■第501飛行隊任務完了
自衛隊の一時代を築いたファントムは着々とその永きにわたる任務を完了しつつあります。そしてこの春は偵察型RF-4が任務を完了しました。
RF-4戦術偵察機、航空自衛隊が長らく運用して参りました戦術偵察機は去る3月9日、その運用部隊である百里基地第501飛行隊が飛行訓練を完了し、計画通り2019年度での運用を終了します。今回お伝えするのは昨年の小松基地航空祭での帰投フライトの様子です。
小松基地航空祭でのRF-4E,小松基地航空祭2019ではいよいよ2020年3月に運用終了ということもあり、その帰投は多くの航空機ファンの注目となりまして、当方も早々と小松基地を出まして、離陸の様子を撮影するのに適した小松空港展望デッキへ移動しました。
小松空港へ小松基地から移動すると非常に遠い、特にこの日は公共交通機関にて移動していましたので、バス停が臨時バス停に移動しており、結局すべて徒歩で移動することとなりまして、重いサンニッパレンズを担いで移動するのは少々苦労しましたけれども、ね。
RF-86戦術偵察機、RF-4が導入される前にはF-86昼間戦闘機に偵察カメラを搭載した偵察機が運用されていましたが、全天候飛行性能に限界があるとともに朝鮮戦争時代の戦闘機を強行偵察に投入した場合、無事に偵察飛行が可能であるか極めて憂慮されていました。
F-4EJ戦闘機、航空自衛隊はファントムとして親しまれる戦闘機を要撃機として144機をライセンス生産により導入していまして、直輸入機体を含めますと154機が導入されました。これにあわせライセンス生産のF-4EJ機体に偵察装置を有する機首を搭載することに。
RF-4は1974年より14機が生産され、正式名称RF-4Eとして茨城県百里基地の第501飛行隊へ集中配備されています。機首に機関砲ではなく偵察カメラが搭載されている機種がRF-4Eなのですが、その後、損耗などを受け偵察機増強の必要性が生じることとなります。
百里基地の第501飛行隊、航空自衛隊唯一の偵察機部隊として、大規模災害が発生した際には射の一番に現場へ進出しまして被災状況を写真偵察、こうして得られた現場写真は自衛隊災害派遣はもちろん、政府対策本部などに貴重な情報を提供することとなりました。
RF-4EJとしまして、航空自衛隊は1990年より要撃機として維持されているF-4EJ戦闘機に必要な偵察機材を搭載した偵察機への改修が実施されることとなりました。塗装はRF-4Eと似ていますが、機首に機関砲を有しているのが外見上の特色で15機が改造された。
東日本大震災でもRF-4EとRF-4EJは被災地の交通状況や橋梁と港湾情報収集に活躍しまして、しかし、設計は1970年代の偵察機であるため、写真は高解像度のものを撮影できますがフィルム式、百里基地で現像、首相官邸に空輸する必要があり、迅速ではありません。
RF-15としまして航空自衛隊はF-15戦闘機の一部を偵察機へ改修する計画が進められました。しかし、開発に参加した主契約企業である東芝は戦術偵察機の技術が無く、偵察飛行の機動性に対応しない偵察機材しか完成できず、結果、開発は中止されることとなります。
RQ-4無人偵察機。自衛隊はグローバルホークの愛称で親しまれる高高度滞空型無人機を導入することとなります。RF-4の直接の後継ではありませんが、長時間の広域監視能力がありまして、まだ配備は開始されていませんが、RF-4の任務を引き継ぐ事となるでしょう。
戦術偵察機の任務は航空優勢が確立していない地域へ、着上陸点や兵站策源地など敵拠点を強行偵察することにあります。RQ-4とRF-4は同じ"4"の航空機ではありますが、ゆっくりと情報収集するRQ-4と運用方法が違う。しかしその任務をしっかり継いでほしいですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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(本ブログ引用時は記事は出典明示・写真は北大路機関ロゴタイプ維持を求め、その他は無断転載と見做す)
