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城郭 長谷川博美 基本記録

城郭遺跡見学講師 信長公記講師 お城イベント案内 民俗学講師  神道思想史講師 などの情報を発信して行きます。

歴史城郭研究家 長谷川博美 予定

2023-12-14 02:46:37 | 城址見学会予定 

歴史城郭研究家 長谷川博美 予定

 

◆質問者

長谷川先生と城址見学会希望し

ますが連絡先が全く解りません

見学会に入会したいと思います

 

◆長谷川

★米原学びあいステーシヨンの

講座に御参賜れば機会あります

 

12月21日 木曜

★米原学びあいステーシヨン 

テーマ『戦国冬の陣特集』

年末特別スペシャル 城郭講義 

城郭講座 講師 長谷川博美

時間 午前10時~11時30分

参加費 500円

☎予約0749-52-2240

今回講座に登場する

城郭と地域や特徴

高島市 打下城 林員清

近江  安土城 織田信長

北近江 小谷城 浅井氏

天正  大坂城 浅井氏淀殿

諏訪 諏訪大社 武田信玄

尾張 桶狭間  織田信長

近江 黄檗山  西円寺

近江 彦根城  天守 黒門

伊賀 泉氏城  詰曲輪 館

近江 磯山城  

近江 敏満寺城

近江 名越越え城

美濃 大垣城

越前 一乗谷遺跡

越前 平泉寺遺跡

雪城

地渋

防寒と暖房

懐石料理器具

 

 

12月23日土 城郭見学会決定

 

 

 


城址見学依頼者様が自然発生

2023-12-08 17:11:46 | 城址見学会予定 

城址見学依頼者様が自然発生

 

◆長谷川

①依頼者様御希望に合わせます。

例ば山田様なら資料山田会とし。

 

②参加者様秘匿性や匿名性に

配慮し顔出しを極力控えます。

 

③保険用意します安全第一を

希望する方を歓迎をします。

 

◆依頼者 城町様

長谷川先生の城址見学会は

知人から紹介されて参加を

致しました城址見学や探訪

希望する者には利便理想的

な見学会だと認識してます

是非見学会にお誘い下さい

 

◆長谷川

口コミで私が知られた事は

ブログに全く人気ない証拠

 

◆質問者 

何故?下見を繰り返すのか?

 

◆長谷川

基本安全が第一だからです

安全確認の為の駐車場確認

地元生活住民様へ配慮など

縄張図や資料は基本的作成

 

◆意見者 闇夜様

SNS時代に対応したブログの

参加者様の顔出し控えた方が

より時代に適応して適切です。

 

◆意見者 ミウラ様

長谷川先生の見学会は当分

ブログを控えた方が賢明!

 

◆長谷川

私も全くミウラ様には同感

今回は別会様からの依頼で

今回の城町様の依頼日とは

12月9日です私は車一台で

依頼の城町様に答えられる

のか?

 

◆依頼者 城町様

我々彦根の北部居住する

花本様に米原依頼します

 

◆意見者 闇夜様

見学記念写真はブログで

の公開を控えた方が良策

 

◆長谷川

了解、記念写真は各位様

にメールで送信致します

何分地味に今後は活動し

長年御世話になつた会様

には迷惑や影響を及ばさ

ない事が社会的配慮必要

私には極端に人気ない為

長年お世話になった会様

の今後の御発展こそ地域

発展に重要と私思います。

 

◆意見者 参加希望者

長谷川先生今回の見学会

には私にお誘いがなくて

破門されたかと心配です

 

◆長谷川

今回は知らない方からの

依頼です。貴方は昔から

私の顔なじみ様で今後も

城見学の機会ありますよ

現地の駐車台数また場所

城の急峻性を考えた考慮

今回はトラロープも使う

 

◆歓迎者

今回ブログの顔出しがなく

私は安心して参加出来ます。

 

◆日時 令和5年11月9日

◆講師 長谷川博美

◆会名 湖東湖城会(仮称)

◆行先 伊賀国の某城

◆様式 城郭遺構見学と学習会

◆参加費 2000円 保険200円

◆出発地 米原駅東口午前8時

◆帰着予定米原駅午後4時過ぎ

◆各自さま昼食雨具防寒準備を

 

