130億ドルの内、7月3日期限の30億ドル規模分の「日韓通貨交換(スワップ)協定」の延長が見送られることとなった。
「通貨交換(スワップ)協定」とは協定国間でいずれかの国が外貨不足や通貨危機等に陥った際に予め定めたレートで相手国の通貨と自国の通貨もしくは国際通貨などを協定国中央銀行間で締結して融通し合う双方向の補助制度で、日本と韓国が金融市場の混乱などに備えて円とウォンを融通し合うことを目的とした「日韓通貨交換(スワップ)協定」の場合、日本がそういった状況に陥る可能性は低いことから、主としてそうなった場合の韓国救済を目的とした制度ではあるが、韓国が経済的危機に陥った場合の日本への悪影響を考えた相互利益確保(=ギブアンドテイク)の側面を持つという。
問題は日本が後者の相互補完の対等な心理で臨むことができていたか、それとも前者の経済的により優越的な立場にある日本政府(=安倍内閣)が韓国を救済してやるという上下関係の心理で「日韓通貨交換(スワップ)協定」を把握していたかである。
だが、今回の韓国側の見送りとなった経緯を見て取ると、明らかに後者であって、頭を下げてお願いするのは韓国であり、日本ではないという優越的な心理を日本側が刷り込んでいたことが露わとなった日本側の対応となっている。
但し日本側がその心理を露わにしたのには伏線がある。
先ず第一番の伏線は2012年8月10日の当時の李明博(イ・ミョンバク)韓国大統領の、日本が領有権を主張している竹島訪問である。
日本の反発に対して李明博大統領は韓国が日本の植民地支配から独立した8月15日の記念日の前日に忠清北道(チュンチョンブクト)の大学で、「(天皇が)韓国を訪問したいならば、独立運動をして亡くなられた方々のもとを訪ね、心から謝罪すればいい。何カ月も悩んで『痛惜の念』などという言葉一つを見つけて来るくらいなら、来る必要はない」と発言したことが日本の神経を逆撫でした。
私自身は言っていることは真っ当ではあっても、「天皇のお言葉」は内閣がスピーチライターとなって作成するお言葉であるから、天皇の心からの「謝罪」を求めようとしてもないものねだりに過ぎないと思っているが、日本は竹島訪問の反発の上に反発を積み重ねた。
勿論、日本側の李明博竹島訪問に対する反発は竹島を自国領土と主張する韓国側の反発を誘発した。
この反発対反発によって日韓関係は冷却することになった。
日本側は韓国との関係修復を2013年2月25日就任の朴槿恵(パク・クネ)韓国新大統領に期待した。
だが、韓国側は2012年12月26日に新首相となった安倍晋三が3カ月遡る2012年9月16日の自民党総裁選挙討論会で河野談話が認めている従軍慰安婦の官憲による強制連行の事実は日本が背負った孫の代までの不名誉であり、しかも河野談話は閣議決定されたものではなく、第1次安倍内閣時に辻元清美議員の質問主意書に対して河野談話の強制連行の事実を否定した2007年3月16日の答弁書が閣議決定されたものであるという事実を持ち出して強制連行は存在しなかったこととして決定したことだとした安倍晋三の歴史認識、その他の元々からの歴史認識(一例を上げると、「A級戦犯は国内法的には犯罪人ではない」といった歴史認識)に韓国側が危惧し、関係修復がなかなか進まなかった。
こういった韓国側の危惧が3月6日(2013年)の安倍晋三と朴槿恵(パク・クネ)大統領との電話会談での朴槿恵大統領の発言へと繋がったはずだ。
安倍晋三は自身の歴史認識には触れずに「21世紀にふさわしい未来志向の関係構築」を求めた。
対して朴槿恵大統領は「未来志向の協力関係構築には歴史認識が重要だ」と釘を差した。
朴槿恵大統領は2月25日(2013年)の大統領就任式に出席した麻生太郎との会談でも、歴史の直視を訴えている。
だが、安倍晋三・朴槿恵電話会談から約1カ月半後の4月20日、新藤総務相が靖国神社を参拝、古屋国家公安委員長が春の例大祭初日の4月21日に参拝、麻生副総理兼財務相が21日夜、高市自民党政務調査会長が例大祭最終日にそれぞれ参拝している。
