しょぼい毎日

いつも理想はでっかいが、結果はしょぼい・・・。そんな日常を綴ってみました

石本坂本線で行く近江神宮

2012-01-24 23:26:10 | 神社仏閣

2012年1月2日(月)

201201kiss_035<日本海>を撮影した後・・・・。JR山科駅まで歩くのが面倒になり、途中の四宮駅から京津線に乗る事にします。このまま地下鉄経由で京都市内に出るつもりでしたが、先に浜大津行き電車が入ってきたので、そちらの電車に乗車します。いわゆる<行き当たりばったり>を実践します。この区間に乗車するのは10年ぶりでしょうか・・・。走っている電車こそ地下鉄乗り入れ4両編成に替りましたが沿線の風景は何一つ変わっていません。浜大津で坂本方面の電車に乗り換えて、近江神宮前で下車します。近201201kiss_040 江神宮前駅は大津線系統の車両基地<錦織車庫>となっており、電車の出入りが多く見ていて飽きません。ラッピング電車が多く、オリジナル塗色が珍しい位に感じます。車両基地内には地下化する前に京津線を走っていた80系が1両と、無残に前面だけカットされたものが保存されており興味がつきません。とは言え、せっかくここまで来たのですから、このまま近江神宮にお参りします。昭和15年創祀された新しい神社でありますが、地域を代表する神社であり、大勢の滋賀県民が参拝しに来201201kiss_054ています。私もお参りしていきま201201kiss_053す。今年は良い事があるかしら・・・・・。

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帰りに、ようやく出会えたオリジナル塗色の電車。謹賀新年のヘッドマークが正月気分を盛り上げます。

   


湖西線撮影と近江の秘仏

2010-07-05 23:50:20 | 神社仏閣

6月12日(土)

505早起きしました。神戸市営地下鉄の一番電車で新長田に出てJRに乗り継ぎ湖西線和邇駅を目指します。国道161号線に出て1㎞ほど南へ戻ります。

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和邇-小野駅のちょうど中間地点。

比良山系をバックに編成写真が撮影できます。水田に植えられた稲がもう少し成長したら、一536面緑のカーペット状態になるんでしょうが、今はまだそこまで育っていません・・・。

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貨物にはじまり、117系、485系雷鳥、と続き、上り日本海をキャッチした時点で、ここでの撮影は終了します。今日はトワイライトは来ない日です。

686712 716  午後は、湖西地区から琵琶湖を挟んだ対岸の湖東のお寺を回ります。秘仏を訪ねる旅です。6月中ごろの土日に、[初夏の湖東三山特別公開]と銘打って、<百済寺><金剛輸寺><西明寺>の秘仏が御開帳となります。このイベントに合わせてJR・近江鉄道の最寄り駅から、お寺までシャトルバスが出ています。普段は公共交通の便が良いとは言えないお寺なので、このようなイベントは助かります。JR近江八幡駅から八日市に出て、駅前で待機しているかわいらしいバスに乗り込み<百済寺>へ。ここは、は聖徳太子ゆかりの寺です。苔むした石段を汗だくになってのぼり切ると、本堂が出現します。その中で特別公開された本尊脇侍の素朴な2観音の姿に心を癒され、素直な気持ちに戻ります。爽やかな気持ちで山を下り始めると五十位の和服の婦人から話しかけられました。《ここの仏様、洗練されてなかったでしょう。京都や奈良の仏像を見慣れてるとねぇ。品が無いのよね。展示方法ももっと見やすく前に持ってきて…。織田信長に焼き打ちされたて事もあるし、あんまりいいものが残っていないのよね》上から目線で、仏様とお寺について辛口批評し続けます。どうやら、素朴さがお気に召さなかったようです。私は、腹がたちました。この人は仏像を美術品としか見ていない!!自分の心中で貶すのは構わないが、このような罰当たりな感想に同意を求められても、答えようがない。もし私が純粋なお参り目的なら、こんなに失礼な事はないだろうに・・・。ガツンと一言、言ってやりたかったのですが、そこはやっぱり気が小さいワタシなので、躊躇します。ただ、それ以上そのご婦人とお話するのは止めました。お話仏像は美術品である前に信仰の対象でもある事を再認識しました。ワタシにとっては、ここの仏様は価値あるものに感じましたし、有意義な巡礼でした。

