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まほろ界隈逍遥生々流転日乗記

根府川の海、早川港から小田原城下へ

2015年02月07日 | 旅行
 如月に入っての最初の晴れ渡った日曜日の早朝、小田急江ノ島線を藤沢まで下り、JR東海道線小田原止まりの車両に乗り換えて、湘南の地を西へと向かう。小田原で一度コンコースまで上がり、隣のホームに下って熱海行きを待っていた時が午前9時すぎ、ちょうど二週間前にMと待ち合わせた熱海行きの際のホームと時刻も天候も全く同じで、その偶然に少しとまどいを感じながら、小さくため息をつく。これから見にゆく旧片浦中学校近くのリフォーム住宅は、いったいどんな佇まいでそこから望む眺めはどんなものだろう。

 やがて、熱海行きの電車がやってきて乗り込む。小田原から二駅目で根府川駅に到着、ホームの向こうには180度の相模湾の雄大な水平線が拡がる。透き通って凛とした空気の中を、まだ上りきっていない午前中の陽光が、たおやかな海面にひとすじを煌めかせ、幾つかの船がゆらゆら揺れている。右手斜め方向に目をやると、江ノ浦地区のミカン畑の斜面がなだらかに真鶴半島までつながっている。かつてブルーノ・タウトが日本滞在中、熱海の旧日向別邸に向かう際、このあたりの風景を目にして“東洋のリヴィエラ”と絶賛したそうだけれども、さもありなん、そんな情景にのっけから立ち尽くして、いったいこの眺めにどう向き合ったらいいのだろうか。まあ、小さなことは気にするなよ、あるがままに心をひらいて、ゆっくりと自然に身を任せてみたらいい。

 ホームから階段を上がって連絡橋を渡り無人の改札を出ると、木造の鄙びた水色の駅舎内の額縁に毛筆で和紙に書かれて掲げられた一篇の詩は、茨木のり子「根府川の海」。何年か前の八月終戦記念日の新聞記事で読んだ覚えがあって、二十歳の時に終戦を迎えた作者のもうこれ以上何も失う恐れのない青春の彷徨を、抜けるような空と海の碧さに託して謳った清々しさが印象に残っている。それ以来、根府川といったら、この詩のことが連想される。

 

 冬のこの季節、海側ホームの前にはカンナの花はもちろん咲いていなかったけど、駅舎を出た広場正面の南斜面には、小さな金色の冠をいただくニホンスイセンの花々が群生しているが目に入ってきた。楚々とした立ち姿がここでは眩しいくらいで、いつもの秘めた感じと少し勝手が違う。かぐわしい香りは何を誘っているのだろうか。

 約束の時間にはまだ余裕があったので、ここからは連絡バスに乗ってさらに高台にそびえるヒルトン小田原リゾートへ。10数年ぶりだろうか、以前はバブル時代に計画された勤労者のための豪華すぎる厚生保養施設が、いまは高級リゾートホテルに変わっているのは時代の流れを感じさせる。正面玄関でバスをおりて館内に入ると、意外にもロビーの雰囲気はそのままだ。あいにく最上階のレストランは改装中とのことで、時間調整の当てがはずれてしまい、仕方なく周辺を歩いてみることにする。敷地を少し外れるとあたりはミカン畑、もうすっかり収穫は済んでいて葉っぱだけが青々と陽光を浴びている。斜面のミカン畑から眺める相模湾もなかなかいいものだ。

 ここから海を眺めつつ曲がりくねった道を目的地まで下っていくことにする。駅方面に戻って石垣の積まれた人家の先を中学校の裏手に進むと、どんづまりの場所に目的の家はあった。予想通りの眺望、玄関先の奥が展示ギャラりーというので、初めてこの家が陶芸作家の一階工房兼二階が住宅であることを知る(だたし、その主人高橋誠氏は、不慮の事故で一昨年に亡くなられたということだ)。しばらくリニューアルを担当した女性建築家の説明を伺う。
 二階に上げていただくと、そこが生活スペースで海に向かったリビングとキッチンが広がる。ベランダからは、庭の桜の木越しに相模湾と真鶴岬が望める素晴らしい眺め。いまの時期、朝日は左手の海上から昇ってくるそうで、新年初日の出が自宅から拝めるなんてうらやましい! 30年前とはいえ、よくこんなところに住まい兼工房を構えられたものだと感心しきり。日常生活は買い出しなど大変であっただろうに、自宅兼工房として陶芸制作を行うには、理想の環境であったのだろう。初夏にはギャラリーを公開されるそうで、その折りにはまた訪れてみたいものと思った。
  
 途中の片浦中学近くの道端でみかけた水仙の花、まぶしいくらい黄金に輝やく。

 帰りはふたたび根府川からJRに乗り、となりの早川駅で降りて漁港まで歩く。魚市場食堂の海鮮丼をいただいたあとは、そのまま早川を渡って南町西海子小路のお屋敷街をぬけ、途中小田原文学館に立ち寄ってから、国道沿いの「ういろう本店」喫茶でひと休み。それからお城を眺めながらお堀端を抜けて小田原駅まで、この一日よく歩いた。小田原は前日から「梅まつり」が始まっていて、南向きの梅の花はそろそろ見頃を迎えている。お城と海と富士山の眺め、すこし行けば箱根・伊豆の温泉地も近くと、小田原の魅力は近すぎてうっかり気がつかなかった感がある。

 先月30日から朝日新聞夕刊では、「各駅停話」という欄で小田急小田原線が紹介されている。その最初は「城下町 宿場町 今グローバル」と題された小田原駅から始まり、これから順番に上り方面の駅を紹介していく。二回目の足柄駅では「ライバル“アマゾン行き”」とあり、13年9月にあのネット通販大手アマゾンの物流センターが駅近くに開設されてから、人の流れが大きく変わりつつあることを紹介している。これまでは千葉県市川にある物流センターから注文品が送られてきたけれど、いまはここが国内最大の流通拠点になったそうそうで、今後アマゾンを利用するときは、富士山の望める足柄駅を思い浮かべることとしよう。

(2014.02。07初校/02.08改定)