安倍晋三自身は総理大臣の肩書きで真榊を奉納。
中国外務省「どんな方式、どんな身分であれ、靖国神社を参拝したことは、本質的に軍国主義や侵略の歴史を否定しようとするものだ」(MSN産経)
韓国「安倍内閣の歴史認識は疑わしく、深く遺憾に思う。日本の政治指導者の時代錯誤的な認識は残念でならない」(同MSN産経)
韓国は4月末頃に検討していたユン・ビョンセ外相の日本訪問を取りやめたことを明らかにした。対する菅官房長官の発言。
菅官房長官「それぞれの国にはそれぞれの立場があり、そうしたことの影響を外交に及ぼすべきではない」(NHK NEWS WEB)
〈だとしたら、北朝鮮の核実験も、北朝鮮側からしたら、「それぞれの国にはそれぞれの立場があり、そうしたことの影響を外交に及ぼすべきではない」と発言することも許されることになる。〉とブログに書いた。
安倍内閣閣僚や党役員の靖国参拝、安倍晋三の真榊奉納に引き続いて電話会談から約1カ月半後の4月23日(2013年)の参院予算委で安倍晋三は、「侵略という定義は国際的にも定まっていない」と日本の戦争の侵略性を否定する歴史認識を披露。
この発言に当然のことながら、韓国側が反発することとなった。
5月7日、8日、アメリカを訪問した朴槿恵大統領は7日の米韓首脳会談で、「日本が正しい歴史認識を持たなければならない」とオバマ大統領に発言したとされる。
そして5月8日の米議会の上下両院合同会議で演説。
朴槿恵大統領「北東アジアでは国家間の経済依存が高まる一方で、歴史問題に端を発した対立が一層深刻になっている。歴史に正しい認識を持てなければ明日はない」(MSN産経)
朴韓国大統領の米国への直訴とも言うべき日本の歴史認識批判発言に日本政府は不快感を示した。
日本側は5月13日午前の橋下徹の慰安婦発言。この発言にも韓国側は反発。
こういった日韓双方からの反発に対する反発という相互的な悪循環の伏線があった。
《日韓スワップ協定「延長要請あれば大局的観点で検討」菅長官》(MSN産経/2013.6.10 13:31)
6月10日午前の記者会見で7月に期限を迎える「日韓通貨交換(スワップ)協定」に関して。
菅義偉官房長官(韓国政府から延長要請があった場合の対応について)「隣国であり、大局的観点に立って検討していきたい。今後、韓国との間で検討していく。
(韓国側からの延長打診は)現時点に於いてあったとは聞いていない」――
協定を結んでいる以上、協定に添って韓国政府の要請があれば、いつでも応じるという事務的態度で済ませるべきところを済ませずに、必要でもない「大局的観点」まで持ち出して、それを要件とすること自体が既に日本側の優越性を滲ませている。
制度の相互補完性から言ったなら、「隣国」云々は関係しないはずだが、「隣国であり」と言っているところにも日本を上に立たせて恩を着せる意識が現れていて、韓国には色々な問題があるが、それはさて措いて、大所高所に立って要請があればという条件付きで対処しようと、韓国を下に置き、日本を上に置いた優越性を持たせた発言となっている。
要するに制度が持つ相互補完性の観点のみに立って、日韓双方が対等な関係で事務的に取り扱うのではなく、他の事柄も含めて日韓全体の問題から総合的に判断するという高みに自らを置いている。
このことは断るまでもなく、救済する側に日本を置き、救済される側に韓国を置いていることから起きる。日本を上に置き、韓国を下に置いて、上下関係で見ている。
この上下関係性は韓国側からの延長打診を待っている姿勢に如実に現れている。頭を下げてくるのは韓国であって、日本ではないと。
韓国側に頭を下げさせることによって、日本をより上に立たせることができる。その上下関係性を利用して、韓国側の歴史認識に関わる発言を抑えようとする意識を働かせていたはずで、それが「大局的観点に立って」ということであるはずだ。
