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西東京市・北海道富良野の森林を舞台にした遺伝,育種,生態などに関する研究ノートの一部を紹介します

Robledo-Arnuncio et al. (2005) J. Biogeography読解

2007-01-26 | 研究ノート
・引き続き、アカエゾマツ論文を書くために論文読解に取り組んでいる。一見、葉緑体SSRなのであまり参考にならないかと思っていたが、実はたたき台になりそうな論文を発見。

Robledo-Arnuncio et al. (2005) Genetic structure of montane isolates of Pinus sylvestris in a Mediterranean refugia area. J. Biogeography 32, 595-605.
目的:
・氷河期完新世の垂直方向の移動と間氷期の長期的な断片化が地域スケールのヨーロッパアカマツ集団の遺伝組成にどのような影響を与えたかを明らかにする。

調査対象:
・イベリア中部~北西部,スペインのメセタ(高原台地)北部と周辺の山脈に分布するヨーロッパアカマツ集団。この地域では,植物遺体の化石などによって,約6万km2のこれらの範囲が,氷河期における本種のレフュージアだったことが示されている。氷期にはメセタ高原の広い範囲に分布したが,その後の温暖化に伴い周辺の山岳地帯の高標高域に隔離分布すると同時に低地帯の限られた環境に遺存し,現在のような分断化した分布パターンになったと考えられる。

方法:
・13集団,322個体を葉緑体SSR6座で遺伝解析。遺伝子多様度,SMMモデルに基づく遺伝距離(D2sh)などを算出。AMOVAを用いて,遺伝変異を階層的に分割し,山地ごと(7グループ)に地理的に分化しているかを検討。PCOや系統樹も用いて集団間の関係を推定。そのほか,突然変異率,有効集団サイズなどについて,MCMCを用いてベイズ推定(プログラムMICSAT)。

主な結果:
・集団内の平均遺伝子多様度は0.978と,他のイベリア半島に分布する温帯性マツ類よりも高い。AMOVAにより,変異の大部分は集団内個体間(97%)だが,集団間でも有意な分化(θct=0.031)が認められた。一方,山地系ごとの解析では,山地間では有意な分化が認められず,山地内集団間で有意な分化が認められた。この結果から,この地域のヨーロッパアカマツは,現在異なる山地に隔離分布しているが,同じ盆地に面した異なる斜面間では遺伝的に類似しており,同じ山地でもむしろ異なる斜面では分化が進んでいることを示す(異なる盆地間と同様)。MCMC計算の結果,突然変異率は10-3,有効集団サイズは約1万個体,最近の祖先集団から4000世代以上が経過していることが推定できた。

結論:
・ヨーロッパアカマツで観察された遺伝的な構造は古生物学的な情報から推定される分布変遷の歴史(ヨーロッパアカマツは,かつて大きな集団としてメセタ全体に分布していたが,現在では山脈をつなぐように隔離分布しているようになった)と一致していた。全体として,間氷期の分断化にもかかわらず,中立マーカーで見る限り,ヨーロッパアカマツは高い集団内多型性と低い集団間分化を維持していたといえる。

寸評
・分布のパターンが今回のアカエゾマツと極めてよく似ている(しかも集団数やサンプリング個体数までも近い!)。完新世における温暖化によって,低地帯から山地帯まで連続分布していたものが山地帯に押し上げられると同時に,低地帯のごく限られた環境に隔離分布するようになったところなどはそっくりである。そのあたりの“くだり”の英語表現が秀逸で,お手本となる。

・今回の一連の分布変遷論文を通じて,ようやく専門用語に慣れてきた。まず,第四紀とは新生代の末期,180万年前から現在までを指し,その中で180万年前から1万年前までを更新世,1万年前から現在までを完新世というらしい。第四紀の間にも氷河期と間氷期が何10回も繰り返されたようである。7000年前くらいから温暖化したときの分布パターンの変遷が問題となるというわけだ。

・アカエゾマツの場合,ボトルネックと遺伝的バリアーにスポットを当てているのだが,こちらの場合は多様性が高く,分化度が低かったという結論になっている。当方の場合,ボトルネックが検出されていたり,標高によるARのクラインが認められていたり,遺伝的バリアーが検出されていることなどがもちろん違うわけだが,総じて集団間の遺伝的多様性が高く,分化度が低いという点では,同じ様な傾向とみることもできるわけで,ちょっと原点に立ち返ってみようという気になった。

・同じ盆地に面していれば距離は離れた異なる山系間で分化せず,同じ山地でも山陵によって分化が生じる(割合は低いけど),というのは当方の遺伝的バリアーの結果とも一致するのでうまく書けば引用できそうだ。Diversity and distributionとも体裁がほとんど一緒だし,いろんな面で参考になる論文である。

・デモグラフィックパラメータをベイズ推定し,事後確率を見せているあたりは今風といえそうであるが,この部分の理解はまだまだなので,もう少し勉強しないといかんな。