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続いてシャトルバスに乗り込み向かったのは、<西明寺>です。長い参道を歩いて行くと、名神高速道路を跨いでさらに奥に進んで いきます。美しく整備された庭を横目に少し石段を登ると山門が・・・。そこには立派な仁王様がお二人でお寺を守っていきます。立派な三重塔(国宝)を眺めて、本堂(国宝)に入ります。御本尊様は秘仏(今回の公開対象外)なので拝めませんが、それを取り囲むように、平安~鎌倉期の仏像(重文)に囲まれています。こちら754は参拝客が手を伸ばせば手が握れそうな位、オープンに安置されています。比較的、内部が明るいので仏さまの表情もゆっくり観察できます。さて今回公開されている秘仏はどこやと思い探しますが、一向に見当たりません。そこで御本尊様の裏にまわって見ると「ありました!虎薬師!」実は今日お寺巡りしているのは、この虎薬師様を見たかったというのが理由なのです。JRのHPで今回のイベントを知りましたが、この虎薬師様の姿に心引かれてここに来た訳です。でも、思っていたより小さくて戸惑います。とはいえ温和な薬師如来様の表情と、如来様を乗せて嬉しそうな表情を浮かべる虎(マタタビ状態の猫のよう)の姿を拝めて、見ている私も幸せな気持ちになります。この薬師如来像は彦根藩4代目藩主井伊直興が寄進したもので、虎に乗っかって起立しています。如来部の仏像では動物に乗ったものは、あまり例が無いため、なくたいへんめずらしい仏像であるとの事です。今年は寅年なので、特別に御開帳されたもので12月12日まで、見ることができるとの事。この仏様に見とれていると、お寺の方が、寅のお守りはどうですか?とgoodsを売り込んできます。もちろん、買ってしまいました・・・・・。縁結び、家内安全、身体健全等、御利益がありそうです。でも阪神優勝に一番効果がありそうです・・・。

 帰りのシャトルバスでは、隣に座ったおじさんと仏像談義に花が咲きました。自分でも知らないうちに仏像好きになっているのに驚きました。話し足りないおじさんは、「夕飯をご馳走するからついて来なよ。」と言いますが、これ以上、長居してしまうと帰れなくなります。夕暮れ間じかの近江鉄道の小さな駅で、お互い少年のように手を振り分かれます。
今回、廻れなかった<金剛輸寺>も含めて、いずれ再訪したいと思います。

夕暮れ時の小さなローカル線の駅の横を、新幹線が疾走していきます

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初撮り+初詣

2010-01-09 22:43:48 | 神社仏閣

1月3日(日)

お正月であるからには、初詣に行きたいと考えます。どうせなら名のある神社でということで、京都あたりにお参りに行きたいと思い立ちました。正月休み最終日の今日、今年初めての明石海峡大橋を渡っての本州入りとなりました。いつものように垂水ICで降りて神戸総合運動公園の24時間駐車場に車を入れ、地下鉄・私鉄を乗り継いでいくつもりです。が・・・!駐車場入り口にバリケードが!

どうやら、年末年始は閉鎖されているようです。とりうる選択肢は、近所で駐車可能な場所を探して電車に乗り継ぐか、車で神社まで行くか?とりあえず駐車可能な場所を探して近所をさまよいます。ふと標識を見上げると西明石駅という表示があるのが目にとまりました。そこでひらめきました!たしか上りの500系新幹線が間もなく西明石を通過するはずだと・・・!3月改正でのぞみ運用から撤退するフル編成の500系を記録におさめる最後の機会かもしれません。とりあえず、行くことにしました。とはいえ、手持ちの時刻表(ポケット)で確認すると通過時刻まで30分程度しか余裕はありません。おまけに肝心の西明石駅がどっちの方向なのかさえ、分からない状態です。この状態で西明石駅を目指す事は無謀な行為です。が、今日は違います。今日、初めて車にカーナビ(簡易)をセットしています。とりあえず目的地にJR西明石駅を設定し、その指示に従います。幸いにして(当たり前のことですが)、予想以上にスムーズに目的地に到着してしまいました。『こいつは賢い!賢いや!これがカーナビの威力なのか・・・。』と感動してしまいました。ファーストガンダムにおいて、かのシャア大佐はララー・スン少尉のカンの良さに対して「ララーは賢いな」と賛辞を贈りましたが、私もそれに習い、myカーナビに対して『おまえは、賢いな。これから君の事をララーと呼ぼう』と心の中で呼びかけていました(後で思うと、かなり不気味)。

