昨日、2013年6月5日昼、安倍晋三が東京都内のホテルで開催の内外情勢調査会全国懇談会で「成長戦略スピーチ第3弾」と銘打って講演した。
そこでの発言は首相官邸HP――安倍総理「成長戦略第3弾スピーチ」(内外情勢調査会/2013年6月5日)に依った。
先ず、「私の経済政策の本丸は、三本目の矢である成長戦略です」と言って、「成長戦略」を日本経済回復と発展の主力エンジンに置いた。
これは当たり前のことを当たり前に言ったに過ぎない。断るまでもなく、実体経済に直接的に関与する政策となるからだ。
そして「私の目指す成長の姿」を次のように描いている。
安倍晋三「その要諦は、民間のあらゆる創造的な活動を鼓舞し、国籍を超えたあらゆるイノベーションを日本中で起こすことです。
高品質のものづくり、きめ細かなサービス、統合されたシステム、繊細なオペレーション。日本企業の持つ様々な『可能性』を解き放ち、世界に展開することにより、世界の発展に貢献する」――
なぜ日本企業は自らが持つ「可能性」を自らの力を以てして解き放つことができず、政治の助けを頼まなければならないのだろう。可能性解放には各種規制緩和が必要だからと言うなら、業態に応じて緩和を必要とする規制は分かっていることになり、政治の助けを待たずに自らが必要とする規制緩和を業態に応じて政治に働きかけて獲得、自身の力で自らが持つ可能性を解放し、発展の道を辿る自律的選択を行わないのだろうか。
あくまでも親方日の丸で政治の働きかけを待つ。ここに問題があるのではないだろうか。
企業自身が政治を動かしてまで自ら発展しようとする自律性を持たなければ、政治がどのような規制緩和を行おうと、規制緩和の範囲内の可能性の解放にとどまることになる。
その規制緩和が時代の変化や世界の経済活動の変化等に応じて緩和でなくなり、新たな規制へと姿を変えたとき、再び政治の規制緩和を待たなければならないことになる。
結果、いつまでも親方日の丸から抜け出すことはできない。
安倍晋三「4月の有効求人倍率は、0.89倍まで回復。これは、4年9か月ぶりの水準。リーマンショック前の水準に戻りました』――
この有効求人倍率の内訳は、「NHK NEWS WEB」記事によると、建設業が17.1%、宿泊業、飲食サービス業が15.8%、教育、学習支援業が13.6%等となっていて、確かに宿泊業、飲食サービス業は円安の影響があるだろうが、最も増加率の高い建設業は東日本大震災の復興に負うところが大きいはずだ。
だが、被災地では復興事業の担い手不足や資金不足が深刻化していて復興が思うようには進んでいない状況にあるという。
特に人で不足は前々から言われていたことで、こういった状況自体が安倍政権の言っていることの勇ましさに反して政策実行能力の不足を物語っている。
にも関わらず、言うことの勇ましさは変わらない。
安倍晋三「今こそ、日本が、世界経済復活のエンジンとなる時です」
経済復活は世界の二番手であっても、三番手であってもいい。成長の果実を国民に実感させることが先決問題であるはずだ。
安倍晋三「日本は、『瑞穂の国』です。
自立自助を基本としながら、不幸にして誰かが病に倒れれば、村の人たちみんなで助け合う伝統文化。『頑張った人が報われる』真っ当な社会が、そこには育まれてきました。
春に種をまき、秋に収穫をする。短期的な『投機』に走るのではなく、四季のサイクルにあわせながら、長期的な『投資』を重んじる経済です。
資本主義の『原典』に立ち戻るべきです。
目先の利益だけで動くマネーゲームではなく、しっかりと実体経済を成長させて、その果実を、広く頑張った人たちに行き渡らせる。これが、アベノミクスの狙いです」――
相変わらずの底の浅い単細胞の歴史認識となっている。日本は支配権力層による一般国民に対する搾取の歴史を長い期間抱えていた。村に於いても豪農を支配者として貧農を搾取対象とする支配と被支配の構造にあった。
そのため搾取対象とされた貧農はいくら働いても、働いただけの報酬を得ることは難しかった。当然、「『頑張った人が報われる』真っ当な社会」は支配者の地位にある者に限られた社会であって、搾取対象者には無縁の社会でしかなかった。
そして豪農を除いた農村の貧困は戦後まで続き、生活苦から食い扶持を減らすための身売り、人身売買、堕胎を伝統とすることになった。
「短期的な『投機』」を否定しているが、円安・株高が短期的な投機に助けられているものでありながら、何を言っているのだろう。
安倍晋三の底の浅い歴史認識は続く
安倍晋三「ここで、一つの言葉をご紹介したいと思います。
『彼らは皆よく肥え、身なりもよく、幸福そうである。一見したところ、富める者も貧しき者もない。―これが恐らく人民の本当の幸福の姿というものだろう。』
これは、幕末の江戸の人々の生活を、初代の駐日米国公使タウンゼント・ハリスが、その日記で描写した一節です。
当時の江戸は、人口100万人を超える世界の一大都市でありました。1800年時点では、ロンドンも北京もパリも、100万人に満たなかったと言われています。
外国から食糧を輸入していなかった日本が、なぜこれだけの都市人口を抱えることができたのか。
日本研究の大家であるトマス・C・スミス博士は、農業生産性の大幅な向上を指摘しています。さらに、時代が進むほど、生産性の向上により、農民の収入が増えていったと分析しています。
つまり、生産性の向上が、収入を増やし、それが次なる生産性の向上につながっていった。『産業資本』の見事な『好循環』が、そこにはありました」――
