8月8日の当ブログ記事――《安倍晋三の安保法案、8月7日衆院対山井和則答弁で分かった法的安定性無視と独善と尊大と独裁意識 - 『ニッポン情報解読』by手代木恕之》に対して「Unknown」氏から次のようなコメントを頂いた。
〈Unknown 2015-08-08 19:19:20
現行の周辺事態法なども法文上は核運搬を禁じていない。岡田氏らの理屈に従えば、民主党政権下でも核運搬は可能だったことになるが、それを禁止する措置をとらなかった。
そんな過去を無視し、山井氏は「核兵器を自衛隊が輸送できるようにする危険な法律を成立させることはできない」と、安保関連法案により初めて核運搬が可能になるとの誤った追及を続けた。お手上げの様子の首相は、こう答弁するしかなかった。
「山井委員が前提としていることは全て間違っています」(内藤慎二)〉――
「内藤慎二」なる人物の指摘を「Unknown」氏が代わってコメントしたのかもしれない。
「内藤慎二」なる人物をネットで調べてみた。ジャーナリストなのだろう、産経新聞に「内藤慎二の野党ウオッチ」なる文章を書いている。どうも反民主党らしい。
それ以上の情報は「内藤慎二」という名前が多過ぎて、ネットから簡単に探し出すことができなかった。
確かに現行の「周辺安全事態法」は、「物品の提供には、武器(弾薬を含む。)の提供を含まないものとする」としているものの、「 人員及び物品の輸送」に関しては何の制約も設けていない。
当然、米軍に依頼されれば、自衛隊は核兵器の輸送もできるということになる。
これが「法文上」、あるいは「法理上」という意味なのだろう。
但しこうも言うことができる。コメントにあるように「周辺事態法なども法文上は核運搬を禁じていない」が、輸送品目の中に許可対象として「核兵器」の明記があるわけでもない。「物品の輸送」という文言で、「物品」として一括りされている。
もし民主党政権が「物品」の中に核兵器やその他の大量破壊兵器を頭に入れていなかったなら、どうだろうか。
法律に個々具体的に規定していない以上、何を輸送可能な「物品」とするか、提供可能な物品にしてもそうだが、全ては“政権の意志”に関係してくることになる。
大体が「物品」として一括りしていること自体が、新しい安保法案にしても同じように「自衛隊に属する物品(武器を除く。)」と一括りされているが、色々な解釈と解釈に応じた運用を招くことになって、法的安定性を欠くことになる。
それを無視して、“政権の意志”に委ねている。
民主党政権時代でも、核兵器等の大量破壊兵器の輸送は“政権の意志”にかかっていたことになる。
以下の質疑をみると、如何に“政権の意志”に委ねているか、あるいは“政権の意志”に委ねられているかが理解できる。
8月4日午後の参院平和安全法制特別委員会で社民党の福島瑞穂が「ミサイルは(輸送可能な)弾薬に入るのか」と質問して、防衛相の中谷元が「敢えて当てはめると弾薬に当たると整理することができる」と答弁している。
中谷元の答弁は明らかに“政権の意志”の表明となっている。
翌8月5日午前の参院平和安全法制特別委員会での民主党白真勲と中谷元の質疑では次のような遣り取りが行われていいる。
白真勲「法律上、大量破壊兵器、全てのこの世にある兵器、弾薬はこの法律で運べるわけですね」
中谷元「確かに法律上、特定の物品を排除するという規定はありません。
・・・・・・・・
(但し)我が国は国是として非核3原則もあるし、生物禁止条約がありますし、それは(核兵器や毒ガス兵器等の輸送)はあり得ないし、そういうような要請は拒否するということでございます」――
核兵器について言うと、法律上は核兵器を輸送対象品目から排除するという規定はないが、非核3原則を国是としているから、核兵器の輸送はあり得ないし、そのような要請があっても拒否すると“政権の意志”を述べている。
問題はこの“政権の意志”である。
「核兵器を持たず、造らず、持ち込ませず」の非核3原則を将来的にも厳格に国是として守ることを、あるいは国是の位置づけを将来的にも厳格に維持することを“政権の意志”としているなら、輸送等によって他国の核兵器使用に手を貸すことは非核3原則に対する裏切りそのものとなるから、中谷元が言っているように「我が国は国是として非核3原則もあるから、核兵器の輸送はあり得ないし、輸送の要請があっても拒否する」とする“政権の意志”に確度の高い信用を置くことができる。
だが、安倍政権に関しては非核3原則の国是に確度の高い信用を置くことのできる“政権の意志”を窺うことができるだろうか。
安倍晋三の核兵器に関わる発言をネットで調べてみた。
第1次安倍内閣は2006年9月26日に発足しているが、首相就任前に日本の核保有の可能性をについて発言している。
安倍晋三「我が国が自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持するのは憲法によって禁止されていない。そのような限度にとどまるものである限り、核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは憲法の禁ずるところではない」――
政権発足後の2006年11月14日には核保有についての鈴木宗男の質問主意書に対して、「政府としては、非核三原則の見直しを議論することは考えていない」としながら、「核兵器であっても、自衛のための必要最小限度にとどまれば、保有は必ずしも憲法の禁止するところではない」との閣議決定した答弁書を出している。(Wikipedia)
安倍晋三は8月7日の衆院予算委で、「非核3原則の国是は不動の政府としての考え方であります」答弁しているが、安倍晋三の核兵器に関する政治的な主義・主張(核保有衝動)と今年の原爆式典で例年触れている「非核3原則の堅持」を抜かしていたこと、安保法案に関わる国会答弁で、自衛隊の後方支援が可能としている輸送対象品目から「核兵器を除く」とする規定を設けることの要請に応じていないこと等から考えると、非核3原則を将来的にも厳格に国是として守る、あるいは国是の位置づけを将来的にも厳格に維持していく“政権の意志”を些かも窺うことはできないし、そこに確度の高い信用を置くことができるとは決して言うことはできない。
いつの日か核兵器輸送が必要となる、あるいは核保有が必要となる安全保障上の将来的な備えからの除外規定の拒否にしか見えない。
民主党が政権担当時代に「周辺安全事態法」の輸送対象品目から「核兵器を除く」との規定を設けなかったのは非核3原則を国是として将来的にも守ることを“政権の意志”としていたからと考えることができる。
いわば核兵器輸送も、核兵器保有も論外の“政権の意志”としていた。
与党にしても野党にしても、あるいはどの政権であっても、非核3原則を不動の国是だと言うなら、輸送対象品目を一括りにして、何を許可するか・しないか、あるいは何を弾薬に含むか・含まないか“政権の意志”に委ねるのではなく、一つ一つを規定し、核兵器等の大量破壊兵器に関しては除外規定を設けて、法的安定性をしっかりしたものにすべきだろう。
もしそのようにしなかったなら、非核3原則の国是は便宜的な発言としないわけにはいかない。