武藤貴也の「国会議員枠で買える」とした知人への未公開株購入勧誘は国会議員の地位濫用、議員辞職が当然

2015-08-21 05:07:18 | 政治



      「生活の党と山本太郎となかまたち」

     《8月18日 小沢一郎代表記者会見要旨党HP掲載ご案内》    

     こんにちは、生活の党と山本太郎となかまたちです。
     8月18日に行われた小沢一郎代表の定例記者会見要旨を党ホームページに掲載しました。是非ご一読
     ください。

     【質疑要旨】
     ○戦後70年談話等について
     ○5野党代表の共同記者会見について
     ○平野氏の知事選立候補見送りと自民党の選候補者擁立見送りについて
     ○与野党伯仲の可能性について
     ○盛岡市長選について
     ○山形市長選について

 武藤貴也自民党衆議院議員が再びマスコミの脚光を浴びることになった。

 最初の脚光は周知のように7月30日(2015年)付けの自身のツイッターに、「SEALDsという学生集団が自由と民主主義のために行動すると言って、国会前でマイクを持ち演説をしているが、彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまでまん延したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」(NHK NEWS WEB)と書き込みをしたことで、まだ記憶に新しいはずだ。

 日本国憲法第19条は、「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」と規程している。

 武藤貴也は国会議員でありながら、日本国憲法9条の平和主義・反戦思想を掲げる若者が良心のままに自らの思想・信条に基づいて戦争を拒否することは日本国憲法が認めている基本的人権であることさえ理解できていなかった。

 この幼稚さは国会議員であることと逆説を成すが、幼稚な頭の持ち主だからこそ、他者の思想・信条を認めないと同時に自身の思想・信条を他者に押しつける二重の思想・信条の自由を侵すことになる。

 こういった幼稚な人間が権力を握ると、必然的に自身の思想・信条を押しつけまくる独裁者へといとも簡単に変身する。他者の思想・信条を認めず、自身の思想・信条を他者に押しつける精神構造自体が既に独裁性によって成り立っているからであり、独裁性を抱えているからこそ成り立ち可能となるからだ。

 つまり武藤貴也は既に内面に独裁的志向性を潜ませている。

 この内面に独裁者の仮面を隠した武藤貴也が今度は8月19日発売の週刊誌・週刊文春に知人に未公開株の購入を持ちかけ、集めた出資金の返還を巡ってトラブルになっていると報じられ、再びマスコミの脚光を浴びることになった。

 具体的には武藤貴也が昨年、ソフトウエア会社の未公開株を「国会議員枠で買える」と知人に購入を勧誘、23人が計約4千万円を武藤貴也の政策秘書の口座に振り込んだが、株は購入されず、出資金の一部は戻っていないと報じているという。

 勿論、週刊誌の報道が事実かどうかが問題となる。マスコミ報道が全て事実とは限らないからだ。

 だが、マスコミに報道されたその日(8月19日)、自民党に離党届を出し、即座に受理された。

 自らも事実と認め、自民党も、その事実を追認したことになる。勿論、自民党の陰には政府が控えている。内閣支持率や国会審議に影響するからなのは断るまでもないが、谷垣自民党幹事長が武藤貴也から離党届を提出されて安倍晋三に連絡したのだろう、〈安倍晋三首相は、離党届提出について「仕方がない」と谷垣禎一幹事長に伝えた。〉と(産経ニュース)が伝えていることが証拠となる。

 マスコミはこの離党届受理を各種影響を避けるために早期に幕引きを図ったと伝えている。

 だが、週刊誌報道を両者共に事実と認めたからこその早期幕引きでなければならない。

 問題は「国会議員枠で買える」と未公開株購入を知人に勧誘したことである。実際に株が購入され、公開されて株が値上がりし、知人たちが金儲けができ、その一部を政治資金に寄付の還流を行って、武藤貴也も利益を得て、四方八方メデタシ、メデタシでシャン、シャン、シャンの三本締めができたとしても、未公開株保有会社、あるいはその販売を委託された証券会社が「国会議員枠」を設けること自体が平等の原則に反した利益供与に当たるはずだし、武藤が「国会議員枠で買える」と勧誘したことは国会議員の地位を法律で許されている本来の目的以外で利用したことを意味し、国会議員の地位の濫用に当たる重罪であるはずだ。

 もし実際に国会議員枠で未公開株を購入していたなら、地位の濫用に職権の濫用が加わるはずだ。

 武藤貴也は今回の件がマスコミに報道されると、「今回はプライベートの件で、さらに党に迷惑を掛けていることを心苦しく思う」(産経ニュース)とのコメントを発表したそうだが、自身が国会議員であるその地位を利用した勧誘であり、相手も国会議員の地位に乗っかった勧誘の承諾なのだから、相手がプライベートな関係の知人であったとしても、国会議員の地位が関わっていることになって、決してプライベートな問題で片付けることはできない。

 国会議員の地位の濫用であるなら、自民党離党だけで済むはずはなく、他者の思想・信条を認めず、自身の思想・信条を押しつけようとする独裁的志向性を抱えている点からも、議員辞職が当然の自己対応であるはずだ。

 国会議員としての地位の濫用には目をつぶって、「仕方がない」と離党のみで幕引きを図るのは自民党総裁としての、更には首相としての責任放棄である。

 もし目をつぶったのではなく、国会議員としての地位の濫用に当たることに気づかなかったとしたら、ますます党と内閣の責任者としての適格性が問われることになる。

 武藤貴也の議員辞職を当然としなければならない。

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防衛相中谷元は8月19日の参議院特別委員会で安倍内閣提出の安保関連法案を戦争法案だと間接的に白状した

2015-08-20 09:38:30 | 政治



      「生活の党と山本太郎となかまたち」

      《8月19日 野党5党代表共同記者会見動画 党HP掲載ご案内》    

     民主、維新、共産、社民、生活の野党5党の代表が8月19日、盛岡市内で共同記者会見し、8月
     20日告示の岩手県知事選で現職の達増拓也氏への支援を表明しました。また、参議院で審議
     中の安保法案の成立阻止に向けて5野党が一致結束して取り組んでいくこともアピールしました。

     是非御覧ください。

 8月19日、参議院、正式名「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」で防衛相の中谷元が安全保障関連法案が成立した場合の必要性とその意義を強調したと、「NHK NEWS WEB」記事が伝えている。

 中谷元「法整備によって、在外邦人の救出や、破綻国家の出現を防止するのにも役立ち、現にテロの危険がある国際社会において、わが国としての対応の幅を広げるものだ」

 質問者が誰なのか、このNHK NEWS WEB記事には書いてないが、他の記事によると、社民党の福島みずほとなっている。

 福島瑞穂「法理論上、過激派組織IS=イスラミックステートの掃討作戦を行っている外国軍隊を後方支援することはあり得るのか」

 中谷元「一般論としてはありうるが、ISILについては、軍事活動、後方支援をする考えは全くない。それは法案が成立したあとも不変だ」――

 安全保障関連法案は破綻国家出現防止に役立ち、「現にテロの危険がある国際社会において、わが国としての対応の幅を広げる」との表現で、経済支援等を用いた外交のみならず、自衛隊による軍事的支援を加えることで日本の対応の幅が広がると、その法案の意義を強調しているが、最強・最大勢力の大規模なテロ集団「イスラム国」に対しては法案成立後も軍事活動、後方支援は行わないと言うのでは、破綻国家を作り出そうとしている「イスラム国」に対しては破綻国家出現防止には関わらないことになって、その意義づけと矛盾しているのみならず、後者の法案成立後の方針としている幅を広げるべき対外的な日本の対応を最初から制限した法案の意義づけとしている点でも矛盾も見せていることになる。

 破綻国家とはかつては失敗国家と称せられていたそうで、政府の統治能力の未熟によって統治そのものが十分に機能していない国家、それゆえの貧富の格差と貧困、社会の矛盾に根ざしたテロ(=武力闘争)の形を取った反政府活動、その活発化、集団化によって治安悪化や更なる経済的疲弊を招いて統治機能が益々衰退する悪循環に陥った国々を指し、それらの国々が破綻国家の一つの類型とされている。

 その他の類型として、政府の統治能力欠如と権力闘争等を受けた内戦の頻発、あるいはその長期化による治安悪化と国力の疲弊が破綻国家を装わせる原因となっている国を挙げることができる。

 当然、安全保障関連法案が破綻国家出現防止に役立てることを一つの意義とし、その上「現にテロの危険がある国際社会において、わが国としての対応の幅を広げる」と、テロ対応を自衛隊支援の一つとして考慮に入れている以上、例え「イスラム国」は除いたとしても、上記類型として挙げた破綻国家への自衛隊の関与の可能性に言及したことになる。

 戦争は一般的にはそれぞれが自国の軍隊を使って、その所有武器を用いて国と国同士が戦うことだが、自国軍隊を他国領に入れて反乱軍やテロ集団と戦う場合、それが一、二度の交戦で相手を殲滅させることができたで片付く紛争であることが常に保証されるなら、単なる戦闘レベルで扱うことができるが、その保証が常にあるわけではないのは類型として上げた破綻国家の国情を見れば理解できることであって、反乱軍やテロ集団が「イスラム国」のように多人数の戦闘員と強力な武器・強力な戦意の裏付けを背景に政府軍を圧倒して自らの支配地域を拡大化させていた場合、あるいは一進一退の攻防であったとしても、その殲滅のために継続的に戦闘を強いられる状況に遭遇していたなら、もはや戦闘レベルと言うことはできず、それを脱して戦争そのものの性格を持つことになる。

 当然、安全保障関連法案成立を受けて法律の施行を機に破綻国家出現防止の役割を担って外国に派遣された自衛隊は政府軍に味方して破綻の元凶を根絶するためにアメリカ等の他国軍隊と協力して反政府軍やテロ集団と戦闘を交えることになり、その戦闘が継続性を帯びた場合、多くの場合、簡単にはテロも内戦も根絶できない状況にあるから、継続性を余儀なくされるだろうから、自衛隊が他国軍隊と協力して戦争を行う高い確率の可能性を捨てることはできない。

 いわば中谷元は「安全保障関連法案が破綻国家出現防止に役立ち、「現にテロの危険がある国際社会において、わが国としての対応の幅を広げる」と国会答弁したことによって、時と場合に応じて戦争をする国になることを、自分では気づかないままに間接的に白状したことになる。

