創作日記&作品集

作品集は左のブックマークから入って下さい。日記には小説、俳句、映画、舞台、読書、など…。そして、枕草子。

連載小説「Q」6

2020-04-14 06:51:23 | 小説
連載小説「Q」6
八時半きっかりにGPS付きのスマホを内ポケットに入れて光一は部屋を出た。
「行ってきます」
と、声に出して言う。
エントランナスでいつも出会う女性がいる。
彼女の名前は、山本沙苗(さなえ)。
彼女が覗いていた郵便受けに書いてあった。
何階に住んでいるのかは知らない。
彼女の動きは速い。
挨拶する間もなく、光一の視界から消えている。
彼女は真っ直ぐにS社に向かうのだろう。
自分は誰と出会うかも分からない旅に出る。

連載小説「Q」5

2020-04-13 07:13:41 | 小説
連載小説「Q」5
確かに世の中は孤独な老人で溢れていた。
彼らはペットを飼うには年を取り過ぎていた。
実際に飼い主に死なれ餓死するペットも世の中に多数いた。
死んだ飼い主をペットが食べてしまうという痛ましい事件も起きた。
そんな世相を背景に愛慕は売れに売れ、品切れさえ心配された。
だが、彼は一台も売れなかった。
彼の心の奥底に、彼さえも気づいていない疑念があった。
それは水晶の欠片(かけら)のようにいつもキラリと光っていた。
「年寄りを騙していないかと」いう疑念だった。

連載小説「Q」4

2020-04-12 07:18:18 | 小説
連載小説「Q」4
一人っ子だったので親も大目に見てくれた。
ようやく卒業して、駄目元でS社の入社試験を受けた。
S社の子会社で定年を迎えそうな光一の父親が勧めたからだ。
父親にコネがあったわけではない。
父親は、まさかと言うこともあると泥酔のついでに、光一に言った。
光一はそれをまともに受けて、受験した。
入社のペーパーテストは下の方から数えた方が早かったが、常務の一人が彼を強く押した。
近頃では珍しい無垢な目をしている。
常務は大リーグで投打の二刀流で活躍した大谷翔平のファンだった。
面接に現れた光一は、上下に十センチほど縮めた大谷翔平にそっくりだった。
大谷翔平も野球一筋の無垢な目をしていた。
大谷光一もバスケット一筋の無垢な目をしていた。
光一の父親は手放しで喜んだ。
「息子がS社に入社しましてねえと、聞かれもしないのにまわりに言って廻った。
常務の気まぐれで入社した彼はいきなり壁にぶつかった。
一台も愛慕が売れなかったからだ。
同期入社の秀才達は次々に愛慕を売りまくった。彼らは言った。
「時代が売ってくれるのだよ」と。

連載小説「Q」3

2020-04-11 06:55:25 | 小説
連載小説「Q」3
光一は一浪して大学に入り、バスケット・ボールに熱中しすぎて留年した。
バスケット・ボール同好会は、人数が揃えばじゃんけんで敵味方に分かれ、バスケットに興じる気楽な集まりだった。
男女も区別しなかった。
ただ、眼の前でバストがゆっさゆっさと揺れるのには少し閉口した。
彼は大学にいる時はいつも体育館にいた。
競技をしている時以外は、場所取りに奔走していた。
たとえ三十分でも体育館のコートが空くと、LINEで仲間を集めた。
学部も服装もバラバラな連中が三々五々集まって来た。
多すぎる時はじゃんけんで選んだ。
誰も来ない時もあった。
その時は、一人のエアバスケット。
同好会の中で、彼だけがバスケット部の正規のユニホームを着ていた。
ルールもアバウトで、ひたすらボールを取りっこして篭に入れるのに熱中した。
いつもどちらが勝ったのか不明のまま終わった。
そうしているうちに落第した。

連載小説「Q」2

2020-04-10 09:32:02 | 創作日記
連載小説「Q」2
彼の仕事はA.M.八時きっかりに届く会社からのメールを見ることから始まる。
会社に行く必要はない。
メールには今日一日の彼のスケジュールが分刻みで書かれている。
現地までは1時間半かかると分かって少しホッとした。
行き帰り三時間はGPSを気にせずにすむ。
大谷光一は1DKの社宅に住んでいる。
玄関からトイレと風呂、次に台所と居間、寝室が続く。
独り暮らしには十分すぎる住まいである。
一つの階に全く同じ部屋が十個並んでいる。
部屋というよりユニットと言った方が適切だろう。
十ユニットが五階建てのビルにきっちりと収まっている。
ルービックみたいに。
彼はその三階の五号室に住んでいる。
都会の真ん中だから、何らかの雑音はいつもしている。
人の声、車の音、電車の音、悲鳴。
セールスマンが都会に住む理由は、交通の便がよいからだ。
何処にでも行ける。
セールスマンは何処にでも出かける。

連載小説「Q」1

2020-04-09 16:05:02 | 創作日記


連載小説をはじめます。
「Q」の意味はQueenです。
途中から登場します。
お楽しみ下さい。

一 プロローグ
物語は無垢で仕事熱心な青年大谷光一君が、戸建て住宅団地の一番奥にある小さな家のインターホンを押したことから始まった。
彼がマニュアルやパンフレットがぎっしりと詰まった鞄と、一体二㎏の商品が入ったキャリーバッグを引きずりながら、百軒あまりの住宅団地に迷い込んだのは、大暑、最高気温四十度を記録した日だった。
彼の目的地が奈良県S郡T町大字Tの明生(めいせい)団地だったので、迷い込んだという表現は適切でないかもしれない。
しかし、汗まみれになり、意識もぼんやりして、ひたすらにインターホーンを押して歩く彼の姿は、迷路に迷い込んだハツカネズミのようだった。
彼は犬型ロボット『愛慕((あいぼ)』のセールスマンである。
昔はS社の製品であったが、今は中国で作っている。
技術力の高い中国にS社が丸投げしてしまった。
それをS社が逆輸入している。
名前も『アイボ』から『愛慕(あいぼ)』になった。

鴻風俳句教室四月句会

2020-04-07 15:50:37 | 俳句
①:季題:桜&花
②:兼題:大
③:コロナウイルスに関すること一切
④:当季雑詠
①わがままな妻と見上ぐる桜かな
②仏生会大日如来吾にあり
③無念やなコロナ蔓延春に死す
④一歩ずつ散歩の日々や風光る
7点/143点でした。
ただ、①が鴻風先生の特選句になりました。