ペタンク爺さん

ペタンクで遊ぼうよ!で20年

今年の夏は低温か

2015年06月30日 21時18分39秒 | 生涯学習

先日何日か真夏の様な暑い日が続いた、所がどっこい7月が近づくに従い季節が逆戻りした様な日々が続いている、近頃の予報は素人には非常に難しい、予想外の天候に変化しているのでもう完全にお手上げとなっている。

兎に角安定した気象情況になって欲しいと神頼りになって 終うのも頷ける、そろそろ巫に雨乞いならぬ晴天のお願い祈願を頼む様にした方が、世の中は全てお天気に支配されている、子供の頃の夢にお天気も人口的にコントロールしている漫画で見ている、あれから相当月日が経っているのに科学的進歩が遅いと感じる、私が生きている間は殆ど無理に思えて来る。

明日から7月遠藤農園も2ヶ月が過ぎ残り10月いっぱいの4ヶ月になった、収穫野菜も採れて一番楽しい真夏が来る、本当に暫く我が農園に顔を出していない、悔しいが今の所遺憾ともし難い自ら手の打ちようもなし、ただ天に祈るしかない救いの手がのびて来るのを祈るだけだ。

悪い事ばかりでもない、この大事な時間に、有機農業科の専門的な講義を毎日三時間程受けた、目から鱗がぼろぼろ落ちた沢山の知識も知ることが出来た、黄昏時に勉強出来た事が嬉しかった。

後は実践で生かして行く楽しみが待っている、もうひと頑張りと奮い起たす。

 

 

 

 

 

 

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梅雨明け間近

2015年06月29日 17時56分28秒 | 生涯学習

明け方4時に目覚めると、その後は睡眠につく事はなくネト大学に参加し好きな講座に首を出す日が続いている、今日は専ら雑学と検索作業に終始した。

今年もどうやら天候が不順で、特に九州と四国、それに中国地方の大平洋側一月程の降雨は記録何処で災害が発生してもおかしくないくらだ 、早く梅雨明け宣言が出て来るのを心待ちにしている、本州の梅雨明けの前触れで北海道は数日雨が続く事が多いが明日辺りから雨が数日続く、どうやら梅雨明けは近いとぺ爺の見立を発表。

久しぶりに岩魚釣を見た、どちらと云うと北海道は山女の方が圧倒的に多いがサケマスが孵化しそのまま川に残ってしまえば山女になってしまう、その点全く人工的な影響も受けない岩魚は自然界趣向で、それ故逞しく生きている川の魚だ、大昔から塩を振り焚き火のまわりに串刺したものを食べると格別に美味しい。

岩魚は川の上流が生息地なので、釣りびと達もサバイバル的な環境にでも対応している、山登りの沢歩きとよう似ている所がある。

 

  


ナデシコジヤパン快勝

2015年06月28日 17時54分05秒 | 生涯学習

早朝5時から始まったW杯は、ベスト8まで勝ち進んでいた、ここまで来ると 各チームの力は接近している、正直今日のオーストラリアは簡単には勝てる相手でなく延長戦になって最後はPK戦になると想像していた、後半の残りすくなり時間帯に若い岩渕を投入した佐々木監督の采配は素晴らしい判断だった、兎に角監督の能力は世界のトツプと評価しても言いといいたい。

余すところ凖決勝と決勝戰を残すだけになった、こんなに強かったかと思いを新たにしている。

今朝の講義は、釣り、手作り小屋、種作り、アウトドア等間口が広がった、博学も良いが記憶に残る事も少なくなっている。

数曰前妹にヨゴミ採りを頼んでいた、天恵緑汁を作りの原料の採取に八紘に行ってもらったが7月3日頃からアヤメ園がオープン準備中でヨモギの生えている所にはたどり着けず他の場所で採取していた、それにスギナに黒糖をまぶし漬け物の様に漬けて貰った、液が上がる様に重石を頼んだ、一週間程で製品になると思っている。

 

 

  


太陽が輝く7月が近づく

2015年06月27日 16時57分20秒 | 生涯学習

昨夜は21時には睡眠についていた、出来る事なら空が明るくなる頃に目覚めてくれると助かるのだが三時間も経っとトイレに行かねばならなく成ってしまう、それでも直ぐ深い眠りに入る事が出来る次に目を覚ますと今日は4時だった、その後は眠れないので大学講座に顔を出す。