 安倍晋三や中谷元、岸田文雄や谷垣禎一は野党が安全保障関連法案を戦争法案だと批判すると、「レッテル貼りだ、逆に安全保守環境が整って、戦争抑止となる」と反論しているが、自衛隊が破綻国家出現防止の役割を担い、破綻の方向に進ませている原因がその国の政府の統治能力不全からの大規模テロや内戦であることが多く、そういったテロを撲滅したり、内戦を終結させたりするには長期戦を強いられることを考えなければならない以上、戦争という形を取らざるを得なくなって、戦争法案という批判が批判通りの結果を実質とする可能性は決して否定できない。

 自衛隊が破綻国家出現防止の役割を担うことになって戦争に加わることになれば、当然、強力な武器を用いた敵対勢力との攻防の機会が増加、あるいは長期戦を受けて攻防の機会は頻繁化することになってリスクは必然的に高まり、ときには犠牲者を出さざるを得なくなって、安倍晋三らが雁首を揃えて法律が成立しても自衛隊のリクスは高まらないと言っている発言をウソにすることになるに違いない。

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安倍晋三の「70年談話」で日露戦争を肯定的に評価、日中・太平洋戦争と一線を画する危険な歴史認識

2015-08-19 07:27:04 | 政治




      「生活の党と山本太郎となかまたち」

      《8月19日(水)野党5党党首共同記者会見生中継のご案内》》    

     「生活の党と山本太郎となかまたち」です。
     ニコニコ生放送は8月19日、岩手県知事選(20日告示)で、3選を目指す現職達増拓也氏の支援
     を決めている野党5党党首による、記者会見の模様を生中継します。是非ご覧ください!

     ◆日 時:平成27年8月19日(水)15:00~
     ◆会見者:民主党代表 岡田克也 維新の党代表 松野頼久 日本共産党委員長 志位和夫 
      社会民主党党首 吉田忠智 活の党と山本太郎となかまたち代表 小沢一郎 
      岩手県知事 達増拓也

     《8月26日(水)「ぶっ壊せ!アベ安保法制」開催》    

     安保法制廃案全国100万人デモに先立ち、「ぶっ壊せ!アベ安保法制」実行委員会は、安保法制と憲法に
     政治家として長い間そして直接携わってきた小沢一郎氏を招き、国会審議で忘れている新ガイドライン
     や集団的自衛権の根本問題と違憲性についてタウンミーティングを行います。

     日時:8月26日(水) 15:30開場
        16:00開会~18:00終了
        入場:無料(事前申し込み不用)
        場 所: 憲政記念館
        〒100-0014 東京都千代田区永田町1丁目1-1
        半蔵門線・有楽町線・南北線 永田町駅 2番出口より徒歩5分

        主催:「ぶっ壊せ!アベ安保法制」実行委員会
        【共同代表】二見 伸明(元公明党副委員長)・・平野 貞夫(元自由党副幹事長)・
        【統括事務局】日本一新の会事務局
        【参加団体】プロジェクト猪・主権者フォーラム・日本一新の会・オリーブ神奈川・オリーブ千葉・オールジャパン平和と共生・草莽・埼玉塾
        連絡先:日本一新の会事務局 大島楯臣(電 話) 0973-23-6316 (E-mail)jimukyoku@nipponissin.com
         (ブログ) http://nipponissin1.blog136.fc2.com/

 安倍晋三は8月14日発表「戦後70年談話」で冒頭次のように述べている。

 「終戦70年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、20世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第1次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたり得なかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした『新しい国際秩序』への『挑戦者』となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして70年前。日本は、敗戦しました。

 戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます」――

 続いて最初に戦地に散った日本軍兵士や日本民間人の戦争被害の様々な犠牲を挙げ、その数300万人だと言い、次いで日本の戦争で犠牲となった外国の人々に触れる、普通は日本の戦争が与えた被害・犠牲者を最初に持ってくるのが礼儀だが、順序を逆にするその失礼に一切気づかずにを堂々たる口調で「国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げ」ることができた。

 このことだけを取り上げても、日本の過去の戦争に反省の心を通わせていない安倍晋三の薄っぺらな気持が反映した談話となっていることが分かる。

 だから、「我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持を表明してきました」と、安倍晋三自身の「談話」でありながら、反省の主体を自身に置くのではなく、「我が国」の継続性に置く、自身から距離を取った曖昧な話法を形づくることになっている。

 先に挙げた冒頭発言で言っていることは、日本の戦争を20世紀という時代が生んだ産物だと時代的な一般性、時代性を纏わせた上で、具体的には欧米諸国の「植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化」によって大きな打撃を受けた日本経済打開の手段として、「国内の政治システム」の歯止めがないままに「力の行使」に走った結果だと歴史認識させているが、その思いには誰が見ても分かるように経済的に追い詰められた止むを得ざる選択だとするニュアンスが滲み出ている。

 但し安倍晋三は同じ20世紀の戦争であっても、20世紀初頭、1904年(明治37年)2月8日から1905年(明治38年)9月5日までの日露戦争を時代的な一般性、時代性から外して、「西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地」の支配下にあった「多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけ」たと、いわば反植民地戦争だと肯定的に価値づけている。

 当然、談話で「二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」と言っている「戦争」や「侵略」、「武力の威嚇や行使」等々、「もう二度と用いてはならない」国際紛争解決手段の中に安倍晋三は日露戦争のような戦争は入れていないことになる。

 もし入れていたなら、日露戦争に対して肯定的評価を下していることは矛盾することになる。

 それで、日露戦争について「Wikipedia」で調べてみた。かいつまんで引用してみる。

 ●満洲を勢力下に置いたロシアが朝鮮半島に持つ利権を手がかりに南下政策を取りつつあったこと。

 ●近代国家の建設を急ぐ日本はロシアに対する安全保障上の理由から、朝鮮半島を自国の勢力下におく必要があるとの意見が大勢を占めていたこと。

 ●朝鮮を属国としていた清との日清戦争に勝利し、朝鮮半島への(清の)影響力を排除したものの、中国への進出を目論むロシア、フランス、ドイツからの三国干渉によって、
  下関条約(日清戦争の講和条約)で割譲を受けた遼東半島が清に返還されたこと。

  但し同じく割譲を受けた台湾はそのまま植民地として日本が統治することになったこと。

 ●1900年(明治33年)にロシアが清で発生した義和団の乱(義和団事変、義和団事件)の混乱収拾のため満洲へ侵攻し、満州全土を占領下に置いたこと。

 ●ロシアが満洲の植民地化を既定事実化しようとしたが、日英米がこれに抗議しロシアは撤兵を約束したものの、ロシアは履行期限を過ぎても撤退を行わず駐留軍の増強を図っ
  たこと。

 ●1903年8月からの日露交渉に於いて日本側は朝鮮半島を日本、満洲をロシアの支配下に置くという妥協案、いわゆる満韓交換論をロシア側へ提案したこと

 ●ロシアはこの妥協案に積極的な主戦論を主張していた勢力が朝鮮半島でも増えつつあったロシアの利権を妨害される恐れがあるとして興味を示さなかったこと。

 ●結果、日露戦争開戦に至ったこと。

 ●国力が1年7カ月の戦争で疲弊しきっていた日本はアメリカの仲介で講和会議が開かれ、1905年(明治38年)9月4日講和条約が締結されて、日本は朝鮮半島の権益を確保
  し、その上、新たに東清鉄道の一部である南満州鉄道を獲得して満州に於ける一部権益を得ることができたこと。

 以上であるが、何のことはない、例え「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけた」が事実だとしても、日露戦争と言えども、中国と朝鮮半島を舞台とした植民地獲得が正体の戦争であったことが分かる。

 日清戦争で敗北して弱体化した清国にドイツ、ロシア、イギリス、、フランス、日本が進出を進め、清國の主権と領土を蚕食し、それぞれの権益を確立していった。

 このことが1937年からの日中戦争につながっていき、太平洋戦争に発展していったはずだ。

 つまり、日露戦争と日中戦争・太平洋戦争は一続きの日本の植民地獲得の戦争であり、後者は日本による侵略戦争の性格を持っていた。

 にも関わらず、以後の戦争と一線を画して日露戦争を反植民地戦争であるが如くに装わせて肯定的な価値を与え、国際紛争を解決する禁止手段の戦争の内に入れていない歴史認識に非常に危険な思想を感じる。

 逆説するなら、この程度の歴史認識で「安倍晋三戦後70年談話」を成り立たせていたことになる。世論調査で意外と多くの国民が評価を与えているが、言葉数の多さに惑わされないよう、気をつけた方がいい。

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安倍晋三の靖国参拝と真榊・玉串料奉納でホンネを隠して奉納者名を総理と総裁で使い分けるカメレオン的対応

2015-08-18 09:04:10 | 政治


 カメロンは外敵から自身を守るために自身の体色を周囲の色に合わせて変化させ、その色に紛れ込ませて自身を外敵から見えにくくすると言われている。このような生態から、個の自分を守ろうとする節操を持たずに周囲の状況や相手の人間の望むことに合わせて態度を変えて自分を守ろうとする人間をカメレオン的人間という。

 実際にはカメレオンが変色する要素は主に興奮するときとか、交尾を拒否するときとか、生理的・心理的要因が大きいそうだ。

 人間も自身の感情を相手に理解させるために顔の表情を険しくしたり、和らげたり、態度を素っ気なくしたり、突っ慳貪にしたり、ときには声の調子を苛つかせたり、逆に阿(おも)ねて作り笑いの表情を浮かべたりするから、カメレオンとさして変わらない。

 いずれにしてもカメレオンの実際の生態とは異なって、周囲の状況に応じてホンネの自分を一時脇に置き、ホンネとは違う自分を演じて自分を守ることができる人間をカメレオン的人間ということになっている。

 安倍晋三は8月15日の日本が戦争に負けた敗戦の日、東京・九段の靖国神社に参拝せずに最側近の自民党総裁特別補佐、安倍晋三と同様の硬直した単細胞人間、の萩生田光一を代理に仕立てて玉串料を奉納、奉納者を「自民党総裁 安倍晋三」と記帳したという。

 萩生田光一「自民党総裁の安倍総理大臣に代わって、安倍総理大臣の思いを添えて参拝した。安倍総理大臣としては、いろいろな思いがありながら、総合的に判断して、きょうの参拝は見送ったのだろうが、『ご英霊に対する感謝の気持ち、靖国への思いは変わらない』と話していました」(NHK NEWS WEB

