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西東京市・北海道富良野の森林を舞台にした遺伝,育種,生態などに関する研究ノートの一部を紹介します

Karhu et al. (2006) J Evol Biol読解

2007-01-20 | 研究ノート
・機内の行きと帰りでJ Evol Biolの論文を読んだ。ということで、久しぶりの論文読解。論文は、Karhu et al.(2006) Analysis of microsatellite variation in Pinus radiata reveals effects of genetic drift but no recent bottleneck. J. Evol. Biol. 19: 167-175 である。

<イントロ>
・多くの針葉樹は連続林の大きな集団を形成するが,ラジアータマツは5つの分断された天然集団が現存する。3つは大陸(カリフォルニアの沿岸部),2つはメキシコ沖のGuadalupe島とCedros島である。メキシコの島集団は大陸から数百年前に移住したとされている。

・Axelord(1981)によると,大陸の集団はもっと広い分布だったのが8000年前ごろから有意に減少した遺存集団だとしているが,一方,Millar(2000)は長期的なデモグラフィーの中で個体群サイズを連続的に変動させているとしている。

・3つの大陸の集団の現存個体数は100万個体以上と大きいが,2つの島の集団は個体数が少なく,特にGuadalupa島では400個体以下と推定されている。

・過去のアロザイムやRAPDの集団遺伝学的研究では,他の針葉樹に比べて遺伝的多様性が低いこと,遺伝的分化度が高い(Fst=16%)が示されているが,5つの集団間での遺伝的多様性の程度は同程度とされていた。

・近年のマイクロサテライトマーカーを使った研究では,大陸の3集団では自殖や近親交配はほとんどないが,島の集団では低いレベルだが存在することが示唆されている(Vogl et al. 2002)。過去のイベントによって近親交配が可能になっている可能性が指摘されていた。

・本研究では,多型性の高いマイクロサテライトマーカーと統計手法を用いて,アイソザイムと比較しながら過去のデモグラフィーの歴史が遺伝構造にどのように影響を与えたかを明らかにする。

・大陸の集団では,有意な個体群サイズの減少が起こったのか(Axelrod 1981),連続する個体群サイズの変動にあるのか(Millar 2000)を明らかにする。個体群サイズが小さい島の集団では,個体群サイズの変化の影響とボトルネックの影響を検出することを目的とした。

<材料と方法>
・かつて5つの集団から大規模な種子の採取が行われ,1980年にCanberraの近くに植栽された。本研究では,各集団につき20年生の30-34個体から針葉を採取し,遺伝解析に供試した。全ての個体は異なる自然交配家系である。また,Ano Nuevoの集団の種子30粒から雌性配偶体を摘出し,ヌルアレル頻度を計算するために供試した。

・マイクロサテライトマーカーは19遺伝子座を用いた。
・IAM, SMM, TPMモデルの下で,ボトルネックの検出
・遺伝的多様性のパラメータをあれこれ計算。
・Vogl et al.(2003)による祖先遺伝プールからの分化度Θpを計算。
・集団間の分化度を評価するためにFstを計算。Neiの遺伝距離から系統樹作成。

<主な結果>
・FISはいずれも高く,0.136~0.279でヌルアレルが原因と思われる。後の解析では,ヌルアレルと近交弱勢を考慮したアレル頻度を用いた。多くの遺伝子座では0.1より小さい低いヌルアレル頻度を示したが,2つの遺伝子座はPr161とPr060-2では約0.20であった。また,4つの遺伝子座では,ヌルアレル頻度が集団間で有意に異なった。

・全ての集団で高い多型性のレベルを示したが,大陸の集団では平均0.77と高いヘテロ接合度を示した。最も個体群サイズが大きい集団(Monterey)で平均アレル数が10,最も小さい集団(Gouadalupe)では6.73であった。島の2つの集団では,個体数が400以下と約8万と大きく違うのにもかかわらず,ヘテロ接合度は0.68と0.69でほとんど変わらなかった。

