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マラドーナの記憶

2020-11-30 | 日記

先日、かつてのアルゼンチン代表「神の子・マラドーナ」の訃報が流れた。昨日の深夜、メキシコ・ワールドカップの映像が流れていた。今と比較すればいかにも荒れた解像度の悪い映像だが、それでも、マラドーナのプレーを初めて見た興奮を覚えている。今の中継映像の解像度で見たなら、もっと細かな足や体の動き、手を使ってのバランスの取り方や相手の体の押え方などが伝わって来るだろう。

 日本サッカーがまだワールドカップ出場を目指すことすら考えられなかった時代、ワールドカップ中継で突然目にする世界のサッカーはすべての面で衝撃的だった。あの「神の手ゴール」もその一つ。後からの映像で見れば「明らか?」なそれが、マラドーナだから通用したのか、審判の死角で見えてなかったのか、いずれにしても彼が世界的な超一流プレーヤーだということが、ひしひしと伝わって来た。

 その頃の日本プロ野球でも、「王選手が見逃せば、それはボールになる」という話を聞いたことがある。お互い人間同士の選手と審判の関係には、どうしてもそういう所がある。確かに、現在のビデオ判定は正確さと公平さを確保するうえで優れていると思うが、古くからの人々にとってはかつて「伝説」に隠されていた一角が露になってしまう「味気無さ」も多少ある。もちろんプレーヤーにとってみれば、やはり、公正で正確な判定が最も歓迎されるということは、言うまでもないのだろうが・・・そんなことを考えながら、しばしの間、古き「マラドーナのワールドカップ」の映像に見入ることとなった。

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