◆配車と時間行程プログラム

 午前8時 米原駅 東口

 

◆花本様 車運転 白バン

 熱田様 連絡係

 城町様

 

◆長谷川 車運転 レイクブルー

 ミウラ様連絡係

 青〇様 彦根

 

◆貴生川駅北口9時5分

 闇夜様 銀色車 送迎

 姫斎様

 倉中様

 

水口子供の森公園

 西口駐車場9時30分

 

▼配車

①一号車 闇夜様

②助手席 青〇様 彦根

③ミウラ様 連絡係

④倉中様

⑤姫斎様

 

➅二号車 長谷川

⑦前席 花本様連絡係

⑧熱田様

⑨城町様

 

⑩三号車 U年様 追加参加

 

★注意1

帰り水口子供の森公園

西口駐車での解散希望

 

◆注意2

各自安全運転に留意の事。

 

◆帰りの配車

◆花本様 運転 米原駅

 ミウラ 様

 熱田  様  米原駅

 

◆長谷川 運転 彦根駅

 城町様    彦根駅   

 青〇様    彦根駅

 


城歩会 伊賀城郭見学会 5年11月26日

2023-11-25 19:40:15 | 城址見学会予定 

城歩会 伊賀城郭見学会 5年11月26日

 

 

①吉村氏城   見学会 ★★★★

小型城郭 遺構メリハリあり迫力あり

②下山甲斐守城 見学会 ★★★★★

大型城郭 規模大きく雄大な城郭遺構

③城屋敷城   探訪会 ★★★

小型城郭   一文字土塁は必見!

④北畠具親城  探訪会 ★★★★

大型城郭

参加費    保険200円

       本費2000円

伊賀名張市天気予報

晴天で降水率 ゼロ

 

充実した資料予定

            オリジナル鳥瞰図と資料

     A3 6ページ分です

             A4 12ページに相当

 

※諸注意1⃣  

Ⅰ弁当水食等は各自で持参願います。

Ⅱ防寒雨具の弁当水筒用意願います。

Ⅲ伊賀マラソンの為迂回路使います。

 

※諸注意2⃣

Ⅰ生活区近く迷惑大声は禁止

見学探訪は異なる事認識

Ⅲ感染症予防の為に適宜換気 

 

参加予定者の配車案

 

貴生川組 午前9時5分

貴生川駅  北口 出口

 

1号車 銀色

①834様 リダー車

②クラマミ様 確認

③ナラスミ様☎連絡係

 

2号車 水色

米原組 午前8時 米原駅東口

④長谷川  講師車

⑤634様 幹事 ☎連絡係

 

 

3号車白色 軽バン

北近江組

➅仕出様 運転 

⑦尾張様 ☎連絡係

⑧城町様

 

◆貴生川組 米原組合流落合場所

水口子供の森公園 西口駐車場

時間 9時30分頃  乗り換え

 

1号車 銀色

①834様 リダー車

U年様 前席へ  

子供の森 西口へ

直接車で到着合流

③クラマミ様

④ナラスミ様 

⑤634様☎係

 

2号車 水色

➅長谷川 講師車

⑦仕出様 前席☎係

⑧城町様

⑨尾張様

 


永源寺町史談会と城歩会

2023-11-24 18:57:55 | 城址見学会予定 

永源寺町史談会と城歩会

◆長谷川

その地域地域の城郭遺跡

見学会を開催すると別途

の史談会から見学会妨害

者が現れる事があります。

その決まり文句とはそれ

は城郭遺構ではない我々

の会こそ正統派と演説ま

でする人には困惑します。

 

◆社会心理学者

その様な方は

ロイヤリテイ 忠誠対象

ローカリズム 地域集団

テリトリズム 領域縄張

等の保守意識が働いてる

 

これ等社会学的概念自体

が人や場所や地域限定を

しない広範でフランクで

広域の向学体質の城歩会

様とは趣旨が異なる会派

であると言う事を冷静に

認識し社会観察すべき事

です。公的に実施されて

る歴史事業が絶対正論と

も言えません。行政事業

の横展開の関係が厳然と

存在し当たり障りのない

歴史講演や城探訪会自体

が地域事業として開催さ

れている事が常で長谷川

先生の場合は現実や真実

を中心に見学会をされて

いる言わば現場検証組と

言う事になります。これ

を英語起源の語彙で表現

すると、、、

 

