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本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

麻生は愚図な屑だ・街を歩く。

2009-05-27 22:30:10 | 社会
最近連日街を歩いて激写している。京都とか守口市とかへ遠出することもあるし、せいぜい大国町止まりのこともある。今日は党首討論の日だったがパスして、その時間私はJR大阪駅から淀川土手へ向かう途上にいたと思う。これは上っ面の表皮だけのことかも知れないが、街はどんどん変遷して行く。新しくビルやマンションが出来ると「はて、ここには以前何があったんだっけか?」としばし考え込んでしまう。川筋・道筋・田地田畑等々も、改修や天変地異や圃場整備等によって百年を待つことなく大きく様変わりすることがある。大阪の古地図とか昔の写真とかも集めてみたら面白いだろうが、ああいうものは発行部数が少ないからみんな高価だ。ぁそ。今さりげなく当たり前のように道行く人々も、百年も立てばすっかり入れ替わっているだろう・・てなことを考えながら行脚行軍しているわけではないが、人もたまにしか通らない淀川土手に寝転んで大阪空港へ行く航空機などをつらつら見ていると、私だってあーた、ついつい「諸行無常」を感じてしまうのだねえこれが、ぁそ。*ところで先日橋下知事が平松市長と意見が食い違った際「市長は役人に丸め込まれているのかも知れない」といぶかっていたがまったくその通りで、だいたいが平松には自分の政策などあるのかないのか全然こちらには見えて来ないのである。最近の平松の自称「大阪クリーンアップ作戦」など「弱いもの苛め」そのものであんなものは私には到底認められない。次の選挙に平松が出たって私はもう入れない。寺田町の駐輪場を有料化し月極め専門にしてしまったことなど許し難い暴挙で、今そこはガラガラである。みんな自転車の置き場所に困って苦情が絶えない。馬鹿野郎が!役人どもの言う「美化」だとか「浄化」だとかはナチスばりの「排除の論理」なのである。天王寺公園ではカラオケ屋台を排除し、野宿者を排除して土建屋を稼がせた。園内通路は植栽やら鉄柵やらで逆に狭くなり、中央に大仰なフラワーポットを据え付けて周縁部の敷石はガタガタになってしまった。これでまた土建屋へ仕事を回せるというわけである。人間を押しのけて木を植えることのどこが「美化」か?!奴らは今日の写真の萩之茶屋の屋台も排除するつもりだ。私はあれも一つの文化だと思っている。文化を排除するというのだからこれはナチズムと変わらないのである。役人の描く線上でしか施策出来ない平松は正真正銘の豚だ。 . . . 本文を読む