さて、がんこ住職と信仰心の篤い隣組によって八尾旧町の寺社は存続していると勝手に結論づけたところで、話を次に進めよう。
八尾旧町の住民が信仰心の篤さを裏付ける証左ともいうべきものが他にもある。
それは「石仏」だ。
町なかを歩いていると数多くの石仏に巡り会うことができる。
石仏は人々の祈りが形となったものだといえるが、これだけ多くの社寺が身近にありながら、更に石仏とは一体どういうことなのだろうか。
社寺に対する祈りとはまた別の祈りがあったのだろうか。
しかしその祈りを捧げた人々は既にこの世にはいない。
既にいない人々の祈りに応える、という約束?を果たすために今もってそこに形をとどめているのだ。
そして今を生きる我々は、その人々の祈りの声を聴くために石仏に向かって手を合わせるのである。
今回はこの「石仏」に焦点を当ててみたいと思う。
社寺と違い造立の年代、経緯などは判然としない。ゆえに画像のみの紹介にとどまるかもしれないが、ご覧になった方がそこから祈りの声を聴き取れたならば、これ幸いである。
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