前者は集団主義

ポリテイカル 政治的

オフイシャル 正規的

事業的 参加員数重視

 

後者は向学志向

リアリズム  現実性

ドキュメント 真実性

研究的参加員数度外視

 

◆城郭見学者

この写真を見れば明らかに

人口的な急斜面の切岸また

自然地形とは異なった人口

削平面郭が読み取れる事は

明からに矢倉台等の遺跡で

この様な場所を見学した時

応々とリアクションの衝撃

が出る感受性こそ遺跡見学

者の特徴や特徴と言えます。

自然地形と人口地形を分別

を常にして常に遺跡を見る。

◆質問者

この場所は歴史記録に現れる

戦国争乱の現場なのですか?

 

◆長谷川

歴史や地理に登場する場所で

無意味に現地調査はしません

あるべき所にあるべき城郭群

は実際に現地調査すると厳然

と出現するから歴史の現場の

検証と言う事になる訳ですね。

 

◆反論者

私は郡誌や図書や有名著名

先生の言動や記録を正当と

する従って現地遺構は当然

行っても、見無かった事に

無かっ事こそが正義で正論

 

◆対談者

それは城郭遺構自体を師と

して見学対象サンプルとし

て認識されてはいない所謂

文字歴史派や背広組の机上

論と言えます。そこが人間

社会の文字と現実の壁だと

言えます。つまりギヤップ

認識の隔たりや社会現象だ

とも言えます。紳士靴背広

着用して現場の山城は全く

行けません激動の高度成長

期の社長はよく抜き打ちの

職場視察をおこなって机上

報告と現場の現実ギャツプ

がないかよく抜き打ち視察

をしたものです。これは等

は秀吉の現場視察と同じだ。

 

◆一般者

あるあるアメリカの有名な

大手ハンバーガー社長自身

が一週間見習の社員に変身

現場で「お忍び」で働く事
すると他店と比べて実績が

上っていない店の現実可視

出来る。もの凄く接客態度

優秀で働くアルバイト社員

と接客態度劣悪で御客様を

客とも思わない横柄な上か

ら目線態度店長が臨時社員

に変装の社長に向って爺さ

さん一週間は使ってやるよ

と言い放つ場面も見ました

すると一週間後には勤勉で

接客マナー優良なアルバイ

トが店長へと昇格し横柄

な店長は降格される番組

は何とも水戸黄門的です。

 

◆対談者

会話が脱線逸脱してますが?

何か現場が重要な事は解る!

 

◆対談者

また偶然城歩会の見学会

が開催されると情報入手

した別途会派から俗に言

う「人取り」勧誘員様が
派遣された場合には当会

城歩会の幹事様は憂慮や

困惑や憤慨を何度もされ

る。遺跡としての城郭を

見学する為の小人数組織

なのに大人数組織から派

遣された勧誘員様に強烈

な猜疑心や不信感や違和

感を抱いてしまわれる訳

です。一体日本国に遺跡

として城郭を見学を志す

人や組織があるのかと?

 

◆長谷川

永源寺町史談会様に相当する

会派は存在いたしませんでも

城歩会の2~3名の方々と数十

城の新発見の永源寺町の城を

またの機会に見学しましょう。

 

◆見学者

そこ僕はその究極に気付く人で

史書に書かれた永源寺町内での

450年500年前の歴史の現場には

先ず絶対現代から行く事不可能

です。でも長谷川先生と城歩会

は時空を超えて戦国の現場へと

行かれるだから僕は時に発奮し

て城歩会の見学会に参加するの

ですよ。それから2070年頃には

城歩会が発見し見学した城郭は

図書に掲載されている可能性が

あるあります。でも僕2070年へ

行く事不可能なのですよ。でも

この写真は城や砦や矢倉である

事は確実だと思います僕は未来

にも過去に行けないが現代では

現実にこの遺跡を見学出来る事

が可能なのですよ。その機会は

決して逃したくない訳なのです!

