ました。予約制がしっかりしているのか、待合室では手術を受ける患者さんや付いてきた家族は見ましたが、他の所は静かな感じでした。ゆったりと言う感じでした。こんなだから、医療費が高いのでしょうか。
(「病気の予防に」。と思って、私は日本に行った時にはいつも、人間ドッグを受けます。ポリープは、その人間ドッグで「検査」するように言われました。私は何も感じなかったので、ポリープがあるなんて、わかりませんでした。アメリカに戻ってから病院に行きました。ありました。ありました。ポリープがありました。)アメリカでは、最初から、大腸内視鏡検査すが、日本では最初に便検査(正しくは便潜血検査)をしますが、便検査はかなり結果がわかるようです。もし、ポリープがあるとしても、ポリープ手術は簡単です。(私の場合は20分くらいでした。)日本に電話でお聞きしたら、日本の代金は高くなかったです。とにかく取ってしまえば、ガンにはなりません。)

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一番始めの話に戻ります。私のMRIの結果ですが、先生はコンピュータで、脳の輪切りの写真を見ながら説明して下さいました。転んだことによる、脳の損傷は無いそうです。私は、この機会にと「他に脳に、問題はありませんか?」と、お聞きました。人間、40歳を過ぎた頃から、何か斑点らしいものが出るような説明でしたが、それも、問題は無いそうです。首の血管も脂肪がついてなくて綺麗だ。といっていました。


ちょっと怖かったけど、行って来てよかったでした。

「来年、またおいで。」と言われました。

ははは。どうかな〜。病院は、嫌だ。

 

 

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2018年04月30日 06時59分51秒 | ニューヨーク の 田舎 の 景色

最近までずっと寒かったので、4月末になってから、やっと春の花が咲いて来ました。

桜の木が4本あります。種類はわかりませんが、花はピンクでした。

 

 

 

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東田直樹 君 の ブログから。

2018年03月17日 08時57分25秒 | その他

東田直樹 君。

ブログは、毎日更新されています。東田直樹 君の、詩というか、感じた思いが、載っています。

まず、今日のです。
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時間がない

 時間がないと思う時ほど、

 充実していることがあります。

 のんびりしているから、いろいろなことが

 やれるとは限らないのだと思います。

 時間を有効に使おうと考えるくらいが

 一番いいのかもしれません。

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実は、わたしは、今、目の前にやらねばならないことがあって、忙しいです。
でも、東田直樹 君のことを、やっぱり載せてみます
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 春らしくなりました。

 こんなに急に暖かくなると、何だかびっくりします。

 少しずつ月日は移り変わっているはずなのに、

 季節という本のページがぱらりとめくられたような

 時があります。

 春が来た、春が来た、良かった。

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こういうのも、ありました。
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言葉の揚げ足取り

 言葉の揚げ足取りというのは、きりがありません。

 どうしてそんなことを言ったのか、ということは

 それまでの経過を踏まえて分析しなければ

 わからないからです。

 僕自身も、相手のひとつの言葉がきっかけで、

 考え方が変わることがありますが、その言葉に

 問題があったというよりは、その言葉によって、

 それまでの話の内容がわかるという感じです。

 切り取って解釈する方が悪いのか、切り取られる

 ような発言の仕方が悪いのか、それはわかりませんが、

 社会全体が見張り合いをしているようで、

 居心地の悪さを感じます。

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東田直樹くんは、若い人なのに、、、。
東田直樹くん、するどい。
まっすぐ見えるところが、すごい。
わたしは、う〜ん。と、感心します。

わたしは時々、東田直樹くんのブログに行きます。
心が洗われているようです。
ありがとうございます。

 オフィシャルブログ 自閉症の僕が跳びはねる理由→ http://higashida999.blog77.fc2.com/

 

(追伸)

以前、私のブログに載せたのです。

春。 詩。 東田直樹 君。(2017)

クリスマス・イヴ。 詩。 東田直樹 君。



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母の事を振り返る。 デーブ・スペクターさん

2018年03月05日 13時42分53秒 | その他

デーブ・スペクターさんの、アメリカにいたお母さんが、93歳で亡くなったそうです。合掌。
私は、デーブさんのことはあまりよく知りませんが、彼のツイッターからです。

本当に、その通りだな〜。と、思いました。


デーブ・スペクター 
(‏認証済みアカウント @dave_spector 2月27日)

 最後まで懸命にリハビリに励んでいた母が、昨日亡くなりました。

 
(‏認証済みアカウント @dave_spector 2月27日)

母の事を振り返る。

4歳: お母さんは何でも知ってる!