今日は専らこれ迄の復習で、繰り返す事で深く記憶に留める事と大事な所はメモ書き残している、学習方法は学生時代と大差ない最後は活字にしないと、身に付かない。

実践授業で三年もやっていれば自然に知識は出て来る事と、兎に角今はこの環境でも出来る事をやっているだ。

明日の朝はナデシコジヤパンのW杯ベスト4をかけてオーストラリア戰がある、世界の国の女性の力強さ圧倒されるれるスポーツの世界と思わずにはいられない。

 

 

 


月三万円で田舎暮らし

2015年06月26日 18時08分41秒 | 生涯学習

今朝の講義は思わぬ方へ展開して行った、此れから行動して行く方向性を各々のモチベーンヨンと環境を材料として進む方向性をプランナーとして導いてくれる講座として開設し一般公募、参加料金二千円も収入源も計算しての徹底振り、ご本人達も実際標題の進行中、一言一言が説得力のある講座内容だった。

これ迄の日本の発展に一役かって来てくれた団塊世代も年金世代になり、少子化で人口も減少するばかり大都会は別として若者が居なくなった、村や町が高齢者しか居ない集落となっている、役場や行政も統合しなければ成り立たなくなる、後は家だけをの後した村があっちこっちに出てくるのは時間の問題と想像つく、気がつきだした本州の過疎地でも空いている家屋を使ってもらい仕事も準備して都会の若者を実際呼び込んでいる処も出て来ている、明治維新以来村や地方都市からから大都会へ出て行った、現在でも若者は東京に集まっているが、戦後の教育の良い面も出て来て、大災害が発生するとボランテアに参加する若者が大勢出てくるのも、戦後教育の良い面でもあると思う、問題発生してもひとつの方向に固まらず、多種にわたる解決法を出し話し合うと言う下地が出来上がって来ていると思っている、価値観が多様化して来ているのも確認出来る。

物やお金ばかりが先行する世の中で、自然趣向で精神的な豊かさを追及する個人やそれらをグループ も出て来ている、今朝の講義も高坂勝氏が開いたもので参加する人達も若者が殆どと思う。

ネツトの中でも実践している若者も出ている、土地を借り2坪程の小屋を自作し電気だけは最低契約契約で賄い、PCと最低家電品を用意して小さな野菜畑で自給自足生活、お金ばかりが幸せの世界から脱却する思想も増えて来ているのも確かになっている。

私も共感する事も沢山有って、此れからの黄昏人生も愉しいものになると確信出来た講座だつた、挑戦することが増えた順次良く並べると、先ず納豆作り、麹作り、味噌作り、醤油作りと思っているが達成出来るか未完に終るか私でさえ判らない。

 

 


目から鱗がぽろぽろ

2015年06月25日 14時42分53秒 | 市民農園

この辺、睡眠時間は22時から午前3時位が標準になっている、真夜中のテレビ番組は面白くないのと連続テレビばかり観ているとカードが直ぐ使えなくなる、唯一の楽しみも有料なのだ、持ち込んでいるSONYのタブレツトが学習の教材にの中心となっている、満充電すると4、5時間は使える、最近は要約使い方も板について来た。

学習を始めて 朝の気配が感じられて来ると学習にも気合いが自然にはいって来て、基本的には実践、実技の方は動画が中心なのだが、これまで私が知り得ていた園芸知識は尽く間違っていた事も分かり目から鱗が落ちて行く有り様に、驚きを感じ感じている。

ペタンクで20年も良かったが、せめて60歳還暦の項から足を入れてい たら黄昏大学も凄い展開になっていたと悔やんでいる、それでも残された時間は限りなく幸が残っていると感じている。

有機農法を専行して、益々深みにはまった感じなのだが力仕事は女性以下の体力に落ち込んでいる現在、この後の体力復活がカギにもなっている、それに農園作業を人の三倍も時間を掛けて動き廻っているだけで復活は可能だと思いも新たにしている。

農業って楽しいな~

 

 

 

 


