ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

自治会総会終る

2011年04月15日 16時09分27秒 | ペタンク爺さんの一日
昨夜近くの地区会館(五区会館)で自治会の総会が開催された、何時も平日の夜開いていて日曜は潰さず、それでいて仕事が終ってからでも参加できる時間に設定しているが、全会員で100戸だが半数割る程度に終始している。
それでも、委任状を含めるとほぼ8割の表決が確保され、総会の決議は全て了解され終了したが、19時から始まった会議も21時まで続いていた、最後は矢張り新役員選出で時間を取られた。
役員全員が高齢者で、会長にいたっては前立腺ガンと診断されていたが、古い友人でもあり退任すると病人になってしまうので、出来る所まで続けるべきとサポート約の役員が檄を飛ばし続けてもらう事にしてあった、それゆえ主だった役員は全員留任と、その中に50歳代の若い役員が五役の中に加わり、新しい体制はスタートした、無論私の総務担当は抜けれる訳も無い。・・・・生涯自治会の役からは抜けられないと感じている。

昨日から、予定に入れていた手稲バックカントリーに出かけた、手稲ハイランドの駐車場は5台ほどの車がとまているだけで、予想に反して来ている人が少ないと思った。
ただ、今日は朝から太陽が顔を出していなかった、それでも予報では気温17度になると云っていたが、山でも10度を超えるかな予想していた、しかしスタート地点でも時折通り過ぎる突風で木の小枝が飛んできていた、兎に角高い空は風が強く吹いているのが感じ取られた、・・・・山頂は風が強いかなと、少し不安になる。

ようやく支度を整え、スタートした時間は11時頃、少しべたついてきた雪を踏みしめ女子大回転コースのサイドを登りつめた、雪質の成果1時間では山頂にたどり着けなかった、ただ今日の強い風も南風か、南側の山頂裏側からゴウゴウと風音がしていたが、スキー場側は風下になり、案じていた突風にも悩まされなかった。
持っていった、おにぎりを食べる、一休み後、今日は山道の車道を降る、昨日と同じ足にはヅック靴下を履いての滑走でしたが、少し雪が緩みすぎて滑らなかった。



女子大回転ダンヒル

2011年04月14日 16時16分05秒 | ペタンク爺さんの一日
この春シーズンになり、手稲山への日参も五回を数えた、初日だけは気温が高く厚着で登ったので、初日と言う事でばててしまった。
その後、ずう~と薄着で通しいてるが、夜になって気温が下がり大回転バーンの壁は、硬くバリバリしている事が多かった、厳冬期のコースはピステで厚雪さえしていなければ深雪になるので橇でも滑り降りるのは楽しいくらいのコースになるが、スキー場として整備されたコースは緩斜面はよしとするが、急斜面だけは自然のままの斜面にして欲しい、それが橇コースとして利用出来るスキー場と思う。
勝手なことだけを云っている橇滑り人の、寝言かも。

朝から、今日は気温が高くなると想像できていた、気象状況で橇すべりに理想に近いコース状態になる正午頃に、手稲山頂に立つと少し遅めに我が家をスターとして行った。
駐車場には、5.6台の車が止まっていた、見ると殆んどはバックカントリーで、同じくらいの時間に登り始めるグループもいた。
11時スタートし、山頂には1時間少々で到着計画通りに正午には山頂に立っていた、滑り出す前に腹ごしらえして、数日前から考えていた備品のヅック靴下を靴の上から履く、今シーズンになって初めて使う、本格的には使用していなかったので、今日の雪の状態は気温が高く雪が溶け出していて柔らかく、スキーコース全体を利用する女子大回転コースで初テストとなった。
橇に座り前に、ヅック袋を履いた両足を車の前輪のように出して利用しながらターンを繰り返す操作が加わり、操作性が抜群に上がり思っている理想のライン取りが出来た。
これなら、大回転くらいは容易に出来るとも思った。

山頂付近には、バックカントリーのグループが何組も上がってきていた。
何時ものように、ヘルメットにカメラを固定し撮影をしながら一気に、手稲大回転コースを滑り降りた。