14歳:お母さんは何もわかってない

16歳:お母さんなんかいなくてもいい

18歳:お母さんは古すぎる

25歳:お母さんに相談しよう!

45歳:お母さんだったらどうするんだろう

85歳:お母さんに相談したかった

 

     (ちなみに、デーブさんは、今月の段階では、63才のようです。)

 



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いつ死ぬかわからぬが、 今は生きている。

2018年03月02日 22時54分15秒 | その他

佐野洋子さんの、NHK「ヨーコさんの言葉」を観て以来、その番組(と言っても、5分位です。)を逃さないように録画して観ています。

佐野洋子さんの絵ではないのですが絵も良くて、テレビ紙芝居。と言ってる人もいるようです。(5分だからかしらね。)

ふ〜んと、思う。それで久しぶりに、本をたくさん買いました。私は、日本のことがよくわからなかったので、佐野洋子さんは「100万回生きたねこ」を書いた、童話作家かと思っていましたが、エッセィも書いてたんだな〜とわかりました。

一部、紹介します。

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いつ死ぬかわからぬが、
今は生きている。
生きているうちは、
生きているより外はない。

 

 

 

そうだ。

今、目の前にあることをやろう。

 

 

 

(追伸 1)
これ、手帳に書いて、持ってるんですけど。

"Yesterday is history. Tomorrow a mystery. Today is a gift. That's why it's called the present." 
(Alice Morse Earle : Sun Dials and Ross of Yesterday (1902) )

「昨日は歴史である。明日は謎。今日は贈り物です。だから、それはプレゼント(現在)と呼ばれます。」

2013年の夏に、日本人の人が、アメリカの日本人のコミュニティ誌に書いてた文章からです。
彼は、この言葉が好きなんだそうです。


私も、良い言葉だ。と、思いました。「現在」は贈り物なんです。

「プレゼント」って、すぐ、「贈り物」の事を思うけど、この文書を読んだとき、『あ、そうだ「今」とか「現在」と言う意味があるんだ。』と、思い出しました。すごい言葉ですね。
彼は言ってました。「今があると言う事に感謝し、その瞬間を精一杯に生きると言う意味だと私は思っている。
「今」に集中すると、人はより幸せになる事ができる。なぜなら、ネガテイブな思考のほとんどは、過去か、未来に関する思考だからだ。(中略)。」

それを読んでから改めて、今がある事を感謝して生きています。

モルは、えらいですよね。くよくよしない。ちから、もらえます(^ー^)。
ほんとに、「ず~っと今を生きます」みたいな顔をしてますね(^ー^)。なで、なで。(しばらく、さわっていません(^ー^)。)


(追伸 2)
以前書いた、命のことです。よかったら、、。

島唄 「新日本風土記」

 (追伸3) 
私は、洋子さんが、50歳(?)をすぎてからも、人を愛せたのが良かったと思いました。(この時も離婚しましたが、愛せたのは良かったと思いました。)

 

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”ターミナル” (アメリカ映画 2004) movie, "The Terminal"

2018年02月01日 08時22分36秒 | その他

「スティーヴン・スピルバーグが監督、トム・ハンクス、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ主演と大物揃いのこの映画(アメリカ映画。2004 )は、世界的な大ヒットとなった。」と、書いてありました。

あらすじは、書きませんが、後味が残る映画でした。最後が、実に良いです。胸がキューンとしました。

以前日本に戻った時に、古い家を修理してもらいました。ジャズが好き。という設計士の人に、私のジャズのレコードを全部持って行ってもらいました。その中に私の宝物だった、マル ウォルドロンさんのサイン入りの「オール アロン」が、ありました。「レフト アロン」も、好きでした。(マル ウォルドロンさんは、「1957年からビリー・ホリデイの伴奏者となり、1959年に彼女が他界するまでその役を務めた。」そうです。ずいぶんと後になってから知りました。)一度でしたが、イーストビレジのブルーノートで、1番前の席で、マル ウォルドロンさんの演奏を聞きました。

レコードを持って行ってもらった時に、『トムハンクス の、「ターミナル」を観たら?』と、私は言いました。彼(その設計士の人)は、観たかしら?と思います。

 

 

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セグウェイ に 乗りたい。Segway

2018年01月15日 00時59分19秒 | アリゾナで

セグウェイに、一度、乗ってみたいと、思っていました。
昨年、フエニックス市にいた時、セグウェイのツァーがあるのを知り、興味を持ちました。近くのスコッツデール市でやっていました。小さなお店がたくさん並んでいるオールドタウンや、そのそばの大きな公園。現代美術館の周りをめぐるツァーのようでした。