安倍晋三の頭の中には幸せなことに駐日米国公使タウンゼント・ハリスが訪れた江戸時代に四公六民とか五公五民とかの搾取の構造を取った年貢制度に関わる知識・情報は存在しないらしい。
江戸時代、土地持ちの裕福な農民から農地を借りて生産に携わる小作農民の小作料は多くは現物納で土地持ちの農民に収め、土地持ちの農民から集めた米なりを年貢率に従って村単位で藩なり、幕府なりに年貢として収めた。
小作農民の現物納小作料率は一般的に6割を超えていて、その高率な小作料率が寄生地主制度発展の前提となっていたとされていて、農村に於ける格差社会構築の原因となっていたという。
そしてこの格差の構造は第二次大戦後の農地改革による小作地解放まで、その是正を待たなければならなかった。
いわば年貢と年貢に応じた高額な現物納小作料率が強制労働という形を取ることになって可能とした「農業生産性の大幅な向上」ということであろう。
そして「農業生産性の大幅な向上」の裏で農業では食えない多くの小作人が農地を捨て、生まれ故郷を捨てて都会に生活を求めて農村から逃げる“走り百姓”が多発し、そのことがまた都会の治安悪化を招いた。
決して物理的にも精神的にも豊かな生活の上に築くことのできた「農業生産性の大幅な向上」ではなかった。
だからこそ、人身売買や堕胎、間引きといった農村を主とした慣習は第二次大戦後も続くことになった。
安倍晋三は単細胞人間にふさわしく、歴史認識のズレた、底の浅い理念を尤もらしげにに披露したあと、成長戦略の柱となる政策を並べている。
以下の各政策の羅列は《成長戦略 「1丁目1番地」の行方》(NHK NEWS WEB特集/(2013年6月5日 23時40分)に頼った。
▽インターネットを使った市販薬販売の解禁
▽最新の医療技術を利用すると全額自己負担になる「混合診療」に関連し、最新の医療技術を使った医療費の一部
が保険適用となる「先進医療」の範囲拡大
▽地域に1社の巨大な電力会社が発電・送電・小売りを独占する今の電力システムについて、小売りの完全自由化
や発送電分離を進める
▽老朽化した道路や空港などのインフラ整備に民間の資金を活用する
▽「国際戦略特区」を創設して、国際的なビジネス環境を整備し、世界中から技術や人材、資金を集める都市をつ
くる
▽一般的に国の経済規模を示す「GDP=国内総生産」に企業が海外で行う経済活動で得た利益などを加えた1人当
たりのGNI=国民総所得を10年後に現在の水準から150万円増やすことを目指す(以上)
これらの成長戦略の柱とした各政策の公表が「新鮮味に欠ける」とか、「想定の範囲内」だとかの理由で株の失望売りにつながり、6月5日の東京株式市場での日経平均株価が大きく値下がりしたとマスコミは伝えている。
となると、勇ましく成長戦略を打ち上げたのは安倍晋三一人のみで、その勇ましさは株の売買で成長戦略に応える市場には伝わらなかったことになる。
実体経済が確かな足取りで少しでも実感できていたなら、打ち上げた政策が少しぐらい新鮮味に欠けていたとしても、想定の範囲内だったとしても、言っていることの信頼をそれなりに獲得でき、次への期待に繋げることができたはずだが、実体経済の裏打ちがないから、話だけの先行と受け取られたといったところだろうか。
安倍晋三一人だけの勇ましさは次の発言で最高潮に達する。
安倍晋三「3年間で、民間投資70兆円を回復します。
2020年に、インフラ輸出を、30兆円に拡大します。
2020年に、外国企業の対日直接投資残高を、2倍の35兆円に拡大します。
2020年に、農林水産物・食品の輸出額を1兆円にします。
10年間で、世界大学ランキングトップ100に10校ランクインします」――
そして次のように念を押す。
安倍晋三「どんなに素晴らしい成長戦略でも、作文のままで終わらせてはなりません。
いよいよ、『行動』の時です。
危機的な状況を突破するためには、『次元の違う』政策が必要。私は、そのように申し上げてきました。
であるならば、政策のみならず、その進め方においても、『次元の違う』やり方が不可欠である、と考えます」――
言っていることの矛盾に気づいていない。
先ず第一番に、「危機的な状況を突破するためには、『次元の違う』政策が必要」と言っているが、市場評価は「新鮮味に欠ける」、「想定の範囲内」であって、「『次元の違う』政策」と見ていなかったのだから、安倍晋三自身が「成長戦略スピーチ第3弾」と銘打って謳った政策は自分一人で「『次元の違う』政策」と見ていたことになる矛盾である。
当然、「『次元の違う』政策」でなければ、「『次元の違う』やり方」は存在しないことになる。
百歩譲って、「新鮮味に欠ける」、「想定の範囲内」といった世間の評価は間違っていて、実際に「『次元の違う』政策」だと認めたとしても、「どんなに素晴らしい成長戦略でも、作文のままで終わらせてはなりません」と言い切る以上、政策遂行の方法論は確立していなければならないはずだ。
だが、「『次元の違う』やり方が不可欠である、と考えます」と言って、「やり方」の確立は今後のこととしている。
確立していないまま、「素晴らしい成長戦略」と断言することはできない。
確立していてこそ、「作文のままで終わらせてはな」らないことの確約が可能となる。
底の浅いズレた歴史認識と言い、そういった発想ができる程度の低い認識能力と言い、約束だけを先行させる、それゆえに具体策が乏しい、勇ましいだけの政策の羅列と言い、確かな足取りをなかなか実感できない実体経済の動向と言い、そういった諸々の要素で成り立たせた「成長戦略スピーチ第3弾」の安倍晋三の約束事である。
約束事に必要とする確実性や信頼性よりもバラ色の成長夢物語といった不確実性・不信頼性の印象を強くした。