サイロのある風景

2015年06月24日 17時32分38秒 | 月寒人

月寒の住人なってからも早いもので30年近くも過ぎ去っている、同じ町内会に重なっている八紘学園があり札幌駅北口の北大に匹敵する広大な農業実習施設がある、季節を通してこの辺の住民の憩いの場として開放してくれでいる、学校の生徒達が作った農作物の直販コーナーも出来、近頃は口込みで伝わり札幌の名所にもなっている、生徒は全寮生で二年間で卒業して行く、寮の直ぐ前に学校のカンバン的な建築物のサイロがあり学校の目印にもなている、つい最近て"は私の専用トレーニングコースになっている、それに昨年から市民農園に足を入れている、此方は軽い農作業で体力強化になっているいるはずだが今年は今のところ実技には参加出来ないでいる、今年から月寒公園の指定業者も決まり月寒フアンクラブ「月寒公園市民協議会」実質動き出し始めた、7月には移動天文台がやって来る、平行して月寒プレーパークも協賛グループとして活動することになる、本当に残念だがそれまでに復帰出来るか心配している。

その前に7月3日にクラブの総会が組まれているが、 出来れば出席したいと思うだけ、かえって足で惑いになるかと心は暗くなるばかり。

六月いつぱい位で退院したいな~~。


遠藤農園便り

2015年06月23日 16時31分33秒 | 市民農園

今朝8時30分頃自宅に電話を入れた、一足遅く妹は出掛けた後だった数日日照りが続いていたので畑の水撒きが目的で、適当な所で一雨欲しかったそれに今年は現場の畑に出て行けないでいるので、もつぱら机上農園作業の講義をネツトの中にヒントを探していた、5月の準備段階迄は河村通夫氏の講座を参考に組み立てて進めていた、ところが一月にも及ぶ入院を強いられベツトに縛り付けられていた、その間ネツト内に理想に保々近い講座をを見付けてしまった、ブルベリー作りは日本の先端を走っている人で東京農大を卒業し現在は母校の講師になっている、福田俊氏を私も究極の先生と決めてしまっている、短い間にここまで洗脳されたと自分でも驚いている。

氏の出している菜園便りは、実践的で動画は語りつくされいる、有機栽培農法で連作障害も乗り越えている、肥料も自ら作り出し農薬も使わず、無害の植物を利用し害虫、病気対策も素晴らしい、納得させられるばかり、畑の回転率も良く、少量多種 なので市民農園に規模には 最適と、理想的な先生に出会えたと思っている。

動画も50本くらいは出ていると思う、それが今でも続いている。

今日もお昼過ぎ妹が、遠藤農園帰りに立ち寄ってくれた畑で本間氏と出会ったと話してくれた、本間氏も心配で時々見回りに来ているとの話しだった友達ていいな~。

カブとうれん草、夏大根を収穫し私に見せてくれた。

 

 

 

 

 


底を脱出した爺

2015年06月22日 17時35分35秒 | 闘病

三週間隔で始まった抗がん剤治療は、6月18日が第二週になっていた、治療を受けた当日は副作用など出てくるかと思う位だった、翌日洗面所に顔を洗いに行き頭を触った途端髪の毛がボロボロに抜け始めているのに一瞬驚かせされた、直ぐ冷静になりイスラム帽子が出番がきたことを悟る、それから次々と副作用が私を襲った、四日目と昨日の五日目が最悪状態で、この辺りが今回の底止まりとなった様だ、今朝目覚めたが平熱になっていたので頭もはっきりしていた、体重計に乗ると48㎏になっていた、釈迦の修行中の裸を連想させる自分の姿に哀れみさえ感じしまった。

底止まりを感じれば後は快方が待っている、と自分に言い聞かせ気力を奮い立たせる、昨日まで私を含め二人の病室に新しく二人の患者さんが入った、少し賑やかなった。

相変わらずお昼頃妹が、我が家の花壇の写真を撮ったと見せに来てくれた、精神的な余裕もこの辺からのサポートで生まれて来るのを感じずにはいられない、予定していた降雨が来そうもないので、明日は畑の水撒きに行って来る、帰りはそのまま病院を訪ねると言って帰って行った。

久し振りに屋上の温室に顔を出す、真夏の風景に替わっているのに気付かされた。

 

 

 

 

 


窮すればドンする。

2015年06月21日 17時56分46秒 | 園芸士

デスクパソコンを持ち歩けなかったのでドコモから出ていたタブレットを買ってからもう二年も経った、便利だがある程度制限があるので本当は手を出したくない処だったが、また此れで此の良い所もあると使う様になってしまった。