30分くらいのツァーで、私でも乗れそうでした。

一度、乗ってみたかったでしたが、機会がありませんでした。

どこか、観光地で見つけたら、乗ってみたいです。
日本でもやっている観光地があるようですね。

 

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モルモット の いない家なんて、、。

2017年11月20日 12時41分29秒 | モルモット

しばらくぶりでした。
私は、元気にやっています。

A house is not a home without a guinea pig!
モルモットのいない家は、我が家ではない。

少し前なんですけど、この写真を見つけました。



私のところから、モルモットがいなくなって、もうすぐ3ケ月です。
あんな小さな生き物なのに、大きな存在でした。


私のブログを見てくださる方が、ブログを開くと、最初に、前回のもものことが出てくるので、「開けると、悲しい。」と言われていて、今日は、このページを作りました。
(遊びに来てくださいまして、ありがとうございます。)


(P.S)
もう、20年前になります。1998年1月に、何の動物かもわからずに引き取った最初のモルモット。その Hana のことを、今でも思います。それから徐々に合計10匹のモルモットたちに遊んでもらいました。どの仔も、思い出深いです。
歴代のモルたち。→ここをクリック

http://blog.goo.ne.jp/iloveguineapig/e/59924ebd7d9d2c30a9aa4f2d31825d49

2011年に、ももと ふくが来る前、モルモットを飼うと、又、7年くらいの、長い付き合いになると思い、モルモットはもう飼わないようにしようと思っていました。(お迎えするのは、大きな決心がいりました。大げさかもしれないけど、歴代のモルたちの経験からです。モルの看病も、体力がいります。)飼うと、とても可愛いし、とても、楽しかったです。けど、飼うからには、良くしてやりたいと思いました。

今回も飼いたいですけど、私の体力を考えると、これから7年。は、長く感じます。(モルを飼ってから、気軽に旅行とかもできなかったです。私の場合、モルの事を考えるとそうなりました。)

(P.S)
小さな女の子が、来年の誕生日に、モルモットをプレゼントしてもらう。と、言っていました。そうしたら、ちょっと、触らせてもらえるかもしれません(^ー^)。





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さようなら、ももちゃん。 モルモット

2017年09月01日 13時23分45秒 | モルモット

ももは、8月26日に逝ってしまいました。
ここに来てからも、元気にしていました。移ってから約1ヵ月経っていました。

 
ももは、最初、息が少し苦しそうでしたが、ガスもたまっていないし、病気のようではありませんでした。それで、ももの様子を見ることにしました。歳をとってるので、ストレスを与えたくなく、すぐに病院は考えませんでした。食べる量が減りました。何でも良いから食べて欲しかったけど、スーパーからのは食べませんでした。この家では、ラッキーな事に、庭に野菜が植えてありました。その庭から、新鮮な、コーンの葉や、パセリとか、キャベツも。
ももは、その新鮮なのは食べました。食欲が落ちたので、お豆腐も買ってみました。野菜を少しだけ自分で食べ、ウンチも出ました。
 
次の日(その日が最後になるとは思いませんでしたが)、何回も見に行き、新鮮なクローバーや、タンポポの葉とかも、食べさせるように心がけました。
私が「もおちゃん、もうちょっとだけ、食べようね。」と、話しかけると、口を近づけて、食べるふりをしてくれたのは、辛かったです。そして、私が、一階に行った間に、静かに逝ってしまいました。持ち上げたら、ふにゃふにゃで、今逝ってしまったんだなぁと思って、あたりを見わたしました。まだ、そこいらへんに、いるような気がしました。
 
人間の年で、85歳以上になっていたと思います。最後、ウンチも少しだけありました。えらい仔でした。
昨年の夏、姉妹だったという ふくが、逝ってしまった後、ももは全然食べなくなって、動かなくなって、ず〜っと心配しました。もおちゃん、ここまで、ありがとう。
次の日に、若いリンゴの木の横に、もものお墓を作りました。合掌。
 
 
 
寂しいです。
 
 

   (追伸) ふくのことです。クリック→ さようなら、ふくちゃん。 モルモット

 

 

 

 

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7月の終わり頃。アメリカ横断。飛行機。モルモット。

2017年08月30日 07時09分36秒 | モルモット

もう1け月前になります。なかなか忙しくて、ブログは書けませんでした。

7月の終わりころ。また東海岸に引っ越しました。ちょうど、イチジクの実がなる季節が始まったころでした。

前のブログで、赤いうちわサボテンの実の写真をたくさん載せたのも、
最後だと思って、そのせいです。

 
イチジクの実は、今年は、乾燥というのか、実が小さいように感じました。
甘くて。毎年、私と、鳥たちで取り合いです。(うさぎは、小さな人参でも、最後まで食べて、次に行きますが、鳥たちは、つついただけで、次の実にいくので、嫌いです。)
 