(第二北大路機関: http://harunakurama.blog10.fc2.com/記事補完-投稿応答-時事備忘録をあわせてお読みください)
自衛隊の一時代を築いたファントムは着々とその永きにわたる任務を完了しつつあります。そしてこの春は偵察型RF-4が任務を完了しました。
RF-4戦術偵察機、航空自衛隊が長らく運用して参りました戦術偵察機は去る3月9日、その運用部隊である百里基地第501飛行隊が飛行訓練を完了し、計画通り2019年度での運用を終了します。今回お伝えするのは昨年の小松基地航空祭での帰投フライトの様子です。
小松基地航空祭でのRF-4E,小松基地航空祭2019ではいよいよ2020年3月に運用終了ということもあり、その帰投は多くの航空機ファンの注目となりまして、当方も早々と小松基地を出まして、離陸の様子を撮影するのに適した小松空港展望デッキへ移動しました。
小松空港へ小松基地から移動すると非常に遠い、特にこの日は公共交通機関にて移動していましたので、バス停が臨時バス停に移動しており、結局すべて徒歩で移動することとなりまして、重いサンニッパレンズを担いで移動するのは少々苦労しましたけれども、ね。
RF-86戦術偵察機、RF-4が導入される前にはF-86昼間戦闘機に偵察カメラを搭載した偵察機が運用されていましたが、全天候飛行性能に限界があるとともに朝鮮戦争時代の戦闘機を強行偵察に投入した場合、無事に偵察飛行が可能であるか極めて憂慮されていました。
F-4EJ戦闘機、航空自衛隊はファントムとして親しまれる戦闘機を要撃機として144機をライセンス生産により導入していまして、直輸入機体を含めますと154機が導入されました。これにあわせライセンス生産のF-4EJ機体に偵察装置を有する機首を搭載することに。
RF-4は1974年より14機が生産され、正式名称RF-4Eとして茨城県百里基地の第501飛行隊へ集中配備されています。機首に機関砲ではなく偵察カメラが搭載されている機種がRF-4Eなのですが、その後、損耗などを受け偵察機増強の必要性が生じることとなります。
百里基地の第501飛行隊、航空自衛隊唯一の偵察機部隊として、大規模災害が発生した際には射の一番に現場へ進出しまして被災状況を写真偵察、こうして得られた現場写真は自衛隊災害派遣はもちろん、政府対策本部などに貴重な情報を提供することとなりました。
RF-4EJとしまして、航空自衛隊は1990年より要撃機として維持されているF-4EJ戦闘機に必要な偵察機材を搭載した偵察機への改修が実施されることとなりました。塗装はRF-4Eと似ていますが、機首に機関砲を有しているのが外見上の特色で15機が改造された。
東日本大震災でもRF-4EとRF-4EJは被災地の交通状況や橋梁と港湾情報収集に活躍しまして、しかし、設計は1970年代の偵察機であるため、写真は高解像度のものを撮影できますがフィルム式、百里基地で現像、首相官邸に空輸する必要があり、迅速ではありません。
RF-15としまして航空自衛隊はF-15戦闘機の一部を偵察機へ改修する計画が進められました。しかし、開発に参加した主契約企業である東芝は戦術偵察機の技術が無く、偵察飛行の機動性に対応しない偵察機材しか完成できず、結果、開発は中止されることとなります。
RQ-4無人偵察機。自衛隊はグローバルホークの愛称で親しまれる高高度滞空型無人機を導入することとなります。RF-4の直接の後継ではありませんが、長時間の広域監視能力がありまして、まだ配備は開始されていませんが、RF-4の任務を引き継ぐ事となるでしょう。
戦術偵察機の任務は航空優勢が確立していない地域へ、着上陸点や兵站策源地など敵拠点を強行偵察することにあります。RQ-4とRF-4は同じ"4"の航空機ではありますが、ゆっくりと情報収集するRQ-4と運用方法が違う。しかしその任務をしっかり継いでほしいですね。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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