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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

武田範之忌に想う

2013年06月23日 | 日記
 きょうは、武田範之(1863-1911.6.23)が東京根岸養生院で遷化して102年目にあたる。九州久留米藩士の三男坊がいかにして明治期に遠く離れた雪国新潟の片田舎、浦川原村顕聖寺(曹洞宗)に関係したのかは修業のためというが、実際のところはよくわからない。わたしがちょうどひと月前五月に帰省した際、その顕聖寺を訪れて境内の巨大な事蹟碑に約一年振りに対面した。撰文は同郷の台湾総督が寄せていた。それによると武田は1900年代に伊藤博文の知遇を得て、韓国合邦運動を展開したというが挫折、1910年に帰国し、翌年に東京根岸で亡くなっている。
 この時代の同人としては、岡倉天心や森鴎外などがいる。武田は純粋に在野に徹しながら、極めて政治的な動きをしたとされるところが二人と大きく異なる。そのスケールの大きさは天心と同様、一筋縄では計り知れないものがある。

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