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西東京市・北海道富良野の森林を舞台にした遺伝,育種,生態などに関する研究ノートの一部を紹介します

ズワイガニの精子競争

2006-11-07 | 研究ノート
・雷,あられ,豪雨とひどい天気である.この時期は天気が悪いと,空全体が重苦しい雰囲気だ.審査結果が戻ってきた論文原稿を放置しておくのはますます気がめいるということで,焼松峠論文の修正にとりかかる.指摘に答えて修正するのは大変かと思ったが,うんうんと唸りつつ,1時間半程度でとりあえずの修正が完了.共著者にメールを送ったところ,早速,返事を頂く.最後の修正稿投稿までには,まだまだ細かいチェックが必要な訳だが,長い道のりもようやくゴールが見えてきたか・・・.

・講義準備もかねて,Trevor Beebee, Craham Rowe 著のAn introduction of Molecular Ecology(2004年)のページを開く.この本は分子生態の初めての教科書という触れ込みで購入したものだ.全体的に,動物生態学よりの本であるが,だからこそ植物生態学でも参考になるところが多い.今まで,集団遺伝の章(6章),保全生態学の章(8章)は斜め読みしているのだが,今回は4章のBehavior ecologyを少しじっくりと読んでみようという訳だ.

・まず,緒言,動物の繁殖様式,雄性繁殖成功,雌性繁殖成功の項目について読む.前半では,遺伝マーカーによる父性解析が可能になったことで,一夫一妻,一夫多妻,多夫一妻,多夫多妻など,行動様式の観察では分からなかった多様な繁殖様式が明らかにされ,理論研究が進んだことが示されている.また,性的二型の進化を説明するために雄性繁殖成功度の測定がどのように利用されたかなどについても紹介されている.しかし,最も興味深かったのは,雌性繁殖成功のところで書かれていた精子競争に関する研究である.

・複数の雄が交配に参加するというのは,決して珍しいことではない.生物の中には,交配してから受精に至るまで精子をしばらく保存できるものもあり,多くの場合,最後に交配した雄が多くの子供の父親になる現象が指摘されているそうだ.この“最後の雄・有利現象”には3つの説が示されている.1つ目の精子損失説(?)は,(おそらく交配後に精子は時間とともに損失していくために)最後の雄は受精までに失われる精子が最も少ないから有利,というものらしい.2つ目の置換説では,最初の雄の精子は二番目の雄の精子によって部分的に置き換えられてしまうために,結果的に最後の雄が有利というものだ,とのこと.3つ目は,最後の雄の精子が最も“よい場所”に貯蔵されているために,父親になる可能性が高くなる(sperm stratification)というものである.

・本書では,Urbani et al. (1998)によるズワイガニのsperm stratificationに関する研究例が紹介されている.実験室内の交配実験で1~4匹の雄と交配させ,交配から数週間後に胚(子)と複数の雄の精子が保存されている貯精嚢からDNAを抽出し,2座のマイクロサテライトで父性解析を行った.子の父性解析の結果,最後の雄がやはり多くの子の父親となっていることが判明した.一方,貯精嚢の解析では,それぞれの雄の精子が別々に貯蔵されており,最後の雄の精子が受精場所に最も近い“よい場所”に貯蔵されていることが分かったのである.

・これを植物に置き換えてみると,精子競争は花粉競争に相当するわけだ.柱頭に最初に到達した花粉が本当に有利なのか?,有利性が発生するような期間の長さは?,花粉競争のメカニズムは?といったテーマを野外の父性解析や交配実験で証明するのは面白そうだし,各種の開花期の変異を説明する上でも重要な知見を提供しそうである.菊沢先生の名著「植物の繁殖生態学」の緒言にも既に書かれているが,動物の繁殖生態学で盛んに研究されているアイデアは,植物分野では未開拓の研究分野だったりするのだろう.

・森林の分子生態学におけるブレイクスルーは,動物の繁殖生態学や1980年代の古典論文なんかに,そのアイデアが転がっているものかもしれないな,などと思いつつ,改めて考えるに,ズワイガニが研究対象というのはやっぱりすごい.これも研究費で買えるんだろうか,などと下世話なことを思ったりして.研究後のズワイガニの行く末が気になるところだが,まあ,考えるまでもないか・・・.