WATERCOLORS ~非哲学的断章~

ジャズ・ロック・時評・追憶

どこにもいけない人

2013年11月23日 | 今日の一枚(A-B)

◎今日の一枚 360◎

The Beatles

Rubber Soul

 先日、図書室で村上春樹『雑文集』(新潮社)という本をたまたま手に取り、ぱらぱらとページをめくっていたら、ビートルズのNowhere Man を「どこにもいけない人」と訳した一節に出合い、ちょっと考えてしまった。Nowhere Man の日本でのタイトルは「ひとりぼっちのあいつ」であり、それが一般に流布しているが、その訳についてはよく考えたことがなかったのだ。帰宅後、その歌詞を見直してみたわけだが、よくわからないようで、なんとなく気持ちのわかる歌詞だった。何というか、人間の独我論的状態について歌ったものなのではないだろうか。社会的な通念や常識に対して、Nowhere man だということをいっているのではないか。そう考えると、「ひとりぼっちのあいつ」より「どこにもいけない人」の方が確かにしっくりくるような気がする。そういえば、誰の訳だったか、「ここにあらざる人」という訳をみたことがある。「ここにあらざる人」・・・。いいじゃないか。私にはそれが一番共感できる。「ひとりぼっちのあいつ」は、確かに日本語として爽やかでお洒落な感じの語感だが、歌詞をもう一度読み返してみると、やや皮相な表現のように思える。この歌のもつちょっと屈折した内省的な面を考えると、やはり「どこにもいけない人」とか、「ここにあらざる人」とかがいいのではないだろうか。

 というわけで、この一週間は、通勤の車で、ザ・ビートルズ の1965年作品『ラバー・ソウル』を聴き続けた。この作品に触発されたブライアン・ウィルソンが『ペット・サウンズ』をつくり、『ぺット・サウンズ』に影響されて『サージェント・ヘパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』がつくられたとされるいわくつきの一枚である。

 数年前に購入した、ビートルズ黒ボックスの中の一枚で聴いている。黒ボックスを時代順に聴いていくと、その連続性と変化とが本当によくわかる。何といったらいいのだろう。前作『ヘルプ』の延長線上にありながら、後のトータルアルバムの世界につながるような芸術性のようなものが、確かに顔を見せている。曲作りはもちろんのこと、コーラスにしても、録音の手法にしても、曲の配列にしても、より考え込まれ、練られている。渋谷陽一氏は、この作品を、「内省期に入ったビートルズの大きな転換点を示す作」と位置づけ、

このアルバムでビートルズは日常的なラヴ・ソングを総括し、決別したのである。そして「Love」という言葉の概念を今までになかったものへの広げる作業へ、彼らはかかったのである。

と示唆に富んだ文章を書いている。(『ロック ベスト・アルバム・セレクション』新潮文庫)

 ④Nowhere Man 、いい曲だ。クルマの中でいつもハモってしまう。それにしても、この至福の時間がなぜ2分42秒で終わってしまうのだろう。CDで聴くようになってから、必ずリピートしてしまう。⑪In my Life 、ああやはり最高だ。中学生の頃から大好きだった。わずか2分25秒で終わってしまうこの曲を聴くと、今でもなぜだか心が落ち着いてくる。不思議だ。"There is no one compares with you" というところが何ともいえず好きだ。

 小林慎一郎という人は、「滋味と哀感」がこの作品の本質だと述べているが(『Beat Sound No.13』2009)、まことに的を得た表現だと思う。 


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