明日は、今日より気温が上がるとの予報に、また挑戦する事にしている。
今日は、最高の橇滑りが出来ました。


蒔かぬ種は生えぬ

2011年04月13日 14時17分07秒 | ペタンク爺さんの一日
冷たい雨がお昼頃まで降り続いていた、昨日から朝駆けに眼科医院の定期診察を決めていた、ここの所毎晩のように夜10時から始まる古い映画鑑賞をしていた。
このチャンネルは7月からはもう見れなくなるので、今の内とささやかな楽しみを続けている。
終演は、12時を過ぎている、それでもそんなには朝寝坊もしていない、緑内障が発見されてからもう丸二年は過ぎていると思っている、病院は目の前の回明堂眼科医院で、これほど近くに病院が有ると言う事は、良かったのか悪かったのか解釈に苦しむ。
診察は、8時30分から始まるが、8時前に一度受付だけ済ませ自宅に戻り、ゆっくり朝食を食べ終えて、再度医院に出向く、何時も最初のグループ診察の中に入っているので9時には自宅に戻っている。
今のところ、緑内障の進行も止まっているらしく、診察結果にほっとしている。

本当は、今日手稲山行きを考えていたが天候の巡り合わせが悪く中止している、気圧の谷が短い周期で通り過ぎている、北海道はまだ地震が無いから喜ばねばと思う。
汲み置きの名水が切れ、有明まで出向く周りは雪が消えつつあり、もう春の気配も色濃くなっていた。
帰りは、滝野公園廻りで帰宅途中から雨が止み晴れ間が覗くようになる、滝野霊園の異様なまがい物が何時も気になっている、堂々と人まねするのは、中国だけかと思っているが何となく、悲しい。

それにしても、岡本太郎のモニメントは独自性があり、素晴らしい才能と思っている。
これからの日本に、太郎さんが何人も現れるのを期待したい。

今日、物置の中を探し回ってダリアとユリの根をようやく見つける、仕舞うときにオガクズを手に入れその中に入れて保管していた、開けてみて全滅とはなっていなかったが、半分は再生出来ない状態と判断した。
二三日ビニールハウスの中で乾燥させ、しかるべき所に植えようと思っている。
今日は、百日草、みそはぎ、それにトマトの種をポット植えをしハウスの中に保管した。

種は、このあとゴデチヤとトルコキキョウが入荷してくる、そのあと最後になると思うが宿根の苗6種が入って今シーズン終わりと思っている。
それにしても、今日の種まきは寒かった。




カーデニングと名残雪

2011年04月12日 14時26分34秒 | ペタンク爺さんの一日
札幌市内の春の気配は、何と云っても小学生のピカピカの1年生の通学姿と思う、本州なら桜の時期と重なり華やかさが彩られているのに、・・・・大きなランドセル姿の通学路にはまだ陽のあたらないところには、雪が融けないで残っている。
我が家の、カーデニング作業は廻りの人達より少し先走っている、一般には今福寿草が満開とクロッカスの花が盛りになっている。
昨秋に、プランタンから外しておいた土をそのままテントを被せて投げて置いたが、今日テントを広げ日光消毒と土の再生作業を終えた。
一週間ほど、太陽にあてたあとオルトンと肥料を混ぜプランタンや鉢にセットすることにしている。
どんな花を植えるのかは、これからじっくり考えたりする事が花壇作りの楽しみでもある、昨年成績の良かった百日草の種をネットで注文していたのが、ようやく届いた、一日二日のうちにボット植えをして、大きくなってから移植することにしている。
花壇も、次々と芽を出し始めだした、それを見ながら此処に何が植えてあったのが確認できる、兎に角もう少し様子を見ないと、植えてある所をほじくらないよう用心している。
今日確認できたのは、カサブランカが芽を出した、近くにトルコ桔梗も有った筈だが、今だ気配が感じられない。・・・・桜草も咲き出す、これは毎年ほっておいても咲き出し結構長く楽しませてくれるので、本当に愛いやっと思っている。
昨秋、土上げをしておいたダリアの種の越冬、出来ているか確認しなければと思っているが、植えるのは五月に入ってからにするつもりだ。

明後日に、自治会の総会が迫ってきていた、総会資料製作は私の仕事なので、資料の最後の校正を済ませ今日私のプリンターで刷り上げた、全部で8ページの100部刷り上げるのに、今日一日ではなかったが可也の時間を費やした。
仕上がりは、90点くらいの評価をつけてもと思うくらいだった、これで準備完了する。


