●今日の一枚 408●
Art Farmer
Farmer's Market
美しいアルバムジャケットである。ジャズのレコードであることを忘れてしまうような洒落たジャケットだ。アート・ファーマーの1956年録音作品、『ファーマーズ・マーケット』のジャケットである。アート・ファーマーにはこのようなすっきりとしたお洒落なアルバムジャケットが多いように思うのだが、気のせいだろうか。
こういうのをB級名盤というのだろうか。決して重厚な作品ではない。ジャズ史の中ではどちらかというと地味な作品かもしれない。けれど、良質な演奏である。演奏の水準の安定した、質の良いハードバップ作品だ。どこかに影のある、少しだけ哀愁を帯びだファーマーのトランペットが好ましい。ハンク・モブレーが元気である。ちょっとだけファンキーでブルージーなテナーが縦横無尽に吹きまくる。ケニー・ドリューのピアノも、狂おしい美旋律こそないものの、粒のそろった音が小気味よい。
『別冊Swing Journal ジャズ・バラード・ブック』という雑誌が手もとにある。平成4(1992)年に発行された別冊雑誌のようだ。主要ジャズメンのバラードを紹介したもので、一時期、ガイドブックとして結構お世話になった。この雑誌のアート・ファーマーの項の 第1位に「リミニッシング」という曲が取り上げられている。『ファーマーズ・マーケット』に収録されている曲だ。そうだった。私はこの記事によって、この『ファーマーズ・マーケット』というアルバムを知ったのだった。「リミニッシング」は今聴いても素晴らしい演奏だ。ちょっと甘すぎるきらいはあるが、一瞬、リー・モーガンの「アイ・リメンバー・クリフォード」を思いおこしてしまう程、美しい演奏だ。ファーマーの歌心豊かなプレイが何ともいえずいい。本当に歌を口ずさんでいるようだ。
B級名盤というのは失礼かもしれない。B級とは、人生をひっくり返すような種類の音楽ではない、という意味である。人生をひっくり返し、価値観の変更を迫るような音楽は素晴らしい。けれども、我々の世界はそのような音楽だけから成り立っているわけではないし、またそうあるべきでもない。人生を肯定し、慰安する。心をウキウキさせ、あるいはともに哀しみ、あるいは心を落ち着かせる。そういう種類の音楽が、我々の人生には絶対に必要だ。B級名盤は我々を優しく包み込み、我々の心に寄り添う。そんなB級名盤によって、毎日、無数の人々の心が救われている。
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