◆見学者

私何百城と探訪していますが

でもしかし白鳩山城の事など

観光パンフや地元歴史書読破

しても何処にも掲載されてい

ない訳です。でも現場は様々

堀切が数多く残っていた訳で

既知の城には誰でもガイド本

を見れば行ける訳で未知城郭

は長谷川先生や城歩会さん達

と行ける喜びを私は知った事

多賀見ておき隊 消滅二重堀切

 

 


令和5年 余呉新城郭発見見学会 下見

2023-11-19 14:39:05 | 城址見学会予定 

緊急報告

  真に申しわけありません

 現地の気温の低下そして

 また雨天の天気予報の為

 参加者様の健康面に配慮

 し余呉城郭研究会様より

 11月18日の見学会の実施

 は中止の方向で協議され

 るとの連絡が入りました

 歴史城郭愛好家の皆様に

 は重ねてお詫びを申し上

 げます。また晴れた好日

 を選んで見学会に行ける

 事を謹み期待を致します。

長谷川博美

  11月15日正午記します。

 

令和5年 余呉新城郭発見見学会 下見

 

ウイッキぺデイアより引用

受 勝照(めんじゅ/めんじゅう[7] かつてる)は、

戦国時代から安土桃山時代にかけての武将

柴田勝家の家臣。は初名を照景、後に照、

勝照と改めた。異説として吉親とするものも

ある[1]通称は初めは庄助、荘介(荘助)で、

後に勝介(勝助)となった[2]

略歴[編集]

尾張国春日井郡稲葉村(現在の愛知県尾張旭市

稲葉町)の人[8]新居城[9]水野良春の4世孫の

毛受照昌の子で、父が稲葉村に移住して開墾し、

姓を「毛受」と改めたのが始まりと云う。

12歳の頃より織田氏の家臣・柴田勝家に小姓

として仕え、後に小姓頭に取り立てられ、

1万石を与えられるまでになった[10][8]

17歳の時、天正2年(1574年)の伊勢長島攻め

従軍した。激戦の中、勝家軍の馬印(騎標)が

一揆勢に奪われる事態が起きたことがあった。

勝家はこれを武門の恥として憤激し、敵中に入

って討死しようとしたが、荘介はこれを諌止して、

自分で敵陣に突入して見事に馬印を奪還。これを

勝家に送り、再び敵中に突入した。勝家は大いに

喜び、精兵を派して家照を救った[11]

勝家は荘介に諱を与え、自身の名前の一字「勝」

の字を与えて、字を勝介に[12]、あるいは諱を勝照

と名乗るように申し渡した。または「勝」と「家」

の字の両方を与え、勝介家照を名乗らせたとも伝わる。

天正11年(1583年)、賤ヶ岳の戦いにおいて柴田軍

羽柴秀吉に敗れて、勝家は斬り込み討死を覚悟した

が、勝介はこれを諫めて、退却して籠城するように

進言した。自らが代って戦うとして兵200を率いて

出陣[12]。秀吉軍が包囲すると、勝家の馬印「金の御幣」

を掲げて大軍を惹きつけた。この時、兄・茂左衛門は

兄弟で討死しようと言ったが、勝介は生き延びて母を

扶養することを頼む。しかし義を好む母に対して

それは却って不孝であると言って、茂左衛門は拒否

して、二人で進んだ。勝介は「我は柴田修理亮勝家なり」

と言い放ち、身代わりになって果敢に応戦。勝家の

脱出の時間を稼いで、討死した。享年25[12]

秀吉はこの忠義を激賞して、北ノ庄城の落城後、

毛受兄弟の首を母に返した。なお毛受の子孫は

尾張徳川家に仕え、明治初期に再び名字を水野

に戻したと云う[12]

毛受勝照 (家照)
「太平記英勇伝三十四:毛受荘助家照」
落合芳幾作)
時代 戦国時代 - 安土桃山時代
生誕 永禄元年(1558年)8月
死没 天正11年4月21日1583年6月11日
改名 照景→庄助家照→勝助勝照
別名 照景、家照、吉親[1]
通称:庄助・荘助・荘介、勝助・勝介[2]
戒名 榮中院殿繁室永昌居士
墓所 滋賀県長浜市余呉町全長寺、愛知県尾張旭市稲葉町少林寺
主君 柴田勝家
氏族 毛受氏
父母 父:毛受照昌
兄弟 [説1][3]茂左衛門勝照
[説2][4]勝惟、勝照、吉勝
[説1]照清 [6]
[説2]重之 [4]