 萩生田は「自民党総裁 安倍晋三」と記帳しながら、内心、「気持は日本国総理大臣安倍晋三と記帳しています。奉納者はあくまでも日本国総理大臣安倍晋三です」と誓っていたに違いない。

 安倍晋三は中韓やアメリカがその内容を注目する中、8月14日に「70年談話」を発表した。それが反省したフリをし、謝罪したフリをした談話ではあっても、発表したばかりで靖国神社を参拝したなら、それがフリに過ぎないことを自分からあからさまに暴露することになって中韓を刺激することになるばかりか、アメリカに失望を与えることにもなって、それを避けるために参拝したい自分のホンネを脇に一時置いて、ホンネとは異なる自分を演じるためにも奉納者を「自民党総裁 安倍晋三」名とした玉串奉納といったところなのだろう。

 そもそもからして安倍晋三は首相として在職中の靖国神社との関わりは、春季・秋季例大祭は真榊奉納とし、奉納者名を「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳、8月15日の敗戦の日は玉串料奉納とし、奉納者名を「自民党総裁 安倍晋三」と記帳、使い分けている。

 既にこのとこと自体がホンネの自分を一時脇に置き、ホンネとは異なる自分を演じて自分を守るカメレオン的対応であろう。

 真榊(神前に供えるサカキの鉢植え)を靖国神社に奉納できるのは1年で最も重要な祭事である春季・秋季の例大祭のみだと、「The Huffington Post」が伝えていた。

 だとすると、玉串料は真榊よりも格が下ということになる。靖国神社側にとっての最重要な祭事は春季・秋季の例大祭であり、8月15日はそれ以下であったとしても、安倍晋三ら右翼の国家主義者にとっては8月15日は第2次世界大戦の日本の戦死者を悼む日として最重要の時空としているはずだ。

 その証拠として、「Wikipedia」に、〈2001年の自民党総裁選で「私が首相になったら毎年8月15日に靖国神社をいかなる批判があろうと必ず参拝します」と公約。しかしながら、2001年から2005年までは国内外からの批判に配慮して8月15日以外の日に参拝していた。自民党総裁の任期が満了する2006年には公約通り8月15日に参拝した。なお首相就任前は厚生大臣在職時の1997年に終戦記念日に参拝している他(私的か公的かについては明言せず)、それ以前も初当選以来ほぼ毎年、終戦記念日を含む年数回の頻度で参拝してきた。退任後は2009年に参拝した。2010年の8月15日は参拝していない。〉と書いていあるが、小泉純一郎が2001年の自民党総裁選で「私が首相になったら毎年8月15日に靖国神社を如何なる批判があろうと必ず参拝します」と公約したこと、その公約に反して2001年から2005年までは国内外からの批判に配慮して8月15日以外の日に参拝せざるを得なかったことは内外が8月15日の参拝に最重要の注目を置いていると見なければならないこと、自民党総裁任期満了の2006年にやっと公約通りに8月15日の参拝を果たすことができたことなど、如何に8月15日の参拝に拘っているかによって8月15日を最重要の時空としていることを挙げることができる。

 いくら靖国神社側が真榊は最重要な祭事として春季・秋季の例大祭のみの奉納しか認めていないことから、参拝に代えて、あるいは真榊奉納に代えて玉串料しか奉納できなくても、安倍晋三ら国家主義者にとっては8月15日は最重要の時空なのだから、玉串料奉納者名を「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳してもいいはずだし、記帳すべきだろう。

 だが、8月15日はホンネを隠して一段格下の「自民党総裁 安倍晋三」と記帳する。

 1年しか持たなかった第1次安倍内閣のたった1回の機会の2007年は小泉時代に最悪の関係に陥った中国との関係修復のために参拝を控え、春季・秋季例大祭には奉納者を「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳した真榊を奉納。8月15日には奉納者名を「自民党総裁 安倍晋三」と記帳した玉串料奉納で済ませている。

 第2次安倍内閣になってからのその発足1年の日の2013年12月26日に参拝しているが、この参拝の理由を参拝後の記者との遣り取りで述べている。

 安倍晋三「私は『第1次安倍政権の任期中に靖国神社に参拝できなかったことは痛恨の極みだ』と、このように申し上げて参りました。それは総裁選に於いても、あるいは衆議院選挙のときに於いても、そう述べて参りました。その上で私は総裁に選出をされ、そして総理大臣となったわけでございます。私はこれからもですね、私の参拝の意味について理解をして頂くための努力を重ねていきたいと思います」――

 「痛恨の極み」と悔やんだ手前、一度は参拝せざるを得なかった。だが、右翼国家主義者にとって最重要の時空であるはずの8月15日を選んだのではなく、参拝理由として納得を描きやすい第2次安倍内閣発足から1年を選んだ。

 そして今年も8月15日は談話発表の関係から回避して、玉串料奉納で済ませ、やはり談話発表の関係から、串料奉納者名を「内閣総理大臣 安倍晋三」と記帳せずに「自民党総裁 安倍晋三」と記帳しのは、ホンネの自分を一時脇に置き、ホンネとは異なる自分を演じて内外の批判から限りなく自分を守るためのカメレオン的対応だったはずだ。

 靖国神社との関わり一つ取っても、安倍晋三という右翼国家主義者のホンネとタテマエを使い分けるカメレオン的巧妙性を窺うことができる。

 安倍晋三が信用出来ない政治家の最たる一人である所以でもある。

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高市早苗ら閣僚の靖国参拝は「村山談話」を「安倍内閣として全体として引き継ぐ」とする姿勢と矛盾するのか

2015-08-17 07:54:45 | 政治


 ――勿論、安倍晋三のかつての参拝や真榊奉納にも同じことを言うことができる。――

 8月15日、閣僚右翼三羽ガラスが靖国神社を参拝した。総務相の高市早苗、国家公安委員長の山谷えり子、女性活躍担当相の有村治子の3人。

 「じゃあ、ご一緒しましょう」と雁首揃えて3人一緒に参拝することなどしない。「3人揃って」と大々的に報道されかねないからだ。マスコミの方も、「待ってました」とばかりに取り囲むことになるだろう。

 高市早苗と有村治子は午前、山谷えり子は午後だそうだ。

 安倍晋三は「女性の活躍」を掲げているが、そのスローガンに恥じることなく第2次安倍内閣では松島みどりと小渕優子は辞任理由の政治資金の不明朗な使い道で活躍し、右翼三羽ガラスは参拝で活躍する。

 特に高市早苗と自民党政調会長の稲田朋美は安倍晋三の申し子みたいなもので、右翼の血をしっかりと受け継いでいる。

 3人共記者に取り囲まれて、それぞれ参拝の理由を述べている。

 高市早苗「国策に殉じて、かけがえのない命を捧げられた方々に、尊崇の念を持って感謝の誠を捧げてきた。公務死された方々をどのように慰霊をし、お祀りをするかというのは、それぞれの国の国民の問題だと思っている。外交問題になるべき事柄ではないと思う」

 山谷えり子「国のために尊い命をささげられたご英霊に感謝の誠をささげ、平和な国づくりをお誓いしてきた。戦後70年、なお一層、国の平和と繁栄、そして、世界平和のために働いてまいりたいと思う」

 有村治子「戦後、遺族の方々が、塗炭の苦しみを乗り越えて生きてきた歩みにも、思いをはせて、これからの日本の、あるいは、世界の平和と安全のために、努力が引き続きできるようにという思いで参拝した」(以上NHK NEWS WEB

 高市早苗は「国策に殉じて、かけがえのない命を捧げられた」と言っている。

 つまり日本の戦前の「国策」――国家の戦争行為を正しいものだったと価値づけている。

 「殉ずる」の言葉の意味は「任務や信念などのために命を投げ出す」ことを言う。もし誤った国策だとしていたら、靖国の戦死者は誤った国策に従って、かけがえのない命を国家のために投げ出した」と言うことになり、戦死者の行為自体が誤った選択となり、奇妙な矛盾を生じさせることになる。

 正しい国策とすることのみによって、戦死を“殉ずる”行為と意義づけることができる。

 高市早苗は戦前の日本の戦争を正しい戦争だと歴史認識し、その戦争を戦って命を落とした兵士を国へ命を捧げたのだと称賛している。

 だからこそ、自身を国家の立場に立たせて兵士を下に置き、「尊崇の念を持って感謝の誠を捧げ」ることができる。

 他の2閣僚にしても、参拝理由は違っていても、正しい日本の戦争・正しい国策と位置づけているからこそ、戦死者の霊に慎んで恭しく頭を下げることができる。安倍晋三にしても参拝せずに真榊奉納に代えたとしても同じである。

 問題はこのような歴史認識と「村山談話」との整合性である。戦後50年の「村山談話」は、「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」と日本の戦争を“誤った国策”だと位置づけ、植民地支配を目的とした侵略戦争だと歴史認識している。

 そして安倍晋三は「安倍内閣として村山談話を全体として引き継いでいく」という姿勢を取っている。

 日本の戦争を“誤った国策”だと位置づけ、植民地支配を目的とした侵略戦争だと歴史認識した「村山談話」を「安倍内閣として全体として引き継いでいく」としながら、閣僚たちが靖国神社参拝を通して、あるいは安倍晋三自身がかつての参拝や真榊奉納によって正しい国策・正しい戦争だったとする歴史認識を露わにすることはまさに「村山談話」の歴史認識と矛盾し、この点に関しては「引き継いでいく」をウソの宣言としていることになる。 

 尤も言葉の厳密な意味では「全体として引き継いでいく」とは、一つ一つの全て、あるいは細かいところまで引き継ぐという意味ではないから、「村山談話」が日本の戦争を“誤った国策”、“植民地支配”、“侵略”としている歴史認識は引き継いでいないとすることもでき、靖国参拝や真榊奉納で日本の戦争を正しい国策・正しい戦争だったとする歴史認識を露わにしたとしても何ら矛盾しないし、整合性も問題ないことになる。

 但し、「村山談話を全体として引き継ぐ」などと曖昧なことは言わずに、「村山談話」のどの歴史認識を引き継ぐのか、引き継がないのか、国民に説明して明らかにすべきだろう。