橇の今昔

2011年04月11日 16時43分13秒 | ペタンク爺さんの一日
手稲山頂から壁の中腹


手稲壁下から林道入り口



橇と人の関わりは、遡ると古い歴史がある地理的に山の側のスイス地方の木製橇が始まりでないかと思う、大昔から現代でも大きく変わらずに今でも作られていて、現在では一般には遊びとして、途中からオリンピック種目にもなっている、リュージュ、スケルトン、ボブスレーなどとスポーツとして華やかなに日の目を見ているところもある。
スイスでは、現在でも一般の人が橇で滑れるコースがある、行った事は無いが夏は車道でないかと思っている、それに滑り出して30分も1時間もかかるらしい。
橇は、いたってシンプルで人間の操作性で上手に滑れるらしい。

私の橇を持ち込んで滑って見たいと思っているが、所詮無理な事とも思っている。

もう一つ、犬と橇とが組み合った犬ぞりの歴史も古い、こちらは生活に密着して生き残っている分野で、最近はスポーツとして注目されている。

私の橇も、今の所一般にはゲレンデでは受け入れられないが、普通の山であればスノーシュを履いて山頂へ帰路は橇でお尻すべりと遊びの世界では通用する。
この所、テスト滑走を始めて三年目になる、操作性などテストを繰り返しているが、ほぼ完成かなと思っている。
現在は、5月連休までは手稲山を利用して滑っている、雪が無くなれば終わりなので現在出来る橇すべりは、一日でも多く滑ろうと思う。

山頂まで、1時間はかかる一日一本が体力の限界かな。・・・・

ガーデニングを楽しむ

2011年04月10日 14時43分53秒 | ペタンク爺さんの一日
急激に雪が視界から消えて行ってるこの頃、花壇の彩りは一番早いクロッカスの青、白、黄の可憐な花が咲き誇っている。
我が家のガーデニング初めから、待ちきれず色々といたずらを始めていた、ささやかなビニールハウス作りをしたお蔭で、宿根の花の苗が今年は早々と春や初夏が来たかと、慌てて成長して来ている、どうも騙しのテクニックなのかと、少しは咎めているが、人の欲望は果てがないようにも思う。
昨秋に、積んでおいた落ち葉が雪が消えてきて顔を出した、腐葉土にはまだ完成していなかった、間もなくプランタン花壇も作り出すので、赤玉や種まき土や、生ゴミの熟成促進剤なとを買いにホーマックまで出かける。

今日は、選挙日、こちらはついでにと行きしなにあやめ野小学校に立ち寄り投票を済ませる。
帰宅後、一冬雪ノ下になっていたカーデニング用作業台を引っ張り出す、出来かけの腐葉土を袋詰めし熟成促進剤をふりかけまとめる、3袋出来る。
コンポストを開けてこちらも熟成促進剤をふりかけ、上に残雪を乗せ蓋をする。
このあと、二週間ほど経つと使用出来る様になるかと期待を込めている。
ハウスの中の水仙の花が咲き出した、仏さんにと10本ほどを切った。
次に咲く花はチューリップでないかと想像している、出来れば花屋さんから花を買わなくても仏さんの花が続いて咲いて行ってくれることを願っている。
花壇作りの、目的の一番はこの辺が本音だと思っている。
昨年の春に植え替えていた、アイヌねぎが雪が消えた花壇の隅から顔を出した。

それにしても、種まきはまだ少し早いのか先日ネットで頼んだ花の種がまだ届かない。

昼から、自治会の役員会があり、矢張り当自治会に福島原発避難の家族が入居してきたことが判った。
いよいよ、大災害も身近に感じられることになり日本も狭いことが判ってきた。


今日はスキーヤーと一緒

2011年04月09日 14時02分15秒 | ペタンク爺さんの一日
中一日おいて手稲山に向っていた、昨日は雨模様だったので休養日にしていた、今日は高気圧が張り出してきているらしく、少しずつ空が明るくなり出していた、手稲についても太陽は顔を出してこなかったが、気温は確実に高くなると厚着はせず、セーター一枚を余分に着込んできていた、バックカントリー専用になっている駐車場に着いた時間は、9時少し過ぎたあたり、所が先客の車が20台ほど止まっていた。
土曜日なので、早々と登り始めている人がいると思うだけだったが、何時ものように準備を整えコースに出た途端、ロープウエー真下を降りてきたスキーヤーグループと出くわす、一瞬驚く。
よく見ると、少しはなれたリフトが動いているのに気がつく、よく見るとスキーヤーが乗っているのだ。
咄嗟に、ひょっとすると営業しているのかと思い巡らす、先日の3日(日曜)が最後の営業でその後は休んでいたはず。
来たからにはと、相変わらず橇を引いてバックカントリーでコースサイドを登っていった、ゲレンデは圧雪車が綺麗に整備してあった、次々とスキーヤーやボーダーが滑り降りてきた、歩いて登るのと違って兎に角回転は速い、山頂到着まで同じ人に遇っていたと思う。
今日は、融雪が進み柔らかい雪と思っていたが殆んどのコースに圧雪車が入り、確りと踏み固めていて壁の辺りはカリカリしていた。
先日発見した橇コースに、今日も挑戦する、圧雪コースのため橇が流れコントロールが難しかった、壁の中間を過ぎそのまま道路を降ってくる。・・・・・途中歩きが入る。
壁下から、最後の車道コースに沿って滑り降りる、此処も最適コースだった。


