■衛生部隊の機動運用が必要
巨大災害において数年分の死傷者が数時間で生じる事から医療従事者に対し機能が飽和状態に陥る医療崩壊は確実に起こります。
自衛隊においては、統合機動防衛力と多次元機動防衛力整備、その新しい防衛力整備とともに戦域単位で集結する部隊規模が拡大し、いわばその機動運用には衛生部隊の集合分散を高める必要があるとともに、衛生を含めた兵站全般においても機動運用が求められることとなります、従来の基盤的防衛力整備に基づく衛生部隊の配置では不十分、ということ。
これらを併せて、有事の際に負傷者を極限し任務遂行に必要な人命を維持するという視点から変革を考える必要はないでしょうか。陸海空自衛隊に加えて衛生自衛隊、陸上自衛隊に衛生集団を置くだけで充分ではないか、情報本部と同格の衛生本部を置く、という選択肢もあるでしょうが、有事の際に平時インフラに依存できるかで評価は変わるでしょう。
医療崩壊、これは過疎地域では既に医師不足にて顕在化している問題ですが、大規模災害発生時や大規模航空攻撃が実施された場合には急激な負傷者の増大に対応できず軽傷者が重篤化し死者に含まれるという最悪の状況が、既に首都直下型地震や南海トラフ地震において想定されています。普段から十分な医師を、という想定ではとても足りないのですね。
10万名都市に一説には1500名程度の医療従事者が必要になる、とも。トリアージ、医療崩壊を防ぐ視点からは最後の選択が必要となります。我が国ではトリアージを一般診療では、黒の無呼吸と赤の重篤に黄の重傷と緑の軽傷を区分しており、重篤を優先治療し無呼吸は蘇生措置を断念する、重傷者は待機であり軽傷者は治療しない、という想定とのこと。
首都直下型地震では重篤患者を救命する間に重傷患者が重篤化する、という懸念が示されています。重篤患者は治療できないのが現実ではないのか、野戦医療では衛生要員が不足する状況には無呼吸と重篤負傷者を黒として重傷者を赤とすることで応急治療させます、それ以外は包帯所や個人用衛生装備により対応する、というもので医療崩壊を防ぐ構図だ。
首都直下地震や南海トラフ地震に際しても、こうした、要するに医師と医療器材が足りない分に応じたトリアージを行うことで医療崩壊を防ぐことが出来ます、が、これを納得できるのでしょうか。重篤患者をトリアージの黒とする、理解は出来るが納得はできないところではないでしょうか、重篤患者には呼吸があり混濁しているものの意識があります。
トリアージにはこうした生命の選別という社会科学と倫理哲学が摩擦を起こす難題を含みます。しかし、医師一名が一時間に治療できる最大数を考えれば助かりそうな順番から一人当たり数分を目処に助かるかが難しい人命の取捨選択を行うと云うよりも、医療破綻か治療遅延で落命という、その状況にほかの選択肢がない状態に追い込まれる、ということ。
医師を増やし衛生基盤を高めるほかない、現実としてはそうなのですが、安易に医療施設を増強したとしても、なにしろ需要以上の病院設備は経営を維持できません、医学部学費は法学部や文学部に国際関係学部と比較して異常に高く、病院の経営破綻は回避されなければ、今度は平時に病院をトリアージする事と成りかねません。有事の前に平時に破綻へ。
自衛隊に陸海空自衛隊とは別に衛生自衛隊という、もちろん人員規模としては海上自衛隊などと比べさらに少ない規模となりましょうが、独立した衛生部隊と衛生施設部隊及び搬送部隊や倉庫兵站群として準備する事が出来たならば、衛生部隊には平時よりも有事の治療規模を念頭に整備させる余裕はあります。衛生自衛隊、具体的にはどう考えられるか。
野戦医療部隊はそのまま維持する必要があります、が、衛生学校を中心に看護士を養成し、場合によっては衛生自衛隊から陸海空自衛隊への衛生要員を派遣するという枠組みへ転換し、また防衛医科大学校の定員を増勢する。その上で即応予備自衛官の医官枠を増大し平時には地域医療を支えつつ有事の際には召集、というような選択肢が考えられましょう。
地区病院機能と野戦病院機能を有事の際には集約させ、戦闘地域の後方段列地区か大規模災害時には被災地へ巨大な医療基盤を構築する、という必要性です。もちろん予算は必要となります、防衛予算には限度がありますので本来は医療や救急を所管する官庁、厚生労働省や総務省消防庁の施策を代行するという構図で別枠の予算が必要となるでしょう。
しかし、トリアージというもの、生命の選別をする、災害時に医療崩壊という現状を突き付けられ、その選択肢以外何も選べない状況に追いやられる事を受忍するか反対するか、これは最早政治問題であり主権者たる国民が税金の負担という意味で受入れるか、トリアージを受け入れるかを決定せねばならない命題でもあるのですよね。こう考える次第です。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
(本ブログに掲載された本文及び写真は北大路機関の著作物であり、無断転載は厳に禁じる)
