こんにちは、チャレンジコース3組の責任者(長老)を務めさせていただきましたかおるこ(佐野薫子)です。
チャレンジコース3組には、6人の福島のこどもたちが来てくれました!
中にはもうすっかり顔馴染みのこどももいて、「おかえり!」と出迎えることが自然になったことを、とても嬉しく感じました。
では早速、キャンプ中のこどもたちの様子を少しご紹介します。
▼2年生のみずと。山賊キャンプはこれで4回目です。お鍋洗いだってお手のもの!
▼てんが重たい杵を持っておもちつきを頑張りました
▼泰阜村の木下教育長が挨拶に来てくれました
▼福島のこどもたちもお礼の挨拶です。中学1年生のありさが代表して挨拶をしてくれました
▼かみしろ(右)が森の中でつららを見つけました!
▼かずき(左)は森の中でおおはしゃぎ!
▼ハイキングの途中でパシャリ。みずと(右)とりつき(左)はとても仲良しです
▼ギターの練習をしたよ
▼全員で食べた鍋はとってもおいしかったー!
▼ありさ(左)もみずと(右)も、キャンプファイヤーのもうじゅう狩りに大盛り上がりでした
▼帰りのバスの出発前にパシャリ。キャンプを終えて、みんなとってもいい顔をしています
2011年の夏キャンプから数えて計4回。
幸せなことに私は、4回全てのキャンプで福島のこどもたちと一緒にキャンプをしています。
恐らく、長老陣の中でも一番多く福島のこどもたちと一緒にキャンプをしているのではないでしょうか?
キャンプの回数を重ねるごとに、私の中で心境の変化がありました。
●2011年の夏キャンプ
「福島のこどもたちが泰阜村に来る。最高の思い出を作ってほしい!」という意気込みを持って責任者を務めました。
夏キャンプが終わった後、「福島県民というだけで、自分の目の前でハンカチで口を押さえられた。けど、山賊キャンプでは東京の子も名古屋の子も、みんな一緒に仲良くしてくれた。それが一番嬉しかった」と書いてあった、参加してくれたこどものお母さんからいただいたお手紙に涙が出ました。
●2011年の冬キャンプ
「福島のこどもたちを特別扱いしてはいけない。私たちが特別扱いすることで、福島のこどもたちも、他の県のこどもたちも福島のこどもたちが特別だという先入観を持ってしまう。みんな同じ、愛すべきこどもたちなんだ」という気持ちが自然と自分の中で生まれました。
●2012年の夏キャンプ
2011年の冬に感じたことを大切に、キャンプの責任者(長老)を務めました。
仲間と一緒に暮らしを創る、一緒に生きることは、どこにいても変わらない、素晴らしいことなんだということを、改めて感じました。
●そして今回、2012年の冬キャンプ
福島のこどもたちと一緒にキャンプをすることは、私の中で良い意味で当たり前のことになっていました。
福島、東京、名古屋…どこから来たかは関係ない。
C3組のメンバーは、誰一人として6人のこどもたちが福島から来たということを気になどしていませんでした。
それは、とても素晴らしいことだと、自然な時の流れの中で感じました。
しかし一つ、私が今回のキャンプで強く感じたことがあります。
それは、「忘れてはいけない」ということです。
東日本大震災、福島の原発事故からもうすぐ2年の月日が経とうとしています。
現地で暮らしていない私は、確実に震災や原発事故のリアリティは薄れています。
でも、未だに苦しんでいる人はたくさんいる。
今もたくさんの問題を抱えている。
大切な人を亡くして、心を痛めている人がいる。
そして福島のこどもたちは、今も外で遊ぶ時間や、食べ物の制限がある中で暮らしている。
そのことを、平和な日常で暮らしているからこそ、私は忘れてはいけないと感じました。
何もできないけれど、せめて今の現状に気持ちを寄せることはできる。
知らん顔をしないでいることはできる。
そして微力ながら私にできることは、泰阜村に遊びに来てくれたこどもたちに対して、笑顔で「おかえり」と言ってあげること、仲間と一緒に、最高に楽しいキャンプを創ること
それが今の私にできる一番のことだと思っています。
自分のやれることを、一人ひとりが誠実に行うことで、きっと大きなパワーになるはずです。
そのパワーの一部に自分もなりたいと、今回のキャンプを通して思いました。
C3組に来てくれたみんな、山賊キャンプの思い出を胸に、福島でもガンバレ!