間もなくコート開き

2011年04月08日 14時08分20秒 | ペタンク爺さんの一日
北国の四月の入学期は、春とは云え朝晩は寒さが身にしみる、いまだストーブが無ければ生活は出来ない、でも近頃は暖かい日など日中はストーブの火を消している、灯油が高くなっているので生活防衛にも繫がっている。
桜前線は、五月の連休にならないと札幌に到達しない、その頃にはストーブもお役ごめんになっていると思う。
今年は、四月24日の北海道知事杯ペタンク大会にエントリーしてしまっているので、その数日前の19日に五区公園のコート開きから練習開始となっている。
大会は、西区のツインキャップで室内なので流れる事は無い、顔見せ大会のつもりでエントリーしている、久しぶりの全道大会だ。

今日、我が家の前の五区公園を覗いたらあれほど雪で覆われていたが、あと数日で完全に雪が消えてしまうと思っている、コート開きまで10日ほどあるので間違いなく予定表通りになりそうだ。

我が家の、裏庭のグランドも土が顔を出しているが、一人での練習は最近は長続き出来なくなった、手の届きそうな目標が無いことが原因と思う。

初めての名刺は、20歳の頃の「衣料品店越後屋 遠藤泰秀」が始まりだ、つい最近作った名刺は「遊びの達人 遠藤泰秀」が私の名刺となっている。
今日は、久しぶりに買物のお伴をする。

 五区公園も間もなくコート開き

手稲山最適橇コース発見

2011年04月07日 14時20分57秒 | ペタンク爺さんの一日
今日で手稲かよいも三日目になった、前日までと違って太陽は顔を出していなかった、手稲ハイランドに到着し準備を整えスタートした時間は9時30分を過ぎていた、スタートして気がついたことはセーターを一枚持ってくるべきだったと、寒かった、そのせいで体が冷えないように一生懸命歩いた、私の後から三組くらいのバックカントリースキーの人達が続いていたが、追い越されることは無かった、多分これまでの記録と思うが50分くらいで山頂へ到着していた。
山頂付近で、突風にあい体が浮いたように感じた、急遽山頂リフト降り場の下に退避する。

夏に、手稲山山頂まで登る車道がある、今は一般の車は立ち入りが出来ないが、其の昔自由に登っていたこともあった。今日の、手稲山は前日までの気温に変って、表面は凍っていた。
これなら、少し緩斜面でもスピードが出ると思い、山頂から壁の中間まで、この車道を滑り降りることにした。

滑り終わって感じたことは、九十九折の車道は、橇専用コースとしても最適と思った、そして立派なルートが現にあることに気がつかされた。
今日は、中間から下は壁を降りていったがそのまま、車道を降ると其処から先は本当に緩やかな坂になっているので、初心者でも.そり遊びのコースとして利用出来ると思った。
明日は、雨なので兎に角休養日とする。

帰り道、札幌オリンピック施設の残影を写真に収めてきた、ゴルフ場の融雪撒きのヘリコプターがしきりと上空を飛び交っていた。





始まった手稲山橇遊び二日目

2011年04月06日 14時21分45秒 | ペタンク爺さんの一日
バックカントリーもどき・藻岩山を登っている登山者と、手稲山がクローズしてから登り始めている登山者とでは、装備や服装の面からもひと目で判る。
山の高さは、藻岩の倍位はあるが登り始める地点は標高は500Mほどあると思う、距離的にはさほど変らないと思うが、標高が高くなるので天気次第では条件が可也違ってくると思う、今頃はスノーシューや、山スキーにシールを貼って登っている人が殆んどだ、若い男性も多いが、女性も多いのが目立つ、藻岩と違ってシニアの女性は矢張り少ない、シニアの男性は結構来ている。