(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
巨大災害において数年分の死傷者が数時間で生じる事から医療従事者に対し機能が飽和状態に陥る医療崩壊は確実に起こります。
自衛隊においては、統合機動防衛力と多次元機動防衛力整備、その新しい防衛力整備とともに戦域単位で集結する部隊規模が拡大し、いわばその機動運用には衛生部隊の集合分散を高める必要があるとともに、衛生を含めた兵站全般においても機動運用が求められることとなります、従来の基盤的防衛力整備に基づく衛生部隊の配置では不十分、ということ。
これらを併せて、有事の際に負傷者を極限し任務遂行に必要な人命を維持するという視点から変革を考える必要はないでしょうか。陸海空自衛隊に加えて衛生自衛隊、陸上自衛隊に衛生集団を置くだけで充分ではないか、情報本部と同格の衛生本部を置く、という選択肢もあるでしょうが、有事の際に平時インフラに依存できるかで評価は変わるでしょう。
医療崩壊、これは過疎地域では既に医師不足にて顕在化している問題ですが、大規模災害発生時や大規模航空攻撃が実施された場合には急激な負傷者の増大に対応できず軽傷者が重篤化し死者に含まれるという最悪の状況が、既に首都直下型地震や南海トラフ地震において想定されています。普段から十分な医師を、という想定ではとても足りないのですね。
10万名都市に一説には1500名程度の医療従事者が必要になる、とも。トリアージ、医療崩壊を防ぐ視点からは最後の選択が必要となります。我が国ではトリアージを一般診療では、黒の無呼吸と赤の重篤に黄の重傷と緑の軽傷を区分しており、重篤を優先治療し無呼吸は蘇生措置を断念する、重傷者は待機であり軽傷者は治療しない、という想定とのこと。
首都直下型地震では重篤患者を救命する間に重傷患者が重篤化する、という懸念が示されています。重篤患者は治療できないのが現実ではないのか、野戦医療では衛生要員が不足する状況には無呼吸と重篤負傷者を黒として重傷者を赤とすることで応急治療させます、それ以外は包帯所や個人用衛生装備により対応する、というもので医療崩壊を防ぐ構図だ。
首都直下地震や南海トラフ地震に際しても、こうした、要するに医師と医療器材が足りない分に応じたトリアージを行うことで医療崩壊を防ぐことが出来ます、が、これを納得できるのでしょうか。重篤患者をトリアージの黒とする、理解は出来るが納得はできないところではないでしょうか、重篤患者には呼吸があり混濁しているものの意識があります。
トリアージにはこうした生命の選別という社会科学と倫理哲学が摩擦を起こす難題を含みます。しかし、医師一名が一時間に治療できる最大数を考えれば助かりそうな順番から一人当たり数分を目処に助かるかが難しい人命の取捨選択を行うと云うよりも、医療破綻か治療遅延で落命という、その状況にほかの選択肢がない状態に追い込まれる、ということ。
医師を増やし衛生基盤を高めるほかない、現実としてはそうなのですが、安易に医療施設を増強したとしても、なにしろ需要以上の病院設備は経営を維持できません、医学部学費は法学部や文学部に国際関係学部と比較して異常に高く、病院の経営破綻は回避されなければ、今度は平時に病院をトリアージする事と成りかねません。有事の前に平時に破綻へ。
自衛隊に陸海空自衛隊とは別に衛生自衛隊という、もちろん人員規模としては海上自衛隊などと比べさらに少ない規模となりましょうが、独立した衛生部隊と衛生施設部隊及び搬送部隊や倉庫兵站群として準備する事が出来たならば、衛生部隊には平時よりも有事の治療規模を念頭に整備させる余裕はあります。衛生自衛隊、具体的にはどう考えられるか。
野戦医療部隊はそのまま維持する必要があります、が、衛生学校を中心に看護士を養成し、場合によっては衛生自衛隊から陸海空自衛隊への衛生要員を派遣するという枠組みへ転換し、また防衛医科大学校の定員を増勢する。その上で即応予備自衛官の医官枠を増大し平時には地域医療を支えつつ有事の際には召集、というような選択肢が考えられましょう。
地区病院機能と野戦病院機能を有事の際には集約させ、戦闘地域の後方段列地区か大規模災害時には被災地へ巨大な医療基盤を構築する、という必要性です。もちろん予算は必要となります、防衛予算には限度がありますので本来は医療や救急を所管する官庁、厚生労働省や総務省消防庁の施策を代行するという構図で別枠の予算が必要となるでしょう。
しかし、トリアージというもの、生命の選別をする、災害時に医療崩壊という現状を突き付けられ、その選択肢以外何も選べない状況に追いやられる事を受忍するか反対するか、これは最早政治問題であり主権者たる国民が税金の負担という意味で受入れるか、トリアージを受け入れるかを決定せねばならない命題でもあるのですよね。こう考える次第です。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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