浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

夫婦別姓のこと

2017-11-12 13:38:26 | その他
 山川菊栄を読んでいたら、「夫婦別姓の自由を」という文章にであった。夫婦別姓は、最近ではなく、戦後初期から主唱されていたことを知った。


 考えてみると武家時代でも初期には、平政子が頼朝と結婚しても源政子とはならず、それ以前にも養子や養女をしてもその氏までは変えさせていない例を知り、江戸初期に、武家では娘ばかりのとき、男子の相続人を養子として迎えなくては家がつぶれるという一大事になるため、養子を迎えざるをえなくなり、それも初めは同姓の子を原則としたこと、これは世襲の禄をつぐためなので、武家制度が滅び、禄のなくなった明治維新と共に廃しさるべきであった家の制度が、廃止されそこなったまま、長く無用の長物として残され、その結果新たに女子のために不自然不利益な慣行が多く保存されていることを知った。

 光圀が開いた水戸の士族の墓地へ行くと、妻の墓は実家の姓をそのまま、〔中略〕夫の姓は名乗っていない。明治に入っても初めは実家の姓を名乗ったことにを知るに及び、夫婦が同じ姓を名乗る無意味な習慣に反発した。


 私は姓は、番号同様人間の符丁調だから男でも女でもかえるべきものではないと信ずるようになった。

 戦後家族制度の廃止によって家督相続の必要がなくなって結婚の自由が得られたのはいいが夫婦同姓の規定はこれもまた無用の長物として生き残ってしまった。このため結婚や離婚のたびごとに姓を変える必要によって迷惑するのは女性である。旧民法のように夫の家に入るのではなくても嫁にやるとか、もらうとか不愉快な言葉もこの習慣がある間はつづくだろうし、祖先の祭りをつぐために男の養子を望む感情も絶えない。私は結婚に際し同姓をとるか別姓をとるかは本人たちの選択にまかせるよう民法を改正すべきだと思う。


 私は日本の歴史の上で、もっとも男女不平等であったのが明治民法の時代だと思っている。それは現在の民法にかえられるまで続いた。女性は法律上無能力者とされ、法的な主体とはなり得なかったし、もちろん参政権すらなかった。

 夫婦同姓も、近代日本が創出した制度である。山川が言うように、同性か別姓かは、本人達が決めればいいことである。安倍首相の周辺にいる者たちは、夫婦同姓という近代日本の封建的な遺風を失うと、「日本」ではなくなるという妄想を抱いているようだが、きちんと歴史をみると、夫婦別姓が主流なのだ。


 ところで、岩波書店が出版した『山川菊栄集』全11巻は、古本屋でいくらだろうと調べたら、何と2000円台があった。これは山川への、出版文化への冒涜ではないかと思った。

コメント
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