山スキーも多いが、若い男性のボーダーもめだっ、大きなボードを背中に登って行く姿は春山の風物詩にもなる。
私のように、橇滑りしている若者もシニアも居ない。
当たり前と思っている、滑っていると珍しがられて見られているみたいだ。
橇操作が上手になってきているので、滑っていても本当に面白い。
今日は、スタートしたのは9時少し前、雪が締まってきたのでスパイクだけで登り始める、昨日と違って薄着をして女子大回転コースサイドを直登して行く、どうやら今日は私が先頭だったらしい、山頂に着いたら10時少し過ぎで所要時間1時間10分ほどだった、まだまだ元気、お蔭で少し自信かついた。
降りは、同じようなコースだが橇は滑った、兎に角爽快に滑り降りる。
途中から手稲山頂を望む







手稲山バックカントリーもどき(4/05)

2011年04月05日 16時55分08秒 | ペタンク爺さんの一日
2011シーズン手稲山橇滑り始まる。
クローズしたスキー場コースを利用し本格的に橇滑りを始めて2シーズン目になる。
今は、発泡スチロールを主体に、プラスチック、ベニア、木片、ビニールで作った橇が、新しいモデルとしている橇になっている。
手作りでは、シンプルにした現在の橇が今のところ最良のモデルとしている。
第一、安価な材料代で出来るのが味噌だ。
今日の、お天気は数日前から約束されていた、家を出たのは8時を過ぎていた手稲山となると少し遠い、それでも手稲ハイランドに着き準備を整え、駐車場をスタートした時間は9時になっていなかった、シーズン初日、年々体力が衰えているので去年の登攀時間には破れないと思っていた、生憎数日前に降った雪が10センチほど積もっていて、途中を考えスノーシューを履いて上がった、コース直登は諦め雪の積もった車道を登りつめた、寒いと思い着込んで行った服を気温が高くなり脱ぎ、シヤツ一枚で山頂までたどり着いた、山の上は風もあり脱いだものを又着込む。
時間は三時間近くかかっている、私はハイカーでないと、バックカントリーもどきなのだと納得させる。
若い、グループが何組も登っていた、スノーボード、スキー、バックカントリーと。
動画撮り、新雪が少し邪魔になり橇にブレーキがかかった、緩斜面は止まりそうになったが、大回転コースの急斜面でも直滑降で降りた所も多かった。
久しぶりの、ロングコースは橇のコントロール技術も伴ってきているので楽しいに尽きる。



穏やかな春の入り

2011年04月04日 14時17分45秒 | ペタンク爺さんの一日
数日居座っていた、冬将軍の殿らしいやつが明け方にかけて遠ざかっていった、後足で砂を掛けるように薄らと白いものを残していった、しかし春本番の本隊が近づきつつあるらしく、そんな淡雪などあっと云うまにかき消していた。
明日から、連日快晴が続き気温も10度以上の日も有るらしい、今週末には街中も見えるところから雪が消えていると思う。
前から気になっていた事で、何年も着ていない服が押入れの中を占領していた、捨てるにもお金がかかると思い、目方で買い取ってくれている所を思い出し、持ち込んだ、大きなビニール袋で三個あったが合計で何十円で買い取られてしまった。
一枚一枚は、思い出のある服類だったがこれで過去のしがらみから切れたようにも思った、もう見ないで済むから、記憶のデターも薄れて行く、それでいいのだと思っている。
昼ごはんは、途中で買ってきたお稲荷さん、8個で290円を二人で食べた。

昼からは、裏のベランダ下にテーブルと椅子を引っ張り出し、花壇作りの下準備を始めていた、小さなビニールハウスの中の植物は、表の花壇と違って花を咲かせ始めたものも出始めたので、近所のガーデニング仲間が寄ってくるようになった。
それと同時に、それぞれの花壇の手入れを始める人たちも増えだした、まだまだ雪が被っている花壇もあり、雪が融けるのを待ちかねて雪跳ねを始めていた。

明日か明後日てあたりに、サカのタネ屋さんから三種ほどのタネが届くので、到着次第すぐ種まきをする準備を完了させた、ハウスを利用するので早々とポット苗を作る。
沢山できるので、近所に嫁入りもさせている。
・・・・・楽しい春の花壇作りです。