 この説明を安倍内閣として果たして、内閣全体の歴史認識を堂々と掲げてから、閣僚たちを含めて靖国神社を参拝するなり、真榊を奉納するなりすべきだろう。

 だが、その説明を依然として果たすつもりはないようだ。“依然として”と書いたのは、前々から、今後共という意味である。

 8月14日の「70年談話」発表後の記者会見質疑。

 関口東京新聞記者「東京新聞の関口と申します。

 総理は、2009年ですが、月刊誌の対談で村山談話について、『村山談話以降、政権が代わるたびにその継承を迫られるようになる。まさに踏み絵です。村山さんの個人的な歴史観に日本がいつまでも縛られることはない』と述べておられます。これらの発言と今回の談話の整合性について、分かりやすく説明してください」

 安倍晋三「村山談話につきましては、これまでも全体として引き継ぐと繰り返し申し上げてきたとおりであります。同時に私は、政治は歴史に対し謙虚であるべきであるとも申し上げてきました。その信念のもと、今回の談話の作成に当たっては、21世紀構想懇談会を開き、学者、歴史家をはじめ、有識者の皆さんにお集まりをいただき、20世紀の世界と日本の歩みをどう捉えるか、大きく世界と時代を超えて俯瞰しながら御議論をいただきました。視座や考え方の異なる有識者の皆さんが、最終的に一定の認識を共有できました。

 私はこの21世紀構想懇談会の報告書を歴史の声として受けとめたいと思います。そして、その報告書の上に立って、先の大戦への道のり、20世紀という時代を振り返りながら、その教訓を胸に刻んで、日本がどのような国をつくり上げていくべきか。戦後70年の大きな節目に当たって談話として取りまとめたものであります。

 その上で、これからも果たして聞き漏らした声があるのではないか。ほかにもあるのではないかと常に謙虚に歴史の声に耳を傾け、未来への知恵を学んでいく。そうした姿勢を持ち続けていきたいと考えています」――

 いつも使う手だが、都合の悪い質問に対しては正直に真正面から答えていない。

 これまでも「村山談話』否定・「河野談話」否定の発言を繰返してきた。

 「自民党は歴代政府の政府答弁や法解釈などをずっと引きずってきたが、政権復帰したらそんなしがらみを捨てて再スタートできる。もう村山談話や河野談話に縛られることもない。これは大きいですよ」(2012年12月26日産経新聞インタビュー)

 「河野洋平長官談話によって強制的に軍が家に入り込み女性を人浚いのように連れていって慰安婦にしたとという不名誉を日本は背負っている。孫の代までこの不名誉を背負わせるわけにはいかない」(2012年9月12日の自民党総裁選挙立候補表明演説)

 談話後の記者会見での答弁だけを見ても、「村山談話」のどの歴史認識を引き継ぐのか、引き継がないのか、国民に何ら説明せずに曖昧にしたまま、「村山談話」を「安倍内閣として全体として引き継ぐ」とする姿勢を公の姿勢として、「村山談話」とは異なる歴史認識を露わにすることになる靖国参拝や真榊奉納を行ったとしても、彼らの精神の中では如何なる矛盾もないようだ。

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安倍晋三談話「子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」の発言に見る過去との向き合いとの矛盾

2015-08-16 06:19:56 | Weblog

 
 8月14日のゴマカシ満載の「安倍晋三70年談話」では、安倍晋三は日本の戦争に対するアジアの国々への謝罪はもういい加減にしようと提案している。
 
 「日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の8割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります」――

 言っていることは、あの戦争を知らない、それゆえに何の関わりもないのだから、戦後世代以降の日本人、その子や孫、その先の世代の子どもたちに延々と謝罪を続けさせていはいけない。だが、一方で日本人は世代を超えて過去の歴史に向き合わなければならない。

 つまり、「謝罪」はこの辺で手を打ちたい、そろそろ謝罪なしで過去の歴史に謙虚に向き合うことをしようではないかとの提案である。

 大いに結構ではないか。

 断っておくが、謝罪と反省は異なる心理作用である。戦争を日本国家と日本人の誤った歴史行為とするなら、そこに反省がなければ、歴史から何かを学んで教訓とすることもなく、自身がこの世に生を受けてから以後の歴史に何ら教訓を持たずに臨むことになる。

 反省する者が謝罪の気持ちを持つ・持たないは自由である。

 いわば一国のリーダーが決める問題ではない。

 安倍晋三は談話発表後の記者会見でも、談話通りのことを口にし、全発言が終わった後の記者会見で一人の記者がこの発言を取り上げた。

 阿比留産経記者「産経の阿比留です。

 今回の談話には、未来の子供たちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりませんとある一方で、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければなりませんと書かれています。

 これはドイツのヴァイツゼッカー大統領の有名な演説の、歴史から目をそらさないという一方で、自らが手を下してはいない行為について、自らの罪を告白することはできないと述べたのに通じるような気がするのですが、総理のお考えをお聞かせください」

 安倍晋三「戦後から70年が経過しました。あの戦争には何ら関わりのない私たちの子や孫、その先の世代、未来の子供たちが謝罪を続けなければいけないような状況、そうした宿命を背負わせてはならない。これは今を生きる私たちの世代の責任であると考えました。その思いを談話の中にも盛り込んだところであります。

 しかし、それでもなお私たち日本人は、世代を超えて過去の歴史に真正面から向き合わなければならないと考えます。まずは何よりも、あの戦争の後、敵であった日本に善意や支援の手を差し伸べ、国際社会に導いてくれた国々、その寛容な心に対して感謝すべきであり、その感謝の気持ちは世代を超えて忘れてはならないと考えています。

 同時に、過去を反省すべきであります。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく。アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があると思っています。

 そうした思いについても、あわせて今回の談話に盛り込んだところであります」――

 言っていることは最も至極に聞こえる。以上のことに言及している談話の一節では触れていなかった「反省」を「過去を反省すべき」と、ちゃんと入れている。

 但しである、反省に至る経緯には安倍晋三が言っているように過去の歴史に真正面から向き合うこと、向き合った過去を受け継ぎ、未来へと引き渡すという前段階が必要となる。

 しかしこの前段階を経るには過去の歴史がどのような姿を取っていたのか、日本人の誰もが意思さえあれば向き合うことができるように一般化された概念の構築という初期段階が必要になる。そしてこの必要性を満たすためには日本の戦争の検証・総括を欠かすことはできないわけで、それを以ての初期段階としなければならない。

 検証・総括した日本の戦争の個別・具体的な全体像という対象があって初めて、例え戦後生まれの日本人が人口の全てを占めることになっても過去の歴史に謙虚に真正面から向き合うことが可能となり、その過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す歴史行為ができる。

 だが、安倍晋三は戦争に関わった日本人、それ以後の日本人が日本の戦争の検証・総括を怠って今日に至るままに放置し、自らも日本の戦争を検証・総括もせず、検証・総括する気もなく、いわば向き合うべき過去の歴史の一般化された概念としての全体像を用意もせずに、「子や孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」が、「謙虚な気持ちで過去の歴史に真正面から向き合え、向き合え」と言う矛盾を犯している。

 要するに口先だけで過去の歴史への真正面からの向き合いを言っているに過ぎないということである。口先だけの過去への向き合いでしかないのに戦争に関わりのない世代の日本人の謝罪はそろそろこの辺で手を打ちたい意志を露わにした。

 何という自己都合だろうか。

 「同時に、過去を反省すべきであります」とは言っているが、どこに過去への反省が生まれるだろうか。

 阿比留産経記者が、いわば安倍晋三の謝罪引き上げ宣言がドイツのヴァイツゼッカー大統領の演説に通じるものがあると言っていたが、「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となる」という有名になった言葉は知っていたが、「自らの罪を告白することはできない」云々は知らなかったから、ネットを調べてみた。

  1985年5月8日、《ドイツ連邦議会演説》から関係する個所を引用してみる。 

 「今日の人口の大部分はあの当時子どもだったか、まだ生まれてもいませんでした。この人たちは自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできません。

 ドイツ人であるというだけの理由で、彼らが悔い改めの時に着る荒布の質素な服を身にまとうのを期待することは、感情をもった人間にできることではありません。しかしながら先人は彼らに容易ならざる遺産を残したのであります。

 罪の有無、老幼いずれを問わず、われわれ全員が過去を引き受けねばなりません。全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされているのであります。

 心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老幼たがいに助け合わねばなりません。また助け合えるのであります。

 問題は過去を克服することではありません。さようなことができるわけはありません。後になって過去を変えたり、起こらなかったことにするわけにはまいりません。しかし過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」――

 戦後生まれのドイツ人が「自分が手を下してほいない行為に対して自らの罪を告白することはできない」が、如何なる世代のドイツ人であっても、「全員が過去からの帰結に関り合っており、過去に対する責任を負わされている」

 それゆえに「過去に目を閉ざしてはいけない」

 但しドイツ人たちは自分たちの過去の歴史、自分たちの戦争を検証・総括している。いわばドイツにとっての向き合うべき過去の歴史、過去の戦争の個別・具体的全体像を用意済みで、このことを前提としているから、過去の歴史への向き合いを言うことができる。

 ただ単に戦後生まれのドイツ人が「自分が手を下してはいない行為に対して自らの罪を告白することはできない」と言っているわけではない。

 もし検証・総括もしていないままにヴァイツゼッカー大統領がこのような演説をしたら、安倍晋三同様に口先だけとなるはずだ。

 安倍晋三が上記一節をヴァイツゼッカー大統領の演説を利用したのだとしたら、ドイツが戦争を検証・総括していることに鈍感にも気づかないままに用いた自身の矛盾に気づいていなかったことになる。

 安倍晋三は「70年談話」を左右前に置いたプロンプターが映し出す原稿を読みながらだからできることだが、堂々とした態度で左右に身体を向けながら、堂々とした口調で立派に聞こえる並べ立てた数々の文言を読み上げたが、中身は全て空疎な論理・空疎な認識で成り立たせていたに過ぎない。

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安倍晋三の国家主義に立ったゴマカシとご都合主義満載の「70年談話」とその歴史観

2015-08-15 14:05:15 | 政治



      「生活の党と山本太郎となかまたち」

      《8月15日 、「戦後70年を迎えて(談話)」》    
    
      こんばんは、生活の党と山本太郎となかまたちです。
      小沢一郎代表は8月15日、戦後70年を迎えて談話を発表しました。
      党ホームページに掲載してあります。
      是非ご一読ください。

