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もうチョットで日曜画家 (元海上自衛官の独白)

技量上がらぬ故の腹いせにせず。更にヘイトに堕せずをモットーに。

除夜の鐘考

2019年12月23日 | 社会・政治問題

 除夜の鐘に対する近隣住民の苦情が、ますます増えているそうである。

 苦情に対して寺院は、除夜の鐘を止めたり、「除夕の鐘」と称して夕方に撞く等、対応に苦慮しているらしい。然らば除夜の鐘の騒音レベルは如何ほどかと調べたら次の記事を見つけた。曰く「東京・武蔵野市の安養寺で測定したら、鐘から5メートル地点で86.3db(カラオケ店の店内レベル)、100メートルの地点で76.7db(地下鉄の車内や布団を叩くレベル)だった。勿論、梵鐘の大きさ、設置場所、周囲の建物の状況によって数値は異なるだろうが、通常の生活で経験する程度で、かつ、年に1回の限られた時間に行われるものであることから、声高に苦情を申し立てることが理解できない。除夜の鐘は風物詩であると考えるならば苦情を喚きたてるのもある程度理解したいが、1年間に抱いた煩悩を清算する宗教行事の一つと捉えるならば寺院と敬虔な信者に対する「ヘイト」であるとも云える。1時間程度で終わる除夜の鐘を「うるさい」と苦情する人の主張は何だろうかと思い報道等に気を付けているが、赤ん坊の夜泣きや寝たきり老人のための静寂を求めるものが殆どであるように感じた。近年はサッシュ窓の普及で近隣の騒音も室内では大幅に減衰しているだろうにと思うのだが、聴覚過敏な現代人は聞きたくない音に対しては我慢できないようである。毒舌(単なる直言と思うのだが)キャスターとされる立川志らく師匠が「除夜の鐘がうるさいなら日本から出て行け」とネットで主張したら炎上したそうであるが、全く同感で日本の風情と他人の心情(信条)に配慮できない「さもしい日本人」は日本には要らないと思う。昭和40年代にベトナム戦争への徴兵忌避を契機として既成社会の伝統、制度などを否定するアメリカ発祥のヒッピーをまねる集団が日本でも現れたが、ベトナム戦争を対岸の火事とする日本で根付くこともなくいつしか消えていった。当時の彼等の主張は、アナーキスト(無政府主義者)のように政府の統治を完全に否定するものでなく、バガヴォンド(Vagabond:放浪者、無宿人、やくざ者、ごろつき)として社会が与えてくれる恩恵・権利は享受するが、気に食わない義務には従わないという、極めて都合の良いものであったように記憶している。除夜の鐘報道に接して、苦情を申し立てる人間と独りよがりの主張に酔ったかってのヒッピーが重なって見えた。

 EU諸国に見られるように、日本でも在留外国人の増加に伴って日本古来の伝統・文化が破壊される危険性があるため、日本人としてのアイデンティティを保ち続ける必要性を度々述べてきたが、豈に図らんや”敵は本能寺”にいることを教えられた。四半世紀前の昭和の日本人は、もっと他人や隣人に寛容であったように思うのだが。