だが、上記菅官房長官の記者会見から10日経っても、韓国側からの延長打診はなかった。《日韓「通貨スワップ」 打ち切りも》(NHK NEWS WEB/2013年6月21日 21時0分)
6月21日午後の記者会見。
菅官房長官「期限を迎えるまでの間に、必要があれば延長するが、韓国側であまり必要がないということであれば、日本として判断する」
記者「日本側から積極的に延長する必要はないということか」
菅官房長官「日本側はそう思っている」
韓国側から延長要請があったなら、「大局的観点に立って検討していきたい」と日本を高みに置いて言っていたのが、「韓国側であまり必要がないということであれば、日本として判断する」と、日本をやはり高みに置いてはいるものの、韓国側の要請という期待していた切り札に期待不可能性を置かざるを得なくなってきた分、発言が全体的にトーンダウンしている。
だとしても、日本側には延長の必要性はないとする前提に自らを立たしめて、延長要請はあくまでも韓国側だとする、両国を上下関係に置いた姿勢に変りはない。
日本側に延長の必要性はなくても、ギブアンドテイクの相互補完性からしたら、「7月3日で期限が切れますが、どうですか」と一言声をかけてもよさそうだが、そうすることが、例え歴史認識で両国間に軋轢が生じていたとしても、国家と国家の関係に於いては日本と韓国を心理的には相互に対等な関係に置くことになるのだが、韓国をそういった関係性で把えるという認識すらない。
韓国政府から何も言ってこないままに打ち切られることになった。《日韓通貨スワップの一部延長見送り、期限きたため=麻生財務相》(ロイター/2013年 06月 25日 11:49)
記事は、〈日本の財務省と韓国銀行(中央銀行)は24日、7月3日に期限を迎える30億ドル規模の通貨スワップ協定を延長しないことで合意したと発表。見送り後の枠組みは総額100億ドルへ減額された。〉と解説している。
6月25日午前の閣議後記者会見。
麻生財務相「(延長見送り決定に関して)期限がきたから。向こうから要請もなかった。
韓国から何回か、これまでスワップの要請があり、要請に応じて応えてきた。今回は要請がなかったから。それだけ」
韓国政府に要請の必要性がなかったとしても、そのことの一言の連絡があって然るべきだが、連絡すらしなかった。韓国側からしたら、日本との間の歴史認識の違いは連絡そのものには関係しないはずだから、「日韓通貨交換(スワップ)協定」に関した日本政府(=安倍内閣)の韓国を下に置き、日本を上に置いた優越的態度と、韓国側の要請を利用して、協定とは関係しない事柄への何らかの制約を意図した態度に対する反発が直接的に影響した、韓国政府の日本政府そのものへの反応と見るべきだろう。
韓国の歴代大統領は就任後最初にアメリカを訪問し、次に日本訪問を慣例としているそうだが、朴槿恵大統領は就任後、5月7日に訪米、オバマ米大統領と首脳会談を行なっているが、6月27日、二度目の訪問国として中国を選んで習近平国家主席と首脳会談を持ち、米国の次に日本訪問の慣例を初めて破ったそうだが、このことも歴史認識の問題のみならず、「日韓通貨交換(スワップ)協定」の延長問題に見せた日本政府の高みに立った何様な態度も影響している韓国の中国への傾斜でもあるはずだ。
韓国は現在、中国と580億ドル相当のウォン・人民元スワップを締結しているという。今回見送る前の約130億ドル相当の「日韓通貨交換(スワップ)協定」はあればあったで安心感を与えるだろうが、韓国を日本の下に立たせてまで、いわば国家としてのプライドを失わせてまで延長を要請する程の重要性は、中国との協定が担保となって、相対化していたことになる。
このことを認識せずに日本は「日韓通貨交換(スワップ)協定」を利用して韓国に対して優越的態度を取っていた。
安倍政権の愚かしい態度が韓国を中国に追いやっている。