 安倍晋三が昨日、8月14日、「戦後70年談話」を発表した。首相官邸HPに、「談話」も、「記者会見」も載っている。     

 一見、急に歴史に目覚めたように見える。常々「歴史認識は歴史家に任せるべきだ」と言っていたにも関わらず、歴史家に頼ることなく、歴史を語り始めたからである。

 例えば2013年6月1日、日本テレビ「ウェークアップ」で司会の辛坊治郎のインタビューを首相官邸で受けたときも言っている。

 安倍晋三「歴史認識については、ファクトを含めてですね、歴史家に任せるべきだというのは第1次政権から実は私はずっと言ってきて、言ってきてるんですね。

 あのー、これは神の如くですね、権力を持っている、あるいは政治の立場にいる人間が、えー、その発言をすべきではない、もっと謙虚であるべきだと。

 また、そういう議論をすることそのものが政治問題化・外交問題化するんですね。それはやはり避けるべきだというのが私の考えです」――

 「ずっと言ってきた」・・・・・

 そう、国会答弁でも歴史家に任せよを繰返してきた。

 ところが、「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならない」(談話)と言い、「過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません」(談話)と言い、「政治は歴史から未来への知恵を学ばなければなりません」(記者会見)とさらに言い、「政治は歴史に謙虚でなければなりません」(記者会見)とさらにさらに言い、「歴史の声に耳を傾けながら未来への知恵を学んでいく」(記者会見)等々、「歴史」なる言葉を急に口にし出した。

 かくこのように安倍晋三が謙虚な思いで向き合っている、あるいは向き合おうとしている「歴史」が安倍晋三の頭の中でどういった認識を形成しているのか見てみないわけにはいかない。

 日本の戦争を語る個所である。

 「100年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、19世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第1次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、1千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたり得なかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして70年前。日本は、敗戦しました」――

 要するに日本の戦争を20世紀という時代が生んだ産物だと時代的な一般性、時代性を纏わせた巧妙な相対化を施している。これが安倍晋三の頭の中にある戦争の「歴史」である。

 一般的に「相対化」とは「他の同類と比べて位置づけること」を言うが、安倍晋三の場合は他の同類と並べてその中に置き、紛れ込ませて見えにくくする、あるいは等し並みに見せる言葉の作用を用いている。

 決して日本の戦争は戦争として、個別・具体的にその歴史に謙虚に向き合う姿勢は取っていない。

 後の方で述べている、「私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます」にしても、「私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます」にしても、一般性、時代性を纏わせる巧妙な相対化のテクニックを用いたゴマカシの歴史認識に過ぎない。

 そうであることの証拠は続けて述べている言葉にすぐさま現れることになる。

 「戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。
 先の大戦では、300余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません」――

 「戦後70年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます」と言っているものの、日本が起こしたアジアでの植民地主義に基づいた戦略戦争でありながら、安倍晋三はそういった歴史認識を取っていないから、日本の戦争の犠牲者として戦争を起こした側の日本人を、「300余の同胞の命が失われました」と最初に挙げ、「戦火を交えた国々」の若者やその他の犠牲者を後に挙げる非礼を平気で犯しているが、この非礼からは歴史に謙虚に向き合う姿勢は決して見えてこない。

 大きな火災を起こして客と従業員の中から多くの犠牲者を出した百貨店が謝罪会見で「従業員が何名犠牲となりました。お客様は何名です」と客の死者数を後回しにするだろうか。

 このように謙虚さも誠実さも欠いていたのでは、「深く頭を垂れ」た「痛惜の念」も、「永劫の、哀悼の誠」も、口先だけと見ないわけにはいかない。

 しかも犠牲者全てを戦争の被害者として扱い、日本が戦争の加害者であった視点を一切欠いた犠牲の様子を「飢えや病に苦しみ、亡くなられた」とか、「無残にも犠牲となりました」と尤もらしげに述べる不遜さも見せている。

 当然、続けての、「何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません」と初めて加害者の視点を持たせた言葉は先の発言と矛盾していて、突然見せた戦争加害者意識は到底信用できない。

 この信用できなさは同じく続けての言葉が証拠立ててくれる。

 「これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります」――

 日本が戦争を起こして内外の多くの命を失わせた。あるいは奪った。それを「尊い犠牲」と言う。

 これ程の歴史のゴマカシはあるまい。勝つ見込みもない無謀な戦争に駆り出されて犠牲となった戦死者、あるは巻き添えとなった民間人を「尊い犠牲」と言うだろうか。

 東日本大震災で命を落とした被災者を「尊い犠牲」と言うだろうか。

 「犠牲」の言葉の意味は、「災難などで、死んだり負傷したりすること」と、「目的のために身命を投げ打って尽くすこと」を言う。前者は受動的な犠牲で、後者は自発的犠牲を指す。

 「尊い」という肯定する形容詞をつけることができるのは後者の場合であって、その自発的犠牲によって褒賞の対象とし得る。

 天皇陛下のため・お国のために戦って戦死した兵士は自発的行為として「尊い犠牲」と形容し、褒賞の対象とすることができるかもしれないが、「終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々」等の受動的犠牲を果たして「尊い犠牲」と言うことができるだろうか。痛ましさを伝えなければならない対象とすることはできても、褒章の対象とすることはできない。

 例え兵士であっても、外地で戦死した兵士の6割が餓死だと言われているが、初期的には自発的行為として戦場に赴いたかもしれないが、中には赤紙一枚で無理やり戦場に駆り出された受動的行為としての兵士も多くいるだろうが、餓死という受動性からの無残な死を「尊い犠牲」に入れることができるのだろうか。
 
 安倍晋三が「尊い犠牲」と言うことができるのは常に国家の立場に立ち、自発的行為として国家のために命を投げ打って尽くすことを国民に求める国家主義者だからである。

 にも関わらず、止むを得ず苦悩の内に死を選択せざるを得なかった受動的犠牲者まで「尊い犠牲」だと自発的犠牲の仲間に入れる。これ程の歴史のゴマカシ・ご都合主義、――歴史修正・歴史改竄はあるまい。

 安倍晋三の「歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ぶ」にしても、「過去の歴史に真正面から向き合う」にしても、「政治は歴史に謙虚でなければならない」にしても、この程度のゴマカシとご都合主義で成り立たせた歴史観に過ぎない。

 安倍晋三が談話で「侵略」という言葉を用いるか、「反省」と言う文言を入れるのか、マスコミは話題にしたが、確かに「侵略」に触れ、「反省」よりも強い意味を持つ「悔悟」という言葉を用いている。

 「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。70年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります」――

 だが、ここで使っている「侵略」は日本の戦争を個別・具体的にそうだと名指ししたわけではない。自身の歴史認識として、そのように位置づけたわけではない。今後の「国際紛争を解決する手段」の中に入れないことの宣言に過ぎない。

 日本の侵略戦争に対してこのような歴史観の安倍晋三が「先の大戦への深い悔悟の念」をどう述べ、どう使おうと、言葉のテクニックが目立つだけで、心に響いでこない。

 安倍晋三が談話で「侵略」の文言を用いたのは、これ一回である。記者会見では記者に問われて、何回か用いている。

 杉田共同通信社記者「過去の村山談話や小泉談話と違う形で、お詫びの気持ちや侵略の文言を入れた理由をお聞かせください」

 安倍晋三「侵略という言葉についてでありますが、今回の談話は21世紀構想懇談会において有識者の方々が共有した認識、その報告書の上に立って作成したものであります。その報告書の中にもあるとおり、中には侵略と評価される行為もあったと思います。だからこそ、談話においては事変、侵略、戦争といった言葉を挙げながら、いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならないことを先の大戦への深い悔悟の念と共に誓ったと表現しました。

 先の大戦における日本の行いが侵略という言葉の定義に当てはまれば駄目だが、当てはまらなければ許されるというものではありません。かつて日本は世界の大勢を見失い、外交的・経済的な行き詰まりを力の行使によって打開し、あるいはその勢力を拡大しようとしました。その事実を率直に反省し、これからも法の支配を尊重し、不戦の誓いを堅持していくということが今回の談話の最も重要なメッセージであると考えています。その上で、具体的にどのような行為が侵略に当たるか否かについては歴史家の議論に委ねるべきであると考えています。

 重要な点は、いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解決する手段としてはもう二度と用いてはならないということであります。これが私たちが過去から学び、教訓とし、反省すべきことであると考えます」――

 言っていることは自身が日本の戦争を「侵略」と歴史認識したわけではないということである。あくまでも21世紀構想懇談会の報告書の中に、「中には侵略と評価される行為」が記されていたから、談話で述べたように今後の「国際紛争を解決する手段」の中に入れないという文脈で「侵略」を把えているに過ぎない。

 安倍晋三はの「先の大戦における日本の行いが侵略という言葉の定義に当てはまれば駄目だが、当てはまらなければ許されるというものではありません」の発言は一見すると謙虚に聞こえるが、自身は日本の戦争を侵略だと歴史認識していないことの言い替えに過ぎない。つまりどちらとも言えない状態に置いている。

 そして最終的には「具体的にどのような行為が侵略に当たるか否かについては歴史家の議論に委ねるべきであると考えています」と侵略に関わる歴史認識を歴史家に丸投げするゴマカシとご都合主義を働かせている。

 「談話」で散々「政治は歴史に謙虚でなければならない」だ、「政治は歴史から未来への知恵を学ばなければない」だと言いながらである。

 尤も安倍晋三に言わせると、日本の戦争の歴史に謙虚に向き合うと、侵略戦争とはならないということなのだろう

 最初に安倍晋三は一見、急に歴史に目覚めたように見えると書いたが、あくまでも“一見”であって、実際は旧来から何ら変わらない歴史認識に立って、歴史に謙虚に向き合っているかのようなポーズを見せた談話を延々と述べたに過ぎない。

 だが、安倍晋三式の正直な歴史認識を正々堂々と披露したなら、中韓関係ばかりか、アメリカとの関係も損なう。表面的には歴史に謙虚に向き合っている姿を内外に広く見せなければならない。

 そういったポーズを取るためには、NHK NEWS WEB記事が村山談話と小泉談話が約1300字程度に対して安倍談話は3000字を越える分量だと書いていたが、ウソつきが自分のウソを事実と思わせるために多弁になるように、多くの言葉を費やさなければならなくなり、費やす中で多くのご都合主義的な歴史改竄、ゴマカシを巧妙に混ぜ込ざるを得なくなったということなのだろう。