またいつでも泰阜村に帰っておいで。
3泊4日、本当にありがとう。
チャレンジコース3組には、6人の福島のこどもたちが来てくれました!
中にはもうすっかり顔馴染みのこどももいて、「おかえり!」と出迎えることが自然になったことを、とても嬉しく感じました。
では早速、キャンプ中のこどもたちの様子を少しご紹介します。
▼2年生のみずと。山賊キャンプはこれで4回目です。お鍋洗いだってお手のもの!
▼てんが重たい杵を持っておもちつきを頑張りました
▼泰阜村の木下教育長が挨拶に来てくれました
▼福島のこどもたちもお礼の挨拶です。中学1年生のありさが代表して挨拶をしてくれました
▼かみしろ(右)が森の中でつららを見つけました!
▼かずき(左)は森の中でおおはしゃぎ!
▼ハイキングの途中でパシャリ。みずと(右)とりつき(左)はとても仲良しです
▼ギターの練習をしたよ
▼全員で食べた鍋はとってもおいしかったー!
▼ありさ(左)もみずと(右)も、キャンプファイヤーのもうじゅう狩りに大盛り上がりでした
▼帰りのバスの出発前にパシャリ。キャンプを終えて、みんなとってもいい顔をしています
2011年の夏キャンプから数えて計4回。
幸せなことに私は、4回全てのキャンプで福島のこどもたちと一緒にキャンプをしています。
恐らく、長老陣の中でも一番多く福島のこどもたちと一緒にキャンプをしているのではないでしょうか?
キャンプの回数を重ねるごとに、私の中で心境の変化がありました。
●2011年の夏キャンプ
「福島のこどもたちが泰阜村に来る。最高の思い出を作ってほしい!」という意気込みを持って責任者を務めました。
夏キャンプが終わった後、「福島県民というだけで、自分の目の前でハンカチで口を押さえられた。けど、山賊キャンプでは東京の子も名古屋の子も、みんな一緒に仲良くしてくれた。それが一番嬉しかった」と書いてあった、参加してくれたこどものお母さんからいただいたお手紙に涙が出ました。
●2011年の冬キャンプ
「福島のこどもたちを特別扱いしてはいけない。私たちが特別扱いすることで、福島のこどもたちも、他の県のこどもたちも福島のこどもたちが特別だという先入観を持ってしまう。みんな同じ、愛すべきこどもたちなんだ」という気持ちが自然と自分の中で生まれました。
●2012年の夏キャンプ
2011年の冬に感じたことを大切に、キャンプの責任者(長老)を務めました。
仲間と一緒に暮らしを創る、一緒に生きることは、どこにいても変わらない、素晴らしいことなんだということを、改めて感じました。
●そして今回、2012年の冬キャンプ
福島のこどもたちと一緒にキャンプをすることは、私の中で良い意味で当たり前のことになっていました。
福島、東京、名古屋…どこから来たかは関係ない。
C3組のメンバーは、誰一人として6人のこどもたちが福島から来たということを気になどしていませんでした。
それは、とても素晴らしいことだと、自然な時の流れの中で感じました。
しかし一つ、私が今回のキャンプで強く感じたことがあります。
それは、「忘れてはいけない」ということです。
東日本大震災、福島の原発事故からもうすぐ2年の月日が経とうとしています。
現地で暮らしていない私は、確実に震災や原発事故のリアリティは薄れています。
でも、未だに苦しんでいる人はたくさんいる。
今もたくさんの問題を抱えている。
大切な人を亡くして、心を痛めている人がいる。
そして福島のこどもたちは、今も外で遊ぶ時間や、食べ物の制限がある中で暮らしている。
そのことを、平和な日常で暮らしているからこそ、私は忘れてはいけないと感じました。
何もできないけれど、せめて今の現状に気持ちを寄せることはできる。
知らん顔をしないでいることはできる。
そして微力ながら私にできることは、泰阜村に遊びに来てくれたこどもたちに対して、笑顔で「おかえり」と言ってあげること、仲間と一緒に、最高に楽しいキャンプを創ること
それが今の私にできる一番のことだと思っています。
自分のやれることを、一人ひとりが誠実に行うことで、きっと大きなパワーになるはずです。
そのパワーの一部に自分もなりたいと、今回のキャンプを通して思いました。
C3組に来てくれたみんな、山賊キャンプの思い出を胸に、福島でもガンバレ!
またいつでも泰阜村に帰っておいで。
3泊4日、本当にありがとう。
C3組長老 かおるこ(佐野薫子)