抗がん剤治療4日目副作用もピークを向かえている様だ、落ち着いて我が家に帰れるのは何時になるか今日明日では見当も付かない、今日も昼頃ノコノコと妹がやって来た、気持ちも落ち着きホッとする、今は精神的な支えになっているのが良く解る。

寡黙で辛抱強いのはお袋にそっくりだ、今日も大した話題もなくじっと私の傍に寄り添い私の下らぬ話の相手をしてくれる、菩薩的な存在になっている。

間もなく7月に突入する、学園のあやめ園も今年は早まるのではないかと想像している、今日の話題はタブレットとアヤメの開花予想、8月には大相撲札幌場所が来るごとになっている、久し振りに関取達の稽古を見に行ってみたいと思う様になっている、関取遠藤の回復ぶりをこの目で、確認出来ればが本音なのだが。

 


農園の野菜達順調に

2015年06月20日 18時24分00秒 | 市民農園

現在、遠藤農園には妹が私の代わりにバス路線を使い通って代役を勤めて貰っている、今週に入ってから雨がパッタリ降らなくなっている、九州、四国の様に大雨で災害警報まで出ているのにと天の風雨神、に叫んでも一向に変わらない気がする。

気候的には今年の札幌は良い方だと断定出来る、もう数日過ぎてしまったが妹に私のカメラを持って行ってもらい畑の様子を撮って貰っていた、ブログ更新のトラブルが解決したので只今文章をひねり出している、今日もお昼近く、この糞暑い中我が家の花壇の花を切り花して私に見せる為に持って来てくれた、本当に心優しい妹と思っている。アアイリスの花が見頃を向かえていた、紫色なのだが三色もあり宿根の花で今年は増えて行ってるのも確認出来る程になっていた。

良く見ると他の花も、毎年ほって置いても咲く花達で偶然にも紫色が多いのに気付かされていた、5月22曰に入院してしまっている、段取りは付けては来ていたがもう一月近くになる、本当に畑のことが気になっている、妹が撮って来てくれた写真をを見ては自分を慰めている、最後まで心配していた大和芋の芽を出したとの報告を受け写真で確認も出来た、初めて挑戦したさつま芋も畑に定着し蔓も延び始めた。

今回の強制農業講習は本当に勉強になっている、ネットの中に動画が沢山入っていて其が大いに役立つ科目だった、今は記録を残し参考書を制作する事にと、いよいよ黄昏大学の博士号に挑むつもりだ。

昨日はあれほど調子が良かったのに、朝から体調が整えられない微熱がありアイスノンを使う、今日も売店でユーヒーを落として貰う、カップに入れ持ち帰る間に半分位溢れていた、一口のコーヒーの旨いこと。

 

 


復興ルート開通する。

2015年06月15日 17時16分24秒 | 闘病

幹線道路がズタズタにやられた、救援を待っている処に最良と思われた物資を生命線の胃袋から小腸をまで送り込んだが、現地の受け入れ体制が整っていなかった、一次隊から5次隊まで必用に支援を続けた、通信手段も復興していなかったので現地の生の情報が正確に解らないでいたのだ、救援隊の二次、三次、四次と被害が拡大するまで解らないかったのが今回の苦行に繋がった、絶食を始めたのは6月2日で今日で二週間ににも及ぶ、僅かな水だけで耐えた大量の点滴を打ち続けた、今回の治療には内科医も加わり万全体制だ、治療方法も定まり喉に穴を開け 食道を通 し胃袋へ、そこから小腸、大腸まで管を入れて多重遭難した場所を含め瓦礫の撤去が一週間ほど続いた。

今日は朝から現状確認のため造影剤を食道から入れ、レントゲンでの追跡調査が始まった、始めでから4時間後に僅かだが待望の通便があったのだ、此で幹線道路の復興に大きく前進した嬉しい日に、漸く退院の目安もついて来る。

妹は、朝から私の代わりに遠藤農園に出向いている、とうとう害虫の被害が出て来たので清田JAでその対策を聞いて必要なものを買って来てもらう事にしていた。

農園の情報第一報が届いたのは午前中だった、現場の写真を何枚も撮る事も頼んだ。

農園作業が病後の体力回復の特効薬になっていると確信している。

遠くから北海道神宮祭りの振れ太鼓の音が聞こえて来ている。

 