明日は、いよいよ手稲山へ。


春を探して

2011年04月03日 14時30分23秒 | ペタンク爺さんの一日
今日は、朝から雪がちらついていた、見えていた土の上にうっすらと雪が残り見た目にも冬の戻りと感じさせる風景に、複雑な思いをしていた。
間もなく、ピカピカの1年生の入学式も近づいているのに、と、次の週末は知事、道議、市長、市議の選挙日、もう、そろそろ「春うらら」とまで行かなくても街の中だけは冬が終って欲しいと思っている。

ただ、天気さえ良ければきっと今日も山に向っていたと思うが、自然相手の野外活動は天候次第で、同じ場所でも天国と地獄が入れ替わる、それがバックカントリーは生死にも繫がる、たかがそりすべりのための山登りだが、天国だけで終らしたいと思っている。
明日は兎も角、明後日の火曜日には手稲ハイランドへ、そして今年シーズン初めての手稲山頂へと焦点を合わせている。

買物を頼まれ、出かけたついでに、冬山もいいが春が恋しく豊平の緑のセンターに立ち寄る、何時もの春の花としてアザレアが目立っていたが、近頃マーガレットの花の種類が何時の間にやら増えて来ているのに驚かされる。
マーガレットと言えば白い花で、野生化し北海道なら何処でも見られる花と思っていた。
今年は、種を買って植えてみようかとも思っている。
昨日、ひとシーズンぶりにサカの種屋さんにネットで三種ほどの種を注文した。


全てマーガレットの花です、


橇で藻岩山頂からスキー場へ滑り降りる

2011年04月02日 15時04分14秒 | ペタンク爺さんの一日


快晴の藻岩山山頂からスキー場がクローズしたゲレンデオ、一気に滑り降りるイメージを描いて待っていた。
ところが残念ながら、この週末は季節が後戻りして雪がちらつく生憎の天気だった。
予報では、週明けの6日当たりから安定した気象になるとのこと、出来ればそのあたりから手稲行きを考えていたので、今日は朝から雪がちらついていたが10時近くになり、待ちきれず藻岩スキー場に向っていた、私の考えでは新雪で橇は滑ると思っていたが、全くその逆で新雪が邪魔になってしまった。藻岩からまつコースならターンを入れないとスピードが出すぎると思っていたが、橇が滑らないので急斜面でも直滑降で滑り降りていた。
そんな訳で、反対に緩斜面では橇が止まりそうになる最悪のコンデーションとなってしまった、この時期は、普通はザラメ雪なので、ワックスが無くても滑ることになっている、気温プラス4~5度でお天気が続くと一番いいコース状態になる。

今日気がついたが、観光道路は完全に山頂の展望台の前まで除雪が終っていて、工事関係者などの車がしきりと上がってきていた、いよいよ改修工事が始まったらしい、今日は土曜日なのでバックカントリーの人達で賑わっていた、私も持っていったおにぎりを無料休憩室で食べる。

雪が小降りになったのを見計らい、一気に滑り降りる。

帰宅後、小雪がちらついていたが、もしやと思い我が家の小さなビニールハウスの中を覗く、一番早く芽を出していたヒヤヒンスはもう何日かで花が咲きそうになっていた。
3月の28にマリンゴールドの種を植えていたのが、芽を出していたのだ、今日で5日目なのに、環境が整えば再生がある、ささやかだが嬉しくなる出来事なり。


藻岩スキー場でお尻(橇)滑り

2011年04月01日 13時14分14秒 | ペタンク爺さんの一日
藻岩スキー場がクローズしてから、橇を持ち込んで滑り出して今年で二年目になる、いまだシーズン中にゲレンデで橇滑りが出来ていない、新しい事をするには様々な弊害が行く手を阻む、雪国の文化としてスキー及びそりは同時に考え出された道具だと思う。
スキーの歴史も、そんなに古いものではない、近代的スポーツだ。
そりの文化も遅れを取った、いずれ誰かがやるだろうが少しでも早い方がいいと、私なりに動き回っている、かならず遺志を継ぐものが現れると信じている。

橇シーズン後半が、今日から始まったと思っている、今は藻岩山と手稲山を利用しているが、今年は他のスキー場がクローズした後を滑りに行こうと考えている。
橇滑りは、=バックカントリーなのだ。
今日の藻岩滑走の動画をアップした、本格的なカメラで無いのでいまいち。

スキー場の帰りの土手で、フキのとうを見つけるすぐ脇には、もう、蕗が出ていてびっくりさせられた、ふきのとうを味噌和えにする、春の香りがいっぱいだった。