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佐野研二郎氏は五輪エンブレムがオリジナルなら、他の酷似デザインもオリジナルだと主張する一貫性が必要

2015-08-14 08:12:44 | Weblog


 アートディレクター佐野研二郎氏の手によるデザインが2020年東京オリンピック・パラリンピックの公式エンブレムに決定、7月24日発表された。

 ところが、既に周知のように盗作疑惑が起きた。この経緯を色々な記事から拾ってみる。

 5日後の7月29日、ベルギー在住のグラフィックデザイナー、オリビエ・ドビ氏が2年前の自作の劇場ロゴに類似しているとフェイスブックに投稿、7月31日にIOCと日本オリンピック委員会(JOC)にエンブレムの使用差し止めを求める文書を送付し、8日以内に回答するよう要求した。

 同じ7月31日に組織委が「IOCの規定上必要とされる手続きを踏まえ、発表前にIOCと共に国内外における商標調査を経た上で決定したものであり、組織委員会としては問題ないと考えている。IOCも同じ見解と承知している」(スポニチ)とのコメントを発表。遠藤利明五輪相も会見で「問題ない」(同)と疑惑を否定。

 盗作を疑われた佐野研二郎氏は海外出張中で、東京オリンピック・パラリンピック組織委員会を通じて盗作疑惑否定のコメントを発表した。

 「報道されている海外作品については全く知らないものだ。制作時に参考にしたことはない。このエンブレムは1964年の東京オリンピックの作品へのリスペクトを持ちながら日本らしさを自分のなかで追求してデザインした」(NHK NEWS WEB

 佐野研二郎氏は8月4日夕方に海外から帰国、翌8月5日に記者会見を行い、盗作疑惑を全く事実無根と否定した。

 会見全文は《聞文読報》に載っている。 

 そこに次のような発言がある。

 「まずはじめに誓って申し上げますけれども、今回の東京オリンピック・パラリンピックのエンブレムは、アートディレクター、デザイナーとしてこれまでの知識や経験を集大成して考案し仕上げた、私のキャリアの集大成とも言える作品だと思っております」

 自身の知識と経験の全てを掻き集めて一つに纏め上げた、全キャリアを賭けた一大作品だと自負と自信の程を示した。

 これは自分がオリジナル追求者であることの宣言でもある。誰が他人のデザインなど真似をするもんか、オリジナルで生き、オリジナル一本で勝負しているという宣言である。

 周囲からの応援者も存在した。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻相関社会科学コース博士課程在籍中の日本の頭脳のエースの位置に立つ弱冠30歳の社会学者古市憲寿が8月6日のフジテレビ「とくダネ!」に出演して、佐野研二郎氏の無実・身の潔白を印象づける強い味方となった。

 古市憲寿「オリビエ・ドビさんて、そんなに世界的に有名なデザイナーではないですよね?

 Twitterもフォロワー数が300人しかいないような『弱小の人』なんですよ。だから、本当に言いがかりだなって思っちゃうんですけどねえ」(livedoor news

 Twitterのフォロワー数が強い人・弱い人の基準、あるいは人間の大きさ・小ささの基準、さらに真偽判定の基準になるということは初めて知った。この基準に当てはめるなら、私なんぞはケツの穴に入ってしまう程のケチ臭いチッポケな人間ということになるが、さしずめ当たっているのかもしれない。恐れ入りました。

 いずれにしても東京大会組織委員会は佐野研二郎氏オリジナル作のエンブレムの使用を決め、舛添東京都知事も都として使うことを明らかにしたことで盗作ではないこと・全くのオリジナルであることの強い保証人となった。

 佐野研二郎氏は背中に鮮やかな桜吹雪の刺青を入れた遠山金さんの「これにて一件落着」の身の潔白の裏付けを世間的にも社会的にも得たことになる。

 しかし、何もあとを濁すことのない全くの一件落着ではなかったようだ。

 8月11日から昨日の8月13日にかけて、各マスコミがサントリービールの販促キャンペーン賞品の佐野研二郎氏デザインによるトートバッグ(手提げ、あるいは肩掛けバッグ)30種類の内、8種類が他人のデザインとよく似ているとインターネットで指摘され、その事実がマスコミその他によって確認され、サントリービールは8月13日、佐野研二郎氏の申し出を受けて、その8種類のバッグの取り扱いを中止することを決めたと報じている。

 今回は東京オリンピック・エンブレムの盗作疑惑のときのようにオリジナル追求者の立場から、自分の作品は全てオリジナルであって、単なる偶然の類似に過ぎない、事実無根だと全面否定することもなく、自分から申し出て8種類のデザインを撤回した。

 エンブレムとトートバッグの違いはあっても、もしここで自身のデザインに関してそのオリジナル性に一点の曇りでも与えたなら、エンブレムに関して改めてオリジナル性に一点の曇りもありません、私自身のオリジナルです、「デザイナーとしてこれまでの知識や経験を集大成して考案し仕上げた、私のキャリアの集大成とも言える作品」ですと申し開いたとしても、その証言は信頼と確かさを失うことになる。

 もしエンブレムが盗作でも何でもなく、自身のオリジナルだと主張したなら、トートバッグのデザインに関しても、オリジナルだと主張する一貫性を持たせてこそ、エンブレムのオリジナル性は保証される。商品の中から8種類のデザインのバッグは取り下げて欲しいと申し出てはならなかった。

 トートバッグのいくつかのデザインはオリジナルではなかったが、エンブレムに関しては全くのオリジナルですと主張したとしたとしても、どれくらいの人間が信じるだろうか。

 一貫した態度を取ることができなかった以上、例え盗作ではなかったという判定が下されたとしても、その判定自体が疑惑の目で見られて、疑惑を膨らませることにしか役立たず、ついには疑惑は事実化して、独り歩きしていくことになるだろう。佐野研二郎氏が身の潔白をどのような言葉でどう主張しようと、盗作の人とレッテルを貼られるか、色眼鏡で見られることになるに違いない。

  そうしなかった以上、例え盗作ではなかったとしても、疑惑を膨らませて、疑惑は事実化して、独り歩きしていくことになるだろう。佐野研二郎氏が身の潔白をどのような言葉でどう主張しようと、盗作の人とレッテルを貼られるか、常に色眼鏡付きで見られることになるに違いない。

 サントリーはキャンペーンページから、佐野氏のプロフィールを削除したというが、早手回しの防御策に出たということであるはずだ。


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新国立競技場建設費高騰の原因の一つは自民も民主も利害を同じくする企業間・官庁企業間の癒着か

2015-08-13 12:10:05 | 政治



 新国立競技場建設費高騰の原因の一つは自民も民主も利害を同じくする企業間・官庁企業間の癒着か

 8月10日(2015年)参議院予算委員会で民主党の蓮舫が新国立競技場建設見直しについて追及した。

 先ず一度ブログに使用したマスコミ記事を参考にしたデザイン決定から建設見直しに至る経緯を時系列で少し手直しして再度並べてみる。

①2012年11月16日、イギリス在住イラン人ザハ・ハディド女史のデザインが独立行政法人日本スポー ツ振興セ
 ンター(JSC)主催の日本の新国立競技場のコンペ(国際デザイン・コンクール)で最優秀賞を受賞。建設予算は
 1300億円

②2013年9月7日にアルゼンチンの首都ブエノスアイレスで開催IOC総会が2020年オリンピック・パラリンピッ
 クの東京開催を決定。
安倍晋三(同9月7日プレゼン)「他のどんな競技場とも似ていない真新しいスタジアムから、確かな財政措置に
 至るまで、
2020年東京大会は、その確実な実行が確証されたものとなります」(ザハ・ハディド女史デザインを
 頭に置いていた)
④2013年10月、東京開催決定を受けて1カ月後、独立行政法人日本スポー ツ振興センター(JSC)が設計図から
 建設費用を起こす設計会社に見積もりを依頼。総工費3000億円の見積となる。
⑤2013年10月23日、文科相の下村博文が総工費は最大約3000億円と発表。
⑥2013年11月8日、当時の猪瀬都知事が定例記者会見で新国立競技場の建設費を国が総額1852億円と見積もって
 いることを明らかにした。
⑦2014年5月28日、JSCの有識者会議が延べ床面積を25%程度縮小等による費用圧縮の基本設計総工費1625億円を了承。
⑧2015年1~2月、JSCは施工予定者のゼネコン側から実施設計図に基づく総工費が3000億円以上になるとの報告を受ける。
 一方、JSCと設計会社が基本設計として了承した1625億円を基に資材高騰分や消費税率の引き上げ分を上乗せし2100億円と試算。
⑨2015年2月13日、JSCは2つの見積と共に「(金額の)乖離を収めることは困難と想定される」と文科省に報告。
⑩2015年4月、JSCの河野一郎理事長が下村博文に総工費は最終的にゼネコン案の見積りを基に2520億円に圧縮と報告。
⑪2015年5月18日、下村博文が開閉式屋根設置の大会後への先延ばしを表明 
⑫2015年6月29日、下村博文が総工費は2520億円と発表。
⑬2015年7月8日 官房長官の菅義偉が記者会見で総工費2520億円に決まったことについて「大会招致の最終プレゼンテーションで世界に発信し、東京開催を勝ち取った経緯が
 あり、安易にデザインを変更することは国際的な信用を失墜しかねない」と表明。
⑭2015年7月10日、安倍晋三、衆院特別委で「これから国際コンペをやり、新しいデザインを決めて基本設計を作っていくのでは時間的に間に合わない。2019年のラグビー
 ワールドカップには間に合わないし、2020年の東京オリンピック・パラリンピックも間に合わない可能性が高い」と述べ、デザインの変更は困難だという認識を示す。
⑮2015年7月17日、安倍晋三、首相官邸で記者団に建設計画を白紙に戻し、ゼロベースで見直す方針を表明。

 このように時系列で見てみると、先ず2013年10月に設計会社が見積もった金額は3000億円。余りにも費用が膨大過ぎるからということからなのだろう、費用圧縮に取り組み、2013年11月時点で1852億円の建設費、翌年の2014年5月には1625億円の建設費へと圧縮。

 ところが、2015年1~2月に今度は施工のゼネコン側が総工費3000億円の見積もりを出すと、JSCは2014年5月28日に一旦は基本設計として了承した1625億円を、2014年4月1日消費税5%から8%増税の既成事実の状況下で見積もったはずにも関わらず、それを2015年1~2月に資材高騰分や消費税率の引き上げ分を上乗せして2100億円へと見積りし直している。

