かのギリシアはイタケの王で策謀家のオデュッセウス。: 彼は魅惑の美声の持ち主・ズィレーネンの島が見えてくると、船のマストにみずからを縛りつけさせ、櫂の漕ぎ手らには耳に蝋で栓をさせる。 美声に心が乱れぬようとの配慮からである。 さて、島が見えて美声が聞こえてくると、オデュッセウスが解かれたがっているのを漕ぎ手らは目に入れた。が、申しあせたとおり、ことはうまく運ばれたかに見えた。 だが、これに関して、ブレヒトの見解は違った。その違いとは?....:
オデュッセウスはいざ知らず、縛りつけられた男を前に、美声の持ち主の彼女らが果たして唄っていたか、誰が信じられよう。そんな浪費はよもや、すまい。 それでは彼女らはどんな行動に出たか。 それはこんな風ではなかったか: つまり、美声の持ち主のズィネーレンは、この用意周到なプロヴィンツラー・田舎者を全身全霊をもって罵倒していたのだ、と。 かくして、かの英雄は無事、航海をし終えたのだが、他方、彼は とどのつまり、恥辱と屈辱に耐え忍んでいたには違いないのだ。
ブレヒト散文選より Ⅰ-3.
B.Brecht, Odysseus und Syrenen
Berichtungen alter Mythen
Geschichten Prosa. Suhrkamp Vlg. ebd. .207.