・集団間のFstは平均14.1%と高かった。アロザイムによる推定値はマイクロサテライトと同程度。大陸の集団間はペアワイズFSTが0.02~0.07と低いレベルを示した。島集団は大陸集団とは0.17~0.20と高い分化度を示した。

・共通祖先集団の集団からの派生は,遺伝的浮動の効果を示すΘp(Vogl et al. 2003)で表現できる。もっと小さい島集団GuadalupeのΘpは平均0.18,もう一つの島集団Cedrosは0.15であり,大陸集団はいずれも0.07以下と低い値を示した。アロザイムによる推定値とマイクロサテライトの推定値は大体同じ傾向を示した。

・Neiの遺伝距離からも大陸集団は,一つのグループにまとまることを示した。
ボトルネックテストの結果, TPMモデルはIAMモデルとSMMモデルの中間の値を示した。いずれも,ほとんどの遺伝子座でヘテロ不足が検出され,ボトルネックは検出されなかった。

<考察>
・ラジアータマツの個体群動態は,大きな集団が連続分布し下部集団間の分化程度が低い多くの他のマツ類とは大きく異なっている。2つの島集団は,大陸から10MYA(Cedros)と1-4MYA(Guadalupe)にそれぞれ独立して分離したが,大陸集団よりも個体群サイズが小さい島集団では遺伝的多様性が低下していることが示された。

・遺伝データから3つの大陸集団は2つの島集団よりも多型性が高い(ヘテロ接合度0.77vs0.68, アレル数9 vs 7)ことが判明。島の2集団は個体数の大きな違いにかかわらず,同様の遺伝的多様性を示した。

・形態や花粉分析などからGuadalupeの劇的な個体群サイズの減少,島集団でもおそらく4-8000年前からの個体群サイズの減少が示唆されていた。したがって,ボトルネックが検出されることが期待された。

・ボトルネックを経た後には,一時的なヘテロ過多が検出される。一方,集団サイズが拡大したときにはヘテロ不足になる(Watterson 1986)
本研究では,ヘテロ過多を示した集団はなく,むしろヘテロ不足が検出され,集団が拡大したことを示唆した。

・本研究では,1)大陸集団では個体群サイズが有意に減少したか(Axelrod1981),連続する変動の範囲にあるのか(Millar 2000)という疑問,また,2)島の集団サイズとボトルネックは検出されるのかという2つの疑問に答えることを目的とした。

・2番目の疑問に対して,島ではアレル多様度は大陸よりも減少しており,既存の研究よりもマイクロサテライトの多型性によって詳細に実態が分かった。
1番目の疑問に対しては,集団の縮小を示すような結果が得られず,むしろ拡大していることを示唆した。しかし,これは他の状況証拠と必ずしも一致しない。シークエンス情報などによって確認する必要がある。

<寸評>
・外来樹種を導入して成功した代表例であるラジアータマツの天然集団がわずか5つだということを初めて知った。ラジアータマツの造林はNZで有名だが,チリやブラジルでも成功しているらしい。

・ボトルネックテストを行っているので,アカエゾマツ論文の参考になるかと思って読んだわけだが,比較的コンパクトにまとまっていて、つい長くなりがちな当方にとってまとめ方は参考になるかもしれぬ。

・肝心の結果と解釈だが、おそらく著者たちはボトルネックが検出されると思って解析をしたのだろうが,全く逆の結果が出てしまったようだ。しかし,結局のところ、今回、ヘテロ不足が検出された理由について、納得いく説明がないように感じる(読み方が浅いせいかもしれないが・・・)。

・結果として、FISが高いのも気になる。ヌル遺伝子座を考慮してアレル頻度を計算したとのことだが,やはりヌル遺伝子座の存在がボトルネックテストの結果に影響を及ぼしている気がする。ヌルアレルの頻度が低い遺伝子座のみで解析した方がいいような気もする。また,連鎖不平衡のプライマー対の数,Structureなど,せっかく多くの遺伝子座数を生かした解析ができそうなのだが・・・解析に不満が残る論文である。