『江戸の坂・東京の坂』その35。上野桜木の続きで御隠殿坂から言問通りに戻り、左に曲がる。言問通りは片側一車線で車の通行も多く、しかも工事もしているため、渋滞が激しい。また、古い商店を改造して文具や雑貨を売ったり、喫茶店を開いている店が目につく。
谷中6丁目まで歩くと根津方面への下り坂が出てくるが、これが『善光寺坂』。肝心の善光寺はというと1601年に信濃善光寺の宿院として建立され、門前町ができるほど賑わったが、火災で元禄年間に焼失、青山に移ってしまったが、地名(善光寺門前町)と坂の名前だけが残されたもの。地名は変わったが、坂道だけは残っている。
谷中6丁目まで戻り、右折する。2本目を右にいく善光寺坂と並行する坂道が『三段坂』、よく見ると三段になっている。この坂道自体は明治後半に作られたらしく、名前は戦後のものと考えられている。
三段坂の途中を左に曲がると短い上り坂、その先には都立上野高校が見えるが、高校に沿って緩く右にカーブする坂道が『清水(しみず)坂』。この名前は弘法大師に因む清水が湧いていたことからつけられたもので別名暗闇坂ともいう。先には煉瓦建築の古い館もあり、谷中らしい風情のある坂である。
坂を下り、真っ直ぐ行くと不忍通りに出る。それを右に曲がるとすぐに千代田線根津駅に到着。谷中にはまだ坂は多くあるが、かなり歩いたので谷中の坂道はまたそのうち。