016西明石駅前のコインパーキングに車を停め、新幹線ホームに入場券で入ります。とりあえず間に合いました。博多方ホーム先端でスタンバイして、40秒後に500系のぞみはやってきました。さすがに速い。

今日はUターンラッシ035ュ対応で、この後2本の臨時500系のぞみが走ります。今度はホームの中ほどで撮影しようとしますが、冬至から間もないこの時期、10時前というのに太陽はあくまで低く、ホームの屋根の影でが、通過線に落ちて、いい写真は撮れそうもありません。仕方なくホームの屋根が切れている大阪寄り先端で待機します。ここなら先頭部分には陽があたります。間もなく次の500系のぞみがやってきます。が、直前に手前の下りホームに、<ひかり>が入ってきました。この列車、当駅でのぞみに抜かれる為、長時間停車するとの事。やられました!この<ひかり>がきれいに、向こう側を通過する列車の姿を遮ってしまいます。あわてて400mほど向こうの博多方先端へ正月075早々猛ダッシュします。今回はスタンバイして、20秒後に500系のぞみはやってきました。先ほどとまったく同じアングルになってしまいました。悲しい!同業者から次の500系のぞみも、今回同様下り列車に被られるとの情報を聞いて、当駅での撮影を切り上げます。

車で、姫路方向に走ります。以前耳にした、防音壁が切れている区間141158149 154を探します。なにぶん始めて運転する道ですので、迷いまくりました。ようやく、目的のポイントを探し当てたのは、最後の500系のぞみ通過 約5分後でした。今日は、することが悉く裏目に出ます。

 

肝心の500系のぞみは撮影できませんでしたが、良い写真が撮れました。ここまできたら、午後に東京から帰ってくる500系のぞみを撮影しようと思います。

山陽電鉄で撮影しながら時間をつぶします。

午後3時を過ぎる頃、加古川の土手に上がります。川を渡る500系のぞみを待ちます。徐々に陽も落ちてきました。周りを見渡すと朝、西明石で一緒に撮影していた同業者の顔もあります。しばらくの間、仲良くなった同業者さんと、今年初めての鉄道談義・・・。ゆったりした時間が流れてゆきます。やがて時間が来ました、ファインダーに神経を集中します。遠くに尖がった顔の500系が見えたかと思うと、あっという間に接近してきます。今日は良い写真が撮れるぞと思った瞬間、大きな雲208が陽を隠してしまいました。またもや悲惨な結果に。思わず同業者さんと苦笑いの交換をします。

←直前通過した上りこだま編成の際は、光線状態良好だったのに・・・。                                               217←嗚呼・・・。本番のぞみ通過時には、その瞬間に 雲がかかり前部はシルエットに・・・

これで、本日の500系のぞみの追っかけは終了することにします。撮影地からほど近い高砂市内を車で走っていると<ようこそブライダル都市高砂へ>という看板が目につきます。そういえば当地には高砂神社という有名な神社があることを思い出しました。今日の本州上陸の主目的は初詣であることをいまさらながら思い出し、行ってみることにします。

225思っていたより規模は小さな社でしたが、参拝客も途切れることなく訪れ、各自願いをかけていきます。私も今年の無事とささやかな願いをかけていきました。うれしいことに、今年初めてのおみくじは大吉でした!今年こそ良いことがあるようにあらためて拝みます。

撮影も終わり、初詣も終えて、そろそろ帰路につく為に、カーナビに帰りのルートを検索してもらいます。ここからなら徳島の自宅まで明石海峡大橋経由で2時間半もあれば帰れるはずです。が、myカーナビ<ララー>は4時間かかるといいます。何故!ルートを確認すると、倍ほどの距離のある瀬戸大橋経由をルートに選んでいます。思わず絶句してしまいました。私のカーナビ<ララー>は賢くは無いみたいです。むしろアホみたいです・・・・。でもしばらくはカーナビ<ララー>と付き合っていくことになりそうです。これからもドライブ中はカーナビに頼らず、自分がしっかりしなければと、正月早々思うのでした。


私の見仏記(2)クリスマスなのにお寺訪問

2007-12-25 22:51:25 | 神社仏閣

12月23日(日) クリスマス時期に六波羅蜜寺に行く

大学鉄研かつ経済学部K田ゼミ同期生のT内氏と、お昼に江坂で待ち合わせました。クリスマス直前のこの日に、なぜかインド料理を食べながら久しぶりの再開を喜び合います。さて、T氏が私に、「これから、どこへいくんや?」と聞いてきました。私の希望「六波羅蜜寺に行って、空也上人像を見たい。それから時間があれば三十三間堂にも行きたい。」を伝えます。T内氏は、「かまへんで。一緒にいこか」と言ってくれました。仏教発祥の地、インドの料理を食べ終え、我々は仏像を拝みに京都に向かいまImg_2005す。

