岡山市にある後楽園は、旭川を挟んで、岡山城の対岸に、江戸時代初期に岡山藩主・池田綱政によって造営された、元禄文化を代表する大名庭園です。
岡山城や周辺の山を借景とした池泉回遊式の庭園で、日本三名園のひとつとされ、国の特別名勝に指定されています。
太平洋戦争中には、食糧事情の悪化に伴って園内に畑が作られ、さらには空襲で園内の建造物の多くが焼失してしまいました。 終戦後には進駐軍の宿舎として使用されていましたが、進駐軍の撤退後に園内の復元がはじまり、1967年(昭和42年)には園内の全ての建造物の復元が完了しています。