 
 
 
もも を連れて、飛行機に乗りました。
着いた州で動物検査があるかもしれないので、飛行機に乗る10日前に、ももが最初に家に来た時からの、いつもの動物病院に連れて行き、「健康診断書」を書いてもらいました。先生が聴診器をつけて、ももをチエックしました。ももは、家ではいつも、食べてるか寝てるかです。小さな診察室に、先生と2人の女性の助手が来ました。たくさんの人を見て興奮?したのか、ももは、ちょろちょろ動き回って、元気そうでした。(家では、静かなせいか、退屈していたのかもしれませんね(^ー^)。)先生に言われて、若い助手は、ももの口の中も開けて、見ていました。
 
私は、ももの事が心配でしたが、ももは、家に戻っても元気そうで、その後も、食べてくれました。
ももを入れる、機内持ち込みの用キャリーバッグを注文して、家で練習しました。小型犬でも入れるくらいの大きさで、モルモットには、ゆったりとしていました。
 
 
 
 
 
四角い石の下に、一年前に逝ってしまった ふく が、います。さようならをしました。(本当は、ももは、ふくの、隣りに来るはずでした。)
 
 
 
 
朝早くの飛行機だったので、前の日は飛行場近くのホテルに泊まりました。
(モルモットを連れて。は、電話予約では、どこも断わられました。)
モルを入れた機内持ち込みのバッグを、見つからないように。と、
さらに大きなバッグに入れて、一泊しました。ゴミや毛が落ちないように綺麗にしました。また、ももも、知らないところなので、床とかにはおかず、バスタブにペットシーツを重ねて敷きました。持ってきたピンクの家があって、助かりました。
 
 
 
 
 
道中、環境の変わった もものために、私は気を使うことが多く、緊張していました。食べるのをストップしたらどうしよう。と、始終キャリーバッグの中をのぞいていました。それに、他に自分の持ち物もあったので、気を張っていました。
乗る時の飛行機のカウンターでは、係員が、犬や、猫には慣れていても、「えっ、モルモット?」という感じで否定されそうだったので、私は、あわてて、飛行機会社の規定をコピーして持っていた紙を見せ、「”モルモット”と書いてあります。」と、見せました。さらに、「このケージは、硬いケージではない。」と言われました。私は、「今さらここで、戻れない。」と思い、「キャリーバッグは規定での大きさです。上を押して、前の座席の下に入るように、弾力があるなら良い。」と、書いていた。と、口頭で口答え?をしました。なんとか、「オーケー」が出て、乗れることになり、ホッとしました。
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下の写真は、飛行機の中です。時々、ももの様子を見ました。前の人の座席の下から、バッグを少し手前に引き出して上から写しました。飛行中は餌も水もやれない。ことになっていました。私の隣の座席の人が良さそうな人で、助かりました。私は、他の人に気を使いながら、そして、ももの様子を見ながら、野菜や、干し草を足してやりました。ももの、食欲があるのが助かりました。
 
 
途中、乗り換えをしなければならなかったので、次の飛行機までに2時間ありました。降りた時と乗る前に、そこの飛行場で ゆっくりと敷物をかえたりできました。ウンチがいっぱいで、エライぞ。と、思いました。
 
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なんとか、お家まで、たどり着きました。
ご苦労様でした。割と元気そうで良かった。 ホッとしました。
 
 
 
 
 
庭に植えてあった、パセリや、キャベツなど、新鮮な野菜もあたり、元気に暮らしています。
 
 
 
 
 
 
(追伸 1)私の場合、年寄りモルだったのでとても気を使いましたが、若いモルちゃんなら、機内持ち込みで運ぶのは、結構、大丈夫かと思います。
 
 
(追伸 3)2009年に、アリゾナ州に来た時の事です。クリック→ 3泊4日の引っ越しのこと。アメリカ横断。モルモット
 
 
 
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#2 うちわサボテン の実。リュウゼツラン 2017 Prickly pear

2017年08月28日 04時12分09秒 | サボテン カクタス

プリックリィ ペァ の 実。赤い実が可愛くて。もう少し、載せてみます。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

枯れてきたリュウゼツランの横に、リュウゼツランの赤ちゃんがいました。わかりますか?


これが大きくなります。

前に載せました。見てください。クリック。→ リュウゼツラン。竜舌蘭。

 

 

 

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