 どうもゼネコンが3000億円と見積もるなら、我々の見積りは少な過ぎるのではないのかと3000億円を追っかけて2100億円にしたようにさえ見える。

 そして最終的に両者の見積りを折衷して、ほぼ中間の2520億円にしたのではないかと見えてしまう。

 ザハ・ハディド女史の事務所は7月28日、自身のデザインが建設費の高額を理由に撤回されたことに関して建設費高騰は〈建設会社の選定で競争原理が働かなかった〉こと、〈建設会社選定の際に日本スポーツ振興センター(JSC)に対し「国際的な入札が行われず、急いで建設会社を選定すれば、建設費の高騰を招く」と忠告したが、聞き入れられなかった〉こと、さらに〈JSCが「建設費を抑制し、質の高い建物を完成させるために必要な、建設会社との協力を許可しなかった」と批判する〉(毎日jp)声明を発表している。

 「建設会社の選定で競争原理が働かなかった」と言うことは競争入札ではなく、随意契約と言うことになる。

 例え随意契約であっても、建設費があまりにも高ければ、別の設計会社なり、別のゼネコンなりに見積りを依頼し直して、そのとおりの金額なのか検証するものだが、どの記事からもそれを行ったことを窺わせる文言を確認できなかった。

 但し随意契約先と事業主体のJSC側と癒着がある場合は、他社に見積りの見直しを依頼することは先ずない。依頼して安く見積もられたら、折角の相互に甘い蜜を分かち合う癒着関係を壊すことになるからだ。

 JSC側と設計会社あるいはゼネコンと実際に癒着があったかどうかは分からない。だが、もし事実競争原理が働かない随意契約であったなら、選定に何らかの元々の特定な関係があったことになって、随意契約自体が一つの癒着を指すことになる。

 まさかサイコロを振っったり、あみだクジで選んだわけではあるまい。癒着を隠す口実として実績から選んだという言葉をよく使うが、例え競技場建設の実績がなくても、設計図さえ渡せば、競技場建設に関わる設計・施工の熟練者を現場監督等にスカウトして間に合わせる。莫大な利益と競技場が残る限り施工業者として名前が残る自社宣伝のためにも指を加えて眺めるゼネコンはそうは存在しないはずだ。

 8月9日の蓮舫の追及を聞いていて、癒着の一層の疑いを抱いた。

 蓮舫は「これまで何度も国会で(競技場建設の)見直しを求めて私たちは提案して来たが、現行案で建設と言って一切耳を貸さなかった。求めても情報をまったく公開して来なかった。国会で行政監視しようにも、国民が知ろうとしても、JSC・文科省からは『検討中』と言うばかりで情報が一切開示されなかった」と批判し、「昨日やっと、『白紙撤回までの競技場改築計画の時系列の報告書(新国立競技場整備計画検証委員会)』を出した」と言ったあと、次の質問を続けた。

 蓮舫「『白紙撤回までの競技場改築計画の時系列の報告書』、JSCに伺います。当時(見積りは)いくらでしたか」

 河野一郎JSCV理事長「3000億丁度です」

 蓮舫「ゼネコンが決めつけた総額3000億円、同じ時期にJSC と設計JVが計算した同じ工事の概算額はいくらだったんですか」

 河野一郎「約2100億です」

 蓮舫「ゼネコンが3000億。JSCが2100億。900億円の乖離はなぜなのですか。同じ建物の概算額です。900億円は何が違ったんですか」

 河野一郎「概算をする際の与条件(発注者が設計者に対して与える希望条件)の扱いが違ったものと思っています」

 蓮舫「主だった条件の扱いの違いは何ですか」

 河野一郎「例えば資材の調達先を国内にするか、国外にするか等々の違いだと思っています」

 河野一郎はJSCのトップ、最終責任者である。当然、見積金額に関わる情報を逐一受けていなければならない。受けていれば、それぞれの違いの理由・原因を把握していることになるし、把握していなければならない。

 そうであるなら、前者は「与条件の扱いが違っていたからです」と言い、後者は「資材の調達先を国内にするか、国外にするか等々の違いです」と、違いについて明確に言い切らなければならないはずだが、「と思っています」と推定語を使うことで、自身を建設費の違いから距離を置いている。

 2015年4月に河野一郎は2520億円に建設費を圧縮したことを文科省に出向いて下村博文に報告しているが、やはり「と思っています」という言葉を使ったのだろうか。  

 距離を置くということは建設費とまともに向き合おうとはせずに、それだけ責任回避意識を働かせているということであろう。

 こんな男が独立行政法人日本スポー ツ振興センターのトップを務めている。

 蓮舫「900億の乖離は埋められるものでしたでしょうか」

 河野一郎「調整の結果、この乖離は2520億となったものです」

 蓮舫「埋められるものだったんでしょうかと聞いているのです」

 河野一郎「最終的には埋められなかったと思います」

 ここでも「と思います」と推定では許されないはずなのに、推定で発言している。

 蓮舫「2015年ゼネコン提示の3000億と同時にJSCが設計業者と試算した2100億円の乖離を埋めることは困難と、JSC自らが文科省に報告しているじゃないですか。

 最初から埋められないと報告している。文科省はこの乖離は埋められないと説明を受けて、どんな指示を出しましたか」

 誰も答弁に立つ者がいなくて、一時中断する。

 橋道和文部科学省青少年局長「文部科学省からはラグビーワールドカップの開催を必須とした工費の短縮の検討を指示を致しました」

 蓮舫は河野一郎の見積金額の900億円もの違いについて述べた「資材の調達先を国内にするか、国外にするか等々の違い」という説明をさして重要な発言だと見なかったのか、無視したのだろうか。

 2014年7月24日付のBloombergは、〈7月24日、尾道造船は韓国鉄鋼メーカー最大手のポスコとの造船用鋼板の価格交渉で、7-9月期に前期比で1トン当たり5000円値上げすることで合意した。値上げ率は10%未満にとどまり、相対的に安価な韓国製鋼材の調達拡大でコスト削減を図る考えだ。〉と伝えている。

 要するに国内の鋼材は原料を外国に頼る関係で円安で値上がりしているが、同じ韓国が原料を外国に頼っていても、韓国産の鋼材の方が相対的に安価だと言うことになる。

 当然、3000億提示のゼネコンは鋼材、その他の資材を主として国産に頼り、2100億円提示の設計業者はそれらの資材主として外国産に頼って、その差が900億の差を生んでいる大きな要因と見ることができる。

 確かに安かろう悪かろうでは困るが、外国産の資材も質の高いものもある。セメントなども韓国産のセメントが国産よりも安く、質も変わらないと聞いたことがある。

 資材の国産依存の裏返すと、ゼネコンは資材調達先を自由に選択していないことになる。大手の建設会社になる程、国内の大手の鉄鋼メーカーとの関係を優先する。

 この関係は一種の癒着に当たるはずだ。企業間だけではなく、官庁と企業の間でも、お互いに関係を密にして相互に利益を図り、相互にそれぞれの組織を育成し合うという癒着が生じている。

 結果、そういったネットワークが全国的に張り巡らされることになって官庁にしてても企業にしても取引先の企業を国内企業から選択するという暗黙の合意を生んで、国内企業優先の癒着に至る。

 こういったことがザハ・ハディド女史の事務所が言っていた「建設会社の選定で競争原理が働かなかった」ということであり、「国際的な入札が行われなかった」ために建設費の高騰を招いたということであろう。

 蓮舫はJSC理事長の河野一郎が金額の差が900億も出たことに関して、「例えば資材の調達先を国内にするか、国外にするか等々の違いだと思っています」と言ったことが社会的に何を指しているのか気づかなかったのかもしれないが、企業間や役所と企業の間の癒着から発している国内企業への拘りであり、国産建築資材への拘りであり、それが建設費の高騰を招いている消費税だけが原因ではない、その一つの要因に見えて仕方がない。

 但し蓮舫がそこに癒着を感じ取ったとしても、自民党は企業の利益を代弁し、民主党は労働組合の利益を代弁し、労働組合は結果的に雇用者に当たる企業の利益を代弁していて、直接、間接の違いはあっても、いずれも企業の利益を代弁していることになるから、果たして気づいたことを追及できたかどうかは分からない。

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8月11日参院特別委員会、防衛省の安保法案成立を既成事実とした自衛隊運用の検討は事実か

2015-08-12 11:18:29 | 政治



      「生活の党と山本太郎となかまたち」

      《8月11日 、「川内原発1号機再稼働を受けて」(代表談話)》    

     こんにちは、生活の党と山本太郎となかまたちです。
     小沢一郎代表は8月11日、「川内原発1号機再稼働を受けて」と題する談話を発表しました。党ホーム
     ページに掲載してあります。
     是非ご一読の上、拡散をお願い致します。

 8月11日午後の安保法案審議の参院特別委員会で共産党の小池晃が防衛省の内部文書を提示、成立を既成事実として法案に基づいた自衛隊運用の検討に入っていると追及したとネット記事が伝えていたから、参院インターネット中継動画から文字に起こしてみた。

 事実なら、如何なる組織も現行の法律に厳格に基づいた運用・行動の制約を受けているにも関わらず、そこから一歩踏み出して成立を既成事実として、未だ成立前の法律に基づいた組織の運用・行動を検討するということは、一見単なる検討に思えるが、その前倒し、あるいは先取りを当り前とした場合、更に一歩踏み出して、自分たちで考え出した法律にはない運用・行動を必要という名の元に法律を無視して前倒し、あるいは先取りをしないとも限らない。

 やがては独断、暴走へと発展しない保証はない。

 小池晃「本日は新たな資料を示します。これは統合幕僚監部の私どもが入手した内部文書であります。これはガイドライン及び平和安全法制関連法案についてということで5月の末に作成されたようです。

 4月27日に日米両政府は日米防衛協力のための指針、いわば新ガイドラインが18年ぶりの改定をします。新ガイドラインは集団的自衛権行使、米国などに対する武力攻撃への共同対処を明記すると共にアジア・太平洋地域及びこれを超えたグローバルな協力を打ち出して、地球規模で自衛隊が米軍に協力をし、従来の戦闘地域にまで行って軍事支援をすることを謳っている。

