本家ヤースケ伝

年取ってから困ること、考えること、興味を惹かれること・・の総集編だろうか。

軍人勅諭から。

2007-06-25 07:21:35 | 政治
下級のものは上官の命を承(うけたまわは)ること実は直(ただち)に朕か命を承る義なりと心得よ。これはいわゆる明治天皇の軍人勅諭の一部分である。『上官の命令は朕の命令と思ふへし。事の如何を問わず直ちに服従すへし』という奴である。かつて天皇の写真を『御真影』と呼び、その前に立てば直立不動を強制された時代があった。そんなに昔の話でもない。少なくなったとは言え、まだ充分に『時代の生き証人』の皆さんがご存命である。集会等で演者が一言『天皇』という言葉を発すれば参加者全員が一斉に直立不動の姿勢を取った時代である。今のどこかの国とそっくりではないか。というよりも、以前も指摘したがこれも『歴史の皮肉』というべきか、戦前戦中のわが国の挙国一致の臨戦体制から最も良く学んだのが他あろう、北朝鮮なのである。 *拉致被害者家族会が雨中東京でビラを撒いて拉致問題への関心を高めるよう国民に訴えたと言う。私はふと思ったのだが『果たして彼らは北の非道だけを連呼していさえすればいいのだろうか』『いったい自分達はどういう立場にいるのか大所高所から考えてみることはないのか』或いは『彼らは中山事務官までをもセンキョに担ぎ出すファシスト=安倍ポンの単なる《広告塔》であっていいのか』と。 *彼らはもっと広くスタンスを取って、この地上に今ある全ての人権迫害と戦う《べき》なのではないか。まっとうな《運動》を志す全ての組織・団体が超える《べき》ハードルがここにあるのである。と言って、別段格別な《運動》を展開する必要はない。世界で今展開されている《人権擁護》の運動に《紙切れ1枚》で連帯を表明すればいいだけの話であって、例えば、彼らは今《戦史圧殺》に抗議している大多数の沖縄県民に対して、なぜ一片の共感すら表明しない(出来ない)のか?《拉致問題》は何も安倍ポンの《専売特許》ではないということに、そろそろ彼らも気づいていい時期である。それに気づけば黙っていても拉致問題への国民の関心は高まるだろう。音頭を取っている人間が、つまりは安倍ポンこそが最大のネックなのである。・・といったところで、今日は少しだけ旧日本軍の研究をしてみましょうか。w . . . 本文を読む