平和エッセイ

スピリチュアルな視点から平和について考える

天皇皇后両陛下の東南アジアご訪問(4)

2006年06月19日 | Weblog
********************
問5  次の質問を伺わせていただいてよろしいでしょうか。昨年,皇室典範に関する政府の有識者会議では,以下のような発言がありました。伝統は変動しないものではありません。「その時代で創意工夫しながら,大事な本質を維持しようとして格闘してきた結果が伝統なのではないかと考えられます。」この度訪問されますタイ王室も長い伝統と歴史があります。日本の皇室の後継者について世間が語る中で,伝統の維持と時代の変化に伴う工夫につきまして,お考えをお聞かせいただけませんでしょうか。

天皇陛下  天皇の歴史は長く,それぞれの時代の天皇の在り方も様々です。しかし,他の国の同じような立場にある人と比べると,政治への関(かか)わり方は少なかったと思います。天皇はそれぞれの時代の政治や社会の状況を受け入れながら,その状況の中で,国や人々のために務めを果たすよう努力してきたと思います。また文化を大切にしてきました。このような姿が天皇の伝統的在り方と考えられます。明治22年,1889年に発布された大日本帝国憲法は,当時の欧州の憲法を研究した上で審議を重ね,制定されたものですが,運用面ではこの天皇の伝統的在り方は生かされていたと考えられます。大日本帝国憲法に代わって戦後に公布された日本国憲法では,天皇は日本国の象徴であり,日本国民統合の象徴であるということ,また,国政に関する権能を有しないということが規定されていますが,この規定も天皇の伝統的在り方に基づいたものと考えます。憲法に定められた国事行為のほかに,天皇の伝統的在り方にふさわしい公務を私は務めていますが,これらの公務は戦後に始められたものが多く,平成になってから始められたものも少なくありません。社会が変化している今日,新たな社会の要請に応(こた)えていくことは大切なことと考えています。
********************

このお答えは日本の天皇制のあり方について、きわめて適切な見解を表明なさっていると思います。そして、天皇を「日本国の象徴」とする「戦後に公布された日本国憲法」を、「天皇の伝統的在り方に基づいたもの」ととらえています。

このブログの「三島由紀夫について」でも述べましたが、三島由紀夫はこのような戦後の天皇制を激しく憎悪しました。三島は天皇を政治的な権力の中心にすえた天皇親政を目指し、しかも天皇と軍を栄誉の紐帯で結びつけることを望みました。しかし、天皇と政治と軍を結びつける三島の天皇観は、日本の伝統の中にあってはきわめて異質なものです。それは、二・二六事件の首謀者・磯部浅一に影響された、いびつな観念でした。

現在でも、いわゆる保守派の中では三島由紀夫の人気は絶大なものがありますが、彼の天皇観は、昭和天皇によっても今上陛下によっても明確に否定されていることを、私たちははっきりとわきまえておかなければなりません。そして昭和天皇も今上陛下も、現在の日本国憲法を尊重し、それに忠実であろうとなさっていることを、改憲論者は知らなければなりません。


最新の画像もっと見る