【本文】
二百八十二段
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどの、はかばかしからぬ中に、「柳」といひて、例のやうになまめかしうはあらず、広く見えて、憎げなるを、
「あらぬものなめり」
といへど、
「かかるもあり」
などいふに、
さかしらに柳の眉のひろごりて
春のおもてを伏する宿かな
とこそ見ゆれ。
その頃、また、同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどにしも、仰せ語とのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君、いとをかしげに書(か)い給へり。
「いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ
暮らしわづらふ昨日今日かな
となむ、私(わたくし)には、今日しも、千歳の心地するに、暁には疾く」とあり。この君ののたまひたらむだに、をかしかべきに、まして仰せごとのさまは、おろかならぬ心地すれば、
「雲の上も暮らしかねける春の日を
所からともながめつるかな
私(わたくし)には、今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」
とて、暁にまゐりたれば、
「昨日の返し、『かねける』いと憎し。いみじう譏(そし)りき」
と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。
【読書ノート】
なまめかし=優美である。広く=(葉も)。
あらぬ=別の。
さかしらに=利口ぶって。おもて=面目。伏する=丸つぶしにする。
つれづれまさりて=所在なさがつのってきて。宰相の君=(代筆の)。
過ぎにしかた=(そなたが出仕する前の)過ぎ去った日々を。わづらふ=煩ふ。思い苦しむ。
私(わたくし)=宰相の君。私信として。おろかならぬ=おろそかに出来ない。
雲の上=宮中。所から=(暮らしかねるのは)場所のせいだと。ながめつる=物思いにふけっていました。少将=不詳。
「昨日の返し、~=中宮の言葉。「雲の上も暮らしかねける~。「ける」が推量伝聞なので中宮の気持が十分に分かっていない。譏(そし)りき=(みんなで)。→萩谷朴校注。
二百八十二段
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて
三(さん)月(ぐわち)ばかり、「物忌しに」とて、かりそめなる所に、人の家に行きたれば、木どもなどの、はかばかしからぬ中に、「柳」といひて、例のやうになまめかしうはあらず、広く見えて、憎げなるを、
「あらぬものなめり」
といへど、
「かかるもあり」
などいふに、
さかしらに柳の眉のひろごりて
春のおもてを伏する宿かな
とこそ見ゆれ。
その頃、また、同じ物忌しに、さやうの所に出で来るに、二日といふ日の昼つ方、いとつれづれまさりて、ただ今もまゐりぬべき心地するほどにしも、仰せ語とのあれば、いとうれしくて見る。浅緑の紙に、宰相の君、いとをかしげに書(か)い給へり。
「いかにして過ぎにしかたを過ぐしけむ
暮らしわづらふ昨日今日かな
となむ、私(わたくし)には、今日しも、千歳の心地するに、暁には疾く」とあり。この君ののたまひたらむだに、をかしかべきに、まして仰せごとのさまは、おろかならぬ心地すれば、
「雲の上も暮らしかねける春の日を
所からともながめつるかな
私(わたくし)には、今宵のほども、少将にやなり侍らむとすらむ」
とて、暁にまゐりたれば、
「昨日の返し、『かねける』いと憎し。いみじう譏(そし)りき」
と仰せらる、いとわびし。まことにさることなり。
【読書ノート】
なまめかし=優美である。広く=(葉も)。
あらぬ=別の。
さかしらに=利口ぶって。おもて=面目。伏する=丸つぶしにする。
つれづれまさりて=所在なさがつのってきて。宰相の君=(代筆の)。
過ぎにしかた=(そなたが出仕する前の)過ぎ去った日々を。わづらふ=煩ふ。思い苦しむ。
私(わたくし)=宰相の君。私信として。おろかならぬ=おろそかに出来ない。
雲の上=宮中。所から=(暮らしかねるのは)場所のせいだと。ながめつる=物思いにふけっていました。少将=不詳。
「昨日の返し、~=中宮の言葉。「雲の上も暮らしかねける~。「ける」が推量伝聞なので中宮の気持が十分に分かっていない。譏(そし)りき=(みんなで)。→萩谷朴校注。
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