毛受兄弟の墓_毛受兄弟の墓

◆世話人様

18日の本番見学会の為

令和5年11月14日 余呉城郭研究

会様の恒例の林谷山陣城の下見や

安全確認に行って来ました。

 

◆長谷川

この土塁の中の林谷山陣城に置いて

25歳の若さで壮烈な戦死を遂げた人

が居た事は忘れされがちになります。

令和5年11月18日余呉城郭研究会の

講師として現地の砦の様子をつぶさ

に検証致します。世話人様が新発見

した林谷山とは上記兄・茂左衛門の

最期の砦であつた可能性もあります。

皆様におかれましては宜しく御参集

のほど重ねて願いをいたします。

 

◆反論者

ふん何が最期の戦い林谷山砦じや!

そんなもん、勝てば官軍、負ければ

賊軍の習いは世の常よ!大学受験で

は合格する!選挙に出たら当選する。

世の中すべて、数かず、員かずこそ

がモノ言う、昨日までボクシングの

チャンピンだった奴も負けた瞬間か

ら友達が全員なくすものよ!ふん!

 林谷山の砦に200人で毛受兄弟が

奮戦しても兄弟の首は勝者羽柴秀吉

の武者どもに打ち取られる事は決ま

っとる。これは武士道の恥じと思う

世中は勝者、勝ち組こそが天下国家

を差配するマウント主導権を握る者

何が負け犬長谷川の林谷山砦などの

見学に向かう奇特な人があるのか?

 

◆質問者

余呉の紅葉は如何でしたか?

◆長谷川

紅葉の色は艶やかでした。それより

山林から発生する秋の香りが最高。

 

◆質問者

クマよけ鈴や鳴り物は持って行った?

 

◆長谷川

用心の為に持って行きました。

◆質問者

林谷山城の遺構はどうでしたか?

 

◆世話人様

犬走や土塁は明確に見えました!

犬走土塁は城郭見学の基本です。

これ天正11年賤ケ岳合戦の現場

柴田方の戦線が残っております。

 

◆634様

私は現地の現実に存在する現場を

素直に見学する城址見学者です。

 

◆一般者

400年以上も前の城の壁の跡が残って

いるのですか?これ本当の事ですか?

◆世話人様

残っているから感動する訳です!

観光看板や石碑の行楽遠足主流

の観光と分野が違う現地見学会

です。誤解されては困ります。

400年以上前の城壁つまり土塁

見学する私が存在致します。

私は私なのです。遺跡を見学

する冷静な私を持っています。

 

◆長谷川

現実や真実の世界

リアリズムの世界

ドキュメント世界

ビュアー純粋な心

これこそ城郭見学

後の世に作られた

偽物ではない本物

▼世話人様が発見された新城郭

の登り土塁の現場写真「昨年」

◆質門者

新発見の砦の規模や長さ何mですか?

 

◆長谷川

A~Bまで

約55m30間の長の規模です。あ郭

近辺見落とさない事を勧めします。

これを削平段や郭跡とも言います。

勿論林谷山は440m土塁長城です。

当日は林谷山口の砦も見学します。

◆高齢者様

どうやつて参加を申し込めば

良いのですか?ラインアカウ

ントの意味や技術については

いけないのですよ。困った!

電話予約もOkと聞いてます!

こんな素晴らしい遺跡発見

されたんでしよ!?素晴ら

しいフイールドワークです!

 

◆反論者

こんな土手を見て何が楽しい?

 

◆長谷川

西南戦争の現場には土嚢土塁

や竹矢来が合戦インフラです。

やはり現場施設の根本ですよ。

◆長谷川

万里の長城も土塁つくりの場所

がある訳です。人類とは城壁を

作り戦線を築造する習慣を持っ

ています。これが人類の歴史

歴史的速報 : 万里の長城がめっちゃガバガバな件

◆長谷川

私は何もむずかしい事を言って

はいないのです。歴史の現場に

必ず長城や壁の跡が残っている。

余呉にも賤ケ岳合戦の壁の跡が

つまり林谷の長城が残っている。

だから、東方見聞録じやなくて

城郭見聞録として林谷山陣城を

厳選セレクトしていた訳です。

 

◆長谷川

やはり土塁見学は古戦場見学

の根本理念にして基本です。