地下鉄で淀屋橋に向かい、そこから京阪特急に乗り換えます。その際、何も言わないのに2階建て車両の2階席に着席します(これぞ、鉄ちゃん同士のあうんの呼吸)。特別料金不要の鉄道車両の中では、おそらく見晴らしが日本一良い車両で京都を目指します。七条で普通に乗り換え五条へ。地下にある五条駅の階段を上り一歩外に出た瞬間、風が冷たく感じると同時に、<京都のにおい>がしました。<京都のにおい>がいかなるものかを他人に説明することは困難でありますが、学生時代の4年間を京都で過ごした私が言うのです。やっぱり<京都の街のにおいは>存在するのです。その京都臭ぷんぷんの裏通りをてくてく歩いていくと、少し迷いましたが目的の六波羅蜜寺に4時前に到着。

Img_2002空也上人像を見る為、拝観料を払って裏の宝物収蔵庫に入ります。と受付の方が、「今から○○(早口でよく聞き取れなかった)が始まりますから、本堂で○○を見に行ってから来て下さい。」と入ってくる人全てに、まるで追い返す様に声を掛けています。我々も急遽、御本尊の前に、訳の分からむままに、あわてて坐り込みます。既に周囲は人でいっぱい。やがて袈裟を着たお坊さんがマイク片手にこれから行われる儀式について、概要を説明してくれました。

これから行われる仏事は、踊躍念仏(ゆやくねんぶつ)と呼ばれるものです。千年前に念仏をはじめられた空也上人は、口で唱えるだけでなく、身振り手振りでも表現され、それが現在に伝えられたものとの事。鎌倉時代に入ると、町のあちこちで念仏が流行。ところが、民衆が集団で行う念仏は為政者や同業者から弾圧を受けはじめました。そこでこのお寺では、空也上人以来の法灯を絶やすまいと、夕暮れに本堂内陣で密かに念仏が唱えられるようになりました。鉦を叩きながら行われるこの念仏は、歴代住職の口伝で伝えられてきたとの事です。昭和53年になり、はじめて一般に公開される様になりました。ビデオ・カメラでの撮影と録音は厳禁とのこと。巷では、「かくれ念仏」とも言われているようです。

なんか予想もしない展開になってきました。

およそ30分弱の間、つい30年前までは世間に数百年間秘密にされてきた儀式が、面前数メートルで展開されています。数人のお坊さんが念仏を唱え、鉦を敲きながら本尊の前をぐるぐる周り、最後に聴衆と一緒に念仏を唱えます。

最後に、その場にいた参拝客全員に順番に焼香をさせてもらい、お札までもらってから本堂を退出しました。後から聞いたところでは、この踊躍念仏は毎年、12月13日から31日の間の夕暮れ時に行われる季節限定の貴重なものだったようです。1年間に自分が犯した罪を消滅させ、新年が良き年であるよう祈る意味があるとのことで、見終えた後はすっきりした気持になりました。

Img_1999さて、次に空也上人像を見に再度宝物収蔵庫に行きます。

←↓境内にあったポスターより

Img_2001私が高校時代に使った山川の日本史の教科書に、空也上人像の写真が掲載されていました。念仏を唱える口から六体の阿弥陀が現れたという伝承を、そのまま彫刻にしてしまったという、衝撃的かつ分かりやすいこと、この上ない作品です。いつか、実物を見て見たいと思っていましたが、ようやく拝むことが出来ました。運慶の四男、康勝の作とのことで写実的彫刻です。どうしても目がいってしまう、口から出ている六体の阿弥陀は、針金で表現していたんですね。

平清盛座像など、その他の収蔵物も一級品ばかり・・・・。私はしばし見とれていましたが、気がつけばもう5時前。本日の見仏記もおしまいです。

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同行の仏像に興味が薄いT内氏には、私のわがままに付き合わせて、少し悪いことをした気がしましたが、私としては秘儀が観られて予想外、大満足のお寺探訪でありました。

↑京都の裏通りでねこさんのお出迎えをうけました「おこしやす!」とでも言っているのでしょうか。それとも・・・