浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

劇団東演「検察官」

2017-11-15 17:38:13 | その他
 すばらしい劇を見た。これなら何度見ても飽きない、と思ったほどだ。

 近年、演劇鑑賞を楽しむ人が減っているという数字を、このブログでも紹介したが、この演劇を見れば、演劇ってすばらしい、と思うはずと断定できるほどのものであった。

 ゴーゴリの「検察官」は有名である。田舎の某市に、ひそかに検察官が来るという知らせがくる。某市では、市長はじめお偉方が汚職の限りを尽くし、腐臭を放っている。そういう状態を察せられないようにしなければならないと相談しているとき、ホテルにそれらしき者が滞在しているという情報が寄せられる。

 しかし「それらしき者」は、役人ではあるが下っ端、賭け事にうつつを抜かすどうしようもない輩で、カネをすってしまってホテル代も払えないほどであり、「検察官」ではまったくない。しかし市長はじめお偉方は彼こそが「検察官」であるとし、過剰な接待で応じる。その彼は、市長はじめお偉方からカネを借りまくり、市長の娘の婚約までするが、もうこの某市には用はないとさっさと消えていく。

 消えた後に、その彼が「検察官」ではないことがわかり、大いに失望・落胆する。

 これがあらすじであるが、私は、今までもこの「検察官」を何度も見ているが、これほどダイナミックでリズミカルな躍動的な「検察官」は見たことがない。

 通常、演劇では台詞を話す人、それを聞く人、その会話の関係者にスポットライトがあたり、それ以外の人物は目立たないようにする。しかし、この演出では、そういう人びとも動き続ける。

 昨日紹介した堀川惠子『戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇』(講談社)の、その八田元夫が戦後創設した劇団がこの劇団東演なのだ。

 己の戦争責任を考えながら、演劇とはいかなるものかを追及した八田。もちろん政治や社会のありかたを問うという思想性は必要だが、演劇の芸術としての完成度・質がまず問われなければならない。八田は、戦後もそういう演劇を求め続けた。

 堀川の本に、八田の指導を受けた近石真介のことばが引用されている(334ページ)。

 つい適当に流した台詞を喋ってしまうと、「ハイ、止めて!」と小返しが始まる。「今どうしてあんなことしたの?見えないよ、お前の気持ち」「何をやったかは見てりゃ分かる、お客が知りたいのは“何故”なんだ」っていう風にね。だから役に入れる役者さんはどんどん伸びていく。「見えたか?感じたか?何が見えた?何を感じた?よーし、こっちも見えたぞ!」と言って、八田先生まで席から立ち上がって子どもみたいに喜んで。
 「演じるな、感じたら語れ」とよく言われました。ついていけない俳優にはキツイですよ。。だって演技の形も何も付けないんだから。とにかくジッと目をつぶって、あの髭をむしりながら、俳優が自分で役を生み出す瞬間をじっと待つ。・・・絶対に妥協しないんです。


 今日の演劇の演出は、もちろん八田ではない。最近亡くなったロシア人演出家・ワレリー・ベリャコービッチである。今日買ったパンフレットに、演劇評論家江原吉博の文がある。

 よく、役になりきるという、役を生きるともいう。しかしベリャさんの求めたものはそのどれとも少し違う。違って見える。強いていえば、役を作り出すとでもいったらいいのか、ともかく外へ外へ押し出そうとする。心を震わせ弾ませ、声を押し出し、肉体の躍動を生み、生命をほとばしらせる。役者たちは自分の見せ場とあれば、全身全霊をあげ、これでもかと自己をアピールする。自分の見せ場でなくとも、舞台上で静止している役者は一人もいない。まさに全員一丸、表現行為に取り組んでいるのだ。

 このベリャコービッチと、八田の演出方法には、共鳴するものがある。共鳴し合うこと、それは「生きている自分を語れ!」ではないか。生きている自分を語り、生きている自分を躍動させる。

 八田は、「桜隊」の俳優を原爆で失った。だからこそ、生きている、ということに敏感だったのではないか。生きていることの素晴らしさ、それは戦争がないということの素晴らしさにつながることだが、それを演劇を通して、俳優という生身の体に仮託して訴えたいと思ったのではないか。

 この「検察官」は喜劇である。楽しくフィナーレを迎える。演出家も異なる。だが私は、この劇の中に八田の遺志を感じた。それを感じたとき、目頭が熱くなった。八田の遺志は、この劇団のなかに生きている。

 そしてこの劇団こそが、現代の演劇を再生させる力を持っているのだと思った。ガンバレ、劇団東演!!

コメント
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