会社を辞め大矢家の家政婦?を志願した次男、早8カ月半が経ちます。
毎日生き生きと家事を担ってくれていて、わたしは大助かりではあります。
「大矢家2024年ターニングポイント」【ケンジ】の項目から一部コピペします。
介護離職を選択した彼の心の内を察することは出来ない。老いた夫婦が足かせになったとしたら申し訳なくも思う。しかし「収入の為に働く人生」から「誰かの為に働く人生」にシフトしたのなら、それは彼自身の選び、そんな選択があっても良いのかもしれない。勇気ある決断と言えよう。十分に仕事をやり終えた充実感があるならそれで良いのだ。「仕事を辞めたら3人で教会へ行こう」との言葉を聞いて、新しい希望を神様がくださったような光さえ感じた。
先日、ストンと腑に落ちるコトバに出会いました。
働くことの意味
「生きていくためには、
衣食住を確保しなければならない。」
働くことの理由は、
それで十分なのかもしれません。
ですが、もし生きてゆくこと自体に
意味を見つけられたなら、
日々の労働はさらに意味深く、
楽しいものになるでしょう。
創世記3章(16~17)には・・・
アダムとエバの罪によって女には生みの苦しみ、男には労働の苦しみが記されています。
既成概念としてわたしの頭にも体にもしっかりと植え付けられていた、言わば社会常識です。
おもえば産みの苦しみを経験しない女性もいて、それが決して「ネバならない」ではありません。
「生活」とは、「人生」とは。
未だに彼の本音を知ることは出来ていませんが、今はそっとそのまま感謝して受け入れましょう。
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