今日は、仕事の休憩時間に、ギターを弾いて唄を歌いました。
北東の山を見ながら。
フクシマのこども、被災地のこどもを想ってです。
歌った唄は「私のこどもたちへ」という曲です。このブログでも紹介しました。
歌詞と、その唄に載せた私の想いは、ブログ該当所を見てください。こちらへ。
仕事というのは、このブログでも少しだけ紹介しましたが、秋に発行される出版の原稿書きです。
泰阜村の風土や文化から導き出した教育力によって事業を行い、支えあいの村づくりに挑戦してきたグリーンウッドの25年の歴史と実践をまとめています。
25年前にヨソモノがどのように過疎山村に入ったのか。
何を大事にして村の人びとから信頼されるようになったのか。
そこに生まれた苦しさや葛藤は何だったのか。
若者の職場をどうつくって運営・経営しているのか。
その教育実践が社会に果たす役割は何なのか。
実は私、それを一年かけて執筆しているところです。
8月末、つまり今日!脱稿予定です。要は〆切が今日!
夏に発行予定が、大幅に遅れました。そのひとつの要因が東日本大震災です。
泰阜村の「支え合い」「お互い様」の教育力が、震災支援に役立つのではないか、そういうことも、事実を交えながら本に掲載されることになりました。
きっとこのブログからも、いくつか文章が掲載されると想いますよ!
この「本を書く作業」ってほんとうにたいへんです。
やってみないとその苦しさはわからないものですね。
なので、今日は、執筆最後の日なのですが、気分転換の休憩に、ギターで弾き語りをしたというわけです。
この本に凝縮されている泰阜村の教育力が、「私のこどもたちへ」の唄に載り、被災地に届きますように。
ということで、まとまなブログ記事にならずに申し訳ありません。
しかも、「ちゃっかり」本の宣伝までしてしまいました(笑)
北東の山を見ながら。
フクシマのこども、被災地のこどもを想ってです。
歌った唄は「私のこどもたちへ」という曲です。このブログでも紹介しました。
歌詞と、その唄に載せた私の想いは、ブログ該当所を見てください。こちらへ。
仕事というのは、このブログでも少しだけ紹介しましたが、秋に発行される出版の原稿書きです。
泰阜村の風土や文化から導き出した教育力によって事業を行い、支えあいの村づくりに挑戦してきたグリーンウッドの25年の歴史と実践をまとめています。
25年前にヨソモノがどのように過疎山村に入ったのか。
何を大事にして村の人びとから信頼されるようになったのか。
そこに生まれた苦しさや葛藤は何だったのか。
若者の職場をどうつくって運営・経営しているのか。
その教育実践が社会に果たす役割は何なのか。
実は私、それを一年かけて執筆しているところです。
8月末、つまり今日!脱稿予定です。要は〆切が今日!
夏に発行予定が、大幅に遅れました。そのひとつの要因が東日本大震災です。
泰阜村の「支え合い」「お互い様」の教育力が、震災支援に役立つのではないか、そういうことも、事実を交えながら本に掲載されることになりました。
きっとこのブログからも、いくつか文章が掲載されると想いますよ!
この「本を書く作業」ってほんとうにたいへんです。
やってみないとその苦しさはわからないものですね。
なので、今日は、執筆最後の日なのですが、気分転換の休憩に、ギターで弾き語りをしたというわけです。
この本に凝縮されている泰阜村の教育力が、「私のこどもたちへ」の唄に載り、被災地に届きますように。
ということで、まとまなブログ記事にならずに申し訳ありません。
しかも、「ちゃっかり」本の宣伝までしてしまいました(笑)
代表 辻だいち