 これは日米安全保障条約の実質的改定であって、日米軍事同盟の根本的は転換だと思います。こういう大転換を国会での法案の審議が行われてもいないのにアメリカに誓約していた。これは日本の独立・主権を蔑ろにする異常な対米従属姿勢だと言わざるを得ない。

 資料の2枚目を見て頂きたい。ガイドラインと平和安全法制関連法案についての関係に関わる概念イメージとしてガイドラインの記載内容に、現状法制下での実質可能なもの、現行法制に加えてSDC文書(?)と言われる別紙文書が必要なもの、そして安保法制成立後実施可能となるものがあることが明記されている。

 図表の下に全部これ、プレゼンテーションのための原稿が書かれているんだと思うが、この説明文書の中にこうあります。『ガイドラインの記載内容については棄損の安保法制で実施可能なものと平和安全法制関連法案の成立を待つ必要があり、ガイドラインの中でこれらは区別なく記載されている』と。

 この辺、本当に率直に書かれているんですね。大臣、法案が成立しなければ実施できない内容を国会で議論もしない内に日米合意して発表したことになる、そういうことですね」

 中谷元「事前の通告なく提出をされた資料でございまして、確認するために時間がかかりましたけども、同じ表題の資料、これは存在します。ただ、示された資料と同一のものか、色々と文言も書かれておりまして、細部まで確認・特定するには多少時間がかかるということでございますが、同じ表題の資料、これは存在するということでございます」

 小池晃「こういうですね、ガイドラインと法案の関係を示す重大な文書ですよ。根幹問題ですよ。それを大臣は知らないってこと自体、大問題だと思う。結局ね、この内部文書、大問題だと思っているのは次のページですが、この統幕(統合幕僚監部)内部文書、『ガイドライン及び平和安全法制関連法案を受けた今後の方向性』となっているわけですよ。

 まだ国会で審議の真っ最中ですよ。それを受けた方向性を統幕が議論をしている。大臣ね、統合幕僚監部が既に新ガイドラインを受けた今後の方向性を検討していることについてご存知だったのか」

 「方向性」とは、今後どういう方向を取るのかという意味で、自衛隊に関して言うと、自衛隊は今後どういう運用・行動を取ることになるのか、法案成立後を視野に入れた検討・議論ということになる。

 4月27日改定の日米新ガイドラインは例えば集団的自衛権行使など、今回の安保法案が成立しなければ実施できない項目を取決めて盛り込んでいる。新ガイドライン自体が法案が成立しない内から成立を前倒し、あるいは先取りした取り決めとなっている。その上統合幕僚監部が自衛隊の運用・行動の方向性を新ガイドラインに添って検討するさらなる先取りを行っているといった趣旨の追及を小池晃は行ったというわけである。

 中谷元「どういう経緯によってですね、入手されたのか明らかでない限り、真贋や位置づけについて即答するのは困難でありますが、防衛省と致しましてはやはり法案、これの審議、これが先ず第一でございまして、今、部内で実施していることは法案の内容を分析・研究しつつ、現場の隊員にもより良く理解して貰うということは重要でございまして、国会の審議中に法案の内容を先取りするようなことは控えなければならないものだと考えております」

 小池晃「これは法案の説明じゃないですよ。今後の方向性ですよ。どういったことを議論されているかどうか答えられるはずだと思う。答えてください」

 中谷元「この安保法案につきましては国会の審議が第一でありますし、法案が成立したあとですね、これは(自衛隊の運用・行動の方向性は)検討を始めるべきものでございます。

 ガイドラインにつきましては今年4月にですね、日米で合意をしたもので、この内容について検討をするということは当然のことと思っています」

 小池晃「今大臣は法案が成立してから検討すべきものだとおっしゃった。だとすれば、統幕にこういう問題を議論しているのは大問題じゃないですか。これ、どうされるんですか」

 中谷元「法案の中身まで踏み込んでいるかどうか、恐らく一般的に法案に書かれたことの理解だと思いますが、しかしガイドラインにつきましては今年の4月に日米で合意をし、公表されたものが、これについて中身を検討するということは防衛省の中としては当然のことだと思っています」

 統合幕僚監部の内部文書の『ガイドライン及び平和安全法制関連法案を受けた今後の方向性』という表題から、法案成立を見据えた自衛隊の運用・行動を検討しているのではないかという疑問に何ら答えていない。

 小池晃「そうじゃないんですよ。ガイドラインよりも関連法案を受けた今後の方向性ですよ。そのことを実際に検討していたことを知らかなったんですね」

 中谷元「ガイドラインについてはこれは合意されたことでございますので、検討はしてもいいと思いますが、法案につきましては現在参議院で審議中でございますので、中身の運用とかの検討に於きましては当然、法案が通ったあとの作業となるわけでございます。

 しかしながら、この法案の中身がどのような内容のものであるのか、これは当然担当官庁の職員としては十分に認識することは当然のことであります。この法案の中身・内容については当然組織としては検討することは当然のことだと思っています」

 統合幕僚監部が行っていることは安保法案の中身の検討であって、法案が成立した場合の自衛隊の運用・行動の検討ではないとあくまでも否定しているが、歯切れの悪さが素直な説得力を与えない。

 小池晃「(座ったまま)答えになっていない」

 顔の前で手を降って質問拒否の姿勢を示す。審議中断する。再開。

 小池晃「大臣は先程、法案の成立後は検討するのはいいけども、中身を検討することはおかしいと認められたんですが、中身、ちょっと見てくださよ。例えば(内部資料を示し)次のページ、これは新ガイドラインで新たに設けられることになった同盟調整メカニズムACMが常設になることが明記されている。

 『ACM内には運用面の調整を実施する軍軍間の調整所が設置される』。軍軍間て何ですか。自衛隊と米軍ですか。自衛隊はいつ軍隊になったのですか。こんなね、軍軍間の調整所なんでいうのはガイドラインだって、こんな文書ないんですよ。法案にだってないんですよ。

 だから、大臣ね、先程おっしゃったけど、これはまさに法案が成立する前提で、その後のことを検討する文書じゃないですか。

 一番端的なのは最後の日程表ですよ。5月のところに現時点とちゃんと書いてある。8月に法案成立と書いてある。1月にKHKH16(公布のことか)を受けて2月から法施行と書いてある。

 他にもPKOのところを見ますとね、南スーダンのPKOをこれクジ隊が出発をして年明けの2月からは今度の法制に基づく(基づいて運用する)と書いてある。こんなこと、どこで議論しましたか。

 大臣ね、こんな検討をしていること許されるんですか」

 小池晃は内部文書の所在を明らかにしたあと、その次に今ここで述べたこと、「5月のところに現時点とちゃんと書いてある」こと、つまり内部文書の作成時点が5月であったこと、8月に法案の成立を視野に入れていたこと、1月公布・2月施行を予定事項としていたことを明らかにしていれば、内部文書が安保関連法案の成立を既成事実として自衛隊の運用・行動の検討を記した文書だと誰にでもはっきりと理解させることができたはずだが、どうも後回しになってしまったようだ。

 日米新ガイドラインにも安保法案にもない「軍軍間」という文言が内部資料には記されているとしていることも、内部資料が安保関連法案の成立を既成事実とした自衛隊の運用・行動の検討であることの傍証となる。
 
 中谷元「今突然のご指摘でありますので、ご提示して頂いた資料が如何なるものか、このことは差し控えたいと思いますが、その上で申し上げますが、97年のガイドラインのもとでの計画先行作業については統括的メカニズムを通じて主として自衛隊と米軍の間の組織である共同計画検討委員会、PPCに於いて行う一方、日米安全保障協議委員会2+2(ツー・プラス・ツー)が下部組織である防衛協力小委員会の補佐を受けつつ、方向性の定義作業の進捗の確認について責任を有してきました。

 新たなガイドラインの元でも共同作業の策定について共同計画作成メカニズムを通じて行うことになりますが、ガイドラインに明記されているとおり、日米の2+2が引続き防衛の責任を負うことに変わりはなく、そのご指摘には当たらないと、あくまでもガイドラインの合意に基づいた検討でございます。

 それから、スーダンのPKOについてですね、宿営地の共同防衛に関わる武器使用の権限は法律の施行後に行使可能となる権限で、スーダンPKOに於いてはそれ以外の権限は法律の施行後ということでございまして、教育訓練を含めて、必要な事項の取扱いは法案成立後に検討すべきことでございます。

 また、この資料、確たることはまだ申し上げられませんが、この中にですね、平和安全法制関連法案の成立して以降、施行されて以降ですね、実施するということでございまして、あくまでもこれはガイドラインに対する検討でもありますし、また防衛省としては法案の内容を研究・分析しつつ、隊員により良く理解して貰うという上での検討だと認識をしております」

 中谷元がここで答弁していることが事実なら、最初の方で「どういう経緯によってですね、入手されたのか明らかでない限り、この内容について即答するのは困難でありますが」とか、「今突然のご指摘でありますので、ご提示して頂いた資料が如何なるものか、このことは差し控えたいと思いますが」などと、正直に答えることを避ける必要はない。今ここで答弁していることを最初から言えば済んだはずだ。 

 小池晃「今の説明はなっていない。例えばPKOだって、延長を決めたのは閣議決定は先週の金曜日じゃないですか。先週の金曜日に閣議決定した。8月の末に終わる予定だった。これが(新しい安保関連法案の)支援法制に基づく運用と(内部文書作成の5月の時点で)書かれているわけですよ。

 ガイドラインの具体化も、SDCの文書を発出して、今の答弁によると、防衛協力小委員会の文書作成が始まっているということですね、そして法案成立前に基本的計画を終了するということも、下の方に書いてある。

 これ全て法案成立を前提とした克明な自衛隊の部隊の編成を計画まで含めて出されている。何のことはない。戦前の軍部の独裁ですよ。

 そんなことは絶対許されない。こんなもの出たら、議論などできない。この法案を撤回するしかない。(審議を)止めてください。はっきりさせないと議論できない」

 質疑が中断し、再開されないまま散会した。

 軍隊組織の問題である。万が一あるかもしれない独断的行動や暴走を抑えるためにも、例え法案施行後から準備に入るのでは新組織としての始動が遅れることになったとしても、法案の成立を既成事実とした自衛隊の運用・行動の前倒し、あるいは先取りをほんの少しでも当り前としてはならないはずだ。

 こういったことは何事も杞憂としないことだ。

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