 


さっぽろ祭り

2015年06月14日 17時57分38秒 | アウトドアー

今年は、さっぽろ祭りには顔を出せないで終わりそうだ、ここ何年か神輿渡行に合わせ四丁目十字街に出掛けて行っていた、祭り好きは故郷の稲荷神社の子供神輿に就学前から参加するようになり其が中学生まで続いていたのが原因かとも思っている。

札幌祭りは高校生頃の創世川の上に丸太と筵ござで組み立てた見せ物小屋やサーカス小屋、お化け屋敷にオートバイの曲乗り、神宮とは別イベントの様にやっていた、中島公園を小屋掛けと夜店になってから何十年も経っている、円山公園で開催され神社と一体になった事もあるが、現在でも中島公園で小屋掛け夜店は違和感も無くなってしまっている。

今年は故郷輪西を出て50年はを経過している、一つの節目として8月3日の輪西稲荷神社の祭礼に合わせホテルの予約も入れて置いた、予想もしていなかった定期検診が入ってしまいお祭り参加は諦める、帰省しても昔の悪友逵はオールドブラックショーの世界だ、それでも妹を同伴し日程を10月3日の私の誕生日に変更して出掛けることにしようと、前向きに考えている、浦島太郎と同じだが何か嬉しい出来事にも出合いそうな気にもなっているから、不思議だ。

この日は満81歳の誕生日となる。

 

                              

 


アウトドアー派は円山時代から

2015年06月13日 19時12分20秒 | アウトドアー

男の子二人に恵まれ一番喜んだのは親の私だったと思っている、自分の兄弟は妹ばかり兄が居たが小学生から10年も一緒に暮らしていない歳も離れていたので兄弟の様な環境ではなかった、私が高校時代には消息不明で死んだのか、生きていたのかさえ判らずじまい、二親もどれ程悲しんだか親で無ければ解らないと思う、遠藤製網倒産が原因なのだがその項の私には判らぬ事ばかりだった、生きてれば今年88歳になっている、死亡届けも出していないはずです、命日も判らぬただ一人の兄貴です。

札幌にオリンピツクが来なかったら、二人の男の子も競技スキー畑に足を入れていなかったと今でも思っている、次男坊の庄二が小学生になったばかりの時に札幌オリンピツク開催が決まった、そこから歯車が狂いだし二年後には親子でスキーチーム結成までしてしまつた。

それまでは子供たちの休みに合わせ親子四人で、お握り持参で、近い所では円山公園、荒井山、一山越えて盤渓まで20丁目の家から徒歩でハイキングが我が家の行事に組み込まれていた、その頃はテント、キヤンプ用具一式に寝袋まで用意し夏休みには海岸まで遊び歩いていた、飯盒で飯を炊くのもお手の物でもあつた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


夏野菜が育ち始めた。

2015年06月12日 19時19分15秒 | 市民農園

いよいよ楽しい季節が到来する、残念ながら私が直接様子を見に行けないのが何ともはがいさが残り最初から仕組まれた今年のハンデーとして諦め、その分昨年の経験を参考に机上でのプランを練っていた、最初の準備段階では労働だけはさておき友人の本間氏や妹に力仕事を任せ私の考えて作っていたプランがほぼ完璧に出き上がっていた、こ今年は雑草とりも省くマルチグもしたし害虫と保温対策にトンネル栽培法で今のところ被害が出ていない、馬鈴薯が大きくなりだした、いよいよ敵前対策を始める時が来た昨年大きな被害を受けたテントウダマシが発生したと妹からの報告を受け、JAの清田で薬剤や対策を聞いて来るように指示する、これかわは害虫との闘いが 始まる出来るだけオーガニック農法を目指しハーブ類を利用する勉強はしているが、最後は一匹一匹見っけ次第駆除するしかない、気の長い根気のいる仕事になって来る。

私が直接畠の様子が判らないので妹が、等々カメラを持ち込んで写真を撮って来てくれた、自宅でポツト植えから始まり定着植え早大きく育つているのが堪らなく嬉しくなる。

 今年は現地でも収穫感謝祭を開催し取立